プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~ のすべてのチャプター: チャプター 961 - チャプター 970

970 チャプター

第961話

優香はそのまま次々と、他の小説にも手を伸ばしていった。「一晩で六つ子を妊娠!?冷酷御曹司が土下座で復縁を懇願」やら、「夜の秘め事」やら、「もう誘惑しないで、将軍はついに陥落しました」やら。おかげで、これまで縁のなかった知識がずいぶんと増えた。もっとも、どこまでが誇張なのかは、まだよくわからないのだけれど。けれど、今の啓太の反応を見ていると、どうも小説のヒーローに少し似ているような気がしてならない。まさか……本当に、あんなふうになってるんじゃないよね?優香はちらりと横目で彼を窺った。啓太は座ったままで、上着に隠れているため、見た目には何もわからない。「立ってみて」啓太は動けなかった。「……どうかしたか?」なぜ優香は寝室へ行かないのだろう。いったい、何を企んでいるんだ。「立ってみてよ」優香はもう一度繰り返した。啓太はゆっくりと深呼吸をして、ようやく口を開いた。「優香、いったい何がしたいんだ?」「あ、わかった」優香は両手を膝に乗せて前かがみになり、ひょいと彼の顔を覗き込んだ。「啓太って、そんなに敏感なの?」啓太は生まれてこのかた、これほど恥ずかしい思いをしたことは一度もなかった。顔をそむける。耳の先が赤く染まっていることなど、自分ではまったく気づいていない。「全部お見通しなんだから」優香は少し得意げに笑った。「隠したってムダだよ」啓太はもう開き直るしかなかった。「わかってるなら、なんであっちへ行かないんだ」「私の家なのに、どこへ行けっていうのよ」優香はさらりと返した。「それに、これは私のせいじゃないし」啓太は黙り込んだ。優香がこんなにも近くにいる。彼女から漂うやわらかな甘い香りが、鼻腔をくすぐる。本当に、たまらなかった。これではますます動けない。このお姫様に、とにかく早く向こうへ行ってほしい――今はただ、それだけを願っていた。「この間、私に向かって『男としてダメだ』って言ったの、やっぱり嘘だったんじゃない?」「他の女には反応しないって意味だ。でも、君は違う」啓太は静かな声で言った。「そんなの、信じられないわ」啓太は膝の上に置いた大きな手を、ぐっと握りしめた。優香は信じてくれない。だが、こういうことは証明のしようがないのだ。「なんで黙ってる
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第962話

啓太はリビングでどれくらい座っていただろうか。ようやく体の熱が引いて、感覚が落ち着いてきた。優香をどうすれば喜ばせられるのか、本当にわからない。あれこれと頭を捻っても、今の彼女に足りないものが思い浮かばないのだ。そもそも、彼女には何一つ不自由がないのだ。そこで啓太はふと気がついた。彼女に欠けているものがないのなら、何かを買い与えて機嫌を取ろうと焦る必要もないのではないか。結局のところ、そうした品々はすべて物質的なものでしかない。生粋のお嬢様が、そんなものに目もくれないのはごく自然なことだ。自分が本当に大切にしなければならないのは、優香に嘘偽りのない真心を見せること――啓太はそう結論づけた。自分に欠点がないわけではない。女癖が悪いと思われているのは百も承知だ。しかし、それ以外に長所がないわけでもない。時間をかければ、きっと優香の見る目も変わるはずだ。優香が昼寝から目を覚まして部屋を出てきたとき、すでに啓太の姿はなかった。彼女は小さくあくびをしながらソファにもたれ込む。手の届くテーブルの上には、ちょうどいい温度に冷まされた蜂蜜水が一杯用意されていた。起きる気配を察した瞬間から、使用人がすでに準備を整えていたのだ。おかかとこんぶは午前中に山登りをして、すっかりくたくたになっていた。優香が眠っていた間、二匹も一緒にぐっすり眠っていたらしい。優香がソファに腰を下ろすと、おかかが短い脚をよたよたと動かして飛び乗り、彼女の胸のあたりにちんまりと丸くなった。こんぶといえば、さすが猫らしくしなやかにひょいと跳び上がり、足元で丸まった。猫も犬もいる。まるで娘と息子がいるようなものだ。なんだか人生、これでもう十分な気さえしてきた。スマホが鳴り、手に取ってみると明里からメッセージが届いていた。【温泉に行くんだけど、一緒にどう?】というお誘いだった。優香はがばっと身を起こし、矢継ぎ早に文字を打ち込んだ。【行く行く!ペット連れてってもいい?】すぐに明里から返信が来る。【ペットと泊まれるホテルだから大丈夫だよ】優香の表情がぱっと明るくなった。【じゃあ絶対行く!いつ出発!?】一方その頃、潤はこっそりと親友に連絡を入れていた。【温泉に行くんだけど、うちの嫁が優香を誘ってるところだ】啓太から返ってきたのは、お礼の言
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第963話

