All Chapters of ニセ夫に捨てられた私、双子と帝都一の富豪に溺愛されています: Chapter 41 - Chapter 50

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 その後、2人の様子を眺めていた館長がカメラから顔を上げ、うっとりと呟いた。「……まるで外国映画のワンシーンのようですね。これは、ぜひできあがった写真を、ここへ飾らせていただきたい」「えっ……か、飾るの……ですか?」  美桜の頬が瞬く間に紅潮した。 一成は小さく笑い、館長に向き直る。「光栄です。ただ、彼女は少し照れ屋なんですよ。そこがまたかわいくて。今妊娠していますから、今日はここで写真に残せてよかった」「そ、そんなこと……!」美桜は慌てて首を振る。  しかも妊娠していると他人に告げるとは…まるで自分が父親化のような口ぶりで美桜は困惑した。 「君の美しさは誰もが認めている。現に館長がそうだ」 「はい。奥様や旦那様以上に素敵な夫婦は帝都中探してもおりませんよ」  あまりに褒められたため、かーっと顔が赤くなる。 一成が嬉しそうに頷いた。 「決まりだね。これで“帝都一美しい花嫁”の誕生だ。大いに飾ってみんなに見てもらおうじゃないか。僕だって、世界中に君のことを自慢したいくらいだ」 周囲のスタッフたちが思わず拍手を送る。  美桜は顔を真っ赤にして小さく俯きながらも、一成と過ごせる時間を幸せだと感じていた。 記念館を出ると、空には淡い夕焼けが広がっていた。  桜並木の影が伸びていく。「……今日のこと、一生忘れません」 「僕もだよ」 一成は馬車の中で、そっと美桜の髪を撫でた。 「君の笑顔を見るために、僕は生きてきた気がする」 「もう……そんなこと言って……」  その言葉があまりに真っ直ぐで、美桜はうつむく。  胸の鼓動がうるさい。 馬車の窓の外では、帝都の夜がゆっくりと動き出していた。  提灯を掲げる通りの灯、楽団の音、香る洋酒。  長い間狭い館に閉じこめられていた彼女にとって、帝都で初めて見る「文明の灯火」だった。  ※  浅野邸に戻ると、食堂はすでに夜の灯りで満たされていた。テーブルには白いクロスと花、磨き上げられた銀器。浅野邸は日本家屋ではなく、モダンな洋館として建築されている。大豪邸で惜しみない金を使い建てられたものだ。この時代から日本に洋館が増えていった。 一成が椅子を引き、美桜を優しくエスコートした。「せっかくの記念日だから、少し贅沢をしたよ」 運ばれてきたのは、洋風のスープに煮込み肉、そして温かいパン。香ば
last updateLast Updated : 2025-11-05
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 港の散歩を終え、街へ戻る途中。一成がふと立ち止まった。「ちょっと寄っていこう。昨日の写真、もう出来ているはずだ」 その言葉に、美桜の胸がとくんと鳴った。昨日のドレス姿が蘇る。純白の布、光に包まれたステンドグラス、そして――彼の眼差し。「もう……恥ずかしいわ。じっと見返すなんて」 「何を言ってるんだ。あれほど綺麗だったんだ。見ないほうが失礼だよ」 からかうように言いながら、彼は彼女の手を取った。指先を軽く絡めるだけで、心臓の鼓動が速くなる。 記念館の扉を開けると、真鍮のベルが軽やかに鳴った。  昨日と同じ館長が笑顔で迎えてくれる。「お待ちしておりました。お二人のお写真、見事に仕上がりましたよ」 その言葉に、美桜は息をのんだ。  壁際の大きなガラス窓――そこに飾られていたのは、まぎれもなくふたりの夫婦の姿だった。 白黒の写真にほんの少し色付けされたものだが、昨日のことが鮮明に思い出される。純白のドレスに身を包んだ自分。燕尾服の一成が優しく彼女の肩を抱いている。この時代、写真は白黒だったのだが、写真に色を付ける『彩色技師』と呼ばれる職人がおり、白黒の写真に色を付ける仕事があった。  