All Chapters of 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ: Chapter 121 - Chapter 130

168 Chapters

第121話

凪はかなり上機嫌だった。母の形見の陶磁器を手に入れ、葵と明里の悔しそうな顔まで見られたからだ。お腹が空いてきた凪の横で、空は手際よくスープを取り分けてくれていた。「ありがとうございます」凪は明るい笑顔を見せた。忍の前では仲の良い夫婦を演じなければならないと、凪はよく分かっていた。「気に入ってくれたならよかった」空はその笑顔を見つめ、一瞬だけ指先を震わせた。しかしすぐに何事もなかったかのように手を引き、今度は凪の好きそうなおかずを取り分けてあげた。忍は満足そうにうなずいた。夫婦とはこうあるべきだと思ったのだ。しかし、そのやり取りを見ていた大輔の目には、どす黒い憎悪が宿っていた。……夕食が済んだ。空は、今日の発表会を終えた後の、投資配分の件で会社に戻らなければなかった。それでも彼はわざわざ遠回りをして、凪をブリーズ・ガーデンズの入り口まで送り届けてから、ようやく車を走らせた。凪は夜風に吹かれながら、入り口へと歩いていった。「凪」聞き慣れた声が聞こえてきた。凪は振り返ると、暗がりに渉が立っていた。焦りを滲ませた表情で、こちらへ歩いてくる。「凪、一緒にY市に帰ろう。親から早く結婚しろってせかされているんだ。でも、俺の相手は凪しか考えられない。戻ったら、凪が望んでいた通りにしよう。婚姻届を出して、そっちの好みの式を挙げる。株も返すし、家も新しく買い直すよ……もし直美が邪魔なら、海外へ行かせてもいい」そのとき、暗がりの方でカサッと音がした。凪は我に返った。渉が突然こんな一方的な要求をしてきたので、頭が追いつかなかったのだ。いきなり一体、何を言っているのだろう?すると物陰から、直美が信じられないといった様子でふらふらと歩み出てきた。「渉さん……会社で残業って言っていたのに。本当は、ここで凪さんを待ち伏せしていたのね。その上、凪さんを引き戻すために、私を海外へ追い出すつもりなの?最近、私の喘息がひどいのは知っているでしょ。いつも死にそうになるのに、海外に一人で放り出されたら、どうやって生きていけばいいの?」直美は、自分がコンビニへ何か買いに出たところで、偶然その言葉を聞いてしまうとは思ってもみなかった。渉はぎょっとして瞳を細めた。直美がこのタイミングで出てくるとは思っていなかったのだ
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第122話

主人。その言葉は、渉の胸に鋭いナイフとなって突き刺さった。渉は凪の肩を掴んで、どうして13年の歳月が一瞬で消えてしまうのか、問い詰めたい気持ちに駆られた。それどころか、凪は自ら望んで空の愛人に成り下がったのか、その真実も確かめたかった。しかし、喉まで出かけた言葉は出てこなかった。中島グループの看板が渉の頭をかすめ、口を重くさせた。自分はすでに凪を失ってしまったのに、恋愛での好きという気持ちのせいでこれ以上のものを失うわけにはいかなかった。家へと戻る凪の気分は晴れやかだった。柔らかいソファに深く腰掛けた途端、しばらく連絡のなかった電話番号からメッセージが届いた。【来月、私のオーケストラがK市で公演することになったの。また、曲を作ってくれない?】メッセージの後ろには、甘えるような仕草をする可愛い猫のスタンプが付いていた。とても可愛らしかった。凪は誰から届いたものかすぐにに察した。松尾琴音(まつお ことね)――世界的なオーケストラのリーダーであり、有名な作曲家でピアニストだ。以前、凪は琴音としばらく活動を共にしていた。互いに駆け出しながらも天才的な感性を持ち、二人は運命を感じるほど完璧なパートナーだった。ただ、琴音はそのまま音楽の道を突き詰め、凪の方は渉への好きという気持ちを最優先したのだった。琴音は凪の複雑な恋愛事情をあまり知らなかったのだが。次第に二人の間の連絡も少なくなってしまっていた。このタイミングで琴音が連絡をくれたということは、凪がK市に帰ってきた話が耳にも届いたからだろう。これまでの友情を大切に思う気持ちに変わりはない。凪は快くその依頼を承諾し、かつて二人が何度も通ったお気に入りのカフェで待ち合わせをした。……週末。凪は早めにカフェに到着した。かつて学校のそばにあったあのこじんまりとした店は、すでに3階建ての上品でお洒落な店に変貌していた。メディアにも度々取り上げられ、2階と3階はセレブたちが集うスペースとなっていた。打ち合わせのために、凪は3階で最も高い席を予約した。時間通りに、琴音が現れた。有名人ゆえの変装だったのだろう。サングラスにマスク、深いフードの中性的な服を身に纏い、凪の正面へ堂々と座ると笑顔で声をかけてきた。「久しぶり!なんだか前より綺麗
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第123話

