All Chapters of 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない: Chapter 141 - Chapter 148

148 Chapters

139

 兄妹がそこまで話した時、祖父である雅臣が通りかかった。「おや、2人とも。お茶の時間かい? おじいちゃんも混ぜてもらおうかな」「もちろん! こっち座って!」 柚葉がソファの席を詰める。樹はティーカップをもう1セット持ってきて、ポットから紅茶を注いだ。「ありがとう。樹は紅茶を淹れるのが上手だよね」「うん、ひいおじいちゃん直伝だからね。……ねえ、おじいちゃん。聞きたいんだけど、パパとママは若い頃に何かあったの?」「……何か、とは?」 雅臣は慎重な目で孫を見た。  樹は自分の古い記憶を語ってみせる。  雅臣はふうと息を吐いて、カップを置いた。「まあ、色々あったねえ。楽しい話も、そうでない話もある。僕の口から言うのではなく、智輝と結菜さんから聞くべきだろうね」 祖父の思いのほか重い口調に、孫たちは目を丸くした。 ◇  そうして兄妹は、両親の秘密の過去を聞き出そうと決意した。  なかなか話したがらない父と母を説き伏せて、とうとう聞き出したのだ。  ただし結菜は、智輝が彼女を手酷く傷つけたのは黙っていた。今の智輝は良き父で、子供たちもパパが大好きだったから。  勘違いですれ違った、と言うに留めた。「ええーっ。じゃあママは5年も1人でお兄ちゃんを育てたの? 凄すぎる」 柚葉が目を丸くしている。「父さんは何やってたんだ。会社の力もあるんだし、調べようと思えば調べられただろ」 樹は不満そうだ。結菜が苦笑した。「樹が生まれたと知らせなかったから。知らなければ、調べようもないでしょ」「でも、図書館で偶然再会しなければ、ずっとすれ違ったままだったってこと?」「そういえば、そうね」「その場合、私は生まれなかったってこと!?」 柚葉が愕然としている。智輝が深いため息をついた。「そう思うとぞっとするな。あの時、もう一度結菜に出会えて本当に良かったよ」「ええ。私も心からそう思うわ」 結菜と智輝は微笑みを交わす。深い信頼と愛情で結ばれた眼差しに、柚葉が叫んだ。「出た、ラブラブ夫婦! すれ違っていたなんて、信じられないよね」 明るい笑い声が弾ける。  辛い過去はもう遠い記憶の向こう。 大きくなった子供たちと、変わらず愛する智輝に囲まれて、結菜は幸福な笑みを浮かべた。 ※これにて番外編も終了です。最後までありがとうございました。※といい
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140:不思議の国のお話

 5歳の樹は、今は東京の桐生の家で暮らしている。 4歳までは海辺の町で母親の結菜と二人暮らしだった。 突然現れた「おじさん」が実はパパだったと知らされて、最初は驚いたけど、ママが幸せそうに微笑んでいるのを見て、樹も受け入れたのだ。 それからしばらくは、パパとママと樹の三人で海辺の町で暮らしていた。 パパ――KIRYUホールディングスのCEOである智輝はいつも忙しそうだったが、少々無理をしてでも結菜と樹との時間を大事にしてくれた。 そうしているうちに、結菜の妊娠が発覚。 智輝の多忙さもあり、結菜は樹を連れて東京の桐生の家で暮らすことになった。◇「ねえ、ひいおじいちゃん。今日もイギリスのお話、聞かせて?」 結菜の出産が間近に迫ったある日、桐生邸のリビングで、樹は曽祖父に話しかけた。 曽祖父のエドワードは微笑んで、車椅子の横に座ったひ孫の頭を撫でてやる。「ああ、いいとも。何のお話をしようかな?」「図書館で『不思議の国のアリス』っていう本を読んだんだ。おもしろそうだけど、むずかしくて」 樹はぎゅっと眉を寄せた。 彼はまだ5歳。5歳としては読書家なのだが、やはり字がメインの本は年齢的に難しい。「まえがきに、イギリスのお話だと書いてあったよ。イギリスには、不思議の国があるの?」「そうだねぇ……」 エドワードは少しとぼけるように言った。「確かにある。イギリスは妖精たちが住まう国だ。森のウサギの巣穴は、時々不思議の国に繋がっている。アリスのような女の子が、巣穴に落ちて不思議の国に入ってしまうことも、たまにはあるね」「……へぇぇ!」 樹は目を輝かせたが、同じくリビングのソファに座っていた鏡子――エドワードの娘で樹の祖母――は、眉をひそめた。「お父様。いくら子供相手の物語とはいえ、嘘をつくのはどうなのですか?」 現実主義者の鏡子としては、そこが気になってしまうらしい。 エドワードはにやりと笑った。「嘘ではないよ。小さい頃のお前にも話してあげただろう。覚えていないかな?」「覚えていませんね」「それは残念。私の膝の上で、夢中になって話を聞いてくれたのに」「はぁ……」「ではお前も、樹と一緒に話を聞くといい。『不思議の国のイツキ』、さあ始まるよ」「えっ、ぼく!?」 樹は驚いて曽祖父を見上げた。「そうとも。人は誰しも、人生という物語
