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第31話 内通者の行方

 私は表情を隠すと一歩、前に出て王子の横に並ぶ。 「大臣、失礼ですが知りたいのは、どの情報でしょうか?」 ノルドマンは、鼻息を出すと手に持っていた紙をゆっくりと広げた。「だから王子の出立の時間だ。予定が早まったようだな? 明後日の早朝、西門より出立とあるが、勝手に決められては困る」 ……出立の予定は王に告げたあの日から何も変わっていない。一週間後だった。つまり、ノルドマンが言っているのは私が内通者を騙すために用意した完全に、偽の情報。 私は、王子の方をちらっと見ると、ほんのわずかに口元を緩めた。「……なるほど」  ノルドマンの目が、鋭く細められる。「なにか問題でも?」「いえ。問題はありません」「ほう? なら、なぜ勝手に予定を──」「ただ、その情報。どこでお知りになったのでしょうか?」 ノルドマンの言葉を遮ると、空気がぴんと張り詰めるのがわかった。後ろにいるフリーダが、距離を取るのがわかる。場合によっては魔法を撃つつもりということ。 王子は微笑みを浮かべたまま、私の言葉を待っていた。「……ふん。王子がいるからと言って、秘書官が、大臣に向かってずいぶんと不躾な」「ええ、不躾です。ですが、ノルドマン大臣。その紙は私が、賊への対策のために流した偽の情報です。王子の書類の束の中に紛れ込ませておいたもの。本来の出立時刻も、ルートも、護衛も――すべて異なります」 ノルドマンの瞳が、わずかに揺れた。「おわかりですね? つまり、その情報を知っているということは、わざわざ王子の部屋に忍び込んだということ。ノルドマン大臣。勝手に部屋に入るのは、不躾ではないですか?」 フリーダが噴き
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第32話 王子の進む道

「ふう……状況を整理しよう」「王子、少し休憩なされた方が?」 執務室の椅子に座ったマリク王子は、机に視線を向けたまま、静かに首を横に振った。「理由はどうあれノルドマンが行方知れずになった。休んでいる暇はないよ」「……了解しました」 あれ以上の手がかりは見つけられず、私たちは王子の執務室に戻っていた。私の他にフリーダもついてきて、ソファに座っている。「王宮内に内通者がいた。しかも防衛大臣だ。ノルドマンは咎人と繋がっていた」「ええ。しかも──」 フリーダが、髪の毛を指で巻きながら話を続ける。「正体がバレた瞬間、消された。証拠もほとんど残さずに」「……それはまだわからないよ。だけど重要なのは、咎人は王宮の中にも手を伸ばしていたということ。それも……かなり内部まで」 王子はあごを撫でながら、思案気にゆっくりと息を吐いた。 ……平静そうに振る舞っていてもマリクが落ち込んでいるのはわかる。内通者と言ってもノルドマンはいまや王子の家臣の一人。 ソファで一瞬見せたあの瞳は、裏切られたショックによるもの。「王子。提案があります」 私は一歩机の前に進んだ。マリクの視線とぶつかる。「出立は延期すべきです。先に王宮内の内通者を洗い出すべきです」 「ティナの言いたいこともわかる。だけど……予定通り、アヌ国へ向かう」「王子!」 思わず声が上擦る。マリクは冷静じゃない。今の状態で出立なんて無茶だ。 それが正しいはずなのに、私の瞳をのぞき込んできた王子の瞳は、全く揺れていなかった。「ここで動きを止めれば、相手の思う壺だ」「ですが!」「それに──僕にはティナがいる」 真剣に見つめる瞳に思わず目を逸らしてしまった。頬が熱いのがバレないといいけど。「そう、ね。本当はティナが正しいんでしょうけど、未来を知っているっていうイレギュラーがある。このまま前へ進むのが得策かもね」「バカな! フリーダまで!」 フリーダはとことこと歩いて私の横に立つと、後ろに手を組んで顔を見上げてくる。「このシナリオ、あなたは見てないんでしょ? ティナ」 こいつ、相変わらず鋭いところを突いてくる。「……そ、そうだ」「なら、この先の展開は誰もが予想できないことになる」* 会議が終わり、私と王子が部屋に残った。王子は少し伸びをすると、椅子から立ちあがりソファへと向かう
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第33話 出立の日