令嬢たちは、まるで見世物でも見るかのようにヒソヒソと話し合い、興味津々な様子で直美を眺めていた。凪は眉間にしわを寄せた。彼女たちは明らかに、直美を馬鹿にして楽しんでいるだけだ。それなのに、直美は……ピエロのように扱われて、嬉しそうにはしゃいでいる。これじゃあ本当に、お似合いの組み合わせ。凪はため息をついて首を振った。直美のプライベートなことにまで首を突っ込むつもりはない。琴音との会話に戻ろうとした。すると突然、バイオリンの音がぴたりと止まった。直美はバイオリンを置くと、凪の方を睨みつけた。「凪さんじゃない?私のバイオリンは凪さんが教えてくれたのに、なんでそんな馬鹿にしたような顔をしてるの?」凪は表情ひとつ変えない。まわりの人たちからひそひそ声が漏れる中、琴音も面白そうに視線を向けた。それでも直美は食い下がってくる。「凪さん、まさか男の人に甘やかされすぎて、弾き方を忘れちゃったの?もし良かったら、そっちも弾いてみてよ。随分と時間が経ったけど、私たちのどっちが上手くなっているか、ハッキリさせましょう」しつこい、本当にうんざりする。凪は余裕のある様子でくるりと向き直った。「私の相手になるとでも思っているの?」「なによ、おこがましい!」直美は鼻で笑った。「そっちが男の人の間でふらふらしているときも、こっちは、一秒だってバイオリンの手を抜いてないもの……」だが、言葉が終わるのを待たずに、琴音が退屈そうに遮った。「さっきの演奏を聞けばすぐに分かるよ。お世辞にも、プロの演奏とは言えないものね。よくも『一秒だってバイオリンの手を抜いてない』なんて言えるわね。そんな風に必死で練習を続けている人のレベルは、もっと全然上のはず。それを凪の指導のおかげだなんて言って、単に凪の恥さらしをしているだけなんじゃないかしら?」凪は危うく吹き出しそうになった。琴音のツッコミは、自分よりも遥かに口酷いで鋭い。直美はようやく琴音の存在に気付いた。少し前にこの、帽子とメガネで顔を隠したこの女が令嬢たちにクスっと笑われていたのを思い出し、自分の方が格上だと調子づいたように鼻を鳴らした。「一体何様のつもり!?バイオリンのこともよく知らないくせに、偉そうに口を挟まないで!教えてあげる。私はね、世界的に大人気なピアニス
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第124話

