由奈は、しばし彼を見つめたまま考え込んだ――自分はもうすぐ、海都市を離れるのだ。男性もその迷いを察したのだろう。無理強いするつもりはないとばかりに、穏やかに言った。「急なお願いをして、本当にすみません……」「いえ……ただ、海都市にいられる時間があまり長くなくて。短期間ならお手伝いできますけど、今後となると……」「それで十分です。短い間でも、助かります」由奈は彼の連絡先を追加しながら尋ねた。「お名前を伺っても?」「中道智宏です」一瞬、由奈の動きが止まる。――中道智宏(なかみち ともひろ)?まさか、自分の知っているあの中道家の人間なのか?「あなたは?」「池上由奈です」連絡先を交換すると、由奈は軽く会釈してその場を後にした。智宏は、何か思い当たることがあるかのように、去っていく彼女の背中を静かに見送った。……パシフィスガーデンに戻り、駐車を終えた由奈は、ふとバックミラーに映る一台の車に気づいた。祐一の車だった。運転手が後部座席のドアを開けると、歩実が健斗を抱いて降りてくる。続いて、祐一も降りた。歩実が何かを言ったのか、祐一は自然な仕草で健斗を抱き上げた。健斗は彼の首に腕を回し、小さな顔いっぱいに幸福そうな笑みを浮かべている。由奈は、無意識のうちにハンドルを強く握りしめていた。覚悟はしていても、こんな光景を見せられると、胸の奥がざらつく。――マンションに入るまで待とうか。そう思ったものの、すぐに首を振った。自分は何も悪いことをしていない。当然、避ける必要もない。由奈はシートベルトを外し、車を降りた。ドアを閉める際、手が滑り、鈍い音が空気を切り裂く。祐一が振り返る。一瞬だけ目を見開き、しかしすぐに何事もなかったかのように視線を戻した。歩実はわざと祐一に身を寄せ、まるで夫婦であるかのように微笑んだ。「あら、池上先生。偶然ね。今日は健斗の足のCT検査があって、祐一が病院まで付き添ってくれてたの。まさか帰ってきてすぐバッタリ会うなんて」由奈は乾いた笑みを浮かべる。「あなたたちが何をしていようと、興味ありません。わざわざ説明しなくて結構です。私は、あなたたちの保護者ではありませんから」その一言で、歩実の笑顔がぴたりと固まった。祐一の視線が由奈に留まる。その瞳の奥には、感情を測りかね
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