All Chapters of 離婚後、捨てられた私は人生の頂点に立つ: Chapter 351 - Chapter 360

432 Chapters

第351話

密室に男たちが雪崩れ込んできた瞬間、水琴の頭の中に冷たいアラートが鳴り響いた。完全に、嵌められた……!彼女は確信していた。親友である鹿耶が自分を裏切るはずがない。あの涙は本物だった。つまり、鹿耶自身も騙され、水琴をここへおびき寄せるための『餌』として利用されたのだ。「あなたたち、何のつもり!?」水琴は背中を壁につけ、鋭く怒鳴った。「何って?見てわかんねぇのか?」大槻裕也(おおつき ゆうや)——先ほどまでベッドで病人ごっこをしていた男は、下劣な笑みを浮かべたまま、顎で男たちに合図を送った。「やれ」その言葉を残し、裕也自身はなぜか部屋の外へと出て行ってしまった。残されたのは、獰猛な笑みを浮かべてジリジリと距離を詰めてくる大男たちと水琴だけ。水琴は視線を素早く巡らせ、サイドテーブルの上に置かれていたフルーツナイフを引っ掴んだ。「来ないでッ!!」水琴はナイフの刃を前に突き出し、死に物狂いで振り回した。「チッ……!」「痛ぇっ!このアマ、やりやがったな!」暗闇の中、ナイフが男の腕を掠め、呻き声が上がる。予想外の抵抗に、男たちは舌打ちをして一時的に距離を取った。荒い息を吐きながらナイフを構え続ける水琴の耳に、分厚いドアの向こうから、微かな話し声が聞こえてきた。男の声は裕也だ。そして、もう一人。……女?しかもこの声、どこかで……聞き覚えのある、ひどく冷ややかで嫌悪感を煽る女の声だった。「あなた、中に入らなくてよかったの?」「あぁ。あの女、バツイチの出戻りだろ?俺は処女しか抱かない主義なんだよ。誰かのお下がりなんて御免だね」「録画はちゃんと回っているんでしょうね?」「当然だ。あの部屋には6つもカメラを仕掛けてある。死角なんてゼロだぜ」録画……!?水琴の顔からさらに血の気が引いた。こいつらの目的は、自分を凌辱するだけでなく、その映像をダシにして完全に社会から抹殺することだ。「……ふざけないでッ!」再び飛びかかってこようとした男に向けて、水琴は渾身の力でナイフを振り下ろした。「ギャッ!?てめぇ、よくも……っ!」腕を深く切り裂かれた男が、血を押さえてうずくまる。刃物を持った水琴の鬼気迫る様子に、残りの男たちも容易には近づけなくなっていた。その時、ド
Read more

第352話

裕也は「チッチッ」と舌を鳴らしながら鹿耶に近づき、その顎を指で掴もうとした。「触らないでッ!」鹿耶が顔を背けて激しく拒絶すると、裕也は面白そうに目を細めた。「ご名答。あの女を引きずり出すために、随分と手間をかけさせられたぜ。……大人しくこのまま帰るなら見逃してやろうと思っていたのに、わざわざ自分から死地に飛び込んでくるとはなぁ」「ミコトに何をしたの!?ミコトをどこへやったのよ!!」裕也はスッと表情から笑みを消し、見下すような冷たい視線を鹿耶に叩きつけた。「いいか?お前は今すぐ、何も見なかったことにして回れ右をして帰れ。そうすれば、今までのことは不問にしてやる。小林家の工場に対する『妨害』も、すぐに手を引いてやるよ」それは、悪魔の取引だった。親友を見捨てれば、家族を救ってやるという。しかし、鹿耶の瞳には一欠片の迷いもなかった。彼女は真っ直ぐに裕也を睨みつけ、顔に唾を吐きかける勢いで怒鳴りつけた。「ふざけないで!家のためにミコトを犠牲にするくらいなら、小林家なんて潰れたほうがマシよ!!あんたがこんな人間のクズだと知るまでは、ミコトが治療してくれれば助かるかもしれないって、確かに少しは期待してたわ!でも、あんたのその腐った本性を見たら、反吐が出る!!今すぐミコトを返しなさい!!」「……威勢がいいなぁ、小林のお嬢さんは」鹿耶の痛烈な罵倒にも、裕也は悪びれる様子もなく、わざとらしく両肩をすくめてみせた。「だが、いくら吠えても無駄だ。今からしばらくの間、お前があの女に会うことは絶対にできない。なんせ、あの部屋には俺の『可愛い部下たち』が何人も順番待ちをしているからな」その言葉の悍ましい意味を理解し、鹿耶の顔からスッと血の気が引いた。「小林さん。あの女を自分の手でここまで連れてきたのは、他でもないお前だ。世間的に見れば、俺たちは立派な『共犯者』ってことになる。これ以上騒ぎ立ててお互いの首を絞めるより、ここで大人しく手を引くのが賢い選択だと思わないか?」「ふざけるなッ!誰が共犯よ!今すぐミコトを解放しなさい、さもないと警察を呼ぶわよ!!」鹿耶がポケットからスマホを取り出そうとすると、裕也はパンッ、パンッとふざけたように拍手をしてみせた。「好きにすればいいさ。だが、思い出せよ。あの女がこの屋敷
Read more

