All Chapters of 離婚後、捨てられた私は人生の頂点に立つ: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話

その様子を見ていた雅が、勝ち誇ったような笑みを唇に刷いて歩み寄った。「まあ、紗音ちゃんのドレスがこんなことに!私、予備のドレスを持ってきておりますの。紗音ちゃんとは背格好も似ておりますし、よろしければ、私のでよろしければお使いになりませんこと?」ここで恩を売っておけば、この高遠家のご令嬢と繋がりができるかもしれない。しかし紗音は、その魂胆を見透かしたように首を横に振った。「いらない。わたし、自分のドレスを何着かここに置いてあるから」そう言うと、彼女は汚れたスカートの裾をつまみ、水琴の手を引いた。「水琴お姉ちゃん、一緒に来て」水琴お姉ちゃんを一人残して、こんな奴らにいじめさせるわけにはいかない。兄様との約束もあるのだ。まさにその時だった。一人の使用人が近づいてきて、水琴に深く頭を下げた。「静沢様。灼也様がお呼びでございます」それを聞いた紗音は、ぱっと水琴の手を放した。「水琴お姉ちゃん、先に兄様のところへ行ってて。わたし、着替えたらすぐ行くから!誰にもいじめられちゃだめだよ!」彼女は雅を鋭く睨みつけると、一人でスカートの裾を持ち上げ、階上へと駆けていった。水琴はふっと笑み、雅たちにはもう目もくれず、使用人に向き直った。「ええ、案内してちょうだい」その背中を、雅は歯が砕けんばかりに食いしばって見送った。「なんなのよ、あの女……!高遠灼也があんなに庇ってばっかりで!都合が悪くなった途端、すぐ呼び出すなんて!」「……呼んだのは、高遠灼也じゃないわ」紗夜が凍るような声で呟くと、雅は訝しげに彼女を見た。「え?じゃあ……お義姉様が?」紗夜が静かに頷くと、雅の顔に途端に意地の悪い笑みが浮かんだ。「っふ、ふふ……さすがお義姉様!これであの女に恥をかかせることができたら、お母様もきっと、もっとお義姉様のこと気に入るわよ!」「……見てなさい」紗夜の声は、夜の闇よりも冷たく響いた。水琴は使用人の案内に従い、喧騒に満ちたホールを横切って裏のガーデンへと足を踏み入れた。そこには誰の姿もなく、静まり返っている。「……灼也様はどちらに?」「静沢様、灼也様からは『こちらへお連れするように』とのみ。申し訳ございませんが、しばしこちらでお待ちいただけますでしょうか」そう言うと、使用人は一礼し、ホールへと続くガラスの扉を内側から閉めてしまった。カチ
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第62話

吐き気を催すような言葉に、水琴は怒りで顔が青ざめていく。赤く充血した瞳で、男を睨みつけた。「警告する……!私に指一本でも触れてみなさい。絶対に許さないから!」「おとなしくしろ!この裏庭には俺たち二人きりだ。扉の鍵も閉めた。まだ逃げられるとでも思ってんのか?」男は水琴の腕をぐいと引き、無理やりその身体を抱き寄せようとする。脂ぎった顔が興奮で赤く染まり、もう片方の手が水琴の肩をまさぐろうとした。その瞬間。水琴は躊躇なく脚を振り上げ、男の股間を渾身の力で蹴り上げた。「ぐぅっ……!」鈍い悲鳴が夜の闇に響く。男は股間を押さえて苦痛に身を屈めた。「て、てめぇ……!ただで済むと思うなよ……!」だが、男は激痛に呻きながらも、水琴の手首を掴んだ手だけは決して離そうとしなかった。「っ……離して!」水琴は必死にもがくが、その手はまるで鉄の万力のように手首に食い込み、白魚のような肌がみるみるうちに赤く腫れ上がっていく。絶望的な状況に、彼女は唇を強く噛み締めた。こうなれば——水琴は覚悟を決め、空いている方の手で、窮屈なドレスの裾を掴んだ。一思いに引き裂いてしまえば。もう、体裁なんて知ったことか。男が痛みからやや回復し、逆上して平手打ちを食らわそうと腕を振り上げた、その時だった。振り上げた腕が、空中でぴたりと止まった。何者かの力で、びくとも動かない。「あぁ?誰だ、俺様のいいところを邪魔する野郎は!」男が怒鳴りながら振り返り——そして、次の瞬間、凍りついた。