かつて由奈が切実に願っていたのは、まさに今この瞬間だった。人前で、よそよそしい他人ではなく――「妻」として、彼の隣に立つこと。それが、ほんの一か月余りのうちに、現実になっていった。しかも――彼女がすべてを手放そうと決めた、その矢先に。……どうして?六年間の想いが、ようやく報われたから?それとも、浩輔の件で後ろめたさを覚え、罪滅ぼしのつもりで優しくしているだけ?由奈はふいに鼻の奥がつんと痛み、胸に込み上げかけた感情を、そっと押し殺した。「こちらのドレスとアクセサリー、社長の彼女さんに本当にお似合いですね!まるで女優さんみたい。すごく綺麗ですよ!」店員が思わず声を上げる。「彼女じゃない」「私は滝沢社長の秘書です」ほぼ同時だった。隣にいた麗子が、想定外の展開に思わず目を見開く。祐一と視線がぶつかった瞬間、由奈はすっと目を伏せ、距離を取るように淡々と言った。「今日はお付き合いいただき、ありがとうございました。お代は私の給料から差し引いてください。では、着替えてきます」祐一の返事を待たずに、彼女は踵を返し、試着室へと入っていった。カーテンを引いた、その直後。ふいに布が揺れ、次の瞬間、男の影が滑り込んでくる。「……っ!」思わず息を呑んだ由奈が声を潜める。「祐一、何を……」答える代わりに、祐一は彼女を腕の中へ閉じ込めた。低く抑えた声が、耳元に落ちる。「静かに。聞こえられたらまずいだろ?」由奈の肩が、わずかに震えた。「このドレス……よく似合ってる」その反応を感じ取ったのか、祐一の腕に力がこもる。狭い空間で重なる体温と鼓動が、まるで命取りの毒のようだ。祐一は、普段から自制心の強い男だ。理性を失ったのは――薬を盛られた、あの夜くらい。けれど今は違う。距離が近すぎた。肌が触れ合い、由奈が少し顔を動かせば、互いの吐息が絡み合ってしまう。二人の唇が触れそうになったその瞬間、突然、けたたましい着信音が鳴り響いた。張りつめていた空気が、一気にほどける。由奈は胸の奥で、ほっと息をついた。祐一はスマホを取り出し、通話に出る。「……もしもし」「もしもし、祐一?お父さん、もう戻ってきてるのよ。あんたたち、いつ帰るの?」千代の声だった。「わかった、すぐ戻る」短く答えて通話を切り、祐一は一度だ
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