 ──そして、出立の日。 王子と私達は朝早くから王座の前へ集まっていた。周囲には軍団長以上の軍人や大臣各級といった顔ぶれも並んでいる。ノルドマン大臣以外は。「重々しい顔のおっさんばかりね」「静かに。聞こえるぞ、フリーダ」「あっはっは。まあ、むさ苦しいよな」「アーダンまで。緊張感がなさすぎる」「まあ、いいじゃないか。ティナ。固くなっていてもしょうがない。リラックスして臨もう」「王子、しかしですね──」「ほら、王様が来たわ」 近衛兵に守られるように、王がゆったりとした足取りで玉座の前へと進む。私がひざまずこうとすると、王は「よい」と口にした。「お願いするのは、こちらだ。アールグレン秘書官、王子を頼む」「もったいないお言葉。命を懸けてでも必ず、王子を守り抜きます」 本当に、今度こそ必ず……。 王は顎髭をさすると目を細めて王子を見た。精悍な顔にわずかに不安の色が見て取れる。「して、本当にこの人数で行くのだな?」「はい。みんなとなら何の心配もいりません。それに訪問とはいえ、今回は隣国へ行くのみ。行ってすぐに帰ってまいります」 王子の横顔を見ると青空に輝く太陽のように清々しい表情をしていた。 危険が待っているというのに、不安も心配も何のかげりも見当たらない。「あいわかった」 王は深く目を閉ざすと、今度は私の方を見てにこりと微笑んだ。間近で見ると、笑顔の形が王子にそっくりだ。「アールグレン秘書官。そなたにあるものを渡したい。例のものをここに」「私に……ですか?」 王子と目が合うが、何も知らないようで首を少し横に振った。後ろを振り返り、アーダンやフリーダの顔を見るが同様の反応だった。「ありがとう。アールグレン秘書官。こちらを」 兵士から何かを手渡された王は、自ら私の前へ近付いてきた。両手には赤い布にくるまれた一振りの剣を抱えている。「これは……」「何、その腰に下げている細剣では心許ない場面もあるやもしれないと思ってな。手に取るがよい」「はっ……」 おずおずと王の腕から剣を引き取る。見た目よりは重くない。軽い材質でできているのだろうか。「鞘から抜いてもよろしいでしょうか」「うむ。ここで披露するがいい」「では、失礼いたします」 危険がないようみんなから少し離れて剣を抜いた。「これは……」 宝石のように輝く刀身。きらび
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第34話 アヌ国へ続く山道

 いつかのときのように市民に変装して城下町を抜けると、草原地帯を一気に馬で駆け抜け山岳地帯へ入っていく。  アヌ国への道は険しい山道。山道に差し掛かる手前で白毛の馬を止めた。  街の方を振り返れば、遙か先に今はない私の家があった平地が見える。  誰も住む者がいなくなった家屋は解体され、飼っていた家畜も処分されたと聞いていた。今は当然、跡形もなく草原の一部と化している。 「昔、父に連れられてこの辺りに来たことがあるんだ」  青毛の馬が隣に並び、王子が同じ方向を見た。瞳がどこか遠くを見ている気がした。 「数日間お世話になった家があってね。ところが、賊に入られたと聞いている。詳しくは知らないが、それ以来ここに来ることは今日までなかった」 「王子! もしやそのときに──」 「……どうしたの? ティナ」 「いえ、なんでもありません」  アーダンの呼ぶ声がして王子は離れていった。  今は急ぐのが先決だ。山の天気は変わりやすい。少しでも先に急がなければ。  それに、今さら過去の記憶を聞いて私はどうするつもりだったのだ? 王子は私のことなど覚えていないだろう。仮に覚えていたとしても、あのときの関係にはもう戻れない。  私は、近衛兵が全員山道に入ったことを確認すると手綱を緩めて馬を前へと進ませた。一番後ろを私が務め、先頭はアーダン。真ん中に他の近衛兵と王子、そして少し離れてフリーダという配置で先を急ぐ。  とはいえ山道は草原のようにはいかない。隊が乱れぬように慎重に歩を進める必要があった。それに、馬に慣れている私達とは違い、フリーダはかなり不得手だった。  怯
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第35話 木々の暗がり