第353話

「案内して」という七緒の言葉に、鹿耶はコクリと頷き、足早に大槻家の門へと向かった。ドンドンドンドンッ!!七緒は容赦なく門扉を蹴り飛ばすように叩いた。すぐに、先ほど鹿耶を追い返した使用人たちと、屈強な体格のボディガードたちがぞろぞろと顔を出した。「おいおい、また小林の小娘か。さっき懲りたはずだろうが」「坊ちゃまの邪魔をするなら、今度こそタダじゃ……」ボディガードが凄んだ瞬間。七緒は一切の躊躇いもなく、先頭にいた男の腹に重い前蹴りを叩き込んだ。「グハッ!?」男がくの字に折れ曲がって吹っ飛ぶのと同時に、七緒の乗ってきた車の後部座席から、黒スーツの男たちが3〜4人飛び出してきた。彼らはプロの動きで、瞬く間に大槻家のボディガードたちを無力化し、地面に這いつくばらせた。「な、なんだお前らはッ……!」門周りの警備が完全に沈黙した、まさにその直後。キキィィィィッ!!黒塗りのポルシェ・カイエンが、まるで雷鳴のようなスキール音を立てて門の前に急停止した。さらにその後ろから、2台の大型ワンボックスカーがピタリと停まる。カイエンの運転席から降りてきたのは、灼也だった。その顔には、いつものような温和な笑みは欠片もない。周囲の空気を凍りつかせるほどの絶対零度の殺気と、今にも噴火しそうな狂気を孕んだ瞳。その後ろから、ワンボックスカーに乗っていた十数人の黒服たちが一斉に降り立ち、無言で灼也の背後に付き従った。「灼也様」七緒が短く報告する。「水琴さんは、二階の寝室っス」「早く……早く行って!!」鹿耶は泣き叫びながら灼也の腕を掴んだ。「あの部屋には何人も男がいるの!あの変態、部屋の中に6つもカメラを仕掛けてるって……!!」その言葉を聞いた瞬間、灼也の瞳孔がスッと細くなった。彼から発せられるプレッシャーがさらに冷たく、鋭く研ぎ澄まされる。彼は一言も発することなく、屋敷の中へと足を踏み入れた。二階の密室。「ハァッ……、ハァッ……!」水琴は息も絶え絶えになりながら、床を這って後退していた。唯一の武器だったフルーツナイフは、すでに男たちに奪い取られ、遠くへ蹴り飛ばされている。「チッ、手こずらせやがって」「さあ、お楽しみの時間だぜ……」下卑た笑いを浮かべる男たちが、四方から
Read more

