離婚後、捨てられた私は人生の頂点に立つ のすべてのチャプター: チャプター 141 - チャプター 150

160 チャプター

第141話

一方、鷹司家。雅は大学での出来事を思い返すたびに腹の虫が治まらず、この怒りをぶちまけようと、兄の臣がいる書斎へと向かった。だが、ドアの前まで来たそのとき、中から誰かと電話で話す臣の声が漏れ聞こえてきた。しかも『水琴』という名前が聞こえたため、雅はとっさにドアへ耳をぴたりと押し当てた。「今週末、時間は取れないかな?最近、お祖父様の食欲がすっかり落ちてしまってね。君に会いたがっているんだ。少し付き合ってもらえないだろうか。本当か、よかった。……それじゃあ水琴、迎えに行こうか?」水琴!?雅の顔が怒りで怒髪天を衝くように真っ赤に染まった。信じられない、お兄様が、自らあの水琴に電話をかけているなんて!あのクソ女!どうして今になってお兄様から連絡してるわけ!?お兄様にとって一番目障りな存在だったはずじゃないの?それに何より、先ほどの臣のトーンは信じられないほど優しかった。誰かに対してあんなに気遣わしげで甘い口調を使うところなど、雅は今まで一度だって聞いたことがない。その瞬間、一階のキッチンでフルーツを切り分けていた紗夜の存在が脳裏をよぎった。ある悪知恵が働き、雅はすぐさま一階へと駆け下りる。そして、わざとらしくひどく落ち込んだような表情を作り、ため息をついてグラスの水を一気に二杯飲み干してみせた。案の定、紗夜がその不自然な様子に気づき、気遣わしげに近寄ってきた。「どうしたの、雅さん?何か嫌なことでもあった?」雅はわざとらしく眉をひそめてみせた。「紗夜さん、最近お兄様と上手くいってないの?喧嘩でもした?」紗夜は一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐに気の毒そうな苦笑いを浮かべた。「まさか。臣さんがどうかしたの?私のこと、何か言ってた?」「ううん、ただお二人の関係が心配になっただけ。さっき書斎に行ったら、お兄様が水琴と電話してたのよ。どうやら本家のお祖父様のところへ一緒にお見舞いに行くみたいで。普通、お祖父様に会いに行くなら紗夜さんを連れて行くのが筋でしょ?なんでわざわざ水琴に連絡なんかしたのかなって」雅は意味ありげに視線を送った。紗夜の顔色が一気に曇る。「……きっと、宗一郎様が私のことをあまり良く思っていないからよ。最近食欲も落ちているらしいし、臣さんは宗一郎様を心配して、お気に入りの静沢さんを頼ったのね」「紗夜さん!そんな
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第142話

「誰がそんなことを。まったく、毎日毎日わしを怒らせて飯を不味くする馬鹿孫のせいじゃよ!」宗一郎は、隣に座る臣をこれ見よがしに睨みつけた。「お祖父様、そりゃないだろ」と臣が苦笑いを浮かべた、まさにその時である。再び客間のドアが開き、今度は雅がずかずかと入ってきた。彼女は水琴の存在を完全に無視して、宗一郎のもとへ一直線に向かった。「お祖父様。会いに来たよ!」だが、宗一郎の眼光はたちまち氷のように冷たくなった。「どの面下げて来おった。お前が水琴に何をしたか、わしが知らんと思っているのか」「お祖父様……反省してるわ、私が悪かったの」雅はいかにも殊勝な態度でうつむいてみせた。その茶番を、水琴はひんやりとした視線で眺めていた。ちらりと臣を横目で見る。もしこの兄妹が揃っていると知っていたら、こんな居心地の悪い場所へ自ら足を運んだりしなかったのに。「水琴が今までお前にどれだけ良くしてくれたか、忘れたとは言わさんぞ!その恩を仇で返すとは何事か。今すぐ水琴に謝りなさい!さもなくば今すぐ出て行け!二度とわしの前に顔を出すな!」宗一郎の厳格な一喝が、客間に響き渡った。雅はさっそく水琴へ向き直り、持参したドリアンを差し出した。「水琴お姉ちゃん、もう怒らないで。私が悪かったから。これ、お姉ちゃんのためにわざわざ買ってきたのよ。早く割って食べてみて」水琴は手を出そうとはしなかった。雅が本気で反省しているなど到底思えなかったし、この女の腐った性根が今さら治るくらいなら、死人が生き返るほうがよほど現実的だ。「それが人に謝る態度か!もっと真面目にやらんか!」見かねた宗一郎が苛立たしげに怒鳴りつける。「水琴さん、本当にごめんなさい」雅は口元こそ笑っていたが、その瞳の奥にはドロドロとした憎悪が渦巻いていた。宗一郎は深くため息をつき、水琴に視線を向けた。「水琴。許してやらんくてもいいから、それだけは受け取ってやってくれんか。この馬鹿が君にどれだけ酷いことをしたか、わしもよく分かっておるからな」水琴は少し迷ったが、やがて無言でそれを受け取った。宗一郎は水琴を本当の孫娘のように可愛がり、常に無条件で味方をしてくれた。どんなに雅が憎くても、彼を困らせるような真似はしたくなかったのだ。家政婦は裏のキッチンに入っていて不在だったため、水琴は自ら傍らのテー
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第143話

