「ダメよ!紗音は……」水琴は即座に首を振った。紗音の精神状態が危機的状況にあることくらい、痛いほど理解している。けれど、この数年間、灼也がどれほど優秀な専門医を呼んでも治せなかったのだ。何より、完全にパニックに陥った状態でも、彼女は私だけは認識してくれた。私を頼ってくれている。だから、絶対にここで見捨てるわけにはいかない。水琴の決意に満ちた強い眼差しを見て、重人は深くため息をついた。「……無理強いはしない。だが、覚悟だけはしておけよ」その声には、怒りよりも妹を心配する不器用な優しさが滲んでいた。「ありがとう、お兄ちゃん」水琴は心からの感謝を込めて、小さく頷いた。鷹司邸。臣の心はずっと、水琴の安否に囚われていた。無事に救出されたことなど知る由もなく、小林学長に連絡を取ってようやく、保護されて大学を休んでいるという事実を知ったのだった。テーブルにスマホを置き、臣は深く安堵の息を吐き出した。ちょうどバスルームから出てきた紗夜は、その仕草を目にして、反射的に水琴の影を感じ取っていた。先日、臣を連れて実家へ顔を出した時のことだ。臣は途中で席を立ち、そのまま帰ってしまった。おかげで両親はすっかり気を悪くしている。紗夜には到底理解できなかった。水琴本人が鷹司家とはもう縁を切ったと宣言しているのに、なぜ臣はあんなにも元妻の動向を気にしてしまうのか。臣の隣に腰を下ろすと、紗夜は自嘲するように口元を歪めた。「また水琴さんに連絡してたの?臣さん、もしかして……あの人のこと好きになっちゃった?」見る間に目元を赤く染め、恨めしそうに夫を見つめる。臣は努めて穏やかな声を作り、妻を宥めにかかった。「紗夜、俺は君と結婚したんだ。水琴とどうにかなるなんてあり得ないよ。それに、あいつはもう高遠灼也と一緒にいるんだから」「じゃあ、どうしてあんなに水琴さんのこと気にするの?この前だってお父さんたち、怒ってたんだからね。いつもそう……トラブルになるのは、毎回水琴さんのことばっかりじゃない!」堪えきれず、紗夜の頬を涙が伝う。臣は細い肩を抱き寄せ、優しく囁いた。「この間の件は確かに俺が悪かった。日を改めて実家へ謝りに行かせてくれ。お義父さんはワインが好きだったよな?知人に海外から取り寄せてもらった銘柄があるんだ。それを持っていこう。ここ数日、不安にさせて悪かっ
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