「あなたが慣れないんじゃないかと思って」朱美は少し心配そうに言った。「私のために、無理して合わせなくていいのよ。子どもたちと一緒にいるのが窮屈なら、二人で出ていって別に住んでもいいんだし」「確かに以前は、一人の空間の方が気楽だったかもしれない」裕之は正直に認めた。「でも今は、君がいるところなら、どこでも居心地がいいんだ」「つまり、やっぱり一人暮らしの方がよかったってことじゃないの」「そんなわけないだろ。君と一緒にいる方が、ずっといい」朱美はふっと微笑んだ。「あなたに我慢させていないか、心配なの」「俺が我慢するような人間に見えるか?」「あなたのことだから、私のためなら平気で我慢するわ」裕之は再び彼女に口づけた。「そうかもしれないな。でも、それがまったく苦じゃないんだ。朱美、俺は今、本当に幸せだよ。ちゃんと考えたんだ。手元の仕事、少しずつ後任に引き継いでいこうと思う。次の任期は、もう受けない」朱美は驚きのあまり言葉を失った。男にとって、権力の誘惑というものは愛情よりもずっと大きい。裕之はその両方を手に入れることができた、稀有で幸運な人間だった。今の生活に、朱美は十分すぎるほど満足している。裕之がどれほど多忙であっても、自分だって暇を持て余しているわけではない。ただときどき、もう少しだけ時間を共にできたらと願うことはある。けれど、それが現実的でないことも十分に理解していた。裕之は朱美一人のものではない。政府に属し、仕事に属し、そして何より国民のものでもある。そんな自分勝手なことは言えない。せめて、引退を迎えた後の時間は全部もらえる――それだけで十分だと思っていたのだ。それに朱美は知っている。裕之は心からこの仕事を愛しているのだと。多忙を極めていても、確かな生きがいを持って職務に臨んでいる。「……本当に、決めたの?」耳に届いた言葉が信じられなくて、思わず聞き返してしまった。第一線から退いてしまえば、ほぼすべての権力を手放すことになる。後はただ、静かに引退を待つだけの日々になるのだ。裕之は深く頷いた。「ああ、決めたよ。朱美、俺はこの世界でずっと頑張ってきた。戦い続けてきた。正直なところ、疲れもした。でも今の立場まで上り詰めて、自分の人生に恥じることは何一つない。これからの時間は、ただ君
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第964話