送り主は不明。差出人の目的が何なのかも分からない。だが、このたった一枚の画像が、灼也の心を致命的なまでに乱していた。これほど激しく取り乱したことなど、生まれてこのかた一度もない。表情にこそ出さなかったが、胸の内は嫉妬と焦燥でぐちゃぐちゃに絡まり合っていた。耐えきれず、彼は水琴の番号へ発信した。コール音が二回鳴った後、不意に電話が繋がり、くすくすという含み笑いが聞こえてきた。「もしもし?水琴お姉ちゃん、今はちょっと手が離せないの。お兄様と熱いハグ……あっ、ごめん言い過ぎちゃった。後でかけ直してくれる?」プツッ。ツー、ツー、ツー……通話を一方的に切った雅は、会心の笑みを浮かべた。素早く着信履歴を削除すると、何の痕跡も残さずに、盗み見た水琴のスマホを元の位置に戻した。その間も、水琴と臣は黙々とドリアンを剥き続けていた。独特の強烈な青臭さが鼻を突く中、無事に果肉を取り出し終え、殻を捨てると、後に残ったのは甘く濃厚な香りだけだった。だが、その香りを嗅いだ瞬間、水琴の脳裏に浮かんだのは、なぜかあの冷たくて澄んだシダーウッドの香りだった。トレジャーホテルで助けてくれた日も、軽々と抱き上げられた時も、いつもその香りが彼女の心臓を狂わすように高鳴らせた――水琴は、自分のスマホで何が起きたかなど知る由もなかった。その後、宗一郎と慌ただしく二局だけ囲碁を打ち、そそくさと本家を後にした。雅の白々しい作り顔も、臣の姿も、これ以上一秒たりとも視界に入れたくなかったからだ。それからの数日間、水琴は一度も灼也と顔を合わせていなかった。今まで当たり前のようにまとわりついていた存在が突然姿を消してしまうと、どうしても生活にぽっかりと穴が空いたような違和感が拭えなかった。紗音は相変わらず水琴の部屋に泊まり込んでいた。症状はだいぶ落ち着いてきたものの、まだ一人にするのは不安だったからだ。その日も大学から二人で帰宅して間もなく、紗音が外へ出て、両手いっぱいに紙袋を抱えて戻ってきた。「紗音ちゃん、これ買ってきたの?」水琴は不思議そうに尋ねた。「ううん、兄様が届けてくれたの」紗音は無邪気に答える。水琴はわずかに伏し目がちになった。「……どうしてご自分で持ってこなかったのかしら」「兄様は何も言ってなかったけど、お姉ちゃんには内緒にしてくれって
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第144話