彼らの写真が、職人の手によって彩られていた。 まるで、本物の夫婦そのものだ。この写真を見れば誰もが結婚式に憧れ、このふたりのように写真を撮りたいと思うだろう。まだ写真は庶民には高級だったため、貴族中心に利用されていた。だが、これを見れば一度はドレスに身を包み、写真を撮って記念に残したい、と誰もが思うだろう。 そしていつか、手軽に周辺機器で自分の写真や想い出の写真が残せる時代がやってくる。「……わぁ……」 声にならない感嘆が漏れた。美桜の頬は見る見るうちに赤く染まり、指先で口を押さえた。  一成はそんな彼女の様子を愉快そうに眺めている。「どう? 気に入った? 見に来てよかっただろ」「き、気に入るというか……恥ずかしくて見ていられないです」「じゃあ、僕が代わりに見ておくよ」そう言って、美桜の軽く肩を抱いた。「これは本当に素敵な写真だ。僕たちの最初の記念だな」 館長が封筒を差し出す。「こちらが現像した分になります。お持ち帰りください」 一成はそれを受け取り、美桜の方に向き直った。 「帰ったら、額に入れて飾ろう。寝室の壁にでも――君が嫌でなければ」 「
last updateLast Updated : 2025-11-08
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 綾音の爪が音を立てて窓の硝子を引っかいた。  キィ、と甲高い音が通りに響くが、喧騒に紛れて吸い込まれていく。  行き交う人々は綾音には構わずに通り過ぎていく。 綾音は窓の外から、全てを呪い殺してしまうかのような形相で写真を睨みつけていた。(……ふざけないで。どういうことなの! 京様と結婚していたはずなのになぜ…)  この女がなぜ――浅野一成の妻として隣に立っているのか。(あり得ない……桐島家の嫁が、どうやって……浅野様と?) 思考がぐらぐらと崩れる。  美桜はすでに終わったはずの存在。東条の家名を汚した女。うまく穢したと思ったら桐島家に嫁ぐことになってしまった。自分が仕向けたこととはいえ、大変後悔した。夜会になど、あの女を連れていくべきではなかった。ただ、西条家の使用人としてしか生きられないのだと、教えたかっただけなのに。  それが、どうしてこうなった?  帝都一の富豪と呼ばれる浅野家の当主に庇護され、あろうことか幸福の象徴のように写真に収められている。  桐島京と結婚しておきながら、一成とも関係があるというのか? 許せない。  結婚したのなら、桐島家であの毒義母にいたぶられて死ねばいいのに!! なぜ。  なぜあの女ばかりが、眩しい陽の当たる場所に立てるのか。 綾音の歯がかちりと鳴る。「あのアバズレのせいで……西条家はめちゃくちゃよ! わたくしの世話だけをしていればよかったものを…」 呟きながら、彼女は日傘の先端で石畳を強く突いた。  その音がまるで銃声のように響き、羽を休めていた鳥が一斉に飛び立つ。 彼女の中で何かが決壊した。 ※ その日の夕刻、綾音は西条家の書斎にいた。  豪奢な椅子に腰を下ろし、机に散らばる新聞を見つめる。  そこには、帝都経済の要人たちの名が並んでいた。  浅野一成――新興貿易商として、政府の新計画にも携わる男。「……あの人に近づける機会が、ある」 新聞の片隅に書かれた記事に目を留める。  『商工会新春晩餐会 関係各財閥・華族関係者ご招待』。  そこに、浅野家の名があった。 綾音の唇がにやりと歪む。 「いいわ。偶然を装って、出席すればいい。あの男がわたくしを覚えているかはわからないけれど――」 彼女は立ち上がり、姿見の前に立つ。  鏡に映る自分の顔。  完璧に整えられた髪、
last updateLast Updated : 2025-11-09
