婚姻届を提出したその日――久遠澪奈(くおん れいな)が婚姻届を黒瀬颯真(くろせ そうま)に差し出した瞬間、彼のスマートフォンが鳴り響いた。通話を終えたときには、颯真の笑みは跡形もなく消えていた。電話を切った彼は、申し訳なさそうに澪奈の手を握りしめる。「澪奈……待っていてくれ。今度こそ、俺たちの両親を殺した奴らを見つけ出し、必ず血の報いを受けさせてやる」澪奈は、こんな言葉のあとに待ち受けている運命を、想像すらしていなかった。三か月後、彼女のもとを訪ねてきたのは颯真の上司だった。差し出されたのは、弔慰金と「殉職」の通知書。「久遠さん……颯真は任務中に襲撃を受け、殉職しました。遺体は……確認されていませんでした」鷲尾剛司(わしお たけし)隊長の声は、押し殺すように重かった。通知書に貼られた写真の中で、颯真はまだ少年のように笑っていた。その日を境に、澪奈の世界は音を立てて崩れ去った。重度の鬱は蔦のように絡みつき、昼は目を開ける力すらなく、夜になれば悪夢に引きずり込まれる。夢の中、全身血まみれの颯真が手を差し伸べる。「澪奈……もう、待つな」ある朝、澪奈はソファに横たわり、再び手首に傷を刻んだ。血の気が引く意識の中、テレビの画面に映ったのは――見間違えるはずのない人影。彼女は目を大きく見開き、息をすることさえ忘れていた。市民祭り「百組カップルイベント」のニュース。群衆の片隅を映すカメラの先に、白いシャツを着た颯真がいた。彼は、白いワンピースの少女の裾についた落ち葉を、穏やかに払い落としていた。刃物が「カラン」と床に落ちる。澪奈は血の滴る手首も構わず、よろめきながら外へ飛び出し、警察署へ駆け込んだ。「彼……生きてるんですよね?」鷲尾の袖を掴み、震える声で叫ぶ。「見たんです!颯真を!あの女と一緒に!」鷲尾は目を逸らし、深く息を吐いた。「颯真は確かに生きている。任務中に敵に捕らわれ、救出されたときは重傷だった。目を覚ますなり、警察を辞めると願い出て……お前には黙っておけと。理由は……言わなかった」澪奈は胃の奥がひっくり返るような吐き気に襲われ、署を飛び出した。気づけば、両親の墓前に立っていた。墓碑に刻まれた笑顔を見つめ、長く堪えてきた嗚咽が一気にこぼれ出る。胸元
Read more