「さすが育ちの悪い田舎者は、口を開けば吐き気がするほど汚い言葉が出てくるのね。今こうしてバイオリンを抱えて、私の前で大口を叩いているけれど、一体誰があなたをあんな田舎から救い出してあげたのか、忘れちゃったの?昔あなたをそこから引き上げてあげたように、今度は底なし沼に沈めることだって簡単なのだからね」凪は一語一句、周りの令嬢たちの目の前で、直美の本当の育ちをはっきりと暴露した。居合わせた令嬢たちは皆驚いて、思わず手を口元にあてた。直美の目は急に細くなった。こんなことは、予想もしていなかった……まさか凪が、大勢の人の前で、自分の育ちについて話して侮辱してくるなんて。直美の記憶では、凪はいくら感情的になっても、育ちのことを持ち出すような品のないことはしないはずだった。悔しさのあまり、直美が周囲に釈明しようとしたその時、渉が姿を現していた。彼は階段のところで、凪の発言を聞き驚いた様子だった。「直美……」「渉さん!」渉が口を開くより早く、直美は急いで彼のもとに駆け寄り、目に涙を溜めて言った。「ここで私が、凪さんの気分を損ねてしまったの。だから凪さん、一時的に怒っただけで……凪さんを責めないであげて!」凪はそちらに目を向けることすらしない。このいつもの見飽きたお芝居を、直美はあとどのくらい繰り返すつもりだろう?渉は直美を見ていたが、言葉を出すより先に、周囲の令嬢たちから冷ややかな視線が向けられた。「直美さんの彼氏さん、とてもイケメンね」「あの方は中島グループの後継者よ。直美さんは、あんなハイスペックな男性とお付き合いができて幸せ者だわ」直美は少しはにかんだ様子で、より深く渉の横に寄り添った。渉は令嬢たちの話を聞き流しながら、直美と共に中心の場所へ歩いていく。「直美とはお付き合いしていません」そう言うと、彼はどうしても気になってしまう様子で、視線を凪へと走らせた。その様子に直美も周りの令嬢たちも、その場にぽかんとしてしまった。鋭い視線が一瞬で凪に向けられる。凪は渉の視線に気づき、最悪だと思った。ここで余計な揉め事に巻き込まれて、付きまとわれたくはなかった。凪はためらうことなく琴音を連れ、カフェを後にした。カフェを出て、琴音は凪の今の複雑な状況をまだ飲み込めていなかった。そこ
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第125話

凪の瞳が、少しだけ輝きを取り戻した。琴音は運転手に住所を告げた。琴音がY市に新しく作ったスタジオは、まだ新築の匂いが残っていた。中にはあらゆる楽器が揃い、広々とした練習室やレコーディングルームがいくつかあった。暖色系のライトが木のフローリングを優しく照らしていて、とても温かい雰囲気だ。琴音のオフィスへ向かう途中、たくさんのスタッフが彼女に丁寧な挨拶をしてきた。琴音は慣れた様子で、それに応じる。凪は、心の中でひそかに感心した。かつて音楽のことしか頭になかった少女が、今や一人前になったのだと。部屋に入ると、凪の目は、真っ先に一丁のバイオリンに引き寄せられた。琴音はクスッと笑った。「このバイオリンが似合う人は、そうそういないわよ」そう言いながら、バイオリンを凪の手へと渡す。「昔の凪の好みに合わせてチューニングしておいたの。ちょっと弾いてみて?」「チューニングまでしてくれたんだ」凪は指先でバイオリンのボディを優しく撫で、琴音をじっと見つめた。「ずいぶん前から、私を誘うつもりだったのね」「へへっ」琴音は頭をかいて笑った。凪が大切な宝物を触るように高価なバイオリンを見つめ、その瞳に情熱が戻るのを見て、琴音はふと真面目な顔になった。「凪、やっぱりまだ音楽が好きなのよね」それなのに、楽器から離れるなんて。凪の手がぴたりと止まった。彼女は苦笑いしながら、バイオリンを首元に挟む。「まだ、やらなきゃいけないことがあるから」母が二宮グループに残してくれたすべてのもの。それを、まだ取り戻していない。琴音はしばらく、黙って見つめていた。凪の奏でる音は、最初はぎこちなかったものの、次第になめらかで、切ない旋律へと変わっていく。「ねえ、私のオーケストラで定期的に演奏してくれない?仮面をつければ、誰にもバレないから。これなら、凪の他の仕事の邪魔にもならないでしょ?」その言葉に、凪が奏でていた音がぴたりと止まった。彼女はゆっくりと目を開け、豪華なスタジオを見回しながら、そっと唇を引き結んだ。「琴音のオーケストラはすごく有名でしょ。私のような素人が混じるのはちょっと……」「そんなことない!演奏している時のその輝いた目が、何よりの証拠だよ!」琴音は突然歩み寄って彼女と視線を合わせ、その真っ直ぐな瞳を覗き込ん
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第126話

