All Chapters of 離婚後、捨てられた私は人生の頂点に立つ: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話

この一件は瞬く間に学内を駆け巡り、噂は尾ひれをつけて一人歩きを始めた……噂に名高いあの高遠灼也が、まさかA大学のキャンパスに現れるなんて。しかも、あの静沢先生と知り合いで、先生の潔白を証明するためにわざわざ駆けつけたと囁かれているのだ。冷静に考えてみれば、もし本当にただの友人関係だったら、超多忙なあの人が自ら出向いてくるだろうか。秘書の一人でもよこせば、簡単に片付く話のはずだ。ということは、やはり二人の関係はただならぬものなのだろう。それにしても、静沢先生と高遠灼也が並んで歩く姿は、ため息が出るほどお似合いだった。あの二人がもし本当に結ばれたら、生まれてくる子供は一体どんな神がかった美貌になるんだろう……!?学内掲示板から、水琴に関する誹謗中傷のスレッドは跡形もなく削除されていた。それに取って代わったのは、水琴と灼也が並んで歩く一枚の写真。穏やかな時間がそこだけ切り取られたかのような光景だった。コメント欄は、早くも二人をカップルとして推す声で溢れ始めている。もっとも、当の本人たちがそんな状況を知る由もなかった。その頃、ある教室では──佳乃が大学に乗り込んできて水琴を陥れようとした一件は、すっかり学生たちの知るところとなっていた。数人が、雅へあてつけるようにわざとらしく視線を交わし、ひそひそと囁き合う。「ほんっと、呆れちゃうよね。自分の息子が不倫したくせに、元のお嫁さんを悪者扱いするなんて。慰謝料と家を取り返したいだけでしょ。あんな姑、誰が当たっても不幸になるだけじゃん」「ほんとそれ。あんな姑がいるくらいなら、身寄りのない人と結婚した方がよっぽどマシだって。静沢先生もとんだ災難よねぇ」「出回ってる動画、見た?マジであり得なくない?やっぱり金持ちってセコいんだね。たった三年の青春の対価で、家とお金を渡すのなんて当然なのに……」「あんたたちに何がわかるっていうのよっ!」ついに堪忍袋の緒が切れ、雅は勢いよく立ち上がった。バンッ!と教科書を机に叩きつけ、噂話に興じていた学生たちを憎々しげに睨みつける。あのクソ女……!胸のうちで毒づく。いったいどんな手を使って世論の風向きを変えたというのか。お母様が直々に出向いても効果がないどころか、逆に自分たちに世間の矛先が向いてしまった。このことがお兄様の耳に入ったら、きっと怒られてしまうわ……
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第52話

彼の声が再び聞こえるまで、水琴はそんなことを考えてぼうっとしていた。「礼なんていいよ。その代わり、俺に一つ貸しができたってことだけ、覚えといて」ぴたり、と水琴の足が止まる。灼也に作った「貸し」が、そう簡単に返せるものではないことは分かっていた。それでも、必ず返さなければならない。「ご心配なく。お借りしたものは、必ずお返しします。私に何ができるかは分かりませんが、おっしゃっていただければ、誠心誠意、力の限りを尽くします」水琴は、曇りのない真っ直ぐな瞳で彼をじっと見つめた。その真剣で、揺るぎない覚悟に、灼也は薄い唇の端をくい、と持ち上げる。彼の瞳に宿る笑みは、まるで星屑を散りばめたようで、妖しくも人を惹きつけてやまない。……どう見ても、獲物を前にした狡猾な狐のそれにしか見えなかったが。その表情に、水琴の心に不意にさざ波が立つ。もしかして、私……まんまと彼の術中に嵌まってしまった……?そんな気がしてならなかった。しかし、深く考えても答えは出そうにない。水琴は思考を振り払い、彼を見送ることに決めた。これほど大きな助けを借りた相手を、ここで一人放り出すのは、あまりに無作法というものだろう。雅は学校から帰宅するなり、持っていた荷物を放り投げるように家政婦に押し付けた。その顔は、まるで酷く不味いものでも口にしたかのように歪んでいる。「お母様、一体どうなってるのよ!なんで高遠灼也が、あの女を助けたりするの!