水琴は、そこに立つ人物の姿を認め、張り詰めていた糸がぷつりと切れるのを感じた。目の奥が急速に熱くなり、鼻の奥がつんと痛む。——灼也。「……その女を、離せ」地を這うような低い声に、男は恐怖で完全に支配された。掴んでいた水琴の手首を、反射的にぱっと離す。水琴は俯き、今の無様で惨めな姿を隠すように、足早に彼の背後へと回り込んだ。「……警察を、呼んでちょうだい」かろうじて絞り出した声は、自分でも分かるほど震えていた。灼也の目に、痛切な色が走る。彼は水琴の赤く腫れ上がった手首に視線を落とし、まるで自分のことのように眉根を寄せた。「……ああ」男は顔面蒼白になり、灼也に向かって必死に弁解を始めた。「しゃ、灼也様、これは違うんです!どうかお聞きください!この女が庭に一人でいるのを見かけたもので、それで……! う
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第63話

考えてみれば、何もかもがおかしかった。まず紗音のドレスが汚され、彼女が席を外す口実が作られた。そして、自分だけがここに呼び出された。水琴がそれ以上を語る前に、灼也はすでに部下に監視カメラの映像を確認するよう命じていた。「ああ、分かっている。必ず黒幕を突き止める。……とにかく、中へ入ろう。ここは冷える」肩にかけられたジャケットには、まだ彼の体温が残っていた。その温もりが、冷え切った心にじんわりと染み渡る。彼はいつもそうだ。私が絶望の淵にいる時、必ず現れて、分厚い雲を切り裂く一筋の光のように、私を救い出してくれる。水琴は知らず知らずのうちに、灼也のそばへと身を寄せた。心臓はまだ、激しく打ちつけていた。先ほどの恐怖は、今や燃え盛るような怒りへと姿を変えていた。そして、その怒りの中心には、灼也から与えられた温かい光が灯っている。水琴はこくりと頷き、彼の半歩後ろを歩きながら、小さな声で呟いた。「……ありがとう。また、あなたに借りを作ってしまったわね」灼也の眼差しには、まだ冷たい光が残っていた。先ほどの一件は、彼の怒りにも火をつけたのだ。しかし、水琴からの真っ直ぐな感謝の言葉に、彼はどこか居心地の悪さを感じていた。「君を招待したのは俺だ。何かあれば、俺が責任を取る。……これは貸し借りじゃない」灼也にエスコートされ、水琴は何事もなかったかのようにホールへと戻ってきた。裏庭での出来事を知る者は誰もいない。——ただ、人垣の中から、怯えと焦りに満ちた二対の瞳が、その姿を固唾をのんで見つめているのを、二人はまだ知らなかった。水琴があの扉の向こうへ消えてから、雅はずっと落ち着きなくその扉を凝視していた。やがて、計画通り使用人が一人で現れ、内側から錠をかけるのを確認すると、雅は邪な期待に全身を震わせた。これで計画は成功する。あの男が事を終えれば、静沢水琴は街中の笑いものだ。あの高慢な灼也も、自分が連れてきた女がいかに汚らわしい存在かを知ることになるのだ、と。しかし、その期待は無残にも打ち砕かれた。一方、紗夜は臣の隣を守りながらも、その意識は全く別の場所にあった。周囲の人間が話しかけてきても、心ここにあらずで上の空だ。やがて、灼也が険しい顔で庭へと向かうのを目にした時、紗夜は計画がまたしても失敗に終わったことを悟った。……どうして。どうしてあの女
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第64話

灼也は冷え切った顔で尋ねた。「その男は、パーティー中に誰と接触していた?」「ドリンクサービスを担当しておりましたので……会場のほとんどのお客様と何かしら接触があったかと……」「探すだけ無駄っスよ。誰だか、オレが知ってるんで」聞き覚えのある声に、水琴と灼也が同時に振り返ると、そこに立っていたのは七緒だった。「さっきまでどこにいたの?」水琴が訝しげに尋ねる。「いやー、オレが遅れてこなかったら、こんな面白い場面に遭遇できなかったっスからね」七緒はそう言うと、自身のスマートフォンをひらりと振って見せた。画面に映っていたのは、一枚の写真。裏庭に立つ男と、その隣でシャンパンを片手に何事か囁きかける女の姿だった。