凪は、空の目の前まで来てようやく足を止めた。空の名前を小さく二度呼びかけたが、返事はなかった。空は、背筋をぴっと伸ばしたまま、まっすぐ凪を見つめて固まっている。「空さん?」凪は空の目の前で、そっと手を振ってみた。すると空は、ハッと我に返った。見惚れていた自分に気づき、バツが悪そうに、不思議がる凪の視線から目をそらした。それから、小さく咳払いをした。「ごめん、仕事帰りで少し疲れているだけだ」今日の凪が、いつもと違ってとても綺麗な格好をしていたから見惚れていたなんて、絶対に認めるわけにはいかなかった。凪は空の言葉をそのまま信じて、深く考えなかった。ただ、無意識に首の後ろに触れた。ドレスを着ない日に髪をアップにするのは、まだちょっと慣れなかった。でも琴音には、こうして顔回りをすっきりさせた方が、顔立ちが引き立って綺麗に見えると言われたのだ。凪自身にはその違いが分からず、ただ首回りが涼しいなと感じているだけだった。そう思いながら、そそくさと車に乗り込んだ。その後ろ姿を見送っていた空は、白いうなじが視線に入り、ゆっくりと凪の隣に腰掛け、横を向いた。凪は空の横顔を見つめながら、不思議に思って自分の頬にそっと触れた。おかしい、と思った。自分のメイクやドレス、そんなに変だったろうか?空がなんだか、自分を避けている気がするのは、気のせいだろうか?……二人は、パーティー会場に到着した。空はあらかじめ、凪のためにふさわしいドレスだけを手配させておいた。メイクを直そうともしなかった。凪が空の腕を優しくとって、二人でエントランスをくぐると、明るい照明の下、凪がまとう銀色のドレスが輝き、非の打ち所のない美貌を引き立てた。まつ毛をわずかに震わせるだけで、会場のあちこちから小さなしきささやきが聞こえてきた。「さすが、あの黒崎社長の隣にふさわしい女性ですね……」「本当にお綺麗、まさに美男美女ですね」周囲から寄せられる絶賛の声は、途切れることがなかった。招待客は今までのビジネス関係の晩餐会のように群れをなすこともなく、皆どこか品があった。凪が見渡すと、招待されているのは黒崎家と長年つきあいのある一族ばかりだった。普段から黒崎グループへ出入りしている重役もいる。凪は不思議に思って、隣の空にそっと聞いた。
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第127話

凪は断ろうとしたが、スマホが何度も震えだした。大地からの着信が鳴り止まず、持っている指が痺れるほどだった。面倒くさい。凪はしつこい呼び出しから逃れるため、外に出て対応することにした。黒崎家の嫁としての立場ゆえ、凪は誰にも止められることなく、会場を出入りすることができた。会場を出た瞬間、赤いドレスを着た葵が、機嫌を取るように笑いながら駆け寄ってきた。「お姉さん、やっと出てきてくれたのね!外で本当に長く待っていたのよ!お姉さん、今日の服、すごく似合ってるよ!私……実はお父さんにお願いされて来たの。ここで人脈を広げて、いずれお姉さんの力になれたらいいなって思って」葵が必死で絞り出したのは、ありきたりなお世辞と言い訳だけだった。私の力になるだって?葵が仕事を横取りしなければマシな方だ。「葵、わざわざ私に頭を下げてまでここに来たの?そこまでしてこのパーティーが重要なのかしら?そんな無駄な媚びを売る時間があるなら、少しでも二宮グループに貢献して仕事を取りなさい。余計な邪魔が入らないようお父さんやあなたのお母さんの手綱を引いて、黒崎グループと良い関係を作ることね。堂々と招かれた方が楽よ」それだけを言うと、凪は会場へと引き返そうとした。振り返ると、そこには見慣れた顔があった。渉が直美を連れて、黒崎家のパーティーに来ていたのだ。渉は本来、このパーティーを利用して空との関係を深めて新たなプロジェクトに関わることで、悠斗から何度も家に呼び戻されずに済むと考えていたのだ。まさか、ここで凪と会うことになるとは。なにせ凪は、人前に立たせられない愛人なのだから。渉が思わず言葉を漏らす。「ここは君のような人間が来るべき場所じゃない」凪の指先に力がこもる。自分のような人間が来るべき場所ではない?だとしたら、渉と直美ならくる資格があるとでもいうのか?一方で直美は、慌てて渉の服の裾を引き留め、凪に向かって微笑んだ。「渉さん、そんなこと言っちゃダメだよ。凪さんがここにいるのは、黒崎さんも納得の理由があるはずでしょ?」凪さん、渉さんはいつも凪さんのことを大切に思っているのよ。凪さんがそこまで黒崎さんと近しい関係なら、渉さんを紹介するついでにちょっとお仕事を融通してもらうことくらいはできるよね?」その様子を見た
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第128話

