All Chapters of 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る: Chapter 461 - Chapter 470

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第461話

あれほど望んでいた離婚だったのに、いざ成立してみると――少しも嬉しくなかった。気づけば、祐一に向けていた愛も憎しみも、あの爆発とともに、すべて煙のように消えてしまった気がする。事件から十日後、米林家の豪邸の周囲には、まだ警察の監視が張りついていた。容疑が完全に晴れるまでは、明夫は出国を禁じられている。その一挙一動は、常に警察の目の届くところにあった。書斎で、明夫は窓際に腰掛け、煙草をくゆらせていた。机の上に置かれたスマホが鳴る。灰を落としながら電話に出て、相手の話を聞いたあと、彼は吸いかけの煙草を灰皿に押しつけた。そして、グラスに残っていた赤ワインをその上から注ぎ、火を消す。「こっちは問題ない。お前は新婚旅行を楽しんでこい。奥さんを大事にしろ、くれぐれも泣かせるなよ」電話を切ってほどなく、手下の男が書斎に入ってきた。机の前で立ち止まり、頭を下げる。「ボス……」何か言いかけたところで、明夫が手を上げて制した。「寝室で話そう」男はその意味を察し、すぐに後を追う。寝室に入ると、男は低い声で報告した。「警察はまだ捜査を続けていますが……臨時で雇った連中は、すでに始末しました。残っている信頼できる人間たちは、指示通り海外へ送り出しています」「それでいい」明夫は手の中でライターを転がしながら、淡々と言った。「今回の爆発で滝沢祐一が死んでくれたのは上出来だ。だが、白石家の小僧を仕留め損ねたのは残念だったな」男はすぐに答える。「ボスが情けをかけて、逃げ道を残してやったからですよ。でなければ、あの場にいた連中は全員死んでいました」明夫は低く笑った。「獲物ってのはな……ゆっくり追い詰めて殺すから面白いんだ」目を細める。「それにしても、あの高岡が爆発で吹き飛ぶところは見ものだった。臆病者のあいつには、ああいう死に方がちょうどいい」「おっしゃる通りです」男はひたすらうなずく。明夫はふと思い出したように言った。「そういえば……今ごろ滝沢家は、祐一の追悼で大騒ぎなんじゃないのか?」男は少し言いよどむ。「それが……海都市では、あまりその話が出ていません。遺体が見つかっていないせいか、滝沢家もまだ滝沢社長の死を認めていないようで……」明夫は窓の外を眺めながら、淡々とつぶやいた。「まあいい。滝沢家はもう崩れかけている」そして
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第462話

同じ頃、海都市。祐一の死を知らされた千代は、連日涙に暮れていた。食事ものどを通らず、ほとんど何も口にできない。将平もまた、深い後悔に苛まれていた。あの日、東山家の結婚式にもし自分も同行していたら。そう考えるたび、胸が締めつけられる。たった一人の息子を失ったのだ。その痛みは、千代と少しも変わらなかった。和恵は訃報を聞いた瞬間、ショックで倒れ、そのまま入院。高齢の体にはあまりにも衝撃が大きく、今は栄養剤でどうにか命をつないでいる状態だった。祐一の死は、滝沢家を根底から揺るがしていた。そしてこの混乱の中で、将平たちにとって最も油断できないのが――将吾夫婦だった。その日、真由美は花束を抱えて病院を訪れた。廊下で将平と千代を見つけると、どこか芝居がかった口調で声をかける。「お義兄さん、お義姉さん。祐一さんのこと、聞きましたわ……本当にお気の毒に。どうか、あまり気を落としすぎませんように」その言葉に、千代は冷たい視線を向けた。「今さらそんなことを言ってどうするの?本当に心配しているなら、もっと早く顔を出しているはずでしょう」その声には、はっきりとした敵意がこもっていた。真由美は肩をすくめ、薄く笑う。「そんな言い方をされても困ります。私だって、滝沢家の仕事で忙しいんですから」そして少し声を落とし、続けた。「もちろん、お二人の気持ちは分かります。でも、いつまでも悲しんでばかりじゃ、滝沢家のことが回らなくなるでしょう?人の生き死には、結局運命ですもの。祐一さんにとっては……避けられない厄だった、ということかもしれませんね」「もういい加減にして――!」千代は怒りで声を震わせた。その瞬間、胸を押さえ、顔色が一気に青ざめる。「っ……」倒れかけた体を、将平が慌てて支えた。「千代!」そして真由美を鋭く睨む。「真由美。言葉にはもう少し気をつけたらどうだ」真由美は少しも動じない。「ええ、もちろん。気をつけるのはやぶさかじゃありませんわ」ゆっくりと千代を見て、言葉を続ける。「ただし……お義姉さんの態度次第ですけどね」千代は荒い息をついた。少し立場が強くなったからといって、いい気になっている真由美がどうしようもなく目障りだった。真由美はふと思い出したように言った。「そうそう。こんなことになった以上、奈々美もそろそろ帰国させ
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第463話