紗音は甘えるように腕に絡みつき、駄々をこねる。結局その無邪気な押しに負け、水琴は鞄を手に取って一緒に校門へと向かった。車寄せで待っていた灼也の姿を見ても、水琴はただ礼儀正しく小さく会釈をしただけだった。ほんの数日顔を合わせていなかっただけなのに、まるで何年も疎遠だったかのような、居心地の悪いよそよそしさが二人の間に漂っていた。水琴は迷わず、紗音と一緒に後部座席へ乗り込んだ。「水琴。今日、紗音を一度実家へ連れて帰る用事があるんだ。君を先にアパートまで送ろうか」灼也の声は、いつもよりほんの少しだけ冷たく、距離を感じさせるものだった。「ダメ!先にわたしを実家へ降ろしてから、兄様がお姉ちゃんを家まで送り届けてあげてよ」水琴が遠慮しようとする前に、紗音が食い気味に割って入る。灼也はそれ以上反論せず、紗音の言う通り、まずは高遠家の本家へと車を走らせた。紗音が降りてからアパートへ向かう車内は、息が詰まるほど重苦しい沈黙に包まれた。ほんの数日前まで、隣で冗談を言い合っていたのが嘘のようだ。灼也はバックミラー越しに何度も水琴へ言葉をかけようと口を開きかけたが、結局何を言えばいいか分からず、その度に飲み込んでしまった。アパートの前に到着し、水琴は車を降りると、短い一言だけを残した。「送ってくれて、ありがとう」振り返りもせずにエントランスへ消えていく彼女の細い背中を見送ると、灼也の胸に切ない痛みが走った。やりきれない思いを抱えたまま、彼は七緒の番号を呼び出した。電話はすぐに繋がった。「オレに電話ッスか、珍しい。で、今夜は何が食べたいんスか?」「お前に一つ聞きたいことがある」灼也は硬い声で切り出した。そのただならぬ落ち込み具合を察し、七緒の声も真剣なトーンに変わる。「……どうかしたんスか」「俺の知り合いの話なんだがな。離婚したばかりの女が、元夫と未だに連絡を取り合って、しかも親しげに笑い合っているのを目撃したら、それはどういう……」「ひょっとして、静沢さんのことッスか?」七緒には即座にバレていた。灼也は黙り込んだ。図星を突かれ、どう言い訳すればいいか分からなかった。「あのですねぇ、言いたいことがあるなら直接ご本人に聞くべきじゃないッスか?灼也様らしくもない!単なる誤解かもしれないし、ウジウジ悩むより腹割って話すのが一番
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第145話

その言葉を聞き、灼也は目に見えて安堵の息を吐くと、スマホをポケットにしまった。「おそらく、俺たちが深い関係にあると踏んで、仲を裂こうとしたんだろうな」「本当に暇な子ですね。私が他の誰かと親しくするのが許せないみたい。何か裏で企んでいるって思い込んでるんです。気にしないでください。単なる彼女の勘違いですから」水琴はパチパチと瞬きをしながら、視線を逸らした。歩みを止めない彼女の横顔に、灼也はふいと顔を近づけ、囁くように問うた。「勘違い……なのか?」額に彼からの温かい息遣いを感じ、水琴の頬は「カァッ」と一瞬で朱に染まった。「勘違いですっ!」目を合わせることもできず、彼女は足早に前へと進んだ。その後ろ姿は明らかに動揺しており、灼也の胸に心地よい歓喜のさざ波を立てた。どうやら、あの写真は本当に俺の思い過ごしだったらしい。感情に振り回されて冷静さを欠いていた自分に苦笑する。少し考えれば、水琴が今さら臣に心を開くはずがないことなど、すぐに分かったはずなのに。彼は低く笑い声を漏らすと、足早に逃げていく彼女の後を追った。アパートの中庭は思いのほか蚊が多く、少し立ち話をしただけで、水琴の白い足にはいくつもの虫刺されができてしまった。「もう戻りましょう。これからご実家へ行かなくちゃいけないんでしょう?」水琴が遠慮がちに促す。灼也は彼女の足の赤い腫れを見て、静かに頷いた。「そうだな」車のそばまで戻り、運転席に乗り込んだ灼也に、水琴は小さく手を振った。ヘッドライトが二回パッシングで応える。水琴がきびすを返して見えなくなった直後、手元のスマホが震えた。画面には灼也の名前が表示されている。「もしもし、どうかしたんですか?」「あのブレスレット……気に入らなかったか?」水琴は思わず自分の手首に目をやった。ブレスレットなら、あの時引き出しの奥に仕舞い込んだはずだ。「そんなことありません。すごく気に入っています。……今日は、たまたま外してしまっただけで」「気に入らないなら、無理につけなくてもいいんだぞ」受話器越しの灼也の声は、先ほどまでの冷たさが嘘のように優しかった。「本当に、嫌いなわけじゃないんです」エレベーターに乗り込みながら、水琴は慌てて否定した。部屋に戻るまで、彼女の頬はずっと熱を帯びたままだった。すぐさま引き出しを開け
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第146話

