All Chapters of プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~: Chapter 41 - Chapter 50

142 Chapters

第41話

三連休の二日目の午前、玲奈から電話がかかってきた。電話に出るなり、玲奈はいきなりまくし立てた。「明里、どういうこと?昨日は慎吾がたくさんメッセージを送って、電話もしたのに、返事も寄越さないで。せっかくのお休みだっていうのに、私たちに一本も電話をよこさないなんて!」明里はうつむきながら言った。「お母さん、ごめん」「私に謝る必要はないわ!」玲奈は言った。「潤に謝って!」明里はきょとんとした。玲奈は続けた。「男の人は立ててあげなきゃダメよ。もっと優しい言葉をかけて、つんとしてないでさ。それにどうしてそんなに離婚に固執するの?アキ、お母さんの言うことを聞いて、ちゃんと彼に謝って、仲直りするのよ。わかった?」それを聞いて、明里は虚しさを感じながら言った。「お母さん、もう無理よ。もう離婚するって決めたんだから」「なんて聞き分けがないの!離婚、離婚って……離婚がどういうことかわかってるの?あなたが離婚したら、お父さんと私の顔に泥を塗ることになるのよ!」明里は目に涙を浮かべながら言った。「お母さん、ごめん……」そう言って、彼女は電話を切った。実のところ、幼い頃から両親は彼女をとても可愛がってくれてたのだった。だが、慎吾が村田家に引き取られてからというもの、哲也夫婦は彼が両親を亡くしたことを不憫に思い、彼の方をことさら可愛がった。最初のうちは明里も何も思わなかった。彼女自身も慎吾をとても不憫に思っていたからだ。しかし、次第に両親が慎吾をあまりにも甘やかしすぎている態度に気づいてしまった。それは、両親が実の娘である自分以上に慎吾を可愛がっていたように思えるほどだった。特に、自分が潤と結婚してからは、もし慎吾がいなければ、村田家の暮らしはこれほど苦しくなることもなく、潤の前であれほど肩身の狭い思いをすることもなかったはずだ。そして今、両親は自分の気持ちを顧みず、潤に謝罪しろと迫ってくるばかりだった。明里が辛くないはずがなかった。彼女はしばらくぼんやりしていたが、やがて気を取り直して再び資料に目を落とした。どれくらいの時間が経っただろうか、スマホが鳴り、明里はそれを手に取った。潤から住所が送られてきて、続けて【ここに来い】と短いメッセージが届いた。気楽な一言だが、有無を言わさない雰囲気を漂わせていた。彼
Read more

第42話

だから潤は、ひとまずは離婚する気がないようだ。自分の両親が彼を呼び出し、「自分が理不尽で聞き分けがないから謝罪すべきだ」などと言っているに違いないと考えると、明里は屈辱と気まずさを覚え、またしてもこの男にプライドをズタズタにされたような気がした。実際、潤の視線には、どこか嘲りが含まれているようにさえ彼女には見えた。その視線は明里の心を深く突き刺し、かろうじて保っていた平静が、今にも崩れ去りそうだった。彼女は目尻を赤く染め、声を詰まらせそうになりながら言った。「お父さん、お母さん、私、自分のことは、自分で決めるから」それを聞いて哲也は怒りをあらわにした。「お前が決めるだと?お前に何が決められる!結婚は遊びじゃないんだぞ!いい年して、いつまで子供みたいなわがままを言っているんだ、みっともない!」玲奈もそれに続いた。「そうよ、潤はこんないい人なのに、あなたはどうしてそんなに物分かりが悪いの?」そう言うと、彼女は潤に笑いかけた。「潤、どうか広い心で見てやってちょうだい。この子は私たちが甘やかして育てたせいで、本当に聞き分けがなくて……」母親の卑屈で媚びるような笑顔を見て、明里は立っているのもやっとだった。自分のプライドも、これまで貫いてきた意志も、まるでバカげていた。彼女が潤に目をやると、彼も彼女の出方を面白おかしそうに見ていた。そして目の前で繰り広げられるこの茶番が、まるで潤には何の影響も与えないかのようだった。この様を、彼はきっと笑いもののようにさえ見えていたのだろ。潤の目には、自分と両親の姿が、さぞ滑稽に映っているに違いない。その時、下腹部に鋭い痛みが走った。一瞬、頭上の照明が眩しくちらつき、耳元では雑音が轟くような音が鳴り響いた。明里の体はぐらりと揺れ、立っているのもままならなかった。その時、大きな手が伸びてきて、彼女の腕を掴んだ。「アキ、どうしたの!」玲奈が慌てて立ち上がり、反対側から娘を支えた。明里は顔の血の気を失い、額には大粒の汗が浮かんでいた。彼らは明里を支えて座らせ、玲奈が水を一杯注ぎ、少しずつ飲ませた。すると明里は、次第に落ち着きを取り戻した。「お父さん、お母さん、潤と二人だけで話がしたいの」明里の声は微かに震えていた。「お願い」その様子を見て、玲奈も胸を痛め
Read more