男は、先ほど水琴を襲った、あの男だ。そして女は——鷹司雅。水琴の目が鋭く光る。……鷹司雅。三度も四度もちょっかいをかけてきた挙句、今度はこんな卑劣な手を。七緒は冷ややかに鼻を鳴らすと、画面をスワイプした。「これ、彼女一人だけの仕業じゃないっスよ」次の写真には、先ほど紗音が水琴を庇っていた場面が切り取られていた。その後ろを通り過ぎるウェイター。その背後から、細い脚がすっと伸び、男の足に引っ掛けられているのがはっきりと見えた。体勢を崩したウェイター。傾いだ盆。そして、紗音のドレスに降り注ぐ、赤いワイン。その脚の持ち主は——今まさに雅の隣で、何事もなかったかのように談笑している女。灼也の顔から一切の表情が消えた。その底なしの瞳が、氷点下の光を帯びて月城紗夜の姿を捉えた。紗音もまた、怒りで愛らしい顔を真っ赤に染めていた。「あの鷹司雅……!絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから!いつもいつも水琴お姉ちゃんをいじめて、いい気になっちゃって!」「紗音!」灼也は、妹が一瞬で何を考えているか察し、その名を呼んで制した。「……水琴お姉ちゃんが、何か言いたそうだぞ」「え……?」促され、紗音は水琴の方を向いた。水琴は、穏やかな笑みを浮かべて紗音を見ていた。だが、その瞳の奥には、抑え込んだ強い怒りの光が宿っていた。「紗音ちゃん、お願いがあるのだけれど……手伝ってくれるかしら?」「もちろん!水琴お姉ちゃん、何でも言って!」水琴が紗音の耳に何かを囁くと、灼也と七緒は興味深そうにその様子を見つめた。耳打ちを終えた紗音は、花が咲
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第65話

すると、紗音がわざとらしく大げさな声をあげる。「あらやだ、月城さんたらうっかりさんね!乾杯しようとしたのに、避けなきゃダメじゃない。……これじゃ、わたしがわざとやったみたいに見えるわ」「……いいえ、紗音様。私が避けきれなかっただけですわ」紗夜は屈辱を飲み込み、かろうじてそう答えた。先ほどの紗音の時と同じように、周囲の視線が一斉に集まってくる。紗音はさも親切そうに言った。「月城さんも、わたしと同じでついてないのね。わたしもさっき汚されちゃったの。でも幸い、自分のドレスを何着か持ってきてるから。よかったら、わたしのをお貸しするわよ?」紗夜が返事をする前に、隣にいた雅がぱっと立ち上がった。「まあ、いいんですの!?お義姉様、よかったわね!是非お借りなさいな!」高遠家のご令嬢と繋がりができれば、憧れの灼也様にも近づけるかもしれない——雅の頭の中は、そんな浅はかな計算でいっぱいだった。そんな魂胆を知る由もない紗夜は、みっともなく染まったドレスを見下ろし、小さく頷いた。もはや、このまま人前に立っていることはできない。「……では、お言葉に甘えさせていただきますわ。ありがとう存じます、紗音様」そうして、紗夜は紗音の後について階段を上がっていった。部屋に入るなり、紗音は持参したドレスをすべてベッドの上に広げた。「さあ、好きなのを選んで」紗夜は、ベッドを埋め尽くす豪奢なドレスの山に、嫉妬の色を隠せなかった。ここに並ぶのは、どれも一流ブランドのオートクチュールだ。ただ金があれば買えるという代物ではない。顧客の家柄や社会的地位を厳しく審査し、ブランドイメージを損なう相手には決して売らないことで知られている。紗夜自身、喉から手が出るほど欲しいと願っても、未だに購入資格すら得られていないブランドのドレスが、そこには無造作に転がっていた。彼女は一番手近にあったドレスを手に取り、フィッティングルームへと入っていく。その背後で、紗音は音もなく部屋を抜け出し、階下へと急いだ。二人が二階へ消えると、手持ち無沙汰になった雅は母である佳乃の元へと向かった。佳乃はちょうど、周りの夫人たちに不満をぶちまけているところだった。「本当に、恥知らずにも程があるわ!よくもまあ高遠様のパーティーにしゃあしゃあと……!私たちと顔を合わせるのも嫌じゃないのかしら!」