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141

「……さて。今日はここまで」 話の区切りをつけてエドワードが言うと、樹は急に現実に引き戻された気持ちになった。 車椅子の曽祖父の顔を見上げて、首をかしげる。「ひいおじいちゃん、もう終わりなの? それからイツキはどうなったの? もっと聞きたいよ」「終わりではないよ。続きはまた明日にしよう。さあ、そろそろ夕食の時間だ。しっかり食べて、大きくならないとね。お母さんを迎えにいってあげなさい」「ん、分かった! お話、明日また聞かせてね!」 樹は勢いよく立ち上がると、弾むような足取りでリビングを出ていった。「……お父様があんなにお話が上手とは、知りませんでしたわ」 残された鏡子がぽつりと言う。エドワードは苦笑した。「お前にも話したはずなんだが、もっとたくさん聞かせてやればよかったね。当時は仕事が忙しくて、お前のための時間をあまり取ってやれなかった。後悔先に立たずとはこのことだ」 若い頃のエドワードは単身で戦後の日本に渡り、KIRYUホールディングスを立ち上げた。 結婚した後も多忙を極めて、家族との時間が少なかったのは事実だ。 鏡子は首を振った。「もう50年以上前のことです。私も大人どころか、高齢になりました。お父様に感謝以外はありません」「そうかい? いくつになっても、親にとっては可愛い娘だ。樹のお話の次は鏡子の話をしようじゃないか」「またそのようなことを……」 鏡子は呆れ顔だが、少しだけ嬉しそうでもある。長年を仕事の責務に費やしてきた彼女にとって、今の家族の団らんは新鮮で、心が温まるものでもあった。「不思議の国のアリスの続編は、鏡の国のアリス。鏡子の鏡の字だよ。ぴったりじゃないか。どんなお話にしようか、今から腕が鳴るね」 楽しげなエドワードに、鏡子も少しだけ笑った。「……そうですね。では樹くんと一緒に聞かせてください」「ああ、そうしてくれ。可愛い娘と孫とひ孫に囲まれて、私は幸せ者だ」 エドワードはひざ掛けの下の手を握り直した。そこには1つの古びた鍵がある。 この屋敷の地下にある、エドワードの書庫の鍵だ。 普段は鍵がかけられているそこは、エドワードにとっての不思議の国。長年かけて収集した貴重な本が山ほど収められている。(鏡子は読書に興味を示さない子だった。智輝は本が好きだったようだが、途中で心を閉ざしてしまった。樹はまっすぐな目で
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142:ミルクティーの魔法

 桐生邸に新しい家族が増えて、数ヶ月が過ぎた。 妹の柚葉(ゆずは)は、ふっくらとした頬をほんのりピンク色に染めて、いつもベビーベッドですやすやと眠っている。 樹は今年で6歳になった。すっかりお兄ちゃんとしての自覚が芽生え、妹が泣けばすぐにおもちゃを持って駆けつける日々だ。 屋敷の中は赤ん坊の泣き声と大人たちの笑い声で、いつも明るい空気に包まれている。◇ ただ一つ、樹の心を暗く曇らせていることがあった。 曽祖父であるエドワードが、最近ベッドで休む日が多くなっていたのだ。(ひいおじいちゃん、どこか痛いのかな。お顔の色も、あんまり良くないし……) 樹は心配でたまらなかった。 エドワードは、イギリスの「不思議の国」のお話をたくさん聞かせてくれる、大好きなひいおじいちゃんだ。車椅子に乗っているけれど、いつも背筋をピンと伸ばして、銀灰色の瞳を優しく細めて笑ってくれていた。 それなのに、最近はリビングで一緒にお茶を飲むことも少なくなってしまった。(ぼくが、ひいおじいちゃんを元気にしてあげたい。何か、ぼくにできることはないかな……?) 子供部屋で恐竜の図鑑をパラパラとめくりながら、樹は一生懸命に考えた。 エドワードの好きなもの。 真っ先に思い浮かんだのは、琥珀色の液体が入った、綺麗な模様のティーカップだった。(そうだ! 紅茶だ!) ひいおじいちゃんは、いつも美味しそうに紅茶を飲んでいた。 甘いお菓子と一緒に、ふうふうと息を吹きかけながら飲むと、決まって嬉しそうに目を細めていた。『私の故郷は紅茶の本場でね。料理は美味しくないが、紅茶だけは美味しいとよく言われたものさ』 そんなふうに言って笑っていたものだ。(ぼくが美味しい紅茶を淹れてあげたら、きっとひいおじいちゃんも元気になる!) 思いついたら、すぐに行動だ。 樹は図鑑を放り出し、子供部屋を飛び出した。廊下をぱたぱたと走り、一階の広