明里には到底信じられなかった。こんな都合のいい偶然があるはずがない。お忍びで温泉に来てみたら、なぜか啓太が待ち構えているなんて。驚いた後、優香もさすがに不自然さに気づいて、すかさず潤に目を向けた。「潤さん、もしかしてこっそり教えたの?」潤が弁解する前に、啓太が口を開いた。「彼は関係ない。俺はここ数日、ずっとこの宿に泊まっているんだ」そばに控えていた支配人らしき人物がすかさず加勢した。「おっしゃる通りでございます。増田様にはこの三日間ご滞在いただいております。私が保証いたします」潤はひそかに眉を上げた。啓太のやつ、手回しが早い。証人まで用意していたとは。これで明里たちも何も言えなくなってしまった。優香だけが不思議そうに首を傾げた。「なんでこんなところで寝泊まりしてるの?」市内からここまで、車で一時間以上はかかるのだ。「最近よく眠れなくてね」啓太はもっともらしく答えた。「ここは静かだし、温泉に浸かると体が楽になるんだ」「ふーん」優香は短く相槌を打った。啓太が自然な動作で近づいてきて、優香の腕の中からこんぶをさりげなく受け取った。「みんなで来たのか?」一行は言葉を交わしながら、奥へと歩き始めた。潤は内心で感心していた。あれだけ頭の回転が速くて手回しがいいのに、それでも彼女を落とせないとしたら、それはもう運命としか言いようがない。潤は明里と宥希を連れて、自分たちの部屋へと向かった。啓太は優香のそばに残り、キャリーケースを引き、こんぶを抱きかかえた。おかげで優香は、おかかのリードを持つだけで済んだ。優香は上質なお嬢様風のワンピースをまとい、優雅で可憐だった。啓太は左腕にこんぶを抱え、右手でキャリーケースを引いている。スーツにタイトなベスト、それにシャツを合わせたスリーピースは、これから国際会議にでも向かうかのような隙のない出で立ちだ。こんぶの抜け毛が高級なスーツに散っていたが、決して不釣り合いには見えなかった。むしろなぜか、妙に微笑ましい光景だった。優香は慌てて視線を逸らした。自分の頭の中が、啓太の腹筋のことでいっぱいになっていたなどと、口が裂けても認めたくなかった。「今日こうして会えたのは本当に偶然だ」啓太が言った。「でも、部屋の配置は偶然じゃない。俺の隣の部屋に泊まってほしいんだが
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第965話

優香は浴槽の縁に肘をついて、おかかをあやしていた。啓太は反対側にいる。彼女からかなり距離を取っていた。「こんぶ、大丈夫かな」と啓太が口を開いた。「心配なら、誰かに家まで送らせるけど」思えばこれまで何度か連れ出したことがあったが、こんぶはいつも落ち着いていた。どうも今日は様子がおかしい。ホテルに入ったとき、どこかで妙な鳥の鳴き声がしていたような気がする。あのときから、こんぶが少し神経質になっていた。きっと怖かったのだろう。「わかった」優香も心配だった。変に刺激されてストレスになったら困る。「誰に頼むの?ちゃんとした人じゃないとダメよ」「任せて」啓太はスマホを手に取った。手短に電話をかけ、てきぱきと指示を出した。「俺のアシスタントだ。君も会ったことあるだろ。仕事はできるやつだ」そう言われて、優香の脳裏に一人の顔が浮かんだ。眼鏡をかけた、物腰の柔らかい男性だ。「今までずっと、あなたの秘書やアシスタントって全員女性なんだと思ってた」「なんでそう思った?」「だって、あなたみたいに女遊びが派手な人だったら、周りに女性秘書がいないのは逆に不自然じゃない?」啓太はため息をついた。「秘書もアシスタントも、昔からずっと男だよ」「あ、なるほど!」優香はぽんと手を打った。「身近な相手には手を出さない主義なんでしょ」啓太は苦笑した。「好きに思ってくれていい。俺にとっては、仕事は仕事、プライベートはプライベートだ」職場に私情を持ち込むつもりなど、最初からなかった。「まあ、一応信じてあげる」優香はおかかの顎をくすぐりながら言った。「なんで一応なんだ」啓太は苦い顔をした。「俺は嘘はついていない」「そうは言うけど、あなたが本当にここ数日ずっと泊まってたなんて、やっぱり信じられないもの」証人まで用意したのに、まだ疑われるとは思っていなかった。明里でさえ、もう疑っていないというのに。しかたなく啓太は白状した。「……正直に言う。潤から連絡をもらって、君たちが来ると知ったから、先回りして来たんだ」「やっぱり!潤さんと二人で私たちを騙したのね!」優香はぷうっと頬を膨らませた。「優香、怒るなら俺だけを怒ってくれ。潤には関係ない。あいつも俺の背中を押そうとしてやってくれたんだ。だから明里さんには言わないでほしい」優
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第966話