「誰が愛人の娘よ!」葵はまるで尻尾を踏まれた猫のように跳び上がり、怒りで目を吊り上げた。直美の瞳に勝ち誇った色がよぎった。彼女はか弱そうなフリをして、渉の体にそっと寄り添った。「葵さんのせいで凪さんは不幸になって、何年もK市から戻ってこられなかったんですよ!凪さんのものを全部奪っておいて、よくもそんな態度でいられますね!」直美が凪のために口を利くのを聞いて、渉は予想外のことにも、それを止めようとはしなかった。葵はますます頭にきて、渉を鋭く睨みつけた。「クズ男と悪女。身の程知らずもいい加減にして。お姉さんを捨てたクズ男と、隙を見て入り込んだだけの田舎娘。私の前でお説教しようなんて100年早いわ!お姉さんは今、空さんと一緒にいて、どこから来たクズ男女といた時より、何倍も幸せよ!」渉は後ろめたさを覚え、思わず凪を見た。凪は気にする様子でもなく、心の中で拍手をしていた。普段、葵とは反りが合わないが、今の言い分はまさに凪の胸の内にあったことだった。対して直美は、渉が凪を見ていたことに逆上した――彼を責められたのに、それでも凪に未練を見せ、自分を守ってくれないのだ。なぜなのよ!そう思うと我慢できず、直美は目を赤くして葵を殴りかかろうとした。葵もまた、ひっぱたき返してやろうと構える。強烈な平手打ちを食らわせて、凪に「協力する」意思を見せつけ、大輔の元へ案内させなければ。お互い計算を巡らせ、容赦はしない様子だった。我に返った渉が割って入ろうとしたその時、さらに素早い影が近づいた。「やめてください!黒崎家のパーティー会場の入り口で、何の騒ぎですか!」警備員が二人の間に割って入り、何とか殴り合いを止めた。凪はすでに警備員に電話をかけていたスマホをバッグに仕舞うと、冷ややかに渉を見下ろした。「あなたが気づく頃には、この二人の顔が爪でズタズタになっていたところね」「俺は……」「これで失礼」凪は渉の言葉を遮るように言い放ち、さっさと会場内へと歩き出した。渉と直美は入り口で締め出される形になった。葵はすかさず凪を追いかけ、凪の妹という立場に縋ろうと必死に声をかけてきた。「お姉さん!さっきは私の活躍、見ててくれたでしょ?あの女の顔をボコボコにしてやろうとしたの。だから……」「そのわざと
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第129話