そのせいで私がどれだけ恥ずかしい思いをしたか、わかってる?!みんな、お母様のことを『悪魔みたいな姑』だって言ってるのよ!」「それを私のせいだとでも言うの!?」佳乃もまた、腹の虫が治まらない。今日の出来事を思い出すだけで、腸が煮えくり返りそうだった。「もし高遠灼也がしゃしゃり出てこなければ、今頃とっくに静沢水琴を大学から追い出せていたわ。それがあの男、あの女を庇っただけじゃなく、逆に私を脅すなんて……!もし本当に鷹司家のA大学への出資を引き揚げられたら、臣に知られたら、私たちただじゃ済まないのよ!」学長に圧力をかけるつもりが、逆に灼也から圧力をかけられてしまった。これ以上事を荒立てても、自分たちにも、鷹司家にも、何の益もない。諦める以外の選択肢など、どこにもなかったのだ。「じゃあ、これからどうするのよ!」今日の学友たちのあ
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第53話

「お義母様、雅さん。先ほどから何か揉めていらっしゃるようですが、どうかなさいましたの?」紗夜は事の次第を知らないながらも、その原因が水琴にあることだけは察していた。この母娘をここまで逆上させられる人物など、彼女の他には思い当たらない。その問いに、佳乃は手にしていた宝石をことり、とテーブルに置いた。みるみるうちにその顔が険しく曇っていく。およそ上流階級の夫人とは思えぬ、品性を欠いたその剣幕に、紗夜は内心でそっと眉を上げたが、表情には出さなかった。「何もかも、あの小娘のせいよ!あの子のせいで、私がどれだけ大勢の前で恥をかかされたことか……!」佳乃は、まるで自分が被害者であるかのように、今日大学で起きた出来事を始めから終わりまで捲し立てた。もちろん、そこに自らの非を認める言葉は一欠片もなかった。話を聞き終え、紗夜はようやく合点がいった。なるほど、母娘で水琴を陥れようとして、見事に返り討ちに遭った、というわけね。「お義姉様……」雅が、すばしこく紗夜の隣に座り、その腕に甘えるように絡みついた。「お義姉様は私たちなんかよりずっと賢いんだから、何かいい知恵を貸してくれない?」その言葉に、佳乃は一瞬娘を窘めるような視線を送ったが、すぐに水琴に渡った莫大な財産のことを思い出したのだろう。悔しさが再びこみ上げてきたようだった。「紗夜さん、聞いてちょうだい。静沢水琴は臣と三年も夫婦だったのに、世継ぎ一人産みもしなかったのよ。それなのに臣ときたら、何を血迷ったか、離婚の際に16億円と家をいくつか渡したんですって!あれは本来、あなたと臣のために用意していた結納金だったのよ!それをこともあろうに、あんな女に……!」語るうちに、佳乃の怒りは頂点に達した。その金額を聞いた瞬間、紗夜の表情がほんのわずかに、だが確かに強張った。しかし、その変化はすぐにいつもの穏やかな微笑みの下に隠される。臣が水琴に慰謝料を支払ったことは知っていたが、具体的な金額までは聞いていなかった。彼も、あえて詳しい話は避けていたのだ。……まさか、16億円ですって?それだけではない。価値の計り知れない不動産まで……「紗夜さん、もう私と雅だけじゃ、あの腹黒い小娘には敵わないわ。結婚していた頃はあんなにおとなしくて、何を言っても文句ひとつ言わずに従う子だったのに……離婚してたったこれだけ
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第54話

なんですって?雅の、嫁入り道具に……!?一瞬、紗夜の思考が停止した。すぐに我に返り、腹の底で「厚かましいにも程がある」と罵るが、一度口にした言葉はもう撤回できない。胸の内で怒りの炎が燃え盛ろうとも、それをぐっと呑み込むしかない。紗夜は、顔に貼り付けた笑顔がわずかに引きつるのを感じながらも、あくまで平静を装った。「……お義母様がお決めになったことでしたら、それが一番ですわ」紗夜は変わらぬ態度でそう答えると、今度は雅の方へ向き直り、優しく微笑みかける。「雅さん。大学で一番静沢さんと接する機会が多いのは、あなたですわよね?学校での彼女の評判は、あなたが一番よくご存知のはず。