All Chapters of 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ: Chapter 111 - Chapter 120

168 Chapters

第111話

凪は呆れ果ててしまった。彼女の足取りは、カメの歩みと言ってもいいほどゆっくりとしたものだった。それなのに、それさえも葵に文句の種にされるなんて……凪は静かにため息をついた。「あとで黒崎グループの新しいスマートグラスを買いなさい。周りの状況も分かるし、簡単な計算だってしてくれるの。目も足りない、頭も使わないあなたにはぴったりだわ」その言葉が放たれると、集まった野次馬たちは必死に笑いを堪えていた。グラスを手にした一人の男が、思わず吹き出してしまった。凪はその笑い声につられて目をやった。その男は体格が良く、目元が少し強面に見えるが、くせ毛のある髪型と相まってどこか悪戯っぽい笑みが印象的だった。葵は言葉を失い、さらに見知らぬ男に笑われたことで、怒りに任せて男をキッと睨みつけた。男はようやく笑いを収めて背を向け、そのまま人混みの中へと戻っていった。凪はその後ろ姿を見送り、ふっと笑った。こんなに大勢の注目が集まる場面でああも自由でいられるのだから、ただ者ではないに違いない。しかし深くは考えず、彼女はそのまま前へ進んでいった。するとその背後で、直美が葵の惨敗を見て不機嫌そうに鼻で笑った。「使えない女。結局、私がやるしかないのね」彼女は直接、別のやり方で凪に痛い目を見せようと近づいていく。しかし、彼女が凪の前に出ようとしたとき、すでに後を追ってきた渉が二人を見つけ、とっさに直美を制止した。「そんな無駄な動きはよせ。面倒な揉め事に巻き込まれるぞ。席なら後ろにある」渉の顔を見て、直美の目は恨みから甘えの表情へと一変した。「渉さん。どうして凪さんだけが堂々と前を歩いて、私たちの席はこんなに後ろなのよ」渉は軽く眉を寄せながら、目の前にいる凪を見た。「凪、よかったら一緒に後ろの席へ来ないか?最前列にふさわしい立場ではないと、自分で分かっているだろう。もしその目立つ衣装を着て最前列にいて、黒崎夫人の姿を見た周囲の誰かがそちらを突いたら……空さんは本当に君を守れると思っているのか?」彼が「空夫婦」の寄り添う様子を見かけた時を思い出す。それはどう見ても仲の良い夫婦そのものに見えた。しかし空が冷徹な男であることは有名であり、本気で惚れているはずがないと踏んでいた。あれは間違いなく政略結婚で
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第112話

「これより、黒崎グループ新作発表会を始めます」司会者の声とともに、スポットライトがステージを照らす。観客席は静かに暗闇に沈んでいった。だが、肝心の空の姿がなかなか見えない。凪は、仕事で忙しいのだろうと思い、気にとめることはなかった。そのとき、彼女の左手の空席に誰かが座った。葵が大輔を伴って、何食わぬ顔で並んで席についたのだ。ステージの青い光が、誇らしげな葵の顔を照らす。彼女は胸を張り、大輔の腕にしがみついた。そして、凪の隣にある空席を見て、挑発するようににんまりと笑った。凪はそれを取り合らず、ステージ上の発表に静かに耳を傾けた。葵は拍子抜けしてしまい、面白くなかった。相手を悔しがらせるつもりが、かえって自分自身の胸がもやもやとする。発表会が半分ほど進んだところで、一時休憩に入った。「こちらはわが社の最新スマートグラスです。ご興味のある方は、あちらのブースでご試着いただけます」開発スタッフたちはあちこちで、新製品の技術的な向上について熱心に語り合っている。他の会社の責任者たちも顎に手を当てながら、いかに投資して利益を得るか考えているようだった。人々が立ち上がり、辺りはにわかにガヤガヤと騒がしくなる。凪は少し息抜きしようと、立ち上がった。すると、葵がわざとらしく足を突き出してきた。子供だましね。凪の瞳が冷たく光り、ハイヒールが彼女の足首を確実に踏みつけた。「あぁっ!」葵が悲鳴を上げた。凪の涼しげな表情を見て逆上した葵は、勢いよく立ち上がると言い放った。「人前で何するのよ!最低だわ……」そう言いかけた瞬間、ビリリッ、という音が鳴った。葵のドレスの背中部分のファスナーが弾け、肩の部分がずり落ちていく……「きゃっ!」「なんてこと!」周囲から一斉に驚く声が上がった。葵は慌ててずり落ちるドレスを押さえたものの、周囲の好奇の視線を浴びて、顔が一瞬で真っ赤に染まった。近くにいたスタッフがすばやく機転を利かせ、上着を持ってきて彼女の背中を覆った。どうにか服を抑えて立ち尽くす葵は、睨むような視線を凪にぶつけた。「凪!わざとやったでしょう!最初から私には小さいドレスを選んでおいて、わざと怒らせて。皆の前で無様な格好になるのを見て楽しんでたのね!お父さんに絶対言いつけてやるんだ
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第113話

