Semua Bab 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る: Bab 31 - Bab 40

114 Bab

第31話

歩実はことさらに誠実そうな顔をつくり、まるで祐一に見せつけるように振る舞っていた。それはあまりに自然で、由奈も一瞬信じそうになる。由奈は小さく笑い、「必要ありません。いずれ真実は明らかになりますから」とだけ残して背を向けた。歩実の表情がわずかに強張る。その瞬間、隣から注がれる祐一の視線に気づき、背筋が凍る。とたんに顔を伏せ、弱々しい声を絞り出した。「祐一……池上先生にあんなに嫌われるなら、来なきゃよかった……」祐一は無表情のまま視線を外し、健斗を抱き上げる。「これからは、あまり彼女に近づくな」その言葉は歩実に向けられたものだった。「……池上先生を庇ってるの?」歩実が一瞬固まり、瞳に冷たい光が過ぎる。由奈を庇ってる?祐一の眉間にしわが寄る。だが彼はその質問に答えず、静かに言った。「彼女は警戒心が強い。深入りすれば傷つくのは君だ。俺は君のためを思って念を押してる」歩実の胸に渦巻いていた疑念は、その言葉で一気に晴れていく。もう不安に思う必要はない――たとえ由奈がどんな手で祐一を惑わせても、最後に勝つのは自分。必ずあの邪魔者を排除し、滝沢家に嫁ぐのだ。……夜更け。由奈が横になって間もなく、外の気配に目を覚ます。真っ暗だった寝室に灯りが漏れ、壁に映る影がベッドへ近づいてくる。由奈はまぶたを閉じ、眠っているふりをした。かつては祐一の帰りを待って、夜通し目をこらしたこともあった。けれど、待っても待っても姿はなく――失望を重ねるうちに、もう待つことさえやめていた。祐一はベッド脇にしばらく立ち尽くしたあと、上着とネクタイを外し、浴室へ消えていく。由奈は身じろぎひとつせず、目を閉じたまま。やがて水音がやみ、祐一が戻ってくる。彼が隣に横たわった瞬間、由奈の体は反射的に強張った。近い――息遣いが耳元にかかるほど。祐一は彼女の睫毛の震えに気づきながらも、何も言わず灯りを落とした。最後まで、その芝居を暴くことはしなかった。どの瞬間に眠りに落ちたのかわからない。目を覚ますと、自分は祐一の腕に抱かれるように眠っていた。そんなこと、これまで一度もなかった。呆然と見つめる先で、祐一はまだ眠っている。これほど無防備に寝顔をさらすのも初めてだろう。緩やかな朝の光がカーテンの隙間から差し込み、彼の
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第32話

祐一が色味の濃いネクタイを手にして部屋を出ていく。由奈は背をクローゼットに預け、ほっと息を吐いた――たとえ気づかれても、彼は気にも留めないはずだ。その頃、歩実は病院に到着したが、すぐに異様な空気を察した。看護師たちが周囲を警戒しながら、ひそひそ声で囁き合っている。耳を澄ますと――「まさか長門先生が階段から落ちた件、自作自演だったなんて。じゃあ池上先生、完全に濡れ衣じゃない」「でも長門先生の彼氏はあの滝沢社長だよ?相手が悪かったとしか……」「そういえば前に、池上先生がブレスレット盗んだって騒いでたけど……あれも本当は――」言葉の途中で、隣の看護師が慌てて唇に人差し指を当てた。視線の先には歩実。皆揃って気まずそうに目をそらす。彼女からプレゼントをもらったこともある。そんな人を陰で噂するのは、さすがに後ろめたかった。歩実は冷ややかな感情を心の奥に押し隠し、にこやかにナースステーションへ歩み寄る。「ねえ、その動画。私も見せてもらえる?」一瞬ためらった看護師が、スマホを差し出した。画面に映し出された映像を見た途端、歩実の顔色が変わる。――ありえない。あの映像は消したはずなのに!「これ、誰が流したの?」看護師たちは顔を見合わせ、首を横に振った。「役員グループに流れてきたんです。池上先生の無実を証明するためだって……」役員グループ。歩実の頬から血の気が引く。あの中には祐一と繋がりのある幹部が何人もいる。まさか、祐一もこの件を……?どんなに用意周到に隠したつもりでも、誰かが裏で動いているようだ。頭に浮かんだ名前はひとり。――由奈。彼女に違いない。一方その頃、院長室では、勉も映像を見ていた。保温カップの蓋を固く締め直し、沈痛な面持ちで由奈に向き合う。「池上先生。この間は本当に辛い思いをさせてしまったね。本当はずっと君に残ってほしかったが……」一度言葉を切り、重く息を吐く。「こんなことが起きた以上、やはり君の選択――異動は間違っていなかったのかもしれない」勉の院長という立場は、和恵の後ろ盾によるもの。歩実の背後には祐一。どうしても分が悪い。由奈を守りたい気持ちがあっても、力の差は埋められない。由奈は穏やかに微笑んだ。「そう言っていただけるだけで十分です。ありがとうございます、
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第33話

