翌朝。由奈が目を覚ますと、すでに家政婦がキッチンで朝食の支度をしていた。祐一はやはり帰ってこなかった――どうせ、あの母子のところで過ごしたのだろう。椅子を引き、箸を取ろうとしたとき、電話が鳴った。表示された名前を見て、由奈の胸がわずかに痛む。母の久美子からだった。スマホの向こうで泣き声が漏れる。「由奈……母さんね、あんたが滝沢家に嫁いで苦労してるのはわかってる。でも、今回だけはお願い……浩輔を助けてあげて」――「滝沢家で苦労してる」。その言葉は、鋭く胸に突き刺さる。母は何もかもを知っていた。それでも、自分が離婚を決意した時、味方にはなってくれなかった。由奈は箸を強く握りしめ、かすれ声で答える。「昨日、祐一に頼んだ」――とはいえ、それは池上家のためではなく、自分のためだ。「で、祐一さんはなんて?」「改めて話すって」ただ、そのままを伝えた。「そうか、ありがとうね、由奈。あんたなら浩輔を見捨てないと思ってたわ」久美子は安堵したように畳みかける。「安心して、浩輔の件が片付いたら、もう二度と迷惑かけないから」それだけ言うと、急ぐように電話を切った。まるで、由奈が気が変わるのを恐れているかのように。由奈はしばらく無言でスマホを見つめ、それから何事もなかったように食事を口へ運んだ。昼。病院に出勤した由奈がエレベーターを降りると、ナースステーションに歩実の姿が見えた。彼女は看護師たちと雑談をしていて、全員にプレゼントを配っている。ブランド物のリップだ。「長門先生、滝沢社長ってやっぱり太っ腹ですね!」「ほんとほんと、私たちまでおすそ分けなんて!ラブラブすぎて眩しいくらいですよ!」看護師たちが弾む声をあげる。歩実はにこやかに微笑んだまま何か言おうとしたとき、由奈の姿を捉えた。手に小さな箱を持って歩み寄ってくる。「池上先生、いいところに来たわ。これをどうぞ、全員に配ってるの」視線を落とすと、艶やかなリップが入った箱。ここで断れば、「気取り屋」だと噂されるのは目に見えている。由奈は無表情で受け取った。「ありがとうございます」そのまま歩実を避け、医局に入る。手にした箱は、机の引き出しに無造作に放り込んだ。――受け取ってはいたが、使うつもりはない。ほどなくして、歩実が入ってくる。相変わらず笑みを浮か
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