会場の外にあるテラスエリアには、夜風が吹き抜け、バーテンダーとわずかな客がいるだけだった。「何かお飲みになりますか?」バーテンダーが慣れた手つきでグラスを操り、氷とブランデーが心地よい音を立てる。凪は気だるげにガラスのフェンスに寄りかかり、指先を軽く上げた。「酔いたくないから、オレンジジュースでいいわ」「かしこまりました」バーテンダーは、穏やかな物腰で微笑んでいた。艶やかなオレンジが彼の手をすり抜け、鮮やかに躍ると、そのままジューサーへ滑り込んでいった。凪は退屈しのぎに、どのバーテンダーも派手な手つきを見せるのが好きなのだろうかと考えていた。そこへ、直美が歩み寄ってきた。「空さんが今日来ていないのは、メディアに写真を撮られて、奥さんにバレるのが怖いからなのかしら?凪さん。お金持ちの愛人でいるのって、本当に幸せなの?」やれやれ。面倒なやつがまた来たものだ。夜風が二人の前髪をかき乱し、風が目にしみたのか、直美は目を少し細めた。風上に立つ凪は口元に微かな笑みを浮かべ、その瞳は愉快そうに揺れている。「私は今の生活に十分満足しているけれど。それがあなたの気に障ったかしら?」「……」直美の顔から、みるみる余裕の笑みが消えていった。凪はそんな直美の顔を冷めた目で見つめた。出会った頃、田舎から出てきたばかりの彼女は、いつも飢えたように不安げな瞳をしていた。結局、自分がお人好しだったということだろう。手垢にまみれたお下がりの教科書を抱きしめる姿、すっかり底の破れたボロ靴、怯える肩の奥に潜む人生の不条理への恨み。それらを目にしたせいで、放っておけずに手を差し伸べてしまった。都会に連れ出し、新しい服を着せて、暖かい部屋に入れた。学費も全額出した。しかし、彼女は学問に励むどころか、服を脱ぎ捨ててネグリジェを身にまとって、自分と渉の家に入り込み、じわじわとカビのように居場所を侵食していったのだ。今の直美の瞳には、かつて理不尽に怒りを燃やしていた気高き面影はカケラも残っていない。そこにあるのは、ただ嫉妬だけだった。凪はフェンスから離れ、バーテンダーからオレンジジュースを受け取った。「私が酒を選ぶのも、ジュースを選ぶのも、私の自由よ。高い酒を飲み干して夢現の中にいるあなたに、正
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第114話