由奈の瞳に浮かんだ陰りを見逃さず、歩実は一歩踏み込み、勝ち誇った笑みを浮かべた。「あの映像を復元したところで何になるの?祐一が真相を知ったとしても、あなたみたいな遊び相手のために私を責めたりしないわよ。現実を見なさい。祐一は絶対にあなたを信じないわ」そう言い放ち、満足げに踵を返そうとした瞬間、背後から由奈の声が響いた。「今の言葉、全部録音しましたよ」歩実の足が止まる。振り返った視線の先で、由奈の手には一本のペンが握られていた。「……なんだって?」歩実は一気に顔色を変え、由奈の手首を乱暴に掴んだ。返事を待つ間もなく、力ずくでペンを奪い取り、床に叩きつける。鋭い音を立ててペンは二つに折れた。「池上先生、身の程も弁えないで、こんな小賢しい手口はやめたほうがいいわよ」歩実は冷笑を浮かべた。壊れたペンを見下ろし、由奈はふっと笑った。「私が身の程を弁えてない?そういうあなたはどうなの?本当に自信があるなら、録音くらいされても動じないはずでしょう?」言葉を突きつけられ、歩実は一瞬息を呑んだ。由奈は床にしゃがみ込み、ペンを拾い上げ、芯を彼女の目の前に差し出す。「これ、ただのボールペンですよ。そんなに必死になってどうするんです?」「……よくも騙したわね!」怒声とともに歩実が彼女の手を払う。ペンの芯は宙を描き、机の脚元へ転がった。由奈は一歩も引かず、真っすぐに彼女を見据える。「ええ、騙しましたよ。ブレスレットの件で盗みの濡れ衣を着せられたことも、あの会食の仕掛けも――全部、覚えてますから」「……!」歩実の顔が強張る。だが次の瞬間、廊下から物音がし、彼女は咄嗟に表情を切り替えた。さっきまでの剣幕が嘘のように、涙を浮かべて床に崩れ落ちる。「池上先生、ごめんなさい、私が悪かったの。あなたを疑ったせいで、あなたを疑って停職にまで追い込んでしまって……全部、私のせいよ。……こんな私、生きていく資格なんてないわ!」机の上の果物ナイフを掴み、そのまま手首へ――由奈が止めようとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。祐一が立っていた。視線が真っ先に歩実へ注がれる。白衣の袖口から赤が溢れ、血が床に滴る。「歩実!」祐一の顔色が変わり、由奈を乱暴に押しのけると、倒れかけた歩実を抱きとめた。由奈は机の角に腰がぶつかり、痛みに顔を歪める。だ
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第34話