第43話

潤は立ち上がり、明里を見下ろして言った。「こちらで離婚協議書を作成させる。準備ができ次第、連絡する」「どれくらいかかるの」感情の起伏のない明里の声を聞き、潤の眼差しは一層深くなった。「安心しろ、すぐだ」と彼は言った。そう言うと、潤は長い脚を動かし、個室を出て行った。ぴんと伸ばしていた明里の背中から、途端に力が抜けた。痛い。下腹部に違和感があり、胸も苦しい。まるで体中、どこもかしこも調子が悪いかのようだ。「村田さん?」からかうような声が不意に響いた。明里は真っ青な顔でそちらに目を向けた。なんと大輔だった。大輔はちょうど個室の前を通りかかり、何気なく中をちらりと見た。一度は通り過ぎたものの、何かに気が付いたように数歩後ずさりし、彼女に声をかけたのだ。そしてその顔を見て、大輔は我ながら勘が鋭いなと思った。明里は俯いて横を向いていたというのに、彼は彼女だと気づいたのだ。「誰かと食事か?」大輔はドアフレームに寄りかかり、口角を上げて笑いながら言った。「二宮と?」明里は彼と関わりたくなかったので、立ち上がってその場を去ろうとした。しかし、立ち上がった途端、体がふらつき、めまいがした。不意に腕を掴まれ、明里は支えができたことで、なんとか踏みとどまることができた。目を開けると、そこには大輔の整いすぎた端正な顔があった。大輔はすぐに手を離し、二歩後ずさりした。「大丈夫か?」明里はテーブルに手をつき、さらに青ざめた顔で首を横に振った。「大丈夫です、ありがとうございます」彼女のあまりに悪い顔色を見て、大輔は思わず口を開いた。「二宮はどこだ?あなたを一人に放っておくのは、紳士的じゃないな」大輔をよく知る者がこの言葉を聞いたら、きっと腹を抱えて笑い転げるだろう。なにせ、紳士的でない人間と言えば、大輔の右に出る者はいないからだ。彼は昔から常に自由奔放で、周りのことなどお構いなしだった。明里は大輔と一言も口を利きたくなかった。立ったまま少し息を整えると、先ほどの不調はもう治まっていた。彼女は顔を上げて彼を見ると、冷たく言い放った。「遠藤社長、ありがとうございました。失礼します」そう言うと、明里は大輔の横を通り過ぎ、個室を出た。すると大輔は、ふわりと甘い香りが鼻を掠めたように感じた。
Read more