なんという茶番だろう。凪は、こんな馬鹿げたヒーロー気取りの場面など見ていられず、まっすぐ空のほうへ歩いていった。「忙しそうね?」「スピーチの原稿にちょっと問題があって……」凪を前にすると、空の瞳から冷たさがすっと消えた。肩幅の広い彼は一歩下がり、冷たい夜風から凪を守るように、そっと彼女の肩に手を添えた。「そろそろ休憩時間も終わりだな」「ええ。後半の、あなたのスピーチを楽しみにしてます」凪は視界の端に渉を捉えた。彼は直美をかばいながら、こちらを心配そうな目で見つめていた。あれもこれも手に入れようとする男なんて、本当に反吐が出る。凪はそう考えると、わざと空の体に寄り添ってみせた。空の体が一瞬だけ強張った。しかしすぐにいつもの落ち着きを取り戻し、凪を連れて会場へと戻っていった。二人は並んで席に座った。空が隣に座っていた男と目を合わせると、その人は声を潜めてからかった。「とんでもない奥さんを捕まえたな」空は相手を静かに睨みつけた。その男は慌てて口を閉じた。凪には二人の会話は聞こえなかった。ただ、同じような地位の者同士、知り合いなのは当然だろうと思った。発表会の後半。黒崎グループの代表として、空が壇上でスピーチを始めた。会場が静まり返る中、空は落ち着いた様子でスポットライトを浴びた。「これが我が黒崎グループが新たに開発したスマートグラスです。目の不自由な方の歩行をサポートするのはもちろん、複雑な演算システムにより、行く先々の安全性も即座に解析できます……空は淡々と、そして丁寧に説明を進めた。障がい者のサポートから、健常者向けの高度な情報処理機能まで、その可能性は尽きない。客席では、凪が熱心に耳を傾けていた。顔を少しだけ上げ、彼が提示する障がい者のための未来や、新技術が切り拓く世界に静かに思いを馳せる。まるで、遠い昔の夢を見ているようだった。何年も前、渉と起業したばかりの頃も、こうして必死に自分たちの製品を紹介して、スポンサーを求めて奔走していた。当時は、ちょうどK市から逃げ出してきたばかりで、お金なんて何もなかった。愛人の子である渉の手元にも、資金なんてほとんどなかった。都会の雑踏の中、二人で手当たり次第に会社を訪ねて回り、ほんのわずかな出資金のため
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第115話

空が今の失言を気にしていることはないだろう。凪はそっと横を向いて、空の表情がいつもと変わらないのを見て、ようやく少しほっとした。たくさんの招待客たちが席を立ち始めた。空は少し腰をかがめて、彼女に耳打ちした。「このあと、黒崎家の本邸に戻る」「うん」凪はうなずいた。もともと今日は一日中空けておいたので、他に予定はなかった。二人が会場を出て、廊下を通りかかった時、大輔が突然やってきた。「空さん、来て早々スピーチで忙しそうだったから、挨拶する時間もなかったよ」凪は何も言わなかった。すぐ隣に並んで座っていたのに、挨拶する暇がなかったなんて、よく言える。空も全てお見通しといった様子で、淡々と返す。「身内に挨拶なんて必要ない」「そう?でも、凪さんは俺に挨拶してくれたけど。もしかして、凪さんは身内じゃないってこと?」大輔は含みのある視線を凪に向けた。凪はフッと小さく笑った。「そんなこと、どうでもいいわ」「……」大輔は引きつった笑みを浮かべた。凪は気にも留めなかった。空と結婚しただけであって、黒崎家の人全員に気に入られる必要はないからだ。だが、大輔の隣に立つ葵は、納得がいかない様子で、甘ったるい声を上げた。「大輔さんは挨拶をしたかっただけなのに。お姉さん、どうしてそんな失礼な態度をとるの?」「親しくないから、話す必要がないの」凪はそれ以上関わるのが面倒で、葵に視線すら向けなかった。葵はなおも言い返そうとした。しかし空は凪のあとを追い、葵を冷たく一瞥した。「確かに、親しくない人と無理にしゃべる必要はないな」親しくない人って誰のこと!?葵は怒りで頭がおかしくなりそうだった。自分は凪の妹なのに、空はいったい誰を他人扱いしているのだ。凪は笑いをこらえた。自分が空の甥である大輔を他人扱いし、空は義理の妹の葵を他人扱いする。実に良いコンビだ。傍らで空は、笑みを浮かべる凪を見て口角を上げた。一方で葵は、悔しげに大輔の傍へ身を寄せる。「大輔さん、空さんはどうしてあんなひどいことを言うの……」大輔は何も言わなかった。ただ、立ち去っていく凪と空の後ろ姿を、ぼんやりと見つめていた。味方をしてらえなかった葵の表情はみるみる顔が青ざめていく。どうして大輔は私の味方
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第116話