海都市の空港。奈々美の乗った便が到着するころ、真由美はすでに到着ロビーで娘を待っていた。人波の中から奈々美の姿を見つけると、すぐに歩み寄り、首元のマフラーを整えてやる。「いい?今回のことは、私たちにとって大事な勝負どころなの。ここでチャンスを逃したら、もう次はないと思いなさい」奈々美は視線を落としたまま、小さく尋ねた。「……祐一さん、本当に死んだの?」その言葉に、真由美の表情がわずかに硬くなる。だがすぐに、冷たい笑みを浮かべた。「あの人のことを気にしてどうするの?奈々美のことを妹として、優しくしてくれたことなんて一度もなかったじゃない」淡々と続ける。「あの人、自分の都合であなたを海外へ追いやった張本人なのよ」奈々美は言葉に詰まり、そのまま黙り込んだ。真由美は両手を娘の肩に置き、ゆっくりと言い聞かせる。「奈々美、私たちがここまで来るのに、どれだけ苦労したと思ってるの?もしあなたが男だったら、とっくに跡継ぎ争いに加われていた。でも現実は違う。祐一さんが生きている限り、私たちに出番なんてなかったのよ。それとも何?そのうち適当な家に嫁に出されて、それで終わりでもいいの?」さらに言葉を重ねる。「それに……中道家に婚約を断られた話もあるでしょう。今さら、まともな縁談があると思う?」その言葉に、奈々美の顔色が変わった。中道家に婚約を断られた件――それは彼女にとって、いちばん触れられたくない話題だった。「もういいでしょ」苛立ったように母の手を払いのける。「その話、いつまで蒸し返すの?」真由美は肩をすくめて笑った。「分かった、もう言わないわ。とにかく、まずは家に戻りましょう」奈々美は不機嫌な顔のまま、車に乗り込む。真由美はその様子を見ても、まったく気にしていなかった。――今の滝沢家には、奈々美しかいない。千代がもう一人男の子でも産まない限り、跡取り争いで奈々美に勝てる者はいないのだから。……一方その頃、由奈は刑務所を訪れていた。目的は隆との面会だ。だが結果は予想通り、面会が拒否された。刑務所の外で待っていた綾香が、由奈の姿を見るとすぐ駆け寄ってくる。「どうでした?会えましたか?」由奈は首を横に振った。綾香は考えながら呟いた。「どうしてでしょう……もし本当に冤罪なら、普通は何とかして外に真実を伝えよ
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第464話