第354話

親友を地獄の淵に追いやった罪悪感に押し潰され、鹿耶は震え続けていた。そんな彼女のそばに立ち、七緒がポンと軽く肩を叩く。「自分を責めるのはやめるッス。……水琴さんなら、アンタのこと絶対に恨んだりしねーッスよ」それは、慰めというよりも、確信に満ちた事実だった。一方、大槻の屋敷に取り残された臣。彼は鉛のように重い足取りで、自身の車へと戻っていた。「……くそっ……!」ハンドルを強く叩き、己の無力さを呪う。結局、自分はまた彼女を救えなかった。一番に駆けつけることも、彼女を抱きしめることも、許されなかったのだ。重苦しい空気の中、エンジンをかけ、屋敷を背にして車を発進させた――その時。「……え?」最初の交差点を曲がった路地の陰。そこにひっそりと停められている一台の車が、臣の視界の端を掠めた。思わずブレーキを踏み込み、目を凝らす。見間違えるはずがない。あの車種、あのナンバー……「……雅の車……?」なぜ、こんなところに妹の車があるんだ?凍りつくような冷たい疑念が、臣の背筋を這い上がった。まさか……今回の水琴の襲撃事件。裏で糸を引き、大槻と結託して罠を仕掛けたのは――雅なのか?ハンドルを握る臣の手が、ギリリと白く変色するほどに力が入った。怒りに身を任せ、臣は鷹司家の本邸へと嵐のように踏み込んだ。出迎える使用人たちを完全に無視し、二階へと続く階段を駆け上がると、一切の躊躇なく雅の部屋のドアを蹴り飛ばした。バンッ!!「――出てこいッ!!」鼓膜を劈くような、冷酷で底知れぬ怒りを孕んだ怒声。それはまるで、極悪非道の大罪人を断罪するかのような、氷のように冷ややかな響きだった。部屋の中でくつろいでいた雅は、突然ドアを破壊して現れた兄の姿に目を丸くし、ガタガタと震えながら立ち上がった。「お、お兄様……?」「臣いきなり何事なの!?」今日に限ってサロンの集まりが休みで家にいた母・佳乃が、凄まじい物音を聞きつけて慌てて駆けつけてきた。彼女はすぐさま怯える娘を背中に庇い、息子をきつく睨みつけた。「また雅にそんな態度をとって!一体どういうつもりなの!」だが、臣は母の抗議など耳にも入っていないようだった。ただひたすらに、絶対的な威圧感を放つ冷酷な瞳で、母の背後に隠れる雅を射抜い
Read more

第355話

現在の高遠家の権力は、すでに鷹司家を根底から揺るがすほどに巨大化している。そこに静沢重人の力まで加われば、鷹司家など赤子の手をひねるように潰されるだろう。だが、事の重大さをまったく理解していない佳乃は、忌々しげに眉をひそめた。「またあの女!?あの女に何かあるたびに、どうして雅を疑うの!雅は今日一日ずっと家にいたって言っているじゃない。どうして実の妹の言葉を信じてあげられないの!」「信じる……?」臣の口から、自嘲するような冷たい笑いが漏れた。「今までこいつが、俺たちに何度嘘をついてきたと思ってるんだ?」その言葉に、雅の胸の奥でドクンと嫌な音が鳴った。兄の言う通りだ。これまでの報復を考えれば、灼也たちが本気で動けば自分がどうなるか、雅だってわかっている。だがそれ以上に、「水琴が痛い目を見た」という事実に、ゾクゾクするような暗い歓喜が湧き上がるのを止められなかった。ざまぁみなさい!ついにあの女に天罰が下ったのね!ただ、一つだけ確かなことがある。今日の事件に関して、自分は本当に一切手を出していない。だって、琉里の口にした計画に、自分の出番はなかったはずだ。……待って?私の車が白妙山にあったってことは……不意に何かに気づき、雅はハッとして臣を見上げた。「お兄様……お義姉様は?お義姉様は今どこにいるの!?」「紗夜のことはどうでもいい!お前は自分のことだけを答えろ。あの事件にお前は関わっているのか!?」「だから、私は白妙山なんて行ってないって言ってるじゃない!」雅はヒステリックに叫び、そして、自分だけは助かりたいという一心で洗いざらい吐き出した。「私、昨日の夜……お義姉様にあの車を貸したのよ!お義姉様が『自分の車は修理中で使えないけど、今日どうしても大事な用事がある』って言うから!だから、あの車に乗っていたのはお義姉様よ!!」自分さえこの件から完全に身を引ければ、他人がどうなろうと知ったことではない。それが例え、義理の姉である紗夜であっても。臣の深く冷ややかな瞳が、じっと雅を射抜いた。その声は、ひどく沈んでいた。「……お前、今の言葉に嘘はないな?」「本当よ!絶対にお義姉様に貸したわ!」雅は必死に首を縦に振った。「信じられないなら、お義姉様が帰ってきたら直接聞けば
Read more