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 小さなスプーンで茶葉をすくい、ティーカップの中に直接入れる。 どれくらい入れればいいのか分からなかったので、とりあえず山盛りで3杯入れた。(お湯を入れる時は、熱いから気をつけて……) ポットのボタンをぎゅっと押す。じょろじょろと勢いよくお湯が出て、カップの中の茶葉がぐるぐると踊り始めた。 お湯はあっという間にカップの縁まで上がり、少しだけこぼれてカウンターを濡らしてしまった。「あちっ!」 飛び散ったお湯が手の甲に跳ねて、樹は思わず手を引っ込める。 急いで布巾でこぼれたお湯を拭き取った。(ふう、危なかった。あとは、このまま待つんだよね) ママが紅茶を淹れる時、いつも少しだけ待っていたのを思い出す。 樹はカップを覗き込んだ。 最初は薄い茶色だったお湯が、どんどん濃くなっていく。1分、2分と経つうちに、まるで泥水のように真っ黒な液体へと変わってしまった。「え……?」 樹は目を丸くした。 ひいおじいちゃんが飲んでいる紅茶は、もっとキラキラした綺麗な琥珀色だったはずだ。こんな真っ黒ではなかった。 恐る恐る、スプーンで一口すくって舐めてみる。「にがっ!!」 舌の根が痺れるような強烈な渋みと苦み。とても飲めたものではない。 樹は急いで水道の水を口に含んで、ぺっぺっと吐き出した。(どうしよう。失敗しちゃった……) せっかくひいおじいちゃんを元気にしてあげようと思ったのに。美味しい紅茶なんて、ぼくには淹れられないんだ。 そう思ったら、喉の奥に熱い塊がこみ上げてくる。視界がじわりとにじんで、カップの縁がぼやけて見えた。 唇をぎゅっと噛み締めて、涙がこぼれるのを必死にこらえる。無意識に両手を強く握りしめた。「おや、こんなところで何をしているんだい、樹」 不意に背後から声がした。 静かなモーター音と共に、車椅子に乗ったエドワードがキッチンに現
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「ほんと……?」「ああ、本当だとも。でもせっかくだ。2人で一緒に、本物の紅茶を淹れてみようじゃないか。イギリス仕込みの、とびきり美味しいやつをね」「ぼくも、いっしょにできる?」「もちろん。樹はもう立派なお兄ちゃんだろう? 2人でやれば、きっとうまくいくさ」 エドワードがウィンクをして見せると、樹の顔にようやくパッと明るい笑顔が戻った。◇「さて、まずは茶葉選びだ。紅茶には色々な種類があるが、今日は特別に『ロイヤルミルクティー』を作ろう」 エドワードの指示で、樹は食器棚の奥から別の茶葉の缶を取り出した。 ロイヤルミルクティー。なんだかとても強そうで、かっこいい名前だ。(恐竜にいそうな名前) と、樹はこっそりと思った。「この茶葉は『アッサム』というんだ。ミルクに負けない、しっかりとした濃い味と香りが特徴だよ。缶の蓋を開けて、香りを嗅いでごらん」 樹が言われた通りに鼻を近づけると、先ほどの茶葉とは違う、少し甘くて香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。 焼き立てのクッキーみたいな、ホッとする匂い。「いい匂い!」「だろう? ミルクティーにする時は、茶葉の量は少し多めにするのがコツだ」 茶葉の缶を横に置いて、エドワードはIHヒーターへ向き直る。 先ほどポットの熱湯で火傷しそうになった樹のために、今度はエドワードが片手鍋でお湯を沸かし直してくれた。 沸騰したら、一度火を止める。 水は冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターである。「水は水道水ではなく、このミネラルウォーターを使おう」「水道のお水じゃだめなの?」「だめではないが、日本の水は軟水だからね。イギリスの硬水と比べると、風味が変わってしまう」「お水が、やわらかいとか、かたいとかあるの……?」 樹は目を白黒させている。 エドワードは微笑んだ。「マグネシウム
