祐一は、肘をハイテーブルに預けたまま、静かに由奈を見つめていた。どれくらいそうしていたのか、誰にもわからない。黒のスーツをきっちりと着こなし、短く整えられた髪は艶やかで隙がない。由奈の知っている祐一は、いつも感情を表に出さず、何事にも淡白で、どこか距離を置いた男だった。けれど今、その瞳の奥には、はっきりとは掴めない熱が宿っているように見えた。由奈はグラスを握る指に力を込め、何事もなかったかのように視線を逸らす。祐一もまた視線を移し、声をかけてきた相手とグラスを合わせた。人前では、互いを「知らない者同士」として振る舞う――それは、いつも通りのことだった。そこへ、ようやく客の輪を抜けてきた智宏が、まっすぐ由奈のもとへ来る。「ここにいたんですね」「お話、終わったんですか?」「はい」智宏は軽く頷き、彰へと視線を向けた。彰が手を差し出す。「中道さん。お噂はかねがね」「影山敦(かげやま あつし)さんのお孫さんですね?」智宏も手を出したが、握手は一瞬で終わった。「祖父をご存じで?」「家同士の付き合いはありますが、個人的にはあまり」丁寧ではあるが、どこか探り合うような空気が漂う。由奈はそっとその場を離れようとした――その瞬間。前に出てきた男とぶつかり、唇が彼の胸元をかすめた。赤い跡が、黒い生地の上に残る。ふわりと漂ったのは、覚えのある洗剤の香り。由奈の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。祐一は視線を落とし、胸元の跡を確認すると、ゆっくりと顔を上げる。「……口紅、ついてますけど」低く落ち着いた声。それだけで、周囲の視線が一斉に集まった。由奈は一瞬表情を強ばらせたが、すぐに作り笑いを浮かべる。「すみません、滝沢社長、うっかりしてしまって」バッグからティッシュを取り出し、差し出した。「よろしければ、拭きましょうか?」祐一は動かない。ティッシュも受け取らない。「何あの人、運が良すぎ……」「影山家と中道家の御曹司に、滝沢社長にまで話しかけられるなんて!」「あんたもその顔だったら、話かけられるわよ」「はぁ、顔が違えば人生も違うってことか……」囁き声が、あちこちから聞こえてくる。由奈は数秒考え、柔らかく笑った。「……失礼しました。滝沢社長は、他人の物なんて使いませんよね。私の配慮不足でした」ティッシ
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