あの時の少女のことを、明夫ははっきり覚えていた。痩せ細った体つきで、六人の中でも一番幼かった。それなのに――あの場でただ一人、泣かなかった子供。もともと、彼女は明夫の計画には入っていなかった。ただ運が悪く、彼らの顔を見てしまった。明夫は、最初から悪人だったわけではない。むしろ、どこにでもいる「真面目な男」だった。クライアントに頭を下げ、言われた通りに働く――そんな都合のいい人間。だが、金が必要だった。母親は腎不全を患い、定期的な透析が欠かせなかった。治療費は莫大で、尊厳だのプライドだのを気にしていられる状況ではない。白石家の後押しもあって、二十九歳で銀行の支店長にまで上り詰めた。周囲から見れば、将来有望な若きエリート。だが実際には――ただの飾り物だった。銀行の内部資金の流れ。その核心に関わる情報には、彼ですら触れさせてもらえなかった。そして、あの事件が起きた。一億二千万の不正資金が発覚したとき、すべての罪を背負わされたのは明夫だった。母親は、腎移植の手術を終えたばかりだったのに、世間の非難と借金に追い詰められ――ビルから身を投げた。妻はどうだったか。落ちぶれた夫と苦労する気など最初からなかった。子供を置き去りにし、そのまま姿を消した。あの日を境に、明夫は悟った――ゲームは、自分がルールを決めてこそ面白い。誘拐計画は、彼にとって初めて自分がルールを決めたゲームだった。かつて自分を見下していた富豪たちが、電話の向こうで必死に頭を下げる。その声を聞くたび、笑いがこみ上げた。あの連中にとって、人の命など大した価値はない。ならば――彼らの子供の命も、同じように価値がないはずだ。ただ一つ、計算外だったことがある。三人の子供が逃げたことだ。……明夫は思考を現実へ引き戻した。シャツのボタンを留めながら、淡々と言う。「どうやら、お前の姪に一度会ってみる必要がありそうだな」……翌日。病院の廊下を歩いていた由奈は、ふと足を止めた。病室のテレビから流れてきたニュースが耳に入ったのだ。――和恵の容体が悪化した。祐一の件が原因だろう。胸の奥に、言葉にできない感情が広がる。和恵は、これまでずっと由奈によくしてくれていた。それなのに今は、見舞いに行くことすらできない。もし祐一のことで責められたら――
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第465話

由奈が麻酔を準備して振り返ると、倫也はすでにシャツの片袖を脱いでいた。露わになった腕を見て、由奈は一瞬だけ目を止める。筋肉のつき方がきれいだ。細すぎず、かといって大げさに鍛えすぎてもいない――正直、整った体つきだった。こんなふうに「体つきがいい」と思った男性は、祐一以来かもしれない。だが次の瞬間、由奈はその考えを振り払った。倫也は腕の傷をまったく見ようとせず、顔色もどこか悪い。そこで由奈はようやく思い出す――この人、血が苦手だった。余計なことを考えるのをやめ、由奈は彼の前に立った。「……大丈夫ですか?」倫也は視線を上げ、彼女を見た。「あなたがいるなら、大丈夫です」由奈は軽く息をつきながら、傷口に麻酔を塗る。「顔、真っ白ですよ。無理せず、気分が悪くなったらすぐ言ってくださいね」「じゃあ……横になってもいいですか?」思いのほか素直な反応に、由奈は一瞬きょとんとした。「……ええ、どうぞ」倫也は簡易ベッドに横になる。由奈が気まずくならないように気を遣ったのか、彼はそっと目を閉じた。麻酔が効いたのを確認してから、由奈は縫合を始める。一針、また一針。結局、五針縫ってようやく傷口が閉じた。使い終わった血のついた綿棒を、蓋付きの医療廃棄箱に捨てる。「終わりました」由奈は振り返った。「しばらくは水に触れないようにしてください」倫也はゆっくり体を起こす。片付けをしている由奈の背中を見ながら、ふと口を開いた。「さっきあなたを襲った人間……米林明夫と関係があると思いますか?」由奈の手が止まった。眉がわずかに寄る。「……正直、他に思い当たる人はいません。もしかして……私の正体に気づいたんでしょうか」倫也はしばらく考え込んでから、口を開いた。「どうであれ、このまま一人でいるのは危ないと思います」そう言って、由奈をまっすぐ見る。「しばらく、私の家に来ませんか?」「え……?」由奈は思わず言葉に詰まった。倫也は少し苦笑する。「部屋は余っています。それに――」一拍置いてから続けた。「私は、一線を越えるようなことはしませんから」由奈は黙り込み、しばらく考え込んだ。自宅のセキュリティは万全だ。けれど――通勤途中はどうしても無防備になる。もし本当に明夫が自分のことを思い出していたのなら、あの男が事件の目撃者を生かして
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第466話