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第66話

そう言うと、彼女は勇んで階段の方へ向かった。雅の頭の中は、先ほどのネックレスのことでいっぱいだった。まさか、あの灼也様が、あの何億もするネックレスを、この私に……?そうだ、きっとそうに違いない。灼也様もようやく、あの静沢水琴よりも私のほうが優れていると気づいたのだ。心臓が期待に高鳴る。灼也様と二人きりになれる——そう思っただけで、身体中の血が沸騰するようだった。興奮で頬を上気させながら、二階の一番左にある部屋の前まで来ると、彼女はそっと扉をノックした。コン、コン……たいして力を込めたわけでもないのに、扉はひとりでにゆっくりと開いた。部屋の中は明かりも点いておらず、真っ暗だ。「……灼也様?」彼女は、探るように二度、呼びかけた。返事はない。しんと静まり返った闇が、じわじわと恐怖を煽る。その時だった。——バンッ!背後で乱暴に扉が閉められ、錠のかかる音が響き渡った。完全な暗闇が、雅を飲み込んだ。「きゃっ……!しゃ、灼也様……?いらっしゃるの?」声が震える。雅は壁に手をつき、必死に照明のスイッチを探った。しかし、指先に触れるのは、ただ冷たく硬い壁だけだ。——パチッ。不意に、部屋の明かりが点いた。そこにいたのは、自分以外にもう一人。その男の顔を見て、雅は息を呑んだ。見覚えがあった。「なっ……!」顔色を変え、雅は振り返りざま、扉に向かって駆け出した。「鷹司雅!てめえ、待ちやがれ!」怒号と共に、男が雅の行く手を阻んだ。「逃がさんぞ!よくもこの俺を騙してくれたな! あの女は誰にでも股を開く尻軽だって、お前が言ったんだろうが! その言葉を信じたせいで、俺は高遠家との契約を無くし、この街から追放されることになった!全部お前のせいだぞ!」「わ、私は間違ったことなんて言ってないわ!」雅は顔を真っ青にさせ、金切り声をあげる。「あの女はただのバツイチよ! なんで灼也様があんな女を庇うのか、私が知るわけないじゃない!それに、あんたが自分でスケベ心を起こしたんでしょ!私と何の関係があるっていうのよ!」「てめえがけしかけなきゃ、俺があんな女に目をつけるかよ!うまくいけば、鷹司家とも提携させてやるって言ったのは誰だ!大体、これは全部、てめえが仕組んだことだろうが!」「なっ……何言ってんのよ! あんたこそ、訳の分からないこと言わないで!」雅は屈辱に顔
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第67話

「鷹司雅。あなたは三度も四度も私にちょっかいを出し、挙句の果てにこんな吐き気のするような真似までした。いつだって鷹司家が後ろ盾になってくれるとでも思っているのでしょうけど……もし、その鷹司家でさえ、あなたを守りきれなかったとしたら?」「私は鷹司の人間よ!お兄様が私を守らないわけがないじゃない!それに比べてあんたはなんなのよ!灼也様に守ってもらってるだけのくせに!私は何も悪くない!でたらめ言わないで!」耳をつんざくような金切り声が、部屋中に響き渡った。その時、灼也が口を開いた。彼の視線は、まるで研ぎ澄まされた刃のように、雅の心臓を狙っていた。「鷹司さん。今夜、裏庭で何があったか、ご存じのはずだ。……なぜ、あんな真似を?」「灼也様!どうか信じてください、私じゃありません!あいつです!」雅は水琴を指差して叫んだ。「さっきの男は、この女が私を陥れるために用意したんです!私は何もしていません!」その頃、二階の部屋でドレスを着替えていた紗夜は、ようやく新しいドレスに身を包み、人前に出られる準備を整えていた。さて、そろそろ階下へ——と階段へ向かった時、どこからか甲高い女の叫び声が聞こえてきた。紗夜は訝しみながら音のする方へと近づき、扉にそっと耳を当てる。……雅の声だわ。部屋の中では、雅が誰かと激しく言い争っているようだ。さらに耳を澄ますと、水琴、そして灼也の声も聞こえてきた。紗夜は状況を察すると、すぐさま踵を返し、急いで階下へと向かった。「臣さん、大変!早く二階へ!雅さんが、静沢さんと喧嘩してるみたい!」