第356話

紗夜の言葉を聞いた瞬間、臣の瞳に鋭い光が走った。「中村さん!今すぐガレージの防犯カメラの映像を持ってこい!」臣の容赦のない声が響く。――防犯カメラ!?その言葉に、雅は心臓がバクンと跳ね上がった。頭の中に、ある記憶がフラッシュバックする。『雅さん、私今外にいるの。悪いけど、あなたの車を私がいる場所まで持ってきてくれない?急いでちょうだい』『大槻さんとの約束の時間がもうすぐなの。早く来て!』まさか……あれも罠だったの!?紗夜が直接鍵を受け取らず、わざわざ雅に車を運ばせた理由。それは、防犯カメラに『雅が自分の車を運転して出かけた』という決定的な証拠を残すためだったのだ!......「臣様、タブレットをお持ちしました。こちらが本日の映像です……」中村さんが恐る恐る差し出したタブレットに、雅の意識が現実に引き戻される。血の気が引いた顔で画面を覗き込む雅。そこに映し出されていたのは、今朝の九時ちょうど。ガレージのシャッターが開き、雅の赤いスポーツカーが発進していく映像だった。そして、運転席に座ってハンドルを握っているのは――紛れもなく、雅本人だった。バンッ!臣は乱暴にタブレットをテーブルに放り投げた。「これでまだシラを切る気か?車に乗って出かけたのは、他でもないお前じゃないか」「ち、違うの!違うわ!」雅は発狂したように首をブンブンと横に振った。「あんたの仕業ね!?最初から私をハメるつもりでこんな真似を!!」雅は目を血走らせ、紗夜に向かって震える指を突きつけた。まさか、自分が身代わりとして完璧に盤上に乗せられていたなどと思いもよらなかったのだ。だが、紗夜はどこまでも無実のヒロインを演じきった。小鹿のように震え、怯えたように目を潤ませる。「雅さん……一体何を言っているの?私、あなたの言っていることがちっともわからないわ……」そして、すがるような目で臣を見上げた。「臣さん……どうして雅さんはあんなに怒っているの?一体何があったの?」「……今日の午前中、大槻の別荘に水琴が監禁された。高遠灼也が救出に向かったが、水琴は意識を失って病院に運ばれたそうだ」臣はギリッと奥歯を噛み締め、冷たく吐き捨てた。「そしてその別荘のすぐ近くに、雅の車が停まっていた。俺がそれを問い詰めると、こ
Read more

第357話

紗夜は冷ややかな目を雅に向けた。「それに、さっきの防犯カメラの映像を見たでしょう?車に乗って出かけたのは、他でもない雅さんよ」「違う!お兄様、信じて!本当に、本当にお義姉様が罠を仕掛けたのよ!」必死に叫ぶ雅の声は、もはや誰の心にも響いていない。「雅さんがどうしてそこまで私を憎むのかわからないけれど……私が今日出かけていたのは、別荘になんて行くためじゃないわ。両親の家に行っていたのには、ちゃんと『大切な理由』があったのよ」紗夜の顔が、わずかに青ざめているように見えた。「だから!あんたが私の車を借りて行ったって言ってるじゃない!」ヒステリックに叫び続ける雅を無視し、紗夜はゆっくりと自分のハンドバッグを開けた。そして、中から一枚の白い封筒を取り出し、震える手で臣へと差し出した。「臣さん……私、別荘になんて絶対に行っていないわ。今日は病院へ行ってから、両親にこれを報告しに行っていたの。……あなたへの、一番のプレゼントよ」臣は眉をひそめながら、その封筒を受け取った。中に入っていたのは、一枚の診断書と、小さなエコー写真。そこに書かれている文字に目を通した瞬間。臣の瞳孔が限界まで見開き、雷に打たれたように硬直した。「……さ、紗夜……お前……っ!」さっきまでの氷のような怒りは跡形もなく消え去り、臣の声は上ずっていた。「お前……妊娠、しているのか……!?」その言葉が落ちた瞬間、リビングの空気が一変した。「えっ!?」佳乃が弾かれたように顔を上げ、さっきまで庇っていた雅を乱暴に突き飛ばした。「臣!今なんと!?本当なの!?」「母さん、本当だよ!ほら、見てくれ!」臣は狂喜乱舞し、顔をほころばせて診断書を母に見せた。「まあ……っ!!」佳乃の顔に、この世の春が来たかのような満面の笑みが浮かぶ。「ああ、紗夜さん!立ち話なんてしていないで、早くソファに座ってちょうだい!ああ神様、ようやく我が家に鷹司の跡取りが……っ!」佳乃は小走りで紗夜に駆け寄り、腫れ物にでも触るかのように大切に彼女の体を支えた。「紗夜、どうしてすぐに教えてくれなかったんだ!?」臣もまた、さっきまで殺気立っていたことなど完全に忘れ去り、デレデレとした顔で妻の手を握りしめた。「だって……今日わかったばかりなんだもの。
Read more