第44話

やっと電話が繋がった明里は、急いで病院に駆けつけ、救急外来で玲奈の姿を見つけた。処置室の前で、玲奈は壁にもたれかかって泣きじゃくっており、立っているのもやっとという状態だった。そして明里に気づくと、彼女は涙を流しながら口を開いた。「アキ、あなたのお父さんが……」明里は母親に駆け寄って抱きしめた。「お父さんはきっと無事よ」両親にどれだけ不満があっても、彼らは血の繋がったかけがえのない家族なのだ。母親を抱きしめる明里の目からも、涙が止めどなく溢れ出た。明里が来たことで、玲奈は少し落ち着きを取り戻した。哲也はかつて大腸がんを患い、手術から三ヶ月の回復期間を経て、抗がん剤治療を開始したのだった。しかし、副作用の反応が非常に強く、副作用を抑制する最新の輸入薬を服用しても、その苦痛に耐えることができなかったのだ。結局、医師は抗がん剤治療を中止し、副作用の軽い薬を処方するしかなかった。そして今、突然倒れたというのは、決して良い兆候ではないだろう。「村田さんのご家族の方!」明里は慌てて立ち上がったが、途端に目の前がクラっとした。彼女はとっさに後ろの壁に手をついて体を支え、「はい、ここにいます!」と返事をした。書類を持って会計を済ませ、戻ってくると、慎吾がいた。慎吾の姿には、親が大変な状況にいる子供の悲壮感など微塵も感じられなかった。生き生きとして活力に満ち溢れ、服から靴までブランド品で固めているその姿は、まるでどこかの御曹司のようだった。しかし、彼が床にしゃがみ込んで玲奈を慰めているのを見て、明里は少しだけ安堵した。少なくとも、恩知らずな子供ではなかったようだ。さらに三十分ほどして、哲也は救急病棟に移された。検査の結果、以前のがんが肺に転移しており、貧血と血中酸素飽和度の低下が原因で意識を失ったことが判明した。今は応急処置を受け、モニターと酸素吸入器を装着し、意識を取り戻している。明里は、こうなることを心のどこかで予感していた。当時の執刀医は、大腸がんは転移しやすく、中でも肺は最も転移しやすい臓器の一つだと話していた。現代の医学はまだ万能ではなく、このような病状の変化は誰にも避けることができないのだ。心の準備はできていたはずなのに、医師から「がんの転移」という言葉を直接聞いた途端、明
Read more

第45話

大輔は笑いながら壁に寄りかかり、タバコの箱を取り出した。だが、ふと顔を上げると、壁に貼られた【禁煙】の表示が目に入り、フンと鼻を鳴らしてその場を立ち去った。明里はベッドのそばに腰掛け、先ほどの医師の言葉を反芻していた。哲也の化学療法の副作用がこれほど酷くなっているとなると、分子標的薬による治療への切り替えも検討すべきかもしれない。副作用も懸念されるが、それ以上に、治療費も馬鹿にならない。明里はスマホを取り出し、拓海にラインを送った。すぐに拓海から返信があった。【まだ他にもバイトを探してるのか?】明里は【先輩、お願いします】と打ち込んだ。拓海からの返信。【合格したら、学業が本格的に忙しくなる。バイトする時間なんてなくなるぞ】明里は【時間はなんとか作ります】と返した。しばらくして、向こうから返信が来た。【金に困ってるのか?】明里は【うん】とだけ返した。すると、すぐに拓海から電話がかかってきた。明里はちらりと哲也に目をやり、すぐに通話を切った。そして、【今、ちょっと電話に出られないんです】と打ち込んだ。拓海から【いくら必要なんだ?】と返信が来た。明里は一瞬きょとんとしたが、拓海がいくら必要なのかと尋ねているのだとすぐに気づいた。彼女はため息を一つつき、こう返信した。【先輩、大丈夫です。ただ、時間潰しと社会経験のために何かしたくて……だから、もし何かいいバイトがあったら教えてください。まだやることがあるので、また連絡します】そう打ち込むと、明里はスマホを脇に置き、もう画面を見ようとはしなかった。拓海からお金を借りるわけにはいかないのだ。拓海は以前、自分に告白をしてくれたことがあった。もう彼も今は他に好きな人ができたとはいえ、必要以上余計な関わりを持って、要らぬ誤解を招くのは避けたかった。夜になり、哲也がようやくはっきりと意識を取り戻した。そこで、明里はスマホを手に取り、玲奈を安心させるため、彼にビデオ通話させた。通話が終わると、病室は一瞬の静寂に包まれた。「お父さん、もう休んで」と明里は言った。「夜中に何かあったら、すぐに起こしてね」哲也は「ああ」と頷き、数秒黙り込んだ後、「アキ」と口を開いた。明里は彼の方を向いた。哲也はまずため息をつき、それから言った。「お父さんももう歳だ。こ
Read more