そこから何か、始められることがあるかもしれませんわ。学生というのはまだ社会に出ていない分、純粋で、誰かの言葉に心を動かされやすいものですから。あなたも、同じようにして、皆のあなたに対する見方を変えさせてみたらどうかしら」言うべきことは言った。このヒントから何を汲み取り、どう動くかは雅の問題だ。もし後で何か問題が起きても、自分は関係ない。──私は、ほんの少し助言をしただけ。彼女が何をしでかそうと、私の知ったことではございませんわ。雅の目に、きらりと悪賢い光が宿った。「……お義姉様、やっぱり賢いわ。どうすればいいか、わかった」彼女は勝ち誇ったように言った。「見てなさい、あの女狐め。飲み込んだものを、根こそぎ吐き出させてやるんだから。あれは元々、鷹司家のものなのよ!」うつむいて、紗夜は静かに微笑んだ。その瞳の奥には、肌を刺すような冷たい光が揺らめいていた。翌朝、A大学の正門前。今日の水琴の服装は、いつもとさほど変わらないカジュアルなスタイルだった。昨日の件がすっきりと片付いたおかげで、気分も悪くない。だが、ふと顔を上げたその時──遠からぬ場所に立つ雅の姿が目に入り、すっと眉をひそめた。雅は、水琴に向かってつかつかと歩み寄ってくる。その態度は、どこか尊大だ。「水琴。昨日のこと、母に代わって謝るわ。母も悪気があったわけじゃないの。誰かに騙されたのよ」彼女はスマホを取り出すと、その画面を水琴に一瞬だけ見せ、すぐにさっと引っ込めた。「昨日、母のところに匿名のメールが届いたの。ほら、母ってばお兄様のことになると見境がなくなるでしょ?だから、あんな誤解が生まれちゃったの
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第55話

「水琴!謝ってるじゃない、まだ何か不満なの!?お母様は本当にわざとじゃなかったのよ……!」雅は必死の形相で水琴を追いかけ、信じてもらおうと矢継ぎ早に言葉を並べ立てた。水琴は冷ややかに言い放った。「もしあなたとお母様が、本当に謝る気がある、あるいはこれ以上私を煩わせたくないというのなら、一番いい方法を教えてあげる。……私に近寄らないこと。できるだけ遠くにいてくれるのが、一番の誠意だわ」もともと胸のうちに渦巻いていた怒りに、水琴のその言葉が火をつけた。雅は、爆発寸前まで膨れ上がった激情を必死に抑え込む。遠ざかっていく水琴の後ろ姿を、ただ見送ることしかできない。その瞳には、刃物のような鋭い憎悪が宿っていた。このクソ女……!こっちが下手に出てやればいい気になって!今に見てなさいよ……!雅が謝罪した一件は、すぐに他の学生によって写真付きで大学の掲示板に投稿された。信憑性の高いその投稿によって、雅の学内での評判は、少しずつ回復の兆しを見せる。「へえ、あのわがままな鷹司雅が謝るなんて、意外。お母さんの勘違いだったなら、彼女を責めるのも可哀想だったかもね」「まあ、謝れるだけマシなんじゃない?一応同級生だし、あんまり悪く言うのもやめよっか」「鷹司雅ってお嬢様だし、育ちは悪くないはずよね。ほら、誤解が解けたらちゃんと静沢先生に謝ってるし、チャンスあげてもいいんじゃない?」……掲示板にはまだ雅に対する否定的なコメントも散見されたが、以前の一方的な非難の嵐に比べれば、状況は格段に良くなっていた。時折、彼女の容姿を褒めるような書き込みさえ見受けられる。スマホでそれらのコメントを眺めながら、雅はようやく安堵のため息をついた。それと時を同じくして、学内ではもう一つの話題で持ちきりになっていた。高遠家が主催するパーティーの件である。高遠家からの招待状は、一枚手に入れることすら困難を極める。それを手にできるのは、上流社会でも選りすぐられた、ただ一握りの人間だけだ。誰もが、何としてでもそのパーティーに参加したいと躍起になっていた。故に、紗音のいる教室は、学内で最も熱気を帯びる場所と化す。高遠家の令嬢である彼女なら、招待状を融通してくれるかもしれない。A大学には事業を営む裕福な家庭の子弟が多く、彼らにとってそれは、一族のビジネスをさらに飛躍させ