啓太は少し躊躇した。近くに行きたい気持ちは、もちろんある。でも、怖かった。自分の体が正直すぎて、理性を失って優香に失礼なことをしてしまいそうで。おまけに優香はどこまでが一線か分かっていないようで、時折とんでもないことを無邪気に口にする。そのたびに、啓太の心拍数は跳ね上がっていた。「来てよ!」動かない彼に、優香が不満げに口をとがらせた。「好きって言いながら、そんなに離れてるの?」「好きだからこそ……君を大事にしたいんだ」「大事にするなら最初から一緒に入らなければよかったじゃない。同じお湯に浸かってるくせに、今さら何を気にしてるの」確かに彼女の言う通りだ。啓太は数秒迷ってから、ゆっくりと立ち上がり、お湯を掻き分けて優香の方へと歩いていった。立ち上がると、胸元こそバスタオルで隠れているが、引き締まった腹筋はくっきりとあらわになった。水着は腰まわりをさほど覆い隠してくれるものではない。優香は「恥じらい」という感覚をあまりよく分かっていなかった。普段から動画や雑誌で、男性モデルの腹筋を目にすることだってある。この間触って感触の良さを知ってからは、なおさら遠慮なくじっと見つめてしまう。啓太は彼女から少しだけ離れた場所を選んで腰を下ろした。こんなふうに熱を帯びた視線で見つめられるだけで、もう限界に近かった。以前の自分は、欲にひたすら忠実な人間だった。女に触れなくなってから、いったいどれだけ経つだろう。聖人君子でも高僧でもない。男としての欲がないわけがなかった。むしろ、これまで抑え込んで積み上げてきたものが全部、目の前の優香一人に向かって爆発してしまいそうだった。「まだ遠い」腰を下ろした途端にお目当ての腹筋が見えなくなって、優香はまた不満そうだ。「私が取って食うわけでもないのに、何を怖がってるのよ」啓太は心の中でぼやいた。食べられるのはこっちじゃない、俺が君を食べてしまいそうで怖いんだ――とは、さすがに口が裂けても言えない。優香が突然、手のひらでお湯をすくい上げ、啓太の方へと思い切りはねかけた。完全に無防備だった啓太は、顔にまともにしぶきを浴びた。彼はぽかんとする。続けて、またバシャッとお湯がかかってきた。おかかが隣で興奮して、湯船の縁を行ったり来たりしている。
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第967話

「わかってるわよ!」優香はムキになって言い返した。「この間あなたが言ったじゃない。好きなだけ触っていい、好きにしていいって。今さら撤回するの?」「撤回はしてない……」啓太は頭を抱えた。「触るのはいいんだけど……」「絶対嫌なんでしょ!」「最後まで聞いてくれ」啓太はなだめるように言った。「触ること自体はいい。ただ、俺の気持ちも少しは考えてくれないか。俺は石ころじゃないし、君は女で、しかも俺が心から好きな人だ。そんな君に触られたら……俺は、つらいんだ」「わかった」優香はさらりと言ってのけた。「要するに、そういうことでしょ」啓太はますます息が詰まりそうになった。「優香、この話題はもうやめようか」優香が気乗りしないのはともかく、たとえ彼女がその気だったとしても、啓太には何かするつもりは微塵もなかった。まだその時じゃない。優香が心から自分を好きになってくれる前に手を出したりしたら、それこそ隆に殺されかねない。それに、啓太自身がそんな不誠実な真似をしたくなかった。だからこそ、優香のこうした無防備な行動は、彼にとって本当につらい拷問だった。「嫌!」優香はきっぱりと言い放った。「あなたって、私のことまだ何も知らない子どもだと思ってるんじゃないの?何もわかってないとでも思ってる?」「子ども相手だったら、俺は好きにならない」啓太は苦笑した。「それじゃただのケダモノになってしまう」派手な女遊びはしてきたが、啓太には明確な一線があった。成人したばかりの子や、若すぎるホステスなど、一度も手を出したことがない。これまで関係を持ってきた相手は、すべて酸いも甘いも噛み分けた大人の女性ばかりだった。優香もそのあたりは多少調べて知っていた。彼のことが気になっていたのだから。「じゃあ今はどういうつもりなの?」「君のことを大切にしたいんだ」啓太は真摯な瞳で言った。「男というのは、挑発に弱い生き物だ。あんまりこういう話をしていると、理性が飛んで君に失礼なことをしてしまいそうで怖いんだよ」二人はお湯の中に立ったまま向き合っていた。ほんのりとした湯気が間を漂い、温泉の熱が体をじんわりとほぐしていく。優香は彼と喧嘩をしに来たわけじゃない。楽しみに来たのだ。こんな意地の張り合いで時間を無駄にしたくなかった。「じゃあこれからは、ずっ
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第968話