第46話

「だったら離婚しないと約束しろ!」明里は数秒黙り込んだ後、口を開いた。「わかった。離婚はしない」同時に、彼女は心のなかで、今はただ、哲也を安心させればいいのだとも呟いた。離婚の決意は決して変えないつもりだ。それに、どうせ嘘をついても、哲也には分からないはずだ。しかし、哲也は安心できない様子だった。「口先だけじゃないだろうな……そうだ、今ここで、潤に電話しろ」「お父さん!」「アキ、お前はお父さんを死なせる気か?」それを言われ、明里は言葉を失った。そして、仕方なく答えた。「わかった。かける」彼女はスマホを手に取ると、数秒間黙ってから、潤の番号をタップした。三、四回コールが鳴った後、ようやく電話が繋がった。しかし、聞こえてきたのは陽菜の声だった。「もしもし、明里さん?」明里は眉をひそめた。「潤は?」「ああ、潤さんならシャワーを浴びているよ」陽菜の声には笑みが含まれていた。「何か用?」その言葉に、明里の胸がチクッと痛んだ。潤はシャワー中で、彼のスマホは陽菜の手にある。潤はシャワーの後、裸でいる癖がある。ということは、彼の裸を、陽菜はとっくに目にしているのだろうか。二宮家には二人きりで住んでいるわけではないが、寝室のドアを閉めてしまえば、中で何をしているかなんて誰にも分からない。明里はスマホを握る指の関節が白くなるほど力を込めた。電話を切ろうとした瞬間、視線を上げると、哲也の期待に満ちた眼差しが目に入った。彼女はあらゆる感情を押し殺し、口を開いた。「じゃあ、また後でかけ直す」そう言って、明里は電話を切った。電話の向こうの声が聞こえなかった哲也が尋ねた。「どうしたんだ?潤じゃなかったのか?」明里は何も言いたくなくて、ただ「うん」とだけ返事をした。しばらくして、彼女は言った。「お父さん、もう寝て」しかし、哲也は首を横に振った。「潤に電話するのを見届けないと、安心できない」明里は仕方なく、もう一度電話をかけた。今度は、潤本人が出た。「何の用だ?」彼の声は低く魅力的で、男特有の色気があった。以前の明里なら、その声にさえ心を奪われていただろう。しかし、もう……二度とそんなことはない。彼女は単刀直入に切り出した。「潤、離婚するの、やめるから」電話の向こうは数秒間
Read more

第47話

哲也は電話を切り、言った。「見ろ、潤はやはりできた男だ。俺が入院したと聞いたら、すぐに来てくれるそうだ」明里は思わず口を開いた。「お父さん、婿が義父の病気を知って病院に見舞いに来るなんて、ごく当たり前のことじゃない?」「同じなわけないだろう?」と哲也は言った。「潤はただの一般人じゃない。あの方を普通の婿と同じ基準で考えてどうする?」明里は反論しようとしたが、言葉を飲み込んだ。そして彼女は言った。「お父さん、もう休んで。そんなことはもう気にしないで」哲也は言った。「それじゃあ、後で潤が来たら、ちゃんとお話しをするんだぞ。分かったな?」明里は頷いた。「分かった」哲也は体調が優れなかったが、明里が承諾したのを見て安堵したのか、すぐに眠りについた。ドアをノックする音が聞こえた時、明里は潤がもう着いたのかと思った。哲也が眠っているため、彼女は急いでドアのそばへ行き、扉を開けた。「静かにして、お父さんが寝て……先輩?」ドアの外に立っていたのは、意外にも拓海だった。明里は病室から出ると、静かにドアを閉めた。「先輩、どうしてここに?」「心配で、慎吾に連絡したんだ。彼から聞いた」と拓海は言った。「ずっと連絡を取り合っていたんですか?」明里は不思議そうに尋ねた。「彼からそんなこと一度も聞いたことありませんでした」拓海は説明した。「連絡先が残っていただけで、実際やり取りはほとんどしてなかったさ」明里は頷いた。「おじさんの容態は?」と拓海が尋ねた。明里は彼に状況を説明した。話を聞き終えると、拓海はスマホを取り出して何か操作をした。まもなく、明里自身のスマホから通知音が鳴った。スマホを手に取ると、拓海から200万円が振り込まれていた。「先輩……」「借用書、ちゃんと書いてくれよ」拓海はスマホをポケットにしまいながら言った。「俺の金だって、ただじゃないんだからな」そう言いながら、拓海は分かっていた。これ以上高額では、明里が受け取るはずもない。この200万円ですら、断られるかもしれないのだ。明里が黙っていると、拓海は続けた。「大学時代からの付き合いだろう。何年の仲だと思ってるんだ。今あなたが困っているのに、助けないわけないだろう?それとも、俺のこと、一度も友達だと思ったことないのか?」ここまで言われ
Read more