「やかましい」忍の一言で、萌は泣くのをやめた。その代わり、懇願するような目つきで、隣の大輔の腕を引っ張って席についた。忍は静かに凪へ視線を向けた。「萌は少し気が短くて、口が過ぎたようだ。二宮グループを育ちの悪い家の出だなどとは、誰も思わんよ」萌はハッとした。二宮グループの令嬢である凪が、この席に座っていることを完全に忘れていた。しかし、萌の目には未だに見下す色があった。彼女にとって二宮グループなど、ただ格式の低い家門にすぎないのだ。凪は忍が気遣ってくれたのも、萌が敵意を向けているのも分かっていたが、ただ軽く微笑んでうなずくだけにした。忍は凪が怒っていない様子を見て、大輔の方を向いた。「お前ももう子供ではないのだ。そろそろ婚約の話を進めるべき時期だろう」大輔は、ちらりと凪を見た。「ひおじいさん、俺はまだ婚約なんて……」「婚約したくないのか、それとも外で女遊びを続けたいだけか?」忍が鋭い目を向けた。大輔は言葉に詰まった。どう拒否すればいいのか。拒否すれば、外で女遊びを続けたいことを認めることになってしまうからだ。忍は、先ほどの写真に写っていたのが凪の妹であることを思い出し、凪に向き直った。「凪はどう思う?大輔は早めに良い人を見つけて、婚約するのは、いいことではないか?」つまり、妹と大輔の交際についてどう考えているのかを探ったのだ。凪は全てを察した。「私は……」「何が言いたいの?」萌が急に会話を遮り、焦ったように声を張り上げた。「写真の女とは姉妹なのでしょ?妹を大輔から遠ざけるような真似、できるはずないわよね!」本当にせっかちな人だ。凪はため息を飲み込み、お茶を一口含んでから、落ち着いた調子で忍に話し始めた。「黒崎家の将来を考えるならば、大輔さんにきちんとした政略結婚を用意するのも、良い選択だと思いました。私と空さんのように、ビジネスのための政略結婚であっても、今はとても幸せです。空さんはおじいさんに立派に育てられ、私のことをとても大切にしてくれていますから。きっと大輔さんも、将来の奥さんを大切になさるはずです」そう言いながら、凪は空の方へさりげなく体を寄せ、仲の良さを示してみせた。萌は呆然とした。実の妹の味方をしないなんて……それどころか、妹の恋の
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第117話

凪は静かに微笑みながら、鋭い視線を向けてくる萌をじっと見つめた。「萌さんは、二宮家のことを、よくご存じないようですね。私はずっとY市に住んでいて、入籍した後にK市へと戻りました。それ以前は、二宮グループにも二宮家にも、令嬢は葵一人だけだったのです。それに、葵が大輔さんに近づいたのも、今に始まったことではありません。もし私と空さんが大輔さんを陥れる気なら、おじいさんに新たなお見合い相手を探してもらう必要などありません。今すぐ葵と結婚させればいいだけの話です。どちらの言っていることが正しいのか、一度よく考えてみてください」これ以上、何も言う必要はなかった。凪は言葉を切り上げると、お腹をこなすために庭の方へと向かった。その場に残された萌は、凪の言うことにも納得がいくだけの筋があると思い直した。空が忍にそれだけ深く信頼されており、さらに凪がこれほど黒崎家で優遇されているのを考えれば……この夫婦二人が先ほど、直接大輔に葵を娶るよう促していたら……忍も、本当に真剣に考えたはずだった。しかしこの二人にそんな気がないとなると、原因は別にしか考えられない。「なるほどね……」すべてを理解した萌は、悔しげに唇を噛み締めた。「二宮家は、私の息子を利用しようだなんて、なんて図々しいの!」絶対にただじゃ置かないから。……凪が庭園に足を踏み入れるより早く、大輔に行く手を遮られた凪はため息をついた。散歩一つするにも、こうして足止めを食らうのか。凪は気だるげに目を向けた。「何でしょう?」「そんなにも、俺に婚約者を作って結婚してほしいと思っているのですか?」大輔は険しい表情で少しずつ近寄り、凪の無関心な様子にいら立ちを見せた。「俺が家庭を持てば、空さんの持つ権利はこっちへと移りますよ。俺が権利を得れば、そちらの立場も危うくなるというのに、何も怖くないのですか?」「すっかり正体を隠すのもやめたようですね」凪は大輔との距離を取りつつ冷たく言った。「私は、黒崎家の内輪もめに関わる気はありません」それに、仮に関わるとしても――味方は空ただ一人だから。これ以上、大輔に説明をする意味などない。しかし大輔は、引き下がろうとしなかった。「一体、空さんみたいな男の何がそんなにいいんですか?あいつと一緒にい
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第118話