 素っ頓狂な声が上がるが、木々の暗がりの奥から何かが逃げていく様子は見られなかった。  たとえば、飢えた狼が人を襲う話はよく聞く話だ。山道を通る者は常に何かしらの食料を持っている。 「何かありましたか!?」  フリーダの前を行く近衛兵が驚いた表情でこちらを振り返った。王子もアーダンも足を止める。 「林の奥に気配があります。こちらの様子を窺っているようですが」 「追い払う? 私の魔法なら一発だけど」 「確かにフリーダの魔法は強力だけど、ここで使われたら森に火を放つことになりかねないよ。無駄に命を奪いたくはないんだけど」 「私が様子を見てきます」  狼ならまだいい。問題は、潜んでいるのがフォヴォラの場合。 「王子は先を急いでください。すぐに追いつきますので」 「ティナ。それはダメだ。仲間の命を危険にさらすわけにはいかない」  王子の目が笑っていない。だが、なるべく危険は避けたい。 「アーダン。王子を連れて行ってほしい」 「ティナ!」 「王子。ティナの判断が懸命です。いつ敵に襲われるとも限らない。我々は先を急ぐ必要があります。ティナなら十分に対処できる」  ためらうように王子の瞳が左右に揺れる。しかし、仕方ないと判断したのか、重い息を吐いた。 「わかった。でも、単独行動は認められない。フリーダ、ティナと行ってくれるかい?」 「もちろんです王子。本当は王子の傍を離れたくなぃ゙って、うわぁああ!!」  フリーダの馬が前足を大きく
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第36話 青白い一閃

「フリーダ。くれぐれも魔法の範囲には気をつけてくれ」 「言われなくてもわかってるわよ! あんたもこんな狭いところじゃ剣を振り回せないんじゃないの?」 「新しい力に新しい剣がある。問題はない」  林の奥へ分け入ると、空模様もわからなくなるほどの暗闇と耳が痛くなるほどの静寂に襲われる。今まで感じていたはずの気配も霧散しわからなくなる。  ただ、隠し切れない獣の臭いは強い。 「なに? 来る? 来るの?」 「静かに」  足を止めて身をさらに低く屈める。フリーダも慌てて隠れた。  察するに相対しているのはフォヴォラではない。狼だ。引く気はなさそうだから、飛び掛かるタイミングを見計らっているのだろうが数がわからない。……こちらから仕掛けるか。  私は小声でフリーダに指示を出した。 「炎を放ってくれないか」 「はぁ? どこに!」 「適当な場所でいい。拳ほどの大きさで火をつけてくれ」 「あんた、今さっき範囲には気をつけろって」 「いいんだ。少しくらい火の手が上がっても対処できる。おそらくな」 「おそらくって……はぁ、もうでもわかったわ! 後のことは秘書官様にお願いするからね!」 「ああ。頼む、最強の紋章士様」  立ち上がるとフリーダの掲げた右手の紋章が赤く輝き、前方に火種のような小さな炎が放たれた。  炎は見る間に草花を燃料に大きく燃え上がっていく。隠していた気配が如実に現れ、動揺の毛色があちこちに広がる。 
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第37話 アヌ国の王

