メールの履歴は続いている。---From: Yuna.STo: Reika.A件名: Re: Re: 先日の件についてでは、お言葉に甘えさせていただきます。慰謝料及び養育費の前払いとして、3000万円を下記口座までお振込みください。綾小路さんなら安い金額でしょう? 早く支払ってくださいね。これが確認でき次第、二度と智輝様の前に姿を現さないことをお約束いたします。---◇ 結菜は、その画面を見て言葉を失った。あまりにも卑劣な嘘である。しかし彼女の頭をよぎったのは、別の考えだった。(DNA鑑定の話は、やはり智輝さん自身の意志だったのでは? 彼は私が金目当ての女だと今も疑ったまま、樹だけを取り上げる気でいる) つい先ほどの、智輝と樹の優しい光景が目に浮かぶ。 結菜は思うのだ。智輝は息子の樹さえいれば満足で、母親である結菜はいらないと感じているのではないか、と。(それならこの嘘に、乗ってしまえばいい) ――私が、5年前に金銭を要求した卑しい女だと思わせれば。そうすれば、彼は私という母親に完全に幻滅するだろう。その母親の子である樹を桐生家に引き取る考えを、諦めてくれるかもしれない。 結菜は息子を守るための最後の賭けとして、あえて「沈黙」を選んだ。その顔は青ざめて、唇を固く結んでいる。 それは、玲香の目には恐怖に怯える敗者の顔に見える。そして智輝の目には、真実を突きつけられて動揺する罪人の顔に映った。◇ 智輝はデータに目を通した。だがその文章から感じられる下品で浅ましい金の要求が、今目の前にいる結菜の不器用だが実直な姿とどうしても結びつかなかった。(この文章……。彼女の言葉ではない。俺が知っている早乙女結菜は、こんな言葉を使う女じゃない。……偽物だ) 智輝は玲香の期待するような動揺を見せず、タブレットから顔を上げると、感情を排した声で一言だけ告げた。
最終更新日 : 2025-11-04 続きを読む