それからの数日、由奈は倫也の家で過ごしていた。倫也は食事の時以外、ほとんど自室にこもっている。由奈と顔を合わせないようにしているのは、彼なりの気遣いなのだろう。週末はさらにタイミングがずれた。由奈が目を覚ましたのは、すでに九時半だった。リビングへ出ると、冷蔵庫にメモが貼ってある。【朝食は冷蔵庫の中です】由奈は冷蔵庫を開けた。中にはご飯とおかずなどが入っている。人の家に泊まり、食事まで用意してもらっている。さすがに申し訳ないと思い、せめて今夜は自分が夕飯を作ろうと、由奈は思った。その時、「ピンポーン」とインターホンの音が聞こえた。耳を澄ませると、それは隣の部屋、つまり由奈が引っ越す前に住んでいた部屋のインターホンだった。気になり、由奈はドアスコープから外をのぞいた。立っていたのは、警察官らしき男が二人。そのうち一人には見覚えがある。由奈はすぐにドアを開けた。「警察の方……ですよね?私にご用でしょうか」年配の男が彼女を見て、少し目を細める。「……あなたが池上由奈さんですか?」「はい」「数日前、江川市総合病院で起きた傷害事件の被害者ですね?」男は手元の資料をめくり、もう一度彼女を見る。「……確か、長門歩実の事件のときもお会いしましたよね」由奈は苦笑いを浮かべた。「……ええ、その通りです」そう言って、二人を中へ案内する。ソファに座ってもらい、水を出した。「ここは私の友人の家なんです。飲み物が何かあるか分からなくて……お水で申し訳ありません」年配の警官は手を振った。「気にしないでください。今日は形式的な聞き取りのだけですから」由奈は軽く頭を下げる。「お名前を伺ってもよろしいですか?」「申し遅れました。私は森川といいます。こちらは部下の、桜井です」「桜井です、よろしくお願いします」若い警官がノートとペンを取り出し、軽く会釈した。由奈も小さくうなずき、すぐ切り出した。「森川さん……私を襲ってきた犯人について、何か分かりましたか?」森川(もりかわ)は腕を組んだ。「まだ調査中です。ただ、相手はかなり用心深く、初犯ではない可能性があります」彼女をじっと見る。「それと……クルーズ船爆破事件のときも、あなたは現場にいましたね?」由奈はうなずいた。「はい」当時の状況を、できるだけ詳しく説明する
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第467話

由奈の姿が見えなくなってから、暗がりに身を潜めていた祐一はようやく影から出てきた。一歩踏み出した瞬間、脚に走る鈍い痛みに顔をしかめる。それでも構わず、マンションの敷地を出た。しばらく歩いたところで帽子を外し、壁にもたれる。深く息を吐き、ポケットからスマホを取り出した。電話をかける。相手が出ると、祐一は低い声で言った。「江川市に来てくれ。ただし、家には知らせるな」相手が何か言いかけたが、祐一はそれ以上聞かず通話を切った。しばらくその場で休み、帽子をかぶり直す。ふと振り返り、さっき由奈が入っていった建物を見上げた。視線をほんの数秒だけ向け――やがて何も言わず、静かに歩き去った。……その日の夕方、倫也が帰宅すると、玄関を開けた瞬間、ふわりと食事の香りが漂ってきた。テーブルには、出来たての料理が並んでいた。キッチンでは、由奈が後片付けをしている。ずっと一人暮らしをしてきた倫也にとって、「誰かが家で食事を用意してくれている」という光景はどこか現実感がなく、少し戸惑いすら覚えた。由奈が気づいて振り向く。「白石先生、お帰りなさい。ちょうど夕飯ができたところです」倫也はテーブルを見た。「……わざわざ作らなくてもいいのに」由奈は椅子を引いた。「ここ数日ずっとお世話になりっぱなしですから。せめてこれくらいはさせてください」その表情があまりにも真剣で、倫也は小さく息をついた。結局、何も言わず席に着く。由奈も向かいに座った。しばらくして、彼女が思い出したように口を開く。「そういえば今日、警察の方が来ました」倫也が箸を止める。「警察?」「ええ、森川さんと言って、私の事情聴取で」少し申し訳なさそうに続けた。「勝手に家へ上がってもらってしまって……」「構いません」倫也は淡々と言った。「それで、進展は?」由奈は視線を落とし、食事を続けながら答える。「まだ調査中みたいです。相手は相当な手練れらしくて……なかなか尻尾を出さないみたいで」倫也はしばらく黙っていたが、ふと顔を上げた。「……となると、しばらくはここにいてもらう必要がありますね」由奈の手が止まる。一瞬だけ彼を見たが、すぐ視線を逸らした。二人の間に沈黙が落ちる。結局、マンションの下で、祐一に似た男を見たことを、由奈は最後まで言わなかった。翌朝、由
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第468話