 王子と合流した私達はすぐにこのことを報告したが、王子が歩みを止めることはなかった。やはり予想はしていたのだろう。王子はあっさりと笑顔で応じ、先を急ぐことを決める。  ──しかし、私はと言えばまだ、納得しかねていた。 「ティナ。なんだかいつも以上に険しい顔をしているね」 「……元々、こういう顔です」 「ははっ、参ったな」  王子は苦笑すると外を眺めた。南側に面した大きな窓からは外の光が存分に入り込み、部屋の中が暖かな陽気に包まれていた。  あれから特に大きな問題が起きることはなく、私達は予定通り1日かけてアヌ国へとたどり着いた。両側を岩壁に挟まれるようにしてそびえ立つ大扉の前で、門番に訪問のことを告げるとすぐに山のてっぺんに建てられた城へと案内された。 「ねぇ、まだ〜? 長いよ、疲れたよ、お店回りたい!」 「子どもみたいに駄々をこねるな。これから一番の目的、謁見だ。大人しく待て」 「え〜ティナがいつもより厳しい〜」 「ここは王国の外だ。厳しいのは当たり前だろ」 「マリク王子。ティナが冷たいです。あっそうだ、後で一緒に街を回りましょう! ここにはいろんな宝石が発掘されるんです。しかも格安! 王子に似合う宝石、私が選んであげますから!」  思わず、ため息が出る。ちらちらとこっちを窺いながら話すな。その手には乗らない。今はある意味で敵地でもある。一瞬の油断も命取りになりかねない。  まだおしゃべりに興じるフリーダを放っておいて、私は窓際に立った。窓から眺める景色は自然豊かな森や草原が広がるベルテーンとは全く違い、見渡す限り巨大な山が立ち並んでいる。  アヌ国は、大地の斧をいただく山岳国家だ
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第38話 イヴァンナ・アヌ

 王子もまた挨拶を交わした。  アヌ国の王は、女性だが、体つきががっしりとしている。一見、細くしなやかに見えるが、長い間欠かすことなく鍛錬を積んできた体だ。  そして何より、王と呼ばれるにはまだ若い。血気盛んな雰囲気は、常に戦いに身を置く者の力強さを感じさせる。  お互い形式的な挨拶を交わしたところでアヌの王が私の方を向いた。 「おや、貴公は?」 「ティナ・アールグレン。私の秘書官です」  ここらへんは、前の記憶と同じ。固い挨拶は変わらないのだろう。 「面構えがしっかりしている。それに隙がない。秘書官という割には若いが、将来有望と言ったところか。歓迎しよう。政治の場にいる女性は貴重だからな」  前回と同じように、何も言わず深々と頭を下げた。言い方にどこかトゲがあるのは気になるが、私が何かを言える立場ではない。  アヌ王は玉座に戻ると、質素な造りの肘掛けに腕を置いて頬杖をついた。 「して、だ。王子。一つ気になる噂を聞きつけてな。少しいいか?」 「フォヴォラの件ですね」 「そうだ」 「聞くところによると、ベルテーンの成人の儀の翌日に襲われたらしいな。しかも貴公は少人数で街に繰り出していたとか。この者たちと同じか?」 「はい、そうです」 「なるほど。まあ、咎人が人前に現れるのは久方ぶりのこと。対応が後手に回ったのは仕方のないことだろう。だが、それと同じ人数だけで我が国に訪れるというのは、いささか思慮に欠けるのではないか?」  つっ……。回りくどい嫌な言い回しだ。王子の表情を窺うが、平然と見返していた。
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第39話 急襲と共闘