第358話

「……ん……っ」次に目を開けた時、視界に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。ツンと鼻を突く消毒液の匂い。規則的な心電図の電子音。……私、助かったのね……水琴はゆっくりと瞬きをした。信じられないほど長く、ひどく疲れる夢を見ていた気がする。夢の中で見た、若い頃の灼也。以前見つけた『古い写真』の件も含め、自分は何か大切な記憶を欠落させているのではないか――そんな疑念が、またしても水琴の胸をざわつかせた。少しだけ身じろぎをして横を向くと、ベッドの傍らに座っている人影と目が合った。灼也だった。彼は血走った目で、祈るように水琴の手を両手で包み込んでいた。「……水琴」掠れた声が落ちる。水琴が小さく眉をひそめ、身を起こそうとすると、灼也の大きな手が優しく肩を押さえた。「駄目だ。まだ寝ていなさい」逆らう気力もなくベッドに背中を預け、水琴は乾いた唇を開いた。「……鹿耶は?」「彼女なら、一日一夜ずっと君に付き添っていたよ。だが疲労で倒れ込んでしまったから、先に帰らせて休ませている。……ひどく自分を責めていた」水琴は静かに目を伏せた。無理もない。鹿耶に悪気がなかったとはいえ、結果的に自分を大槻の別荘へ連れて行き、あの恐ろしい罠に嵌めてしまったのだから。彼女の性格を考えれば、罪悪感で押し潰されそうになっているはずだ。「……大槻家の人間はどうなったの?」水琴は静かな声で尋ねた。その瞬間、病室の空気が一気に氷点下まで下がり、灼也の瞳に底知れぬ暗い殺意が渦巻いた。「……大槻の連中には、地獄を見せる」水琴の手を握る灼也の指先に、ギリッと強い力がこもる。「死を乞うほどに、後悔させてやる」冷酷な殺意を漂わせる灼也に対し、水琴の反応はひどく淡白だった。「……高遠さん」静かな声に呼ばれ、灼也はハッとして水琴を見つめた。水琴は、彼の目の下に濃く浮かぶ隈を冷ややかな瞳で見据え、淡々と告げた。「あなたはもう、帰って休んでください」「水琴……」灼也が何かを言いかけた、その時。病室のドアが開き、保温ジャーを提げた重人が入ってきた。重人はベッド脇のキャビネットにジャーをドンと置くと、灼也に向かって氷のような視線を突き刺した。「出て行ってくれ。お前はこの場に歓迎されていない」
Read more

