臣の瞳が、すっと昏く沈む。口元が、無意識に引き攣った。目の前の女は、変わりすぎた。その男にこれ以上関わる気など毛頭なく、水琴は身を翻してその場を去ろうとする。だが、一歩踏み出した途端、太く逞しい腕に、その手首を強く掴まれた。臣には、もはや忍耐など残っていなかった。力任せにぐいと引かれ、水琴の身体は元の場所へと引き戻される。その白魚のような手首には、くっきりと赤い指の跡が残った。「いっ……!」痛みのかすかな呻きが漏れる。水琴は己の手首を庇い、目の前の男を怒りを込めて睨みつけた。「鷹司臣、あなた、一体どういうつもりなの?あなたねぇ……!」「少し、話す必要がある」話の途中で、臣が冷たい声で遮る。彼の視線が、無意識に水琴の手首の赤みに注がれる。途端に、胸の奥に奇妙な感情がよぎった。水琴は、鼻で笑う。「結構ですわ。興味もありませんし、話したいことなどございません」その言葉に、臣は一瞬詰まり、しかし、それが彼の怒りの導火線に火をつけた。「水琴!俺は、俺たちの間に最低限の体面を残そうと努めてきたつもりだ。お前に負い目を感じていたからこそ、金も家も与えた。だがそれは、お前が他の男とできてるとは知らなかった時の話だ。あの時、やけにすんなりと離婚届に判を押したのも……本当は、とっくに次の相手を見つけていたからじゃないのか?」「……今、なんですって?」水琴は一瞬、思考が止まった。まさか、その言葉が鷹司臣の口から出てくるとは。込み上げてきたのは、途方もない滑稽さ。もはや、この男と言葉を尽くすことすら馬鹿馬鹿しい。「お好きなように、考えればよろしいのではなくて?」目の前の女の、あまりにも淡々とした態度。臣のすべての怒りが、まるで深海に沈んでいく石のように、何の反響も呼ばない。彼は掌を強く握り締めると、彼女をじっと見下ろし、思わず口を開いていた。「水琴。お前の不貞の証拠を、人を使って調べさせる。見つけ次第、裁判所に訴えを起こし、お前に渡した財産はすべて回収する」その言葉に、水琴はすっと目を上げる。今日初めて、臣の顔を真正面から見た。潤んでいたはずのその瞳の奥に、骨の髄まで凍らせるような冷気が宿っている。臣は、訳もなく背筋に怖気が走るのを感じた。この男を、自分は長年愛していたのか。これほどまでに、恥知らずな人間だった
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