「何ですって!?あの賤しい女が、よくも私の娘に!」それを聞いた佳乃が、誰よりも先に激高し、階段へと駆け上がっていった。臣と佳乃もまた、紗夜の後に続いて二階へとやって来た。部屋へ入るなり、彼らが見たのは、床にへたり込んで灼也に泣きすがる雅の姿だった。その様は、まるで雨に打たれた小鳥のように震え、ひどくか弱げで——傍らでは水琴と七緒がただ黙ってその様子を見つめている。佳乃は胸を痛め、娘の元へと駆け寄った。「雅!いいったいどうしたの!誰にこんなことをされたの!」佳乃は水琴をまっすぐに指差した。「あなたでしょう!またあなたが何かしたのね!?なぜ私の雅を傷つけたりするの!」臣は険しい表情で灼也を見据え、重々しく口を開いた。「灼也様。鷹司家は高
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第68話

佳乃はわなわなと震える指先で水琴を指差した。「あなた……!よくもそんな真似が!ここは高遠様のパーティーですのよ!」そして、悲痛な表情で灼也に向き直る。「灼也様。この女が人を寄越して私の娘を辱めたのです。どうか、真実をお見極めくださいまし!」水琴は鼻で笑った。「ふ……よく言うわ。どの口がそれを言うのかしらね」「全部本当のことよ!」雅はヒステリックに叫んだ。臣が厳粛な面持ちで提案した。「……ここは、高遠の御当主様にご判断を仰ぐというのは、いかがでしょうかな?」灼也は反対しなかった。すぐに人を遣わし、祖父である景正を呼びに行かせた。——それだけでなく、他にも数名の、影響力のある賓客たちをも、共に。まだ始まってすらいないパーティーで、これほど立て続けに悶着が起きる。景正は内心、不快感を募らせていた。そもそも、静沢水琴という女が鷹司臣の元妻である以上、これは鷹司家の内輪揉めだ。それを、わざわざ高遠家のパーティーにまで持ち込むとは。まず雅から、涙ながらの訴えを聞いた。続けて、水琴が事の経緯を淡々と述べた。灼也は、鉄のように冷たい顔で、泣きじゃくりながら水琴を嫉妬深い悪女に仕立て上げようとする雅の芝居を眺めていた。「当主様!どうか、どうか私の無実を!」雅の甲高い泣き声に、景正はこめかみが痛むのを感じた。彼は灼也に目をやる。「……お前の考えを聞こうか」「爺さん。水琴があの裏庭で襲われそうになったのは事実だ。俺が助けた。その後、鷹司さんをこの部屋に呼び出したのも俺の指示だ。……彼女自身の口から、罪を認めさせるためにな」灼也が静かに言い放った。その言葉に、雅の身体がびくりと震えた。まさか、あの部屋での出来事まで、灼也の筋書き通りだったとは……!水琴は静かに微笑んだ。「本来であれば、鷹司雅さんご本人に非を認めていただくだけで、事を荒立てるつもりはございませんでしたの。……ですが、まさかここまで見え透いた嘘で塗り固めるとは。とことん追い詰められないと、本当のことはお話しいただけないようですわね」佳乃は怒りに我を忘れ、今にも水琴に掴みかからんばかりだ。「お黙りなさい!よくもそんな……!私の娘を陥れておいて、ただで済むと思ったら大間違いよ!」紗夜が、静かに割って入った。「……静沢さん。それだけのことをおっしゃるからには、何か証拠が
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第69話

水琴は、落ち着き払った声でそう告げた。自分が渦中の人物ではないとでも言うような、その泰然とした様に、景正は思わず彼女を見やる。だが、その視線が床の雅に向けられると、一転して嫌悪に歪む。この若さでこれほど陰湿な手を……鷹司家も、先が思いやられるな。「だめっ!警察なんて……!そんなことになったら、この子の人生はめちゃくちゃになってしまうわ!」佳乃が血相を変えて割って入る。そして縋るように水琴へと向き直った。「水琴、お願いだから……雅にあんな酷いことはしないで。あなたはあの子の、お義姉さんだったじゃないの!そんな無慈悲な真似、できるわけないわよね?それに、あなた自身は無傷だったんだから!何の被害もなかったんだから、もういいでしょう!?」