――ベッドでのおねだりですか。佳乃のあけすけな口ぶりに、紗夜は内心で密かに冷笑を浮かべていた。母娘が左右から口々に水琴を罵っているところへ、ちょうど会社から臣が帰宅した。「あ、お兄様!なんで今回、高遠家からうちに招待状が来てないの?」雅が不満げに尋ねると、臣の顔からさっと余裕が消え、険しい疲労と怒りが浮かんだ。「お前、よくそんな台詞が吐けるな!自分が高遠紗音を陥れた件が、これで終わったとでも思っているのか?」「でも……うちは南鳥市を代表する鷹司家じゃない!」雅は不服そうに食い下がる。「いい加減にしろ!」臣の怒鳴り声に、リビングがシンと静まり返った。「高遠家の前では、うちの看板なんぞ何の役にも立たない!お前があの人の大事な妹にあんな真似をして、徹底的に報復されていないだけでも御の字なんだ。高遠灼也が裏で手を回したわけでもないのに、すでに多くの企業がうちとの取引を打ち切ろうとしている。俺がどれだけ頭を下げて尻拭いをしているか分かっているのか。これ以上、会社に迷惑をかけるな!」氷のように冷たい臣の剣幕に、雅はすっかり縮み上がった。自分のせいで会社がそこまでの危機に陥っているとは夢にも思わず、顔面を蒼白にして押し黙るしかなかった。一方、A大学。「ねえ、水琴お姉ちゃん。これ」紗音がバッグから取り出したのは、金の箔押しが輝く漆黒のエレガントな招待状だった。「明後日、兄様のお誕生日なの。ぜひパーティに来てほしくて」水琴は目を丸くして、そのカードを受け取った。――灼也の、誕生日?「明後日なの?」水琴は思わず聞き返した。「うん。わたしが特別にお姉ちゃんを招待するの!」と、紗音は花が咲くように笑う。「お兄さんは、私が来ることを知っているの?」「この招待状をお姉ちゃんに渡すとは言ってないよ。でも、兄様ならお姉ちゃんに来てほしいに決まってるもん!」水琴は招待状をそっと自分のバッグにしまいながら、早くもプレゼントのことで頭を悩ませ始めていた。「紗音ちゃん、お兄さんってどんなものが好きなのかしら?」「あ、兄様へのプレゼント?だったら明日、一緒に選びに行こ!ついでにパーティのドレスの試着もするから、お姉ちゃんも一緒に行こ!」紗音が弾むような声で提案すると、水琴も柔らかく微笑んで頷いた。「ええ、一緒に行きましょうね」夏は雨の多
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第147話

「馬鹿はあんたでしょ!鷹司の人間は揃いも揃って馬鹿ばっかりね!わたしに向かってよくもそんな口が叩けたものだわ!」予期せぬ反撃に、雅は完全に虚を突かれたようだった。前回会った時の紗音は、確かに様子がおかしく、怯えきった顔で水琴の背中に隠れていたはずなのだ。「あ、あんた、この間は確かに……」「確かに、何かしら?」水琴は勢いよくドアを押し開けて中に入ると、すかさず紗音の前に立ちはだかり、雅の視線を遮った。思いがけない水琴の登場に、雅はギョッとして数歩後ずさった。それでも負けじと紗音を指差して声を張り上げる。「おかしいわ!この間は完全に頭がおかしくなってたはずよ、私はちゃんと見たんだから!それなのに……まさかあんたたち、わざとあんなフリをしたの!?」「雅、あなたって本当に懲りないわね」水琴は氷のように冷ややかな声を落とした。「紗音の状況はあなたには何の関係もないわ。次に何かをやらかす時は、鷹司家がその痛手と代償を払えるかどうか、よく考えてからにすることね」あのコンクールでの一件で少しは反省したかと思ったが、一時的に拘留されたくらいでは、この女はまったく目が覚めていないらしい。灼也は、やられたことを水に流すような甘い男ではない。そして紗音も、ただ悪意のサンドバッグになるような弱いだけの女の子ではない。雅の浅はかな企ては、またしても呆気なく外れたというわけだ。こんな屈辱を正面から味わわされたことのない雅は、顔を真っ赤にしてヒステリックに叫んだ。「水琴、いい気にならないでよ!あんたが偉そうにできるのも、灼也様に媚びを売って取り入ったからでしょうが!今回の誕生日パーティーの招待状がうちに届かなかったのも、どうせあんたが裏で手を回したんでしょ!」水琴は呆れ果てて、ふっと鼻で笑った。「雅、あなたって本当に頭が回らないのね。自分の妹を陥れようとした人間の家に、どうしてわざわざ招待状なんて送ると思うの?」「ありえないわ!南鳥市の名家同士なら、体面を保って付き合っていくのが当然じゃない!あんたが変な吹き込み方をしたから、灼也様は私を毛嫌いしてるのよ!」雅が怒りに任せてまくし立てていると、紗音が水琴の手をきゅっと引き、自ら前に進み出た。「兄様は最初から、鷹司の人間は絶対に呼ばないって約束してくれたわ。だって、わたしがそうお願いしたんだもの。文句がある
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第148話