第48話

それをさっき潤に電話をかけてから計算すると、それほど時間は経っていなかった。どうやら、潤も電話をもらってすぐに駆けつけくれたようだ。明里はとりあえず彼に声をかけた。「来たのね」潤は大股で近づき、彼女に尋ねた。「容体はどうなんだ?先生は何と?」「転移していたの」明里は事実を告げた。「もう化学療法しか、方法はないって」潤は何かを言おうと口を開きかけたが、結局、言葉を飲み込んだ。明里は電話での言葉を思い出し、説明した。「離婚しないと言ったのは、お父さんのためなの。病状が不安定な彼を、心配させたくなくて。離婚するのは変わらないから、でも、なんとかバレないように協力してくれない?お願い」「明里」潤は冷たい視線で彼女を見つめた。「お前が離婚すると言うから、俺は離婚の準備をした。今度は離婚しないと言って、芝居に付き合えだと?俺を何だと思ってるんだ?」その言葉は、以前、明里が潤に問い詰めた言葉だった。それが今度は、彼の口から鋭く突き返された。明里は言った。「あなたを困らせたいわけじゃないのは分かってる。でも……前に会社の株価が変動するって、言ってたじゃない?」「それはお前が気にすることじゃない!」潤の冷たい言葉から、明里は一つのことを悟った。彼は以前、会社への影響を理由に離婚を渋っていたが、今はもうそんなことは考えていない。それどころか、自分以上に早く離婚したがっているのかもしれない。自分の家の事情で、二人の離婚を遅らせるわけにはいかない。特に潤ほどの人間なら、何事も計画的に進めているはずだ。そう考えると、明里は口を開いた。「分かった。離婚の準備はこのまま進めて。こっちの問題遅らせることはないから」潤は彼女を見つめた。「なんだ、芝居に付き合う必要はなくなったのか?」明里は首を横に振った。もともと潤と両親はほとんど会っていなかったのだ。だから、離婚したところで、自分が言わなければ両親はずっと知らずにいただろう。彼女は口を開いた。「ただ……離婚した後、私の両親には連絡しないでほしい。もし会うことがあっても、離婚のことは言わないで」それを聞いて、潤の目線は一気に冷え込んだ。底知れない闇のように、暗く沈んでいた。そして、彼の声もまた冷たかった。「離婚した後に、俺がお前の両親に連絡する理由がどこに
Read more

