ホール全体には『Free As A Bird』のゆったりとしたメロディが流れていた。照明を受けてきらきらと輝くシャンパンタワーを背に、華やかなドレスをまとった令嬢たちが談笑している。スポットライトを浴びて、彼女たちの身を飾るハイジュエリーが眩く光を放っていた。ホールの一角に佇む水琴は、ブラックベルベットのタイトドレスを着こなしていた。往年の名デザイナーが手掛けたそのドレスは、女性らしさを引き立てるクラシカルで上品なシルエットを見事に描き出している。過度な装飾は一切なく、胸元で静かに光るエメラルドのネックレスだけが、彼女の持つ独特の余韻を一層際立たせていた。その隣でスイーツのお皿を手に持つ紗音の瞳には、このきらびやかな場に似つかわしくないほどの強い怯えと緊張が張り付いている。身を縮こまらせる彼女の目の前を、数え切れないほどの顔が通り過ぎていく。誰もが穏やかな笑みを浮かべていたが、紗音の目にはそれが薄気味悪い仮面のように映り、その背後に鋭い刃を隠し持っているように思えてならなかった。今の彼女がすがりつけるのは、隣にいる水琴だけだ。脳裏にこびりつく恐怖の記憶も、水琴のそばにいるこの瞬間だけは、辛うじて鳴りを潜めてくれている。その時だった。限界を迎えた紗音が、発作的に近くのテーブルに置かれていた赤ワインのグラスを床に払い落としてしまったのだ。ガシャーン!鋭く冷たい音を立てて砕け散ったグラスに、会場中の視線が一斉に集まる。水琴はすかさず身を屈め、紗音の手を両手でぎゅっと包み込んだ。「紗音ちゃん、怖がらないで。私を見て」握り返してくる紗音の指先は、水琴の手の骨を砕かんばかりの強さだった。「緊張しなくていいの。ここにいるのは、あなたが前に見たことのある人たちばかりよ。知らない人でもないし、悪い人でもない。誰もあなたを傷つけたりしないわ」水琴はゆっくりと、言い聞かせるように語りかける。「ほら、私を見て。私はこうして、ここでケーキを持っているじゃない。周りを見渡してみて。ここには私がいる。お兄さんだってすぐ近くにいるし、景正お爺様も二階のVIPルームにいるわ。だから、もう何も怖がらなくていいのよ」水琴が絶え間なく耳元で優しい言葉をかけ続けると、やがて紗音の震えはしだいに収まり、強張っていた表情にもようやく落ち着きが戻っていった。ボーイがすぐ
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