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 翌朝。浅野邸の庭には春の気配が濃く漂っていた。  芽吹いた若葉の間を抜ける風が心地よく、美桜は縫い物をしていた手を止めて空を見上げる。  ようやく心に穏やかさが戻ってきた――この、一成がくれた幸せを噛みしめる。  しかし油断はせず、いつでも離縁を申し込まれたら出ていけるように準備しておこうと美桜は考えていた。  どう考えても、没落令嬢と現在帝都一の富豪との関係は不釣り合い。  同情心から恩を返そうと、一成が助けてくれただけ。  勘違いしてはいけない。しかし、写真立てに飾られたあの日の姿を見ると、一成は本当に自分を愛し、大切にしてくれようとしているのでは、と錯覚してしまうから厄介だ。 ふう、とため息をついていると、廊下の向こうから一成の足音が聞こえてきた。  やがて美桜の部屋の前でノックがかかり、一成が「僕だよ」と声をかけてくれた。「どうぞ」  その声を聞き、一成が中に入って来る。白い手袋を外しながら軽やかな声で言った。「美桜、少し話があるんだ」「なにかしら?」 一成は机の上に分厚い封筒を置いた。  封蝋には『帝都商工会』の文字が刻まれている。「商工会から新春晩餐会の知らせが届いた。ここでは各著名人たちがあつまり、様々な情報交換や仕事を取れる場となっている。そこで、君を皆の前で正式に紹
last updateLast Updated : 2025-11-10
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 リストを眺めながら一成はペンを指に挟み、静かに机を叩いた。  薄い紙の上に記された西条綾音の文字が、まるで黒い染みのように見える。(まさか、美桜を狙って……?) 胸の奥がざらりと音を立てた。  これまでの経緯を思えば、偶然で片づけられるはずがない。  西条家はずっと美桜を隠し、いいように使っていたのだ。綾音には特にひどい目に遭わされたと聞いて、腸が煮えくり返る思いをしたばかりだ。彼女はきっと、美桜を狙ってくる。だから晩餐会に出席し、自分との接点を持とうと考えているのではないか。あわよくば美桜から奪い取ってやろうと―― なんと浅ましい女! 一成は奥歯を噛みしめ、視線を上げた。壁際に飾られた写真が目に入る。それはあの日、美桜と撮った記念写真。白いドレスの彼女が、微笑んでこちらを見ている。 あの笑顔を、二度と曇らせるものか! 一成は椅子から立ち上がった。  机の引き出しから封筒を取り出し、数枚の指令書を取り出す。「早瀬を呼んでくれないか」 傍に控えていた執事に声をかけると、彼が部屋を出ていく。まもなく現れたのは、浅野商会の密偵として動く青年・早瀬茂雄(はやせしげお)だった。「晩餐会の出席者の中に、西条綾音という名がある。動向を探って欲しい。交友関係、同行者、目的――一切漏らさず調べて欲しい」「承知しました」「恐らく西条綾音は美桜の敵だ。我が妻をこれ以上傷つけないためにも、準備が必要だ。妻が世話になったらしいから、僕が直接潰す」 いつもは穏やかな一成の低く唸るような声を聞き、早瀬は言葉を失う。  その瞳に浮かんだのは、静かな怒りと美桜を守り抜こうとする決意だ。「仰せのままに。必ず突き止めます」 「ご苦労。頼んだよ。桐島も恐らく参加するだろう。そっちの方も頼むよ」 「はい、かしこまりました」  早瀬は一礼し、一成の前から姿を消した。早速主人の依頼である西城家に向かった。その後は桐島家。  一成を怒らせるとは、なんとも命知らずな奴らだ――  ※ 一方その頃―― 帝都中心部にある、仕立て屋から灯りが漏れている。  夜の帳が降りる頃、鏡の前で綾音がドレスの裾を揺らしていた。  深紅の絹。裾には黒薔薇を模したレースが流れ、まるで毒花のような艶を放っている。「完璧ね!」  夜会は清純な恰好をしている女が多いため、少しでも印象付
last updateLast Updated : 2025-11-12
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