祐一は、まっすぐに立ちながらも、一瞬だけ身体が硬直した。かつては、ただ彼女に抱きしめられただけで心が弾んだのに――今はもう、何も感じられない。歩実の視線が、扉の外に止まる人影へと向かう。「祐一、どんなことがあっても、あなたは私を信じてくれるよね?」祐一は窓の外に目を逸らしたまま、気のない声で「……ああ」と答えた。歩実は笑みを浮かべ、甘えるように言葉を重ねる。「祐一、やっぱりあなたは優しいわね」その様子を、由奈は扉の外で立ち尽くしたまま見ていた。歩実は彼女の存在に気づいていたが、何も言わなかった。由奈もまた、歩実が自分に聞かせるためにその質問をしたのだと悟っていた。そして――祐一の返事も、予想通り。由奈は手の中のスマホを強く握りしめる。たとえ防犯カメラの映像を渡して、自分の潔白を証明したとしても、何も変わらない。歩実の言う通り、祐一は何があっても彼女を信じるから。由奈は苦笑を漏らし、静かに背を向けて去った。……午後、由奈は弁護士事務所を一軒一軒回り、自分から浩輔の件を依頼しようとした。だが、どこも彼女の話を受けてはくれない。理由は明白だった――祐一の意思に逆らえる人間は一人もいないから。滝沢家が一度決めたことを覆すには、よほどの地位か力がなければ無理。彰にはすでに二度も助けてもらった。これ以上、彼に迷惑をかけるわけにはいかない。気持ちを整理しながらパシフィスガーデンへ戻り、エレベーターを降りると、喫煙スペースの壁にもたれてタバコを咥えている祐一がいた。病院から帰ってきたばかりなのだろう。祐一は煙を吐き、薄闇の中から由奈の後ろ姿を見据える。「……弁護士を探しに行ってたのか?てっきり、影山に頼みに行くと思ってたが」由奈は思わず立ち止まり、振り返った。「……私を尾けさせてたの?」祐一は薄く笑う。「まさか」彼はタバコを灰皿に押しつけ、歩を進めて近づいてくる。「俺がわざわざ尾行させる必要があるのか?」由奈は拳を握りしめ、そのまま彼を避けて通ろうとする。だが次の瞬間、祐一の腕が伸び、彼女を抱え込むように壁へと追い詰めた。低い声が耳元をかすめる。「……浩輔を保釈してほしいか?」由奈の肩が小さく震えた。答えられずに黙り込む。祐一は顔を近づけ、囁く。「歩実に頭を下げるなら、俺が動いてやる
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第35話

ベッドが沈み、祐一の重みで由奈は逃げ場を失った。体を密着させていくにつれ、彼の膨れ上がった熱が伝わってくるが、由奈は全身が氷のように固まる。「離して!……あの女じゃ満足できなかったの?」かつての彼なら、無理強いするくらいなら何もしない男だった。だが今の祐一は――もう由奈にはわからなかった。昔の自分は彼を心から求めていた。けれど今はただ、嫌悪だけが胸に広がる。歩実を抱いた後で、何事もなかったように自分に触れてくる――その事実が、何よりも汚らしく思えた。祐一も、彼女の拒絶を感じ取っていないわけではない。見下ろす瞳が、かすかに揺れる。以前から気づいていた。由奈は華やかな顔立ちをしていると。とくに目尻の小さな茶色の泣きぼくろ――それが艶を添え、彼女を俗っぽさを超えた美しさへと引き立てていた。だが、なぜかそのほくろには妙な既視感があった。由奈の顔を見るたび、祐一の胸には言葉にできないもどかしさが募る。祐一は乱暴にネクタイを外す。「俺たちは夫婦だ。こんなことをするのは当たり前だろ?」由奈の瞳孔が大きく揺れる。「嫌……やめて……っ!」その声を塞ぐように、祐一は彼女の手首を押さえ込み、首筋に唇を押し当てた。荒い熱がのしかかり、呼吸が奪われる。込み上げる悔しさと屈辱に、涙が視界を滲ませた、そのとき――祐一が彼女の指先に自分の指を絡めた。そして動きを止める。視線は、由奈の薬指に釘付けになっていた。そこにあるはずの結婚指輪が――なかった。六年間外さなかった結婚指輪が消えていた。ただ、薄く白い跡だけを残して。「……いつ外した」熱を帯びた指先が彼女の指をなぞり、低く呟く。気まぐれのようなその問いに、由奈は一瞬だけ固まり、言葉を返さなかった。――離婚を切り出した夜、すでに外していた。そのとき、祐一のスマホが鳴り響いた。彼は襟元を直し、無言で部屋を出て電話を取る。ベッドに残された由奈は、ただ無表情で彼の背中を見送った。皮膚に残る彼の体温すら、歩実に触れたときのものと同じだと思うと――吐き気がした。電話を切って戻った祐一が目にしたのは、空のベッド。浴室からは水音が響いている。扉を叩こうとしたが、彼は手を宙で止め、そのまま引っ込めた。ジャケットを手に取り、静かに部屋を後にする。浴室の中――由奈は湯に沈み、全身
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第36話