葵は悔しそうに拳をぎゅっと握りしめた。斎藤グループの令嬢の前で男を奪う勇気はなく、ただ隅の方で静かにチャンスを待つしかなかった。同じ頃。一人の中年男性がシャンパンを片手に、葵に向かって歩いてきた。「誰か待っているのか?」「ええ」葵は顔を上げた。相手は自分より少なくとも20歳も年上で、上質なスーツを着てはいるが、高級時計が目立ち、いかにも成金という雰囲気だった。少しお酒が入っているのか、顔も赤かった。男は葵をしばらく見つめると、突然、ホテルのルームキーを手渡してきた。その目つきはとても意味深だった。男は用が済むとそのまま立ち去ろうとした。ナンパか何かだと思った葵は、すぐにそのカードキーを放り投げようとした。だが、男が大輔のもとに真っ直ぐ駆け寄り、ペコペコと愛想よく頭を下げながら、何度もこっちの方を見ているのに気がついた。え?まさか、このカードキーは大輔がくれたものなの?あの中年男は、ただのお使いに過ぎないということ?葵がそう思った瞬間、大輔も男の視線をたどってこちらに一瞥をくれた。だが、何も口にすることはなかった。それでも、葵の心臓は激しく跳ね上がった。大輔が自分を見た……間違いなくそうよ。大輔も斎藤グループの令嬢の目が気になって、自分に近づけなかったんだ。だから代わりに他人を使ってキーを渡したに違いない。手の中にあるルームキーを見つめる葵の目には、一気にのし上がる大チャンスが映り込んでいた。……パーティーがやっと終わった。凪は席を立ち、空と帰る準備をした。騒がしい人混みの中で、隆からメッセージが届いた。【奥様、会場内を無理して探し回らなくて大丈夫です。もうすぐ社長を車でお迎えにあがり、入り口で待っていてください】【分かった】それだけを短く返信すると、凪は入り口へ向かって歩き出した。入り口の近くに立つと、少し先の階段の下に佇む渉の姿が、遠くからでも見えた。人混みの中で、二人は遠く見つめ合う。だが、渉が人波を押し分けてまで歩み寄ることはなかった。凪が目をそらそうとした瞬間、肩にずっしりとした重みがかかった。慌てて振り向くと、そこに少し顔を赤らめた空がいた。いつもは切れ味のある冷たい視線が、今はどこか潤んだように熱っぽくこっちを見つめていた。ほんの一瞬の
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第130話

パーティーはお開きになった。葵はルームキーをしっかりと握りしめ、予約された部屋のドアを開けた。しかし、部屋の中に座っていた男は、大輔ではなかった。それは、先ほどキーを渡してきた、中年男だった。男は葉巻をくわえ、だらしないバスローブから太った腹を覗かせ、葵が近づいてくるのを見て満足げに笑った。「何が欲しいんだ?」「どうして……」葵はその場でぽかんとした。「このルームキー、大輔さんから渡されたんじゃないの?どうして……」葵が問い詰めるよりも先に、中年男は立ち上がり、彼女の手首を掴むと、力任せに壁へ押しつけ、そのまま覆いかぶさってきた。「大輔さんって?黒崎家のあの方のことか?お前、本当にあの方の女になれると思ったのか?おとなしく俺の相手をしてくれよ。あの方がくれるものなら、俺だってなんだって買ってやるぞ」男は卑しい欲望に満ちた目で、葵の唇を強引に奪おうとした。「触らないで!」葵はあまりの恐怖に目をみはり、必死で男の腕を振りほどいた。しかし、まだドアに辿り着かないうちに、腹を立てた男に腰を掴まれ、部屋のリビングへ放り出された。ふかふかのカーペットの上に投げ出され、葵は恐怖のあまり目を大きく見開いて這い寄る男を見た。「わ、私は二宮グループのお嬢様よ!もし私に手を出したら、タダじゃ……」「はっ、俺は黒崎グループに直々に招かれた客だぞ。入り込んできた哀れな女が、強気なことを言うな。素直に言うことを聞くんだ」男はそのまま、床の葵へと飛びかかった。服が裂ける乾いた音が部屋に響く。葵は泣き叫び、激しく抵抗した。もがく手で偶然掴んだ灰皿を、男の頭へと全力で振り下ろした。悲鳴が聞こえると同時に、葵は振り返ることもなく逃げ出した。そして、震えながら廊下へと走り出たところで、ちょうど誰かの胸へとぶつかった。「離し……大輔さん!?」葵は目の前にいる男の顔を見て、涙が堰を切ったように次々とこぼれ落ちた。必死にその服の襟元にしがみつき、声を詰まらせて泣いた。「大輔さん、本当に怖かったの、とても寒い……お願い、ここから連れ出して」大輔は一瞬こわばった。乱れた格好をした葵の様子を見て、ボディーガード一に命じて帰らせようとした。しかし、葵は大輔の瞳に一瞬だけ浮かんだ軽蔑を見逃さなかった。後ろの部屋からは男が追ってくる不気味
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