水琴は氷のような視線で佳乃を射抜き、冷たく言い放った。「雅さんがこの凶行に及んだ時、私がこれまで彼女のことをどれだけ大事に思っていたか、少しでも考えたでしょうか。過ちを犯したのはあちら。私とて、機会を与えなかったわけではありません」水琴の表情には、いかなる情状酌量も許さない、という断固たる意志が浮かんでいた。雅は完全に血の気を失う。まさかこんなに早く計画が露見するなんて。まさか、証拠まで押さえられているなんて。彼女はわっと泣き崩れ、臣の腕に必死に縋りついた。「お兄様っ!お兄様に助けてほしいの!警察だけは……警察に行きたくないっ!」高遠家の人間が自分を庇ってくれるはずがない。今この場で、自分を救える可能性があるのは、ただ一人、兄の臣だけだ。言葉に窮し、必死に思考を巡らせたその時、ふと入り口に立つ人影が目に映った。雅はその姿を捉えるや否や、ヒステリックに指を突きつける。「お義姉様よ!あの人が、私にやらせたの!私はこんなことまで考えてなかった……でも、やるなら再起不能なくらい徹底的にやらなきゃ意味がないって……!灼也様が、水琴と他の男がもつれ合ってる現場を見れば、あの女の本性がわかって、二度と庇ったりしなくなるはずだって、そう言ったの!」水琴は部屋に入ってきたばかりの紗夜に目を向け、臣もまた、厳しい視線を彼女に注いだ。「雅さん、あなた……何を言っているの!」紗夜は底の知れない深い瞳で雅をじっと見つめ、咎めるように言った。そのまま臣の隣まで歩み寄ると、今度は一転して悲痛な表情を作り、か細い声で続ける。「臣
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第70話

「誰の心が乱れたですって!?私は、あの女のことなんて一度も……っ」「雅さん」雅が墓穴を掘る前に、紗夜が素早くその言葉を遮った。「わかるわ、辛いのよね。つい、意地を張っちゃう気持ちも。でもね、今は静沢さんが警察を呼ぶって言ってるのよ。素直に謝った方がいいわ」雅は紗夜を鋭く睨みつけたが、彼女が逃げ道を作ってくれていることには気づいていた。気まずそうに水琴へと向き直り、俯きながら、かろうじて言葉を絞り出す。「……私が、悪かったわ……」水琴には、その不貞腐れた態度から、謝罪が心からのものでないことは明白だった。だが、ここは高遠家のパーティー。灼也に招かれた客という立場の自分が、これ以上事を荒立てるのは望ましくない。何より、当主である景正の表情は、すでに不快感を隠せずにいる。「雅さんがご自身の非を認めてくださったのなら、この件は一旦、不問としましょう。ですが、忠告しておきます。今後、二度と私に関わらないでいただきたい。さもなければ――この動画はいつでも警察に提出できますから」水琴は、静かに、しかしきっぱりとそう言い渡した。灼也は雅と紗夜を一瞥し、冷たい声で言い放った。「水琴は俺が招いた大切な客だ。こんな事態になった責任の一端は俺にもある。鷹司雅さん、今後はよく考えてから行動することだ。取り返しのつかないことになってからでは遅いぞ」水琴の胸に、温かいものが込み上げてくる。鷹司家で浴びせられ続けたのは、いつも一方的な非難と罵倒だけだった。けれど、灼也は違う。彼は何度も、こうして自分の後ろに立ち、盾となってくれた。「当主様、本日は大変お騒がせいたしました」そう言って水琴が頭を下げると、景正は静かに頷き、臣へと視線を移した。「鷹司の若いの。お主、会社の方も多忙であろう。今宵はもう引き取ってくれて構わん」それは、体面を保たせた上での、事実上の退去勧告だった。臣はさっと顔色を変え、深く頷く。「本日はお騒がせいたしました、当主様。日を改めて、ご挨拶に伺います」佳乃は腑に落ちないといった顔で息子に視線を向け、赤く泣き腫らした目の雅は、悔しそうに水琴を睨みつけた。ただ一人、紗夜だけが意味ありげな視線を水琴と交わした。彼女だけが、この言葉の裏にある真の意味を理解していたのだ。臣に急な仕事などあるはずがない。これは、鷹司家の所業に不快感を示した景正が与え
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