理斗は、こちらへと近づく視線に気づき、顔を上げた。それが笑美だとわかると、ふっと足を止めた。表情は大して変わらない。冷ややかと言ってもいいほど、凪いだ水面のように静かで冷たかった。「ここで何してるんだ」笑美にはわかっていた。その言葉の響きに、心配のかけらも滲んでいないことを。たとえ笑美が病院にいる理由が彼女自身の病気だったとしても、彼はやはり、こんな風に当たり障りのない言葉しかかけないだろう。理斗を前にすると、笑美はいつも少し緊張してしまう。唇をきゅっと結んで答えた。「友達が、ちょうど手術を終えたところで……」「そうか。お前自身が無事なら、それでいい」理斗は軽く頷き、早々にその場を立ち去ろうとした。そのとき、笑美の目が彼の腕にかかった外套に止まった。男物ではない。淡いグレーの上質なニット——どう見ても女物だ。しばらくその外套をじっと見つめてから、ぽつりと聞いた。「世羅、またお体の具合が悪いのか?」「また」という一言が気に障ったのか、理斗がわずかに不快そうに眉を寄せた。だが何も言わず、短く答えた。「ああ」それ以上、詳しく説明する気はまるでなさそうだった。笑美は、何とも言えない気まずさを感じた。理斗との間には、いつもこういう目に見えない壁のような空気が流れていた。十数年来の知り合いだ。物心ついた頃からずっと、自分と理斗の間には婚約が結ばれていると知っていた。片方は西京市、もう片方は甲崎市。家柄も釣り合っており、古くからの縁があるということで、大人たちの間で半ば公然の事実となっていたのだ。そういう考えを幼い頃から当たり前のように吹き込まれてきたせいで、笑美はずっと、自分はいつか理斗のお嫁さんになるのだと信じて疑わなかった。長い年月の中で、どこか不思議な繋がりを感じるようになった。彼を見るたびに胸が高鳴り、好きになるのもごく自然な成り行きで——気づけばもう、何年も経っていた。ただ理斗はこちらにほとんど戻らず、笑美をまともに相手にすることもほぼなかった。だから笑美はたいてい一人で好き勝手に過ごし、気楽に日々を過ごしていた。傍から見ればいつもお気楽で悩みなどないように見えるが、実のところ、心の中では、遠い国にいる彼のことばかりをずっと思い続けていたのだ。そして今、年末には正式な結婚式の日が迫っていた
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