エレベーターを降りたあとも、紬は由奈の後ろをぴったりとついてきた。廊下を歩きながら、腕にしがみつく。「ねえ、お義姉ちゃん」甘えるような声だ。「私、江川市が初めてなの。知り合いなんて誰もいないし……頼れるの、お義姉ちゃんだけなんだから、置いていかないでね?」由奈は足を止め、苦笑して彼女を振り返った。「安心して、そんなことしませんから」「やった!」紬は嬉しそうに笑い、また腕に絡みつく。「お義姉ちゃん、やっぱり優しいな」由奈は思わず首をかしげた――さっきまであんなに落ち込んでいたのに、もう元気になったのか?感情の切り替えが早すぎて、ついていけない。由奈は紬を自分の執務室に案内し、「ここで少し待ってて」と伝えると、そのまま外来診察室へ向かった。部屋に入ると、倫也はすでに診察を始めていた。ちらりと由奈を一度見ただけで、すぐ患者のカルテに目を落とし、淡々と処方を書き込む。患者が診察室を出たあと、由奈は彼の隣に腰を下ろした。倫也はペンを置く。「滝沢家であれだけのことが起きたのに、いとこさんは江川市まで来てたんですね」由奈は一瞬きょとんとした。深く考えずに答える。「……旅行のついでかもしれませんね。気分転換したかったとか」倫也は彼女を横目で見た。そして静かに聞いた。「本当に、滝沢社長が死んだと思っていますか?」由奈の動きが止まった――その質問は、ずっと避けてきたものだった。正直に言えば、まだ信じられない。祐一が、本当に死んだなんて、そうであってほしくない。けれど、あの爆発は確かに自分の目の前で起きた。由奈は答えられず、黙り込む。その沈黙で、倫也には十分だった。「……もしかしたら、彼はまだ生きているかもしれません」由奈は顔を上げる。「どうして、そう思うんですか?」倫也は椅子に背を預けた。「船にいたとき、彼の様子を覚えているでしょう?まるで、すべてを把握しているようでした。そんな男が、自分から死ぬような真似をすると思いますか?」その言葉に、由奈の胸がきゅっと締めつけられた。確かに――乗船前、そして船の上でも、祐一は何かを知っているようだった。もし、本当にそうだとしたら、祐一が生きている可能性もなくはない。ふと、昨日の光景がよみがえる。マンションの前で見た、あの黒い影――あれは、やっぱり祐一だったのだろうか。
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第469話