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 小鍋に牛乳を加えて、IHヒーターのスイッチを入れる。 火加減は弱火。 軽くかき混ぜながら加熱して、周りがふつふつと泡立ってきたら、すぐに火を止める。 沸騰させてしまうと、牛乳の匂いが強くなりすぎてしまうとエドワードは言った。「今度は蓋をして5分待つ。ここでしっかり蒸らすのが、コクのあるロイヤルミルクティーを作るコツだ」(さすがひいおじいちゃん。色んなことを知ってるなぁ) 樹は感心しきりである。「よし、5分経ったね。鍋の中を見てごらん」 鍋の中の液体は、美しいキャラメル色になっている。 ミルクの優しい匂いと香り高い紅茶の匂いが混じり合って、樹は思わずごくりと喉を鳴らした。「カップに注ごう。私が注ぐから、樹は茶こしを持っていてくれ」「うん」 樹は茶こし(ティーストレーナー)をポットの上で構えた。 エドワードが鍋を傾けると、美しい液体はポットの中へと注ぎ込まれていく。「よし、完成だ。エドワード特製、ロイヤルミルクティーだよ」 彼はロイヤルミルクティーを収めたティーポットを手に取って、にっこりと微笑んだ。◇ キッチンの隅にある小さな丸テーブルに、向かい合って座る。 樹のカップに、ティーポットからキャラメル色の紅茶が注がれていく。 コポコポという音まで美味しそうだ。 カップの隣には、ママが焼いておいてくれたバタークッキーのお皿がある。「仕上げに、お砂糖を少し。樹は甘い方が好きだろう?」 角砂糖をぽちゃん、と落とし、スプーンでくるくるとかき混ぜる。カチャカチャという涼しげな音がキッチンに響いた。「熱いから、気をつけて飲むんだよ」 エドワードに言われ、樹はカップを両手で包み込んだ。じんわりとした温かさが、手のひらから体中に伝わっていく。 ふうふうと息を吹きかけ、そっと口をつける。「……!」 樹は目を大きく見開いた。
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「魔法の飲み物……」 樹はもう一度、カップの中のキャラメル色の液体を見つめた。 確かに魔法みたいだ。あんなに乾燥した草みたいな茶葉が、お湯とミルクでこんなに甘くて美味しい飲み物に変わるなんて。 樹は今まであまり紅茶を飲まなかったけれど、すっかり虜になってしまった。 それに、ひいおじいちゃんの顔色も、さっきよりずっと良くなっている気がする。 本当に魔法みたいだった。「ひいおじいちゃん、元気になった?」 樹が尋ねると、エドワードは力強く頷いた。「ああ。樹が一緒に作ってくれたからね。100人の医者よりも、この1杯のミルクティーの方がずっと効き目があるよ」「ほんと? やったあ!」 樹はクッキーをかじり、ミルクティーをごくりと飲んだ。  甘いクッキーとミルクティーの組み合わせは最高だ。口の中が天国みたいに幸せな味で満たされる。「樹」 エドワードが、少し真面目な顔をして名前を呼んだ。「今日は美味しい紅茶をありがとう。私はもう年寄りで、ベッドで休む日が増えてしまうかもしれない。でもね、樹がお兄ちゃんとして立派に成長していく姿を見ることが、今の私にとって一番の元気の源なんだよ」 エドワードのしわだらけの大きな手が、樹の小さな手をそっと包み込んだ。  少しごつごつしているけれど、とても温かくて安心する手。樹の大好きな手だ。「だから、お父さんやお母さんの言うことをよく聞いて、柚葉のことも守ってあげるんだよ。立派な、桐生家の男としてね」「うん! ぼく、お兄ちゃんだもん。柚葉のことも、ひいおじいちゃんのことも、ぜったい守る!」 樹が元気よく宣言すると、エドワードは声を上げて笑った。「ははは! それは頼もしい。次はロイヤルミルクティーではなく、普通の紅茶の淹れ方を教えてあげようか。ティーポットに茶葉とお湯を入れて、茶葉を踊らせるんだ」「ちがう淹れ方もあるんだね。そっちも美味しそう! また明日も、一緒に作ろうね!」「ああ、約束だ」 キッチンに、幼い男の子と老紳士の温かな笑い声が響く。  窓の外には、冬の柔らかな日差しが降り注いでいた。カップから立ち上る紅茶の甘い香りが、二人を優しく包み込んでいる。 樹は心の中で、小さな決意を固めた。  もっともっと練習して、1人で完璧なロイヤルミルクティーを淹れられるようになろう。  ひいおじいちゃんを元気
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