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last update Last Updated: 2025-11-08 14:47:45

 港の散歩を終え、街へ戻る途中。一成がふと立ち止まった。

「ちょっと寄っていこう。昨日の写真、もう出来ているはずだ」

 その言葉に、美桜の胸がとくんと鳴った。昨日のドレス姿が蘇る。純白の布、光に包まれたステンドグラス、そして――彼の眼差し。

「もう……恥ずかしいわ。じっと見返すなんて」

「何を言ってるんだ。あれほど綺麗だったんだ。見ないほうが失礼だよ」

 からかうように言いながら、彼は彼女の手を取った。指先を軽く絡めるだけで、心臓の鼓動が速くなる。

 記念館の扉を開けると、真鍮のベルが軽やかに鳴った。

 昨日と同じ館長が笑顔で迎えてくれる。

「お待ちしておりました。お二人のお写真、見事に仕上がりましたよ」

 その言葉に、美桜は息をのんだ。

 壁際の大きなガラス窓――そこに飾られていたのは、まぎれもなくふたりの夫婦の姿だった。

 白黒の写真にほんの少し色付けされたものだが、昨日のことが鮮明に思い出される。純白のドレスに身を包んだ自分。燕尾服の一成が優しく彼女の肩を抱いている。この時代、写真は白黒だったのだが、写真に色を付ける『彩色技師』と呼ばれる職人がおり、白黒の写真に色を付ける仕事があった。

 彼らの写真が、職人の手によって彩られていた。

 まるで、本物の夫婦そのものだ。この写真を見れば誰もが結婚式に憧れ、このふたりのように写真を撮りたいと思うだろう。まだ写真は庶民には高級だったため、貴族中心に利用されていた。だが、これを見れば一度はドレスに身を包み、写真を撮って記念に残したい、と誰もが思うだろう。

 そしていつか、手軽に周辺機器で自分の写真や想い出の写真が残せる時代がやってくる。

「……わぁ……」

 声にならない感嘆が漏れた。美桜の頬は見る見るうちに赤く染まり、指先で口を押さえた。

 一成はそんな彼女の様子を愉快そうに眺めている。「どう? 気に入った? 見に来てよかっただろ」

「き、気に入るというか……恥ずかしくて見ていられないです」

「じゃあ、僕が代わりに見ておくよ」そう言って、美桜の軽く肩を抱いた。「これは本当に素敵な写真だ。僕たちの最初の記念だな」

 館長が封筒を差し出す。「こちらが現像した分になります。お持ち帰りください」

 一成はそれを受け取り、美桜の方に向き直った。

「帰ったら、額に入れて飾ろう。寝室の壁にでも――君が嫌でなければ」

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