紬が切り出したのは、以前から約束していた離婚届の提出時期についてだった。慎はようやく片手をズボンのポケットに突っ込むと、そっけなく淡々と告げる。「明日、時間が取れたら連絡する」紬はわずかに眉をひそめた。だが冷静に考えれば、この離婚手続きを誰よりも早く済ませたいと願っているのは、慎の方であるはずだ。一呼吸置いて、紬は念を押す。「忘れないでね。念のため、私からも連絡入れるから」そう言い残し、紬が踵を返して歩き出そうとした、その時だ。「バッグ、忘れてるぞ」慎が洗面台に置かれたままのハンドバッグに視線を落とし、低い声で呼び止める。紬が振り返った時には、慎はすでにそのバッグを手に取っていた。ちょうどその瞬間――少し離れた場所から、寧音と陸が連れ立って歩いてくるところだった。彼らの目に飛び込んできたのは、よりによって、慎が紬にバッグを渡している場面だった。寧音の眉間に、深い皺が寄る。陸もまた、思わず足を止めた。「温井紬のやつ、まさか……復縁を狙ってるんじゃないでしょうね?」あり得ない話ではない。紬と慎が水面下でよりを戻そうとしていたとしても、何ら不思議はないだろう。なにせ、あれほど慎に執着していた女だ。散々騒ぎ立てた挙句、結局のところ、手ぐすね引いて復縁のチャンスを狙っているに違いない。寧音は一瞬顔をしかめたが、すぐに余裕のある表情を取り戻した。「自分を磨くことより、男を寝取ることに必死だなんて。木村社長が呆れるのも無理はないわ」そう吐き捨てると、寧音は興味なさげに背を向け、その場を立ち去った。陸は慌てて口元を押さえる。またやってしまった。口が頭より先に動いてしまう。一方、その反対側――ちょうど通話を終えたばかりの正樹がいた。彼の位置からは、先ほど寧音と陸がやって来て、微妙な顔つきで立ち去っていくのが見えていた。つまり寧音もまた、紬と慎のやり取りを目撃したということだ。自分の恋人に必死で話しかける別の女――そんなものを見て、面白くないはずがない。正樹は不快げに眉をひそめた。馬鹿げている。……紬は庭園へ戻ろうとしていた。そのためには、長い回廊を通り抜けなければならない。アーチ状の門をくぐった瞬間、正樹とばったり鉢合わせた。紬は相変わらず、彼を無視して通り過ぎるつ
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