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第56話

そのとき、すっと目の前に差し出された招待状に、水琴は訝しんで顔を上げた。目に飛び込んできたのは、紗音の愛らしく整った顔。水琴はやれやれと苦笑した。「水琴お姉ちゃん。明日、うちで大きなパーティーがあるんだけど、一緒に来てほしいの。お願いできないかな?人が多いと、わたし、怖くなっちゃうから……」目の前の招待状に、水琴の瞳に複雑な色が宿る。高遠家からの招待状が何を意味するかは、彼女も知っていた。このところ、学内では自身にまつわる騒動が絶えず、常に噂と憶測の的となっている、まさに多事多難な時期だ。会社の経営権を従兄に譲ってからというもの、世間は自分のことを後ろ盾のない、落ちぶれた令嬢だと思っている。そんな状況で高遠家のパーティーに参加すれば、また余計な波風が立つことは目に見えている。「紗音ちゃん、ごめんなさい。明日は少し、他にやらないといけないことがあって……残念だけど、パーティーには行けそうにないわ。もし本当に会場で怖くなったら、人の少ない場所にいなさい。何かあったら、いつでも電話してくれていいから」紗音の顔に、隠しようのない失意の色が浮かぶ。水琴お姉ちゃんが、無理強いの通じる相手でないことも、家の財産や地位に惹かれるような人でないことも、彼女は分かっていた。「……水琴お姉ちゃん、ほんとに来てくれないの?わたしが一人で隅っこでぶるぶる震えてるの、見捨てちゃうの?」「ふふっ」思わず吹き出し、水琴は笑った。「あなたったら、しょげたふりなんて上手なんだから。でも、本当に用事があって行けないの。ごめんなさいね」高遠家の令嬢である紗音に、正面から手出しをするような人間がいるはずもない。南鳥市でよほどの命知らずでもない限り、あの高遠灼也の妹をいじめようなんて思う者はいないだろう。そもそも、招待客は皆、礼儀をわきまえた上流階級の人々ばかりなのだ。そんな心配は全くの杞憂のはずだった。「……そっか。じゃあ、お邪魔しました、水琴お姉ちゃん」紗音はそう言うと、招待状を手に力なく部屋を出て行った。うなだれてとぼとぼと歩いていくその小さな背中を見送りながら、水琴は不意に胸の奥がちくりと痛むのを感じた。なぜこんな気持ちになるのか、自分でも分からない。不思議な感覚だった。心理相談室を出た紗音は、すぐにスマホを取り出し、兄に電話をかけた。その声は、
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第57話

予期せぬ光景に、水琴は呆然と立ち尽くす。長く、節くれだった美しい指に挟まれた煙草の先が、赤く明滅していた。その光景に、水琴は自分でも気づかぬうちに、ふっと口元を綻ばせていた。「高遠さん……どうしてここに?」灼也はふぅ、と最後の紫煙を夜の闇に吐き出すと、その吸い殻を静かに揉み消した。「君に会いにきた」「私に……?」水琴は呆気に取られたように呟いた。灼也は頷くと、招待状を彼女に差し出した。それは先ほど紗音が渡そうとして、水琴が受け取らなかった、まさにその招待状だった。「今回のパーティーに、静沢さんを招待したくてね。以前、俺に貸しがあると言ってくれただろう。……考えてみたんだが、その貸しを返してもらう代わりに、俺のパートナーとして出席してくれないか。もちろん、もし気が進まないなら、気にする必要はない」やや掠れた、甘い声だった。その深い瞳は、楽しんでいるかのように妖しく輝いている。水琴はそれを受け取った。指先が、微かに熱を帯びる。実は、紗音の誘いを断った後から、少しだけ後悔していたのだ。いつから、こんなに他人の目を気にするようになったのだろう。やましいことなど何もないのに、わざわざ隠れる必要なんてないはずだ。「静沢さん?」温かい吐息が頬を掠め、水琴ははっと顔を上げた。目の前に、灼也の顔があった。鼻先が触れそうなほどの距離で、吸い込まれそうなほど甘く気だるげな眼差しが、自分を射抜いている。かっと頬が熱くなるのがわかった。夜でよかった。きっと顔が真っ赤になっているに違いない。水琴は招待状をぎゅっと握りしめ、慌てて数歩、後ずさった。