やがて、十着のドレスがずらりと紗音の前に並べられた。彼女は目を輝かせ、水琴の腕を引いてドレスの周りをぐるぐると見て回る。「水琴お姉ちゃん、どれが可愛いと思う?」「これなんかどうかしら」水琴が指差したのは、淡いピンク色のドレスだった。上品に膨らんだシルエットだが、一般的なものよりも丈が短く軽やかなデザインになっている。紗音はウエストが細く、お人形のように愛らしい顔立ちをしているため、このドレスなら間違いなく似合うはずだ。「うん、これにする!サイズを直して自宅に届けておいてね」と、紗音は支配人に指示を出した。「かしこまりました、紗音様」紗音は再び水琴の手を引いた。「水琴お姉ちゃんも、好きなのを選んで!」水琴は並んだドレスをぐるりと見渡した。だが、残りのドレスの中に彼女の目を惹くものはなかった。このブランドはまるでお姫様のような可憐なテイストが多く、紗音の雰囲気にはぴったりだが、水琴の好みとは少し違う。「私に合いそうなのはないみたいね。他のお店も見てみましょうか」「分かったわ!」と紗音は素直に頷いた。二人はモランのブティックを出て、別の店舗へ向かった。そちらは過度な装飾を削ぎ落とした、洗練されたミニマルなデザインを特徴とするブランドだった。店内を少し見て回った後、水琴はある一着のドレスの前に引き寄せられるように立ち止まった。後からついてきた紗音もそれを指差し、ぱっと表情を明るくした。「水琴お姉ちゃん、これにしなよ!すごく綺麗!」水琴は微笑んで頷いた。彼女自身も、これしかないと直感していた。店員に配送先を伝え、明日には自宅へ届くよう手配を済ませた。三階の宝飾品フロアには、目も眩むようなジュエリーが所狭しと並んでいた。水琴はここで灼也への誕生日プレゼントを選ぶつもりだったが、品数が多すぎてすっかり目が泳いでしまう。「紗音、お兄さんって何が好きなのかしら?」水琴はさりげなく尋ねた。「お姉ちゃん」と言い放ってから、紗音は慌てて自分の口を塞ぐ。そして照れ隠しのようにへへっと笑った。「水琴お姉ちゃんがくれるものなら、兄様は何でも好きってこと!」水琴はカッと頬を熱くした。紗音のからかいだと分かっていても、その最初の答えに心臓がドクンと大きく跳ねてしまったのだ。「私、あっちのケース見てくるね!」いたたまれなくなっ
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第149話

