「うん、じゃあね」通話を切ると、明里は深く重い溜め息をついた。脳裏に焼き付いているのは、先ほど大輔が告げた言葉だ。潤はまだ、自分のことを想っていると。――ありえない。もし潤に少しでも自分への情が残っていたのなら、離婚なんて言葉が出てくるはずがない。みすみす自分を手放したりしなかったはずだ。二人がこんな結末を迎えたのは、度重なる裏切りと、積み重なった失望のせいなのだから。だからこそ、大輔にははっきりと言ったのだ。「かつて潤は、私のすべてだった」と。けれど、今は違う。もう、心には何も残っていない。だが、明里は知らない。彼女が立ち去った直後、潤と大輔が殴り合いを演じたことを。そして潤もまた、知らない。明里がしばらくの間、大輔とは会わないと心に決めたことを。啓太がハンドルを握り、助手席の潤を送り届ける道中でのことだ。呆れたようなため息交じりに、啓太が口を開く。「一体何やってんだよ。お前らみたいな立場の人間が、殴り合いなんて……しかも、先に手を出したのはお前だろ?遠藤みたいな奴が本気で潰しにかかってきたら、逃げ場がなくなるぞ」「立場?」潤は自嘲気味に鼻で笑った。「妻に逃げられそうな男に、立場もクソもあるかよ」「離婚したっていいだろ。お前なら、女なんて選び放題じゃないか」啓太はこともなげに言うと、ふと思い出したように続けた。「そういえば、ずっと聞きそびれてたけど……佐川怜衣(さがわ れい)が帰国するって知ってたか?」潤は素っ気ない相槌を打つだけだ。「やっぱりな!」啓太の声が急に弾む。「彼女とはガキの頃からの付き合いだもんな。帰ってきたら、盛大に歓迎会を開いてやれよ」潤は再び、生返事だけで済ませる。啓太がちらりと横目でその様子を窺った。「そういや陽菜って、怜衣の従妹だったよな。あいつが海外に行く時、お前に陽菜のことをよろしくって頼んでたっけ」それでも潤は、短い返事しか返さない。「おい……お前、口がきけなくなったのか?さっきから相槌しか打ってねえぞ」潤は窓の外へ視線を投げたまま、ぼそりと零す。「……何を言ってほしいんだ」「怜衣のこととか、陽菜のこととかあるだろ……」啓太はハンドルを切りながら続ける。「俺に言わせりゃ、あの二人のどっちを選んでも、明里さんよりはずっとお前にお似合いだ。和夫さんがなん
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