第359話

「……本当に間違いないんだな?」重人の表情が一気に険しくなった。水琴は力強く頷いた。紗夜とはこれまで何度も接触してきた。白々しい上辺だけの甘い声も、本性を現した時の憎悪に満ちた声も、嫌というほど聞かされている。姿こそ見ていないが、あれは絶対に彼女の声だった。……動機は、おそらく臣のせいね。水琴の頭の中に、最近の元夫の不気味な行動がよぎる。私と高遠灼也が決裂したと知ってからというもの、臣は何かと理由をつけて私に付き纏い、慰めようとしてきた。あんな未練がましい態度を見せつけられれば、現在の妻である紗夜が私に殺意を抱くのも当然だ。本当に、どこまでも疫病神のような男だわ――水琴は内心で冷たく毒づいた。「……警察が鷹司雅の身柄を拘束しに行った時、臣の奴、大して庇い立てしなかったそうだ。まるで最初からこうなることがわかっていたかのようにな」重人はそこで一度言葉を区切り、深刻な顔で水琴を見た。「それから、もう一つ重要な情報がある。鷹司紗夜が、妊娠したらしい」「……ふふっ」水琴の唇から、冷酷な嘲笑が漏れた。「なんて都合のいいタイミングの妊娠。事件が起きた途端に発覚するなんてね。でも、これで鷹司家にとって待望の初孫ができたわけだわ。あの母親の佳乃さんはもちろん、宗一郎様も、鷹司家の総力を挙げて腹の子ごと彼女を死守するでしょうね」水琴の瞳の奥に、かつての地獄のような結婚生活の記憶がフラッシュバックする。鷹司家に嫁いでいた三年間。子宝に恵まれない水琴は、姑の佳乃から「石女」だと毎日のように罵られ、血の涙を流すような屈辱を味わってきた。佳乃は永遠に知る由もないのだ。水琴が妊娠できなかったのは、息子の臣が初恋の相手である紗夜のために『操を立て』、三年間ただの一度も水琴に指一本触れようとしなかったからだということを。今や、臣の心に住み着く絶対的なヒロインである紗夜が身籠ったのだ。ただでさえ佳乃に気に入られていた彼女が、これでさらに鉄壁の盾を得たことになる。実の娘である雅が逮捕されたというのに、あのヒステリックな佳乃が騒ぎ立てなかった理由もこれで説明がつく。あの女にとって、馬鹿な娘の命よりも、紗夜の腹の中にいる鷹司の跡取りの方が何百倍も価値があるからだ。……それにしても。水琴は冷ややかな目で虚
Read more

第360話

「……っ、触んないでよ!あんた誰!?」鹿耶は嫌悪感も露わに、男の腕を力一杯振り払った。「なんだよ、ツンツンすんなって。こんなバーに一人で来てるんだから、ヤル目的だろ?顔がいいから声かけてやったんだぜ、ありがたく思えよ」男はニヤニヤと笑いながら、自分のグラスを鹿耶の唇に強引に押し付けた。「ほら、さっさと飲めよ!」「やめてって言ってるでしょ!」パシッ!鹿耶が思いきり腕を振り上げると、グラスが宙を舞い、床に落ちてガシャーンとけたたましい音を立てて砕け散った。ガラスの割れる音に、周囲の客がチラリと視線を向ける。その音で鹿耶もわずかに酔いが覚め、強い口調で睨みつけた。「あたしに近づかないで!とっとと消えなさいよ!」だが、男は引き下がるどころか、舌打ちをして鹿耶の腕を乱暴に掴み上げた。「調子に乗ってんじゃねえぞ、アマ!」そのまま彼女を引きずり、強引に奥のVIP用個室へと連れ込もうとする。男の目には、獲物を貪るような下劣な光がギラギラと宿っていた。店内にいる他の客たちは、日常茶飯事の光景に見て見ぬふりを決め込み、誰一人として助けに入ろうとはしない。「いやっ、離して!やめっ……うっ」個室のドアの前に引きずられてきた瞬間、強烈な吐き気が鹿耶を襲った。酒の匂いと、男の身体から漂う不快な汗の匂いが混ざり合い、胃液がせり上がってくる。「ゲェッ……!」鹿耶がその場で激しく嘔吐するのを見て、男は「チッ、汚ぇな」と露骨に顔をしかめた。だが、どうしてもこの上玉を諦めきれない男は、鹿耶が吐き終わるのを待ってから、無理やり彼女を個室の中へと引きずり込んだ。抵抗する力も残っていない鹿耶を、男は容赦なく革張りのソファへと放り投げた。バタン、と重いドアが閉まり、鍵がかけられる。密室になった途端、男は完全に本性を現し、獣のような笑みを浮かべて鹿耶の上にのしかかってきた。「抵抗すんなって。お兄さんが、気持ちよくしてやるからよぉ!」男の汚い手が、鹿耶の太ももを撫で回す。「いやぁぁっ!触るな!離してぇッ!」耐え難い悪臭と恐怖にパニックになりながら、鹿耶は必死に男の胸を突き飛ばした。ソファから転げ落ち、よろけながらドアの方へと逃げようとする。だが、男はすぐに鹿耶の足首を掴んで引きずり倒した。「どこ逃げようと
Read more
PREV
1
...
3435363738
...
44
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status