「高遠さん……参加、します」「では、お待ちしています」灼也は、赤らんだ水琴の頬を見て、柔らかい声でそう言うと、満足げに口の端を上げた。水琴はこくりと頷くと、招待状を胸に抱くようにして、慌ててマンションの中へと駆け込んだ。背後から、男がその背中を見つめている。その瞳には、どこまでも優しい光が満ちていた。灼也が屋敷に戻り、階段を上がったところで、妹の紗音が飛びついてきた。「兄様!どうだった?上手くいった?」「ああ、約束した」灼也は穏やかに微笑んだ。「やった!水琴お姉ちゃん、来てくれるんだ!でもね……」紗音は興奮した様子で兄を見上げた。「兄様、頑張ってよね!ぐずぐずしてないで、早く水琴お姉ち
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第58話

「高遠さん、そういうことをおっしゃると、困りますわ。もし私が怖くなって逃げ出してしまったら、今夜のエスコート役がいなくなってしまいますよ」水琴は淡く微笑みながらも、その声には微かな棘を宿していた。彼の言葉に、これまで幾度となく心が揺さぶられてきた。けれど、自分と彼の間の埋めようもない格差を、彼女はよく理解しているのだ。車はホテルのエントランスに静かに停まった。灼也の腕を取り、水琴はパーティー会場へと足を踏み入れる。ハイヒールが大理石の床を叩く硬質な音が、心地よく響いた。目に飛び込んできたのは、ワインセラーやスイーツが並ぶテーブル、そして談笑に興じる人々や、行き交うサービススタッフの姿。ホールの両脇には長いテーブルがいくつも設えられ、その上には洗練されたデザートの数々、そして多種多様な酒が並ぶ。テーブルの端では、シャンパングラスが高く積み上げられ、黄金のピラミッドを形作っていた。女たちは煌びやかなオートクチュールのドレスを纏って談笑し、男たちは仕立ての良いスーツ姿でビジネスの話に花を咲かせている。どこもかしこも、絢爛豪華。高遠家のパーティーに招かれるのは、富と権力を手にした者だけなのだ。二人が会場に入ると、真っ先にその姿に気づいた紗音が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。「兄様!水琴お姉ちゃん!来てくれたんだね!」その声に、ホールは水を打ったように静まりかえる。今まで、灼也が女性を伴って公の場に現れることなど一度もなかったのだ。そんな彼が、今夜は破天荒にもパートナーを連れている。集まった視線は、好奇心と驚愕に満ちていた。「な……!」雅は、手にしていたシャンパングラスを握り潰さんばかりに力を込める。彼女は歯ぎしりしながら、母の佳乃に囁いた。「なんであの女がいるのよ!よりにもよって、高遠灼也のエスコートで……!」「まったく、あの男にどんな魔法を使ったのかしら!あれだけ庇うだけじゃ飽き足らず、こんなパーティーにまで連れてくるなんて!」佳乃もまた、忌々しげに吐き捨てた。紗夜と臣も、当然その光景に気づいていた。水琴が灼也の腕に寄り添う姿は、臣の目にひどく突き刺さる。そして何より、彼女は今まで見たこともないほど、眩いばかりに輝いていた。こんなにも人の心を惹きつける水琴を、彼は知らない。「臣さん、何をそんなにご覧になっているの?」紗夜は、まるで水
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第59話

「お義姉様、見てよあの女の得意げな顔!」雅は、まるで獲物を前にした獣のように歯を食いしばった。紗夜はすぐに嫉妬の光を瞳の奥に隠すと、完璧な淑女の笑みを浮かべてみせる。「彼女は今、あの高遠様のエスコート役ですもの。得意げなのも当然ですわ。この会場にいるご令嬢方で、あの方のパートナーの座を望んでいない方なんて、一人もいらっしゃらないでしょうから」彼女自身がそうであるように、この会場にいる多くの女たちもまた、表面上は穏やかに見えても、腹の底では水琴をさんざんに罵っているに違いなかった。その言葉は、雅の嫉妬の炎にさらに油を注いだ。なんであのクソ女が、高遠灼也の隣にいるの?どうして、私じゃないのよ……!その時、紗夜はホール全体に視線を走らせた。