その後の二日間――由奈の担当するはずだった手術は、なぜかすべて別の医師に回され、ついには彼女の配属先まで救急科に変更されてしまった。異動通知を手にした由奈は、すぐに達夫の部屋へと向かい、扉をノックする。「どうぞ」と声がしてから、彼女は迷いなく中へ入り、切り出した。「加藤先生。なぜ私の了承もなく勝手に配属を変えたんですか?私はあなたの直属ではないはずですが」達夫は手を止め、ちらりと彼女を見ただけで、鼻で笑った。「救急科は人手不足だ。お前も最近は暇そうだったからな。手を貸してもらうだけだろう。それがそんなに不満か?」「暇?」由奈は思わず笑い出した。「この三日間で、私の担当だったはずの六件の手術が、すべて理由もなく他の医師に回されました。外科の人数はもともと少ないのに、こんな無茶な采配をしたら、他の医師は休む暇もありませんよ」「それはお前の知ったことではない」達夫は机を指で叩き、声を荒げた。「上の承認はもう下りている。文句があるなら院長にでも言うんだな。私のところでごねるな」由奈がさらに口を開こうとした時、扉が勢いよく開き、看護師が駆け込んでくる。「加藤先生、大変です!手術中に中井(なかい)先生が倒れてしまって、患者さんが危険です!」「何だと?」達夫は椅子を蹴るように立ち上がった。まさかこんな事態になるとは思ってもいなかったのだろう。「他の医師は?」「外科は人手が足りません。他の先生方はすでに予約が詰まっていて、誰も手が離せません!」由奈は横目で彼を一瞥し、冷ややかに吐き捨てる。「加藤先生、これがあなたの采配の結果です。説明はご自分で院長にしてください」言い終えると踵を返し、急いで手術着に着替えると、そのまま手術室へ駆け込んだ。幸い患者の症状は軽く、一時間半ほどで手術は終わった。由奈は額の汗を拭いながら、隣の休憩室へ向かう。そこでは、過労で倒れた中井が点滴を受け、数人の看護師と助手が付き添っていた。その助手が彼女を見つけるや否や、怒りをあらわに詰め寄ってくる。「池上先生、今日の手術はあなたの担当だったはずです!なぜ師匠にやらせたんですか?師匠はもう四十八時間以上働きっぱなしなんですよ?殺す気ですか!」由奈は一瞬言葉を失い、伏し目がちに答える。「……手術を回したのは私ではありません」「冗談はやめてく
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第37話

助手は、達夫と歩実の言葉を聞くなり、怒気を抑えきれずに由奈を睨みつけた。「池上先生、これがあなたの言う加藤先生の指示ですか?医者として、持ち場を守ることすらできないなんて……そんな人に、命を預けられますか!」歩実は目を伏せ、口元に小さな笑みを忍ばせながら、あくまで穏やかな声で言った。「まあまあ、そんなに責めないであげて。池上先生にも、きっとどうしても抜けられない事情があったのかもしれないでしょ?」だが医師助手は容赦しなかった。「どんな事情があっても、人の命より大事なことなんてありません!」達夫は由奈を睨み、正義感を装った口調で言った。「池上先生、さすがに今回の件は看過できないな。今日のことはそのまま院長と上層部に報告する。処分は向こうに任せよう」由奈は拳を握りしめていた手を、ゆっくりと緩めた。唇を噛み、そして不意に小さく笑う。「……見事なまでの、責任転嫁ですね」達夫は歩実と目を合わせる。彼の顔には苛立ちが浮かび、声が荒くなる。「いつまで強情を張るつもりだ?どう考えても責任はお前のほうにあるんだぞ」由奈は静かに顔を上げ、まっすぐに彼を見た。その冷ややかな視線に、達夫はなぜか一瞬たじろぎ、息を詰める。「おかしいなと思っていましたよ、加藤先生が私を救急科に回したときから。だから――念のため、さっきの会話を録音しておいたんです」「なっ……録音だと!?」達夫の顔色が変わる。「ふん、そんなのどうせハッタリでしょ?」歩実は笑い飛ばす。一回騙された彼女は、由奈が本当に録音したとは信じられなかった。それに今回の出来事は誰も予想していなかったし、ここまで由奈が警戒しているとは思えない。「本当に録ってるなら、証拠を見せなさいよ」達夫はその言葉にわずかに安堵の息をつく。しかし、次の瞬間、由奈のスマホからはっきりとした音声が流れ出し、達夫は目を見開いた。「救急科は人手不足だ。お前も最近は暇そうだったからな。手を貸してもらうだけだろう。それがそんなに不満か?」「暇?この三日間で、私の担当だったはずの六件の手術が、すべて理由もなく他の医師に回されました。外科の人数はもともと少ないのに、こんな無茶な采配をしたら、他の医師は休む暇もありませんよ」「それはお前の知ったことではない……」休憩室の空気が一変した。全員が言葉を失い、静寂が落ちる
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第38話