「王子! 無事ですか!?」「大丈夫だよ……だけど、これは」「王子は後ろへ下がっていてください! 全員王子を守れ! アーダン、フリーダは私とともに敵を迎撃する!」 勢いよく白銀の剣を引き抜くと、一足飛びに近付いて飛び上がった。両手で柄を握り締めて上段から振り下ろす。 が、硬い金属音が響き刃は返されてしまった。窓から突き出た顔に当たったもののまるで手応えがない。「ティナ! 避けて!」 張り上げた声に真横へと転がる。フリーダの分厚い炎の壁が同じく長い嘴《くちばし》のついた鳥のような顔へと命中する。続け様にアーダンが槍を真正面に構えて特攻する。「これで、どう!?」「……いや、ダメだ」 炎と黒煙が消えていくも、全く無傷の状態の様子で怪物は口を開けて咆哮した。「硬すぎる」 もう一度、剣撃を喰らわせるか。いや、効果があるのかどうか。それに敵の攻撃がまだわからない。対応を逡巡していると、ふわりと軽快な足取りで何者かが私の横へと舞い降りた。「貴公らでは埒《らち》が明かぬな。力を貸そう」「アヌ王!」「その呼び名は好きではない。気軽にイヴァンナと呼んではくれまいか」 そう言うと、王は左手を掲げた。その手に宿るのは当然、9つの神の紋章の一つ──〈大地の紋章〉。またの名を〈豊穣の斧の紋章〉。 生い茂る葉のような色鮮やかな緑の光が紋章から発せられると、自身の背丈の優に3倍を超えると思われるほどの巨大な斧が現れた。イヴァンナは、その得物を軽々と振り回すと斜めに構えて怪物と対峙した。「皆の者、今一つ我の後に続け!」 王は風のように速く移動すると、躊躇なく飛び掛かっていった。上段、中段、下段と絶え間なく斧による斬撃が浴びせられる。一打、一打、攻撃が振るわれると同時に空気が破裂するような音が生じ、見間違いかもしれないが空間が歪む。「あれが、〈大地の紋章〉……アーダン! フリーダ! 私達も追撃を!」 両者から掛け声が返ってきた。気を取り直して、剣を構えて走ると、壁を伝ってシャンデリアの上へと跳び上がる。 バルスコフ大将は自らの拳を振るって戦っていた。肉体強化型の紋章なのだろう。アーダンも再び突撃し、長い槍を繰っていた。イヴァンナも変わらず、常人には持ち上げるのも不可能と思われるほどの斧を振るっていた。 攻撃はもう何十回と当たっている。だけどそれでも突き崩せな
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第40話 追跡

 王子の声が聞こえない。なんで──。 「貴様! 王子をどうしたっ! 王子の身を守っていたんじゃないのか!?」  王子の側にいたはずの近衛兵の胸ぐらをつかむ。近衛兵は手を振りほどこうとしながらも何度も首を横に振った。 「も、申し訳ありません! 今のフォヴォラの攻撃で」 「くっ……他の者は!」  静寂が「NO」と答える。このままじゃ、あのときと同じになる。  私の脳裏に、思い出したくない記憶が浮かんだ。王子をこの手で──。 「見ていないのか!? 誰か! 誰でもいい! フリーダにアーダン! 答えて! 王子は! 王子はどこっ!?」  誰も何も言わない。神妙な雰囲気が今の状況を間違いなく現実だと告げていた。私の手を誰かがつかんだ。 「ティナと申したな。落ち着け」  イヴァンナが胸ぐらをつかんでいたままの私の手を力づくでほどいた。 「落ち着けって、これが落ち着いていられるわけ──」  握ったままだった剣を構える。 「ティナ! 待ちなさい!!」  フリーダの声が飛ぶも、構ってなどいられない。 「待たない。王子を探す。まだ遠くには行ってないはず!」  そのとき、イヴァンナの手が私の頬をはたいた。 「落ち着けと言っている。無意味な仲間割れをしている場合ではないぞ。貴重な時間が無駄になる」  頬が痛む。視界が滲む。涙が出るのは痛みからではない、恐怖からだ。マリクをまた失ってしまうかもしれない。  
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