女性経験が豊富な啓太でさえ、さすがにこれには少し言葉に詰まった。なぜ優香は、こうも容赦なく核心を突いてくるのか。しかも、彼女の言うことはどれも的を射ているのだ。これには彼も、恥ずかしさのあまり返す言葉がなかった。優香は勝ち誇ったように笑う。「やっぱりね!あなたって本当に恥知らずね!」「そうだよ、俺は恥知らずな男だ」悪びれずにそう認められてしまうと、優香もそれ以上は何も言えなくなってしまった。この話は、ひとまずそこでお開きとなった。その後、優香がどんな際どい話を振っても、啓太は断固としてその挑発には乗らなかった。二人は一行とともに週末をこの温泉で過ごし、誰もが楽しい時間を送った。優香は啓太をからかっていないときは、おかかを連れてあちこちを楽しげに歩き回っていた。啓太はゆったりとした足取りで、彼女の後ろについていく。この施設にはまだ整備が行き届いていない場所もあり、怪我でもしてはいけないと気を張っていたのだ。帰り道、明里は潤に向かって言った。「増田さんがあんなに辛抱強く誰かに合わせているところ、初めて見たわ」「惚れ込んでいる本命の相手と、その場限りの遊び相手じゃ、態度が違って当然だろ」「このままいったら、優香ちゃん、本当に彼のことを好きになっちゃうかもね」細かいことを抜きにすれば、啓太の条件は本当に申し分ない。もし彼が本気で心を入れ替えているのだとしたら、その大人の魅力に抗える女性はそうそういないだろう。「優香が啓太を好きになったとして、何が問題なんだ?河野家の絶対的な力に、うちとの強固なつながりもある。啓太だって、その重みは痛いほどわかってるさ。もしあいつが浮気でもしたら、その全部を敵に回すことになるんだからな。あいつも大人だ、自分が何を一番大切にすべきかくらい、ちゃんとわかってる」「でも、浮気するかもしれないような男を、わざわざ好きになる必要はないじゃない」「他の誰かと付き合ったからって、その相手が一生浮気しないっていう保証がどこにある?」明里はもう一言言い返そうとして、やめた。潤の言う通りだったからだ。「それに」潤は静かに続けた。「恋愛のことは、優香自身が決めればいい。優香が嫌だと言うなら、俺たちにはどうにもできないしな」そう言われて、明里はようやく肩の力が抜けた。
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第969話

