南鳥市の名だたる名家や有力者が集うこの場において、鷹司家の存在など、取るに足らないものに過ぎなかった。ホールの西端に設けられた、床まで続く大きな窓辺。金色の燭台がいくつも置かれ、その柔らかな灯が揺らめいている。水琴はシャンパンを片手に佇み、その傍らには灼也がいた。彼は通りかかったウェイターのトレイから、別のグラスを一つ手に取ると、水琴にそっと差し出す。「こっちを試してみないか?きっと君の好みだと思うよ」水琴は持っていたグラスを脇のテーブルに置くと、その一杯を受け取った。ふわりと漂う、すみれの花のかすかな香り。「これ……ネッビオーロ?」「流石だね。じゃあみーちゃん、産地はどこか当ててみて」水琴は促されるままに一口含む。濃厚なスミレの香りに、ほのかなチェリーの甘酸っぱさが追いかけてくる。彼女はふっと笑みをこぼした。「バルバレスコ、かしら?」灼也は満足そうに頷いた。ネッビオーロの二大産地は、バルバレスコとバローロ。バローロは力強く、重厚な「王のワイン」。対してバルバレスコは、艶やかで情熱的な「女王のワイン」と称される。水琴はもう一口、その芳醇な液体を味わった。彼女自身はワインに詳しいわけではない。ただ、一度味わったその香りと風味を、身体が記憶しているだけ。それがいつ、どこでだったかは、もう思い出せないけれど。「随分とあっさり許してあげたんだな」面白そうに眉を上げて、灼也が尋ねる。「盗撮された動画なんて、法的な証拠にはなり得ないわ。隠し撮りした写真も同じ」そう言って、水琴はグラスにそっと口をつける。縁には、彼女のルージュの跡が淡く残った灼也は楽しげに目を細め、自分のグラスを彼女のそれに軽く合わせた。そして、心から申し訳なさそうに言う。「……俺の落ち度だな」「また、あなたに助けていただいてしまいましたね。高遠さん」水琴はくすりと笑う。「これでまた一つ、借りができてしまいました」「当然のことをしたまでだよ。みーちゃんは、少し他人行儀すぎるな」甘く、低く響くその声には、彼女を慈しむような温かさが多分に含まれていた。「高遠さんは、どうして私が庭にいると……?」水琴はふと不思議に思った。あの時、彼は景正と話していたはずだ。自分が裏庭に連れ出されてから、ほんのわずかな時間しか経っていなかったのに。灼也は指先でグラスの縁を軽く弄び、
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