灼也の冷ややかな眼差しが彼女を射抜く。「君には関係ない」「そんな……親切に案内して差し上げようと思ったのに」雅は引きつった作り笑いを浮かべた。「必要ない」灼也は足を止めることなく言い捨てた。雅は遠ざかる背中を睨みつけながら地団駄を踏んだが、到底諦めきれず、再び前に回り込んで追いすがった。「灼也様、明日はお誕生日ですよね。私にも招待状を一枚、いただけませんか?」パチパチとまばたきをして、いかにも無邪気でしおらしい態度を装って見上げる。だが、今回ばかりは灼也から一瞥すら返ってこなかった。彼は雅を完全に空気扱いしたまま、真っ直ぐに心理相談室の方角へと歩を進めていく。雅はその後ろ姿を呆然と見送った。あの向かっている先は、紗音のいる場所ではない。彼が真っ直ぐに向かっているのは——水琴のところだ。プライドを捨てて招待状をねだったというのに、こんなに恥をかかされるなんて。灼也は彼女の顔を立てる気など微塵もなかったのだ。みんな、みんな水琴のせいよ!あの女さえいなければ、こんな事態にはならなかったはずだ。鷹司家だって、あんな手酷い扱いを受けず、いつも通り当然のようにパーティーの招待状をもらえていたのに。心理相談室。水琴は学生のカルテ整理に追われていた。最後のデータをパソコンに入力し終えると、ふうっと大きく伸びをし、背もたれに寄りかかって気持ちよさそうに目を閉じた。午後の穏やかな日差しが窓から降り注ぎ、満ち足りた気分になって、思わず鼻歌が漏れる。と、突然誰かの手が肩に置かれ、ゆっくりと揉みほぐし始めた。水琴はすべてを見透かしたように笑って口を開く。「紗音ちゃん、まだ授業じゃないの?」「あ、そうだ。あの後、雅はまた絡んでこなかった?ねえ、昨日私が選んだあれ、お兄さんは気に入ってくれるかな?」ポンポンと連続して質問を投げかけたが、一向に返事がない。不思議に思っていると、ふわりとシダーウッドの香りが鼻をかすめた。この香りは……まさか!ハッとして目を開け、振り返ると、そこには優しげな笑みを浮かべた灼也が立っていたのだ。ど、どうして急にここへ?もしかして、今の独り言、全部聞かれてしまったの!?「た、高遠さん……どうしてこちらに?紗音ちゃんに用ですか?」動揺のあまり声が裏返り、水琴はまともに彼の目を見ることがで
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第150話

「水琴さん、今日めっちゃ綺麗ッスね!」七緒の言葉には下心や嫌味など微塵もなく、ただ純粋な称賛だけが込められていた。「ありがとう」「ささ、早く乗るッス!」七緒はスマートな動作で後部座席のドアを開けた。「もしかして、私を迎えに来てくれたの?」水琴は歩み寄りながら尋ねた。「そうッス。本当は灼也様が自ら来るつもりだったんスけど、景正お爺様に捕まっちゃって。で、オレがお使いに飛んできたってわけッス」水琴が乗り込むのを確認してからドアを閉め、七緒は運転席へと乗り込んだ。「わざわざありがとう」と水琴はバックミラー越しに微笑んだ。会場となる『トレジャーホテル』では、最も格式の高いメインバンケットが貸し切られていた。かつて雅の誕生日で使われた会場など比にならないほど、圧倒的なスケールと豪華さだ。今回は高遠家、それもあの灼也の誕生日ということもあり、南鳥市を牛耳る錚々たる顔ぶれが一堂に会していた。高遠家の威光にすがる者、あるいは灼也本人のご機嫌伺いに来た者。思惑は様々である。そして何より、灼也は未婚であり特定の恋人もいない。各名家からすれば「最高峰の婿候補」なのだ。一部で水琴の噂を耳にしている者もいたが、誰も本気にはしていなかった。「どうせ御曹司の火遊びだろう」と舐めてかかっているのだ。仮に肉体関係があったとしても、正式な『高遠夫人』の座に就いていない以上、彼らにとっては取るに足らない存在でしかなかった。一方、灼也が休む間もなく来客の対応に追われる中、紗音の様子は入場の時点から明らかに少しおかしかった。人が多すぎるのだ。見知らぬ顔、顔、顔。その波に飲まれそうになり、胸の奥底に封じ込めていた記憶がじわじわと這い上がってくる。得体の知れない恐怖が全身を包み込んだ。必死に平静を保とうとするが、指先の震えはどうしても止められない。紗音はずっとエントランスの方角を見つめ、水琴が早く到着してくれることだけを祈っていた。やがて、会場の扉をくぐる水琴の姿を見つけると、紗音はふらつくような足取りで駆け寄った。水琴の手にすがりつき、すがるほどの力でぎゅっと握りしめる。「水琴お姉ちゃん……わたし、怖い」水琴は周りの視線など気にすることなく、慌ててその手を両手で包み込んだ。紗音の神経は今、極度に過敏になっている。この人混みと凄まじい熱気だ
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