由奈は、紬の今にも世界が滅んでしまいそうな顔を見て、思わず苦笑した。「私と祐一はもう離婚しました。仮に本当に彼氏の家に住んでたとしても……別に問題ないでしょ?」「いやいや、問題大アリだよ。だって祐一兄ちゃんが……」紬は言いかけ、危うく口を滑らせそうになったのか、途中で言葉を飲み込んだ。「……祐一兄ちゃんが、亡くなったばかりなんだし、こんなタイミングで他の男性の家に住むなんて、やっぱり良くないと思うよ」由奈が何か言う前に、紬はぱっと顔を上げた。「そうだ!私も一緒に住んであげるよ!」「……え?一緒に?」由奈は思わず聞き返す。「そうそう。男女二人きりだと色々言われるでしょ?でも私がいれば大丈夫。三人なら変な噂も立たないし!」紬はにっこりと目を細めた。「でも、それはさすがに……」「いいのいいの。言いづらいなら私が直接あの人に――」紬は立ち上がり、勢いよくドアへ向かう。その瞬間、ちょうど倫也がドアの外に現れた。どうやら、今の会話はすべて聞こえていたらしい。「松本さんが住みたいなら、構いませんよ」紬は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になった。「さすが白石さん、話が早い!」倫也の表情は変わらない。「ただし――私は、自分の物を勝手に触られるのが好きではありません」紬は両手をぱっと上げた。「安心してください、絶対に触りません!」倫也は視線を由奈へ向けたが、何も言わず、そのまま背を向けて去っていった。由奈はその背中を見送りながら、胸の奥で小さく息をついた。本当は、これ以上倫也に迷惑をかけるつもりはなかったのに……もう一度紬を見つめる。彼女の言動は、どこか予想がつかない。偶然なのか、それとも――そこまで考えかけて、由奈は首を振った。それ以上、深く追及するのはやめた。その夜、紬は由奈と同じ部屋に泊まり、すぐに眠りについてしまった。だが、由奈はなかなか寝付けない。誰かが隣にいるせいではない。昼間、診察室で倫也が口にした言葉が、頭から離れなかったのだ。何度寝返りを打っても眠れない。喉も少し渇いていたから、由奈はそっとベッドを抜け出し、寝室を出た。リビングに出た瞬間、思わず足を止める。――倫也がいた。黒いベルベットのガウン姿で、キッチンカウンターの奥に立ち、コーヒーを淹れている。暖かな黄色の照明が髪に落ち、や
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第470話

車の中、紬はスマホを見ながら、何気なく座席にもたれていた。すると、隣のボディーガードが、ふとバックミラーを覗き込む。「……お嬢様、後ろの車ですが、どうもずっとついてきているようです」紬は顔を上げ、振り返った。一瞬で、それが倫也の車だと見分ける。「え……どうしてあの人が?」「どうします?振り切りますか?」運転手が問いかける。紬は顎に手を当て、少し考え込んだ。そしてふっと目を細める。「いいえ。少し速度を落として。追い越すかどうか、様子を見ましょう」車はゆっくりと減速した。すると案の定、後ろの車がすぐに横へ出て、彼女たちの車を追い越す。「……ふぅ」紬が小さく息をついた、その瞬間だった。前に回り込んだ車が、いきなり急停止した。「うわっ!」運転手が慌てて急ブレーキを踏む。紬の体が前へ投げ出され、危うく前の座席にぶつかりそうになった。「なにやってるんだ、あの人!」運転手は苛立った声を上げ、シートベルトを外すと窓を開けて身を乗り出す。「危ないだろ!ちゃんと交通ルールを守ってくださいよ!」そのとき、前の車のドアが開いた。運転席から降りてきたのは――やはり倫也だった。ただならぬ空気を感じ取り、運転手とボディーガードが顔を見合わせ、すぐに車を降りた。その様子を見て、紬も慌ててドアを開けた。「ちょ、ちょっと待って!みんな友達だから、喧嘩はやめましょ!」そう言って二人を制しながら、紬も車の外へ出た。倫也は落ち着いた様子で上着の埃を払う。「家出して、行く当てもなく困ってる――そんな話じゃなかったんですか?」皮肉まじりの声が飛ぶ。「それなのに、ボディーガードを二人も雇う余裕があるとは」紬は一瞬言葉に詰まり――だがすぐに笑顔を作った。「あ、ああ……これはね。親戚が手配してくれたの。私も今日聞いたばかりで――」その言い訳を、倫也は静かに遮る。「その親戚って――滝沢社長のことですよね?」紬の表情が一瞬固まる。「な、なに言ってるの?祐一兄ちゃんは……もう事故で亡くなってるでしょう」倫也は微動だにしない。淡々と彼女を見つめる。「死んでいるかどうかくらい、私は知っています。だから――彼のところへ案内してください。池上先生に知られたくないなら、ね」紬は言葉を失った。その頃、由奈が病院に到着すると、受付の看護師が声をかけてきた。「池上先生
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