黒崎家の本邸の前。大地は、明里を連れて車から降りた。二人はそれぞれ、大きな贈り物の箱を抱えている。二人が来ることを30分前に知らされていた執事は、丁重に中へと案内した。「二宮様、ようこそお越しくださいました。大旦那様は広間でお待ちです。空様と凪様にも、お越しになる旨をお伝えしてあります」凪?二人は顔色を変えた。なぜ凪が、こんな時に黒崎家にいるのだろうか?そこへ、ちょうど庭の散歩から戻ってきた凪が二人を見つけ、歩み寄ってきた。凪は二人が大事そうに抱えている箱を一瞥し、眉を上げた。「それは、おじいさんへの贈り物?」「そうだよ。まさか手ぶらで来るわけにはいかないからね」大地は額から冷や汗をにじませ、それとなく箱を体に引き寄せた。「凪、お父さんはね、黒崎グループが大きな案件をくれたお礼に来たんだよ。それに君の立場が良くなるように話もしたくてね。これは目上の者同士の話だから、口を挟むんじゃないよ……」凪は、逆に興味が湧いた。普段の大地なら、安いものでも人に贈り物をするときは大騒ぎするはずなのだ。それなのに、この重そうな贈り物を、コソコソと隠そうとするのはおかしい。凪は二つの箱をじっと見つめた。サイズからして、中身は陶磁器や木彫りのようだ。陶磁器……彼女は眉を寄せ、問いただそうとした。そのとき、後ろから空が歩み寄ってきた。「せっかく来たから、そうやって隠さず、開けて見せてくれないか」「それは……」明里は気まずそうに、隣の大地の様子をうかがった。大地は後ろめたさから凪の視線をそらし、まともに目を合わせようとしない。そこへ、萌が忍を支えながら下りてきた。人が集まっているのを見て、不機嫌そうに言う。「そんなところで何をしているの?邪魔よ」「まあ良いではないか?」忍は、宥めるように萌の手に触れた。二宮家を相手に、忍はあくまで穏やかだった。「二宮社長からの贈り物かい?自分で持たれていることはない。空、早くお二人の荷物を受け取りなさい」「凪も俺もここにいるから、俺たちが持つよ。それに、おじいさんにも中身を見てもらおう」空は手を伸ばし、二人が抱える箱を受け取ろうとした。忍が目の前にいるのだ。大地も明里も、これ以上は引き伸ばせないと悟った。二人は観念したように、しぶしぶ箱
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第119話