第49話

玲奈は不憫そうに言った。「食べ終わったら、家に帰って休んで。昼間は私と慎吾がいるから大丈夫よ」明里は頷いた。間もなく、看護師がドアをノックして入ってきた。「ご家族の方、入院費の支払をお願いします。昨夜確認したところ、残高が少なくなっていますので。急に薬が必要になった時、足りなくなると困りますから」明里は慌てて顔を上げ、「はい、わかりました」と言った。彼女は急いで食事を終えると、「お父さん、お母さん、支払いに行くね」と言った。玲奈は明里を見つめ、何か言いたげな様子だった。慎吾は率直に尋ねた。「お姉さん、金あるのか?」明里は頷いた。「ええ、あるから大丈夫」そう言うと、彼女は病室を出て行った。哲也は慌てて玲奈に言った。「アキが離婚しないと約束してくれたぞ」それを聞いて、玲奈は驚きながらも喜んで言った。「本当?」慎吾も意外そうだった。「マジかよ?お姉さんが約束したのか?」哲也は笑みを浮かべて言った。「昨日、俺が見ている前で電話で話していたんだ。それに昨夜は潤も来てくれたんだが、その時は俺は寝てしまっていた」「それなら良かった、本当に良かったわ!」玲奈はホッと息をついた。「あの子ったら、何を意固地になってるんだか。潤みたいに条件のいい人、他にいないのに、どうして思いつめちゃうのかしらね?」慎吾はへらへらと笑った。「そうだよな。潤さん、金持ちでイケメンだし。お姉さんは何をもったいぶってるんだか」玲奈は不満げに彼を見た。「余計なこと言わないの!あなたは彼女の弟で、将来は実家の支えにならなきゃいけないのよ。それなのに今じゃ、お金をせびってばかり。これじゃあ、彼女が嫁ぎ先で肩身の狭い思いをするじゃないの?」慎吾は慌てて言った。「おばさん、今は仕事がないけど、将来成功しないってわけじゃないよ。安心して。俺、将来は絶対たくさん稼いで、おばさんとおじさんに親孝行するし、お姉さんの支えにもなるから!」それを聞いて哲也は満足げに言った。「それならいい」明里が会計窓口に行くと、職員は彼女に入院番号を確認してから尋ねた。「どうしてお金を払うんですか?」明里はきょとんとした。「どういうことですか?残高が少なくなったんじゃないですか?」職員は言った。「昨夜、1000万円を納めていただいてますよ。いくらお金があるからといって
Read more

第50話

コールが数回鳴って、ようやく相手が出た。明里は、また陽菜が出るのではないかと、一瞬考えてしまった。幸い、耳元に聞こえてきたのは潤の低い声だった。彼が「もしもし」とだけ言った。明里はとっさに言葉を返せなかった。潤は少し苛立った声で言った。「明里か?」そこでようやく明里は口を開いた。「あの、昨夜病院に来てくれた時、お父さんの入院費を立て替えてくれた?」「まだ離婚はしていないし」潤は言った。「お前の父親を放っておくわけにはいかないからな」彼のその言葉を聞いて、明里はすぐにその意味を察した。他意はなく、これはただ潤にとって、事務的な行為に過ぎないのだ。それに、彼にとってはこれくらいのお金、大したことじゃないし、きっと持て余しているだろうから。そう、明里にとって一大事であっても、潤からすれば取るに足らないことなのだ。明里は唇の端を吊り上げ、自嘲するように笑った。そして、「ありがとう」と彼女は言った。「それだけか?」と潤は言った。明里はきょとんとして、「え?」と聞き返した。「口先だけで礼を言うとは。誠意が全くないな」彼がそんなことを言うとは思ってもみなかった明里は、仕方なく尋ねた。「じゃあ、どうすればいいの?」「今夜、パーティーがあるから付き合え」潤はさらに付け加えた。「まだ離婚はしていないんだ。パートナー同伴が必須だから、付き合ってくれ」こういったことは以前にもあり、明里も一度や二度は彼に付き添って出席したことがあった。「夜は病院に付き添いで泊まるんで、行くとしても、八時過ぎには戻らないといけないけど、大丈夫?」「ああ、それでいい」と潤は答えた。明里は言った。「分かった。じゃあ場所を……」「午後に人を寄越す。まずはヘアメイクだ」潤はそう言うと、どこか苛立ったように続けた。「じゃ、もう切るから」そして、電話は一方的に切れた。明里が「分かった」と言う前に、スマホからは通話が切れたツー、ツーという無機質な音が聞こえてきた。彼は自分と、一言だって余計な言葉を交わしたくないのだろう。明里はスマホを置くと、ベッドで寝返りを打ち、布団を頭まですっぽり被った。やがて彼女は布団をめくり、青白い顔をのぞかせると、横を向いたまま眠りに落ちた。そのまま、昼過ぎまで深く眠り込んでしまった
Read more
PREV
1
...
34567
...
15
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status