高遠家の当主である、あのご老人の姿が見えない。ふと二階席を見上げた彼女は、すべてを察した。その目に、怜悧な光が閃く。あの高遠景正(たかとお かげまさ)が、離婚歴のある女を許容するはずがない。そう思うと、紗夜はすぐさま鷹司家の母娘のそばを離れていった。「水琴お姉ちゃん!」紗音は嬉しそうに水琴の腕に絡みつく。「すっごく綺麗!いつもよりずっと綺麗だよ!こんなにドレスが似合う人、初めて見た!」水琴は、ふんわりとしたスカートの豪奢なドレスを纏った紗音を見て、微笑んだ。ブランドの上級カスタムラインであろうそのドレスは、彼女の可憐さを引き立てている。「紗音ちゃんだって、すごく可愛いわ」「ほんと?これね、兄様が選んだんだ。センス悪いって言ってやったんだけどね!」紗音はぺろっと舌を出した。その頃、パーティー会場を見下ろす二階の貴賓室では、仕立ての良いスーツに身を包んだ老人が、静かに茶を啜っていた。そこへ、一人の壮年の男が歩み寄り、恭しく頭を下げる。「景正様。灼也様がお見えになりました。女性の方をお連れです」老人──高遠景正の顔に、ぱっと笑みが浮かんだ。「ほう、女連れだと?そいつは珍しい」あの孫は、過去の出来事があってからというもの、女を遠ざけてばかりだったというのに。ようやく、目が覚めたか。それよりも、一体どんな女が、あの灼也の隣に立つことになったのか。「よし、わしらも顔を出しに行くとするか」壮年の男に支えられ、景正は立ち上がると、二階からホールへと続く螺旋階段へと向かった。一階に降り立とう
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第60話

自分に突き刺さっていた威圧的な視線が逸れたのを察し、水琴は安堵の息を漏らした。紗音の登場は、まさに絶妙な救いの手だった。灼也のパートナーとしてこの場にいる以上、多くの注目を浴びることは覚悟していた。高遠家の人々からも、好奇の目を向けられることだろう。自分の素性も……離婚した過去も、今や周知の事実。先ほどの景正の様子からして、何かよろしくない噂を耳にしたに違いない。「……もうよい。先へ行くぞ」螺旋階段の踊り場。紗夜は、そこで苦々しく眉を顰めていた。先ほど招待客のあいだで囁かれていた噂は、わざと自分が流したものだ。高遠家の当主……景正の耳に入るように。それなのに、あの男は怒る素振りさえ見せなかったではないか!紗夜の視線が人垣を抜け、臣の顔に突き刺さる。彼の瞳は、うつろに一点だけを見つめていた。——私じゃない。あの女、静沢水琴を!身体の線を艶かしく縁取るドレスに包まれた水琴の姿は、まるで一枚の絵画のようだ。あの臣でさえ、思わず見惚れている。紗夜は怒りに拳を固く握りしめた。……許せない!ここは高遠家のパーティーだ。当然、主催者の一人である灼也がずっと水琴のそばにいられるわけではない。祖父である景正に呼ばれた彼は、水琴を会場の隅のソファへ案内すると、去り際に妹の紗音へと囁いた。「水琴お姉ちゃんのそばにいてあげて」水琴は元よりこうした華やかな場は得意ではなかった。灼也のパートナーとして来れば、好奇の目に晒される見世物になることなど、百も承知だ。灼也が離れると、紗音は待ってましたとばかりに水琴の手を取り、デザートビュッフェへと向かった。「水琴お姉ちゃん、ここのスイーツ、全部わたしのお気に入りなんだ!早く食べてみてよ」水琴が手に取った一口サイズのケーキは、宝石のように精巧な作りをしていた。鼻をくすぐるのは、くどい甘さではなく、ふわりと香る上品な甘みと、爽やかな果実の香りだ。その時だった。「水琴。よくもまあ、こんなパーティーに顔を出せたものね?」棘のある声に、水琴の表情がすっと冷たくなる。鷹司雅……鷹司の人間は、何度現れれば気が済むのだろう。いい加減、うんざりだ。「鷹司さん!」デザートを置き、紗音がさっと水琴の前に立ちはだかった。「水琴お姉ちゃんは兄様が直々にお招きした方で、わたしが来てほしくてお呼びしたの!ここは高遠家のパーテ
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