由奈がオフィスに戻ると、彰からメッセージが届いた。午後四時半ごろ、由奈は彰がいる睡眠医療センターに到着した。入口に立った瞬間、彼女は驚いた――前に歩実から渡されたプロジェクト資料。そこに記されていた施設の名前と同じだったのだ。彰は席を立って迎え、からかうように言った。「由奈ちゃん、やっと来た。道に迷ったのかと思ったよ。ここ、見た目よりも入り組んでるからね」由奈はソファに腰を下ろし、室内を見回した。「ここって、彰さんの研究センターなんですか?」「いや、僕は出資してるだけ。どうかした?」彰はそう言いながら、お茶を差し出した。由奈は首を振り、すぐに本題へ入った。「……例の件ですが、あの人たちの供述、本当に手に入れたんですか?」「もちろん」彰はポケットから一枚のメモを取り出し、テーブルに置いた。「これ、見てみな」由奈は紙を広げた――「滝沢」。その文字を目にした瞬間、手が震えた。滝沢……祐一なの?だがあの夜、彼の反応をそれとなく確かめた。何も変わらぬ顔、動揺の欠片もなかった。……それでも、あそこまで演じきれるものなのだろうか。「彰さん……彼らは本当にそう証言したんですね?」彰は小さく息を吐いた。「何度も確認したよ。全員そう言った。しかも『相手が怖くて逆らえない』ってさ」一口茶を啜り、続ける。「そんなの、滝沢家以外に考えられないだろ」由奈は手の中のメモを握りしめ、くしゃりと音を立てた。少しの沈黙のあと、深く息を吸う。「……ありがとうございます。近いうちに食事でもご馳走させてください」「おお、それは嬉しいね。覚えておくよ、遠慮なくいただくから」「ふふ、ぜひそうしてください」由奈をエントランスまで見送りに出たとき、数人の男性が近づいてくるのが見えた。先頭に立つ一人――漆黒のオーダースーツを身にまとい、落ち着いた佇まいの中に凛とした気品を纏っている。その顔を目にした瞬間、由奈の足取りがふと鈍った。視線は無意識のうちに、近づいてくる人々――いや、正確にはその中の祐一へと吸い寄せられる。彼は階段を上がりながら、隣の人々と談笑していた。一瞬だけ視線が交わる。けれど祐一の表情は、風が通り過ぎるように微動だにせず、何事もなかったかのように視線を逸らし、再び会話へ戻っていった。由奈は手のひらをぎゅっと握り
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第39話