萌の言葉が終わるか終わらないかのうちに、忍の目つきもまた、急激に冷たくなっていった。忍は亡き妻を一途に愛し、生涯その愛を捧げ続けた人だった。だからこそ、贈り手の不実さを露呈させるような贈り物は、見ることすら腹立たしかった。ましてや受け取るはずがなかった。黒崎家の人間を本気で怒らせてしまったと焦った大地は、すかさず言葉の矛先を変えた。「これは亡き妻の作品などではない!それに、そんな大層な記念品でもないよ!どこにでもある、普通の陶磁器に過ぎないんだ!凪、君は母親を失ってからというもの、俺をずっと逆恨みしていた……立派な黒崎家に嫁いだからといって、父を貶めるためにこんな嘘をつくのか。父を無情な人間に仕立て上げて、一体何が楽しいんだ!」彼は顔を真っ赤にして怒鳴り、わざとらしく目を潤ませた。なんと白々しい逆ギレだろう。あまりのことに頭へ血が上った凪は、みんなの前で陶磁器の一つを手に取ってひっくり返した。その底に深く刻まれていた文字こそ、母と大地の二人の名前だった。「ここの『大地』って、まさかお父さんの名前ではないとでも?これがもしお母さんがお父さんのことを思って作ったものではなく、どうして大切な作品にわざわざ文字まで入れるの?おかしいではないの?自分の個人的な欲のためにお母さんの遺品を贈ろうとしながら、確認する手間すら惜しまれたというわけね!」凪は溢れる憤りをぶつけた。底部に刻まれた二人の名前が、あまりにも皮肉に響く。大地は言葉を失って口をもぐもぐさせたが、一言も返せなくなった。隣にいた明里もすっかり青ざめてしまい、うまく言葉が出てこない。そこへ、忍は冷ややかに言い放った。「どうやら二宮社長は亡き妻を侮辱しただけではなく、本当の祝意すらお持ちではないようだね。黒崎家にはこんなものなどいくらでもある。どうかお持ち帰りを」そこまで言い放つと、視線を空へ向けた。「いつまでただ見ておるつもりだ?凪がこれほど傷ついているのに、広間へ連れて休ませてやることもできないのか」握り拳を震わせていた空は、祖父の声にはっとし、すぐに凪を連れて行った。萌も同様に、忍を労り、その場を離れようとした。大地と明里の二人は、目を細めて互いに視線を送り、ふつふつとした憎悪を募らせていた。全ては凪のせいだ、と。そうは言っても
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第120話

葵はネックレスをぎゅっと握りしめた。その顔は血の気がなく、真っ青だった。凪は心の中で鼻で笑った。やっぱり、敵の敵は味方になるものだ。明里と葵は、あまりに自分たちを高く評価しすぎだ。萌の容赦ない言い方は、この二人を叩き直すのにぴったりだ。忍は、萌をたしなめる気は全くない様子で言った。「わざわざ持ってきて、凪の手元に返したいと言うなら、今ここで凪に渡しなさい」明里は驚きの表情を浮かべた。青ざめた顔は、衝撃のあまり凍りついていた。明里としては、ただのその場しのぎの言い訳だった。こんなに高価な陶磁器を、本気で譲るつもりなどなかったのだ。忍は明里の顔色を見て、ふっと微笑んだ。「嫌ならいい。もともと黒崎家と二宮家の繋がりは、それほど深いわけでもないのだから……」「もちろんです!返すべき相手にお返しします!」大地は、慌てて声をあげた。こんな陶磁器よりも、黒崎家との関係のほうが、はるかに重要だったのだ。大地はすぐに、二つの箱を凪の目の前に差し出した。凪は鼻の奥がツンとした。「おじいさん、ありがとうございます」「凪のものなのだから、お前の手元にあって当然だ」忍は穏やかに微笑んで、より一層あたたかな目を凪に向けた。大地はひそかに歯を食いしばった。まるで自分の身を切り裂かれ、不孝者の娘に都合よく奪われたような気持ちだった。ぴりぴりとした空気が、ようやく穏やかになってきた。使用人が知らせてきた。「夕食のご用意ができております」みんなはダイニングルームに向かう。その時、萌が言った。「大輔を下に呼び出して。一緒に食べるわ」「かしこまりました」明里と大地には声がかかっておらず、帰ろうとしたが、大輔の名を聞いた明里が思わず大地を引き止め、意を決して切り出した。「凪、謝罪もして、物も返したわ。私たちは身内なんだから、これからも仲良くやっていきましょうよ」言いながら、明里は葵を連れて席に座ろうとした。葵も階段の方を期待の目で見つめ、大輔と一緒に食事をすることを期待していた。凪は気に留めなかった。彼女たちが図々しく居座ろうとも、自分には関係ないことだ。だが隣にいた萌は、愛想笑いを浮かべる葵を見て、心底からの嫌悪を覚えた。彼女は葵の前に立ちはだかった。「男が足りないなら、いくらで
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