窓辺に飾られた水引細工は、どれも二人の手作りだった。精巧とは言えないが、どこか愛嬌があって見ていて飽きない。朱美はいろいろと材料を買い揃えてきては、裕之と一緒に手作りの飾りを作り、部屋のあちこちに飾った。それがまた、家の中の雰囲気をしっとりと彩り、温かみを添えていた。お正月には、高級なレストランを予約することはしなかった。専属の料理人たちにも休みを取らせた。家族みんなで台所に立ち、手作りのおせち料理を囲んだのだ。明里はもともと台所仕事が苦手で、身重の体ではなおさらだ。朱美の料理の腕前も、お世辞にも良いとは言えなかった。だから自然と、広い台所を仕切ったのは二人の男たちだった。義理の父と、娘の夫――血の繋がった正式な親子ではないかもしれないが、心の中ではとっくに、かけがえのない本当の家族だった。二人は息の合った見事なコンビネーションで台所を切り盛りした。大切な女性たちが料理をしないのなら自分がするしかないと、普段から手慣れているため、二人の連携は淀みなくスムーズだった。小さな宥希も、背伸びをして台所仕事を手伝った。潤がいつも言い聞かせていたのだ――「男たるもの、何でも一人でできなければいけない。責任感を持て。どんな困難にも立ち向かう強い気持ちを忘れるな」と。だから宥希は、一生懸命に学ぼうとしていた。頼もしい、立派な男になるために。新年の挨拶回りは、裕之と潤が相談した末、思い切ってすべて断ることにした。妻たちに意見を聞いてみたところ、まったく異議はなかった。大晦日から松の内が明けるまでの間、家族以外の誰とも食事をせず、来客を家に招くこともなかった。ただ穏やかで、温かくて、晴れやかなお正月だった。年明け最初の出社日になって、潤がようやく会社に顔を出し、社員たちに新年の祝儀を配り、いくつかの急ぎの用件を片づけてから、早々に帰宅した。明里のお腹はすっかり大きくなっていた。片時も彼女から目を離したくなかったのだ。新年を迎え、裕之はいよいよ重責から完全に解放された。年明けの仕事もほとんどなく、望めば出勤しなくても構わない。彼はもう、朱美と過ごす水入らずの時間を存分に楽しみ始めていた。二人が夫婦となってから、共にのんびり過ごす時間は本当に少なかった。人生は決して長くない。限られた人生の時間を、二人はず
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第970話

息をするのすら忘れるほどだった。今の時代、出産はかつてほど命がけの危険なものではないと頭ではわかっている。それでも、新しい命をこの世界に迎えるまでの間には、何が起こるかわからない。思いがけない事態が起きることだってあるのだ。もしそれが、愛する明里の身に降りかかったら――そう想像するだけで、潤には耐え難い恐怖だった。もう、産ませない。二度と、こんな恐ろしい思いはしたくない。分娩室の扉の外で待つというのは、これほどまでに心が削られるものなのか。落ち着かない。不安だ。怖い。気が気でない。そして、永遠にも似た時間の後、ついに「母子ともに健康です」という知らせが届いた瞬間、潤の体からすっと力が抜け、壁にずるずるともたれかかってしまった。安堵の涙が、熱く頬を伝い落ちた。宥希が明里のお腹の中で育ち、生まれてくる瞬間。そこに父親として立ち会えなかったことは、潤にとってずっと消えない心残りだった。だが今度は、最初から最後まで、この目でしっかりと見届けた。小さな命が明里のお腹の中でゆっくりと育ち、この世界に産声を上げるまでのすべてを。その胸を満たす感覚は、どんな言葉でも言い表せないものだった。誇らしさ、深い安堵、狂おしいほどの愛おしさ、そして極限の心配――その全部が一度にこみ上げてきた。潤は目を閉じ、ようやく深く、ほっと息をついた。産後の明里は、ひどく体力を消耗していた。潤は、別室で休む赤ん坊に目を向けるよりも先に明里のそばへ寄り、汗で乱れた彼女の髪をそっと耳にかけ、その額に静かに口づけた。「お疲れ様」囁く声の端には、まだ涙の震えが残っていた。「本当によく頑張ったな。俺たちに、可愛い娘が生まれたよ」息子と娘。これ以上望むべくもない、完璧で円満な家族だった。生後百日を祝うお食い初めの宴は、潤の肝煎りで盛大に開かれた。生まれたばかりで小猿のように赤かった頃と比べると、赤ちゃんはすっかり愛らしい顔立ちになっていた。まるでおとぎ話のお人形のように可愛い。生まれた直後、宥希は決して口には出さなかったが、心の中ではこっそりと思っていたのだ――妹は、なんでこんなにくしゃくしゃな変な顔をしてるんだろう。まるで子猿みたいだ、と。でも数日もすれば、みるみるうちにふっくらと可愛くなっていった。黒葡萄のようにきらきらとした
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