家に戻った途端、由奈の表情にようやく疲れの色がにじんだ。ソファへ腰を下ろし、ひと息ついていたとき――スマホが震え、メッセージの通知が届いた。勉からだった。内容は、達夫が独断で由奈を異動させ、手術のスケジュールを変更した件について。結果的に医療事故寸前の騒ぎとなり、すでに上層部に報告が上がったものの、処分は「警告のみ」で済んだという。由奈は画面を見つめ、驚きはなかった。人の命が失われない限り、病院はたいてい「なかったこと」にする――それが現実だ。彼女は返信もせず、ポケットから一枚の紙切れを取り出す。くしゃくしゃに折れたそのメモには、「滝沢」と書かれていた。しばらく黙って見つめたのち、由奈はそれを細かく破り、ゴミ箱に落とした。翌朝。けたたましい着信音に、由奈はまぶたを重たげに開いた。枕元を探る手がスマホに触れ、反射的に応答ボタンを押す。「おはようございます、土屋です。早朝から失礼します」その声を聞いた瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。画面を確認すると、確かに土屋の名前が表示されている。「……おはようございます。どうかしましたか?」「今、由奈さんのご両親が会社に来られています。弟さんの件で、社長に直接お話をされています。社長が由奈さんにも来るようにと」由奈は一瞬、言葉を失った。……両親が滝沢グループに?「わかりました」と答えると、麗子は短く「よろしくお願いします」と返事し、すぐに電話を切った。思考が追いつかない――どうして両親が?浩輔に何かあったのか?胸の奥がざわつき、由奈は着替えも急ぎ足で済ませた。朝食を取る余裕もなく、車のエンジンをかける。滝沢グループ本社、総務部。デスクの向こうで、祐一は脚を組み、書類に目を通していた。表情には一片の感情もなく、淡々とページをめくる。その前に立つのは、由奈の両親――文昭と久美子。文昭は深々と頭を下げ、しぼり出すような声で言った。「祐一……頼む。家族ってことで、浩輔を許してやってくれ。前科なんかついたら、あいつの人生は終わりだ……」文昭の胸には、祐一の後ろ盾を得て息子を政界に押し出し、池上家を名門の仲間入りにさせるという、淡い夢があった。だがその夢も、息子に前科がつけばすべて泡と消える。起業を考えたこともあったが――息子の力量がどれほどのものか、父親
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第40話

まさか、祐一がここまで冷酷になれるとは――由奈は思いもしなかった。歩実のためなら、彼は何でもできるようだ。「由奈、そんな言い方はないだろ!失礼だぞ!」文昭が娘をかばうどころか、声を荒げて責めたあと、祐一に向かって笑いを浮かべた。「祐一、気を悪くしないでくれ。由奈は少しせっかちなところがあるだけなんだ」由奈は返事をせず、まっすぐに祐一を見据えた。祐一は椅子の背にもたれ、冷ややかな目で彼女を見返す。「浩輔が人を殴って重傷を負わせた。相手の家族は示談も拒み、どうしても刑を受けて欲しいそうだ。まさか池上家は、滝沢家と縁ができたからといって、法の裁きを無視できると思っているのか?」その一言で、文昭も久美子も顔色を失い、体をこわばらせた。「……浩輔が重傷を負わせたことは、確かに彼のせいです」由奈は手を握りしめ、声を震わせながらも言葉をつづける。「でも、あの事件の真相を、あなたは調べたんですか?」祐一の眉がわずかに動いた。「私は弁護士と一緒に当日のことを整理しました。先に手を出したのは相手です。浩輔は――ただの過剰防衛なんですよ!」「俺は、弁護士じゃない」その冷たい一言に、由奈の心臓がひゅっと縮んだ。堪えていた怒りが、ついに弾ける。「……祐一、いったいどうすれば気が済むの?」彼女が初めて、怒りをあらわにした。六年間、祐一の前で必死に耐えてきた。「良き妻」であろうと、何度も自分に言い聞かせて。けれど今、その仮面を保つ力はもう残っていなかった。麗子は思わず息をのむ。何度か顔を合わせたことはあるが、由奈といえば穏やかで、誰にでも角を立てない女性――それが彼女の印象だった。だからこそ、他人から「操りやすい」と思われるのだろう。祐一は机の上を、指先でコツコツと叩きつづけていた。誰もが、次の瞬間に彼が怒鳴り返すと思った。しかし、そうはならなかった。沈黙のあと、祐一は口の端をわずかに上げて言った。「選べ。浩輔を牢に入れるか。それとも――歩実に頭を下げるか」由奈の呼吸が止まった。肺の奥が焼けつくように痛い。「悪いのは、私じゃないってわかってるのに……」「由奈!」文昭が声を荒げる。「ただ頭を下げるだけだろう!弟の将来がかかってるんだ。お前一人の意地よりよっぽど大事だ!」由奈は信じられない思いで父を振り返った
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