「待って!」男が器に口をつけようとした瞬間、異変を察知した鹿耶が止めた。彼女は自分の箸を取り上げ、そのスープの表面をちょんとすくって、そっと舐めてみる。「……しょっぱぁっ!?」鹿耶は悲鳴を上げ、慌ててグラスの水をガブ飲みした。そして、バンッ!とテーブルに箸を叩きつける。「ミコト!七緒くんのやつ、いくらなんでも最低よ!!」怒り心頭の鹿耶を見て、水琴は吹き出しそうになるのを必死に堪えながら男に告げた。「……ごめんなさい、もう飲まなくていいわ」その後、テーブルには次々と料理が運ばれてきたが、七緒は終始、鉄仮面のような完璧な営業スマイルを張り付けたまま、淡々と給仕をこなすだけだった。先ほどまでの感情の爆発が嘘のように、何一つ波風を立てることはなかった。帰りの車内。鹿耶の瞳には、言葉にできないほどの落胆と寂しさが滲んでいた。「ほらね、私の言った通りじゃない。あいつ、私のことなんか好きでもなんでもないのよ」ヤキモチを妬いたんじゃなくて、ただの腹いせであんな子供じみた嫌がらせをしただけなんだわ……すっかりしおれてしまった鹿耶に、水琴は優しく声をかける。「そう焦らないで。……たぶん彼はまだ、自分の気持ちの整理がついていないだけよ。それか、あまりにもショックが大きすぎて思考停止しちゃったのかもね」鹿耶は心ここにあらずといった様子で帰宅した。シャワーを浴びてベッドに潜り込んでも、頭の中をぐるぐると駆け巡るのは、あの夜のバーでの出来事ばかり。スマホの画面に目をやると、時刻はすでに午後十一時を回っていた。目を閉じて無理にでも眠りにつこうとしたその瞬間――不意に、着信音が部屋の静寂を切り裂いた。画面に表示された名前に、心臓が跳ねる。思わずスマホを取り落としそうになった。『坂本七緒』慌てて電話に出ようとしたが、焦りのあまり指先が滑り、あろうことか【通話終了】のアイコンをタップしてしまった。ツーツーという無機質な電子音に、ヒュッと息を呑む。だが直後、再び着信音が鳴り響いた。今度は慎重に、恐る恐る通話ボタンをスライドさせる。「……何してたんスか」「な、何も……別に、何もしてないわよ」電話越しの声は、いつになく焦燥に駆られ、切羽詰まっているように聞こえた。「……下、降りてきてくださいッ
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