明夫がその言葉を口にした瞬間、由奈の背中に冷たい汗がにじみ、白衣の下に着ていたシャツまでじっとりと湿った。やはり気づかれている。彼は、とうに自分の正体を見抜いていたのだ。だが、ここで動揺するわけにはいかない。由奈は必死に平静を装い、静かに問い返した。「……凪紗さんは、あなたのところにいるんですか?」明夫は口元に薄い笑みを浮かべる。「彼女は俺の義理の娘だ。安心しなさい、粗末には扱わない」「それは……東山夫妻が逮捕された件があるから、ですよね」その一言で、明夫の表情から笑みがすっと消えた。由奈は落ち着いた声のまま続ける。「東山家と政略結婚したのは、東山夫妻に罪をかぶらせるためでしたよね?でも――あの二人、娘のことをそこまで大事にしているわけではありません。たとえ凪紗さんを人質に取られても、言われるままに罪をかぶるとは思えません」図星だったのか、明夫の目がわずかに沈んだ。「……本当に頭の回る子だ。昔、あいつらの手から逃げおおせたのも頷ける」そう言いながら、彼は手首の腕時計を指先で触れた。数秒の沈黙のあと、再び口を開く。「だがな――人間は、あまり賢すぎるのも考えものだ」由奈はまっすぐ彼を見据えた。「どうせ、あなたは私を見逃さないでしょう。だったら――あなたと私の間にあるのは、どちらかが倒れるまでの勝負だけです」明夫は意味深な目で彼女を見つめた。しばらく沈黙が続く。そのとき、ドアが開き、紗由理が入ってきた。すると、さっきまで漂っていた明夫の陰鬱な気配は嘘のように消え、彼はゆっくり立ち上がった。「では、池上先生。また改めて伺うよ」それだけ言うと、急ぐ様子もなく部屋を後にした。紗由理が席に戻り、ふと由奈の顔を見る。「池上先生、顔色が悪いけど……どこか具合でも悪いの?」由奈ははっと我に返り、慌てて首を振った。「いえ……大丈夫です。朝ごはんを食べてなくて、ちょっとお腹が空いただけで」「朝食はちゃんと食べないと。胃を悪くするわよ」「はい、気をつけます」その頃。紬は倫也を郊外にあるローズガーデン・ホリデーホテルへ連れてきていた。裏庭の湖畔にある屋外レストランには「本日終了」のプレートが出ている。だが二人はそのまま通される。どうやら貸し切りらしい。席に座る男は、こちらに背を向けていた。脚を組み、淡い色の襟付きニット
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