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All Chapters of 正しさの選択: Chapter 11 - Chapter 20

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第二章:沈黙の蛇④

理科室での捜査を終えた俺たちは、部室に戻ってきていた。 外はすっかり暗くなり、窓の向こうには街灯の光だけがぽつりぽつりと浮かんでいる。 ホワイトボードには、見つけた手がかりが箇条書きに並べられていた。◆ 理科準備室での発見 ・青い蛇の模型 ・タグに屋上と書かれた鍵 ・メモ① 『知らなければ、私の世界は穏やかだった。 けれど、青の幕が落ちた時、そこにあったのは染まった手。 その手から渡された扉を、私は恐れ、隠した。』 ・メモ② 『仮面は蒼。言葉は甘く、視線は氷。 本当の顔を知る者は、沈黙を強いられる。』「さて……どう見る?」 椅子に座ったまま、俺は頬杖をつきながら二人に問いかけた。 陸は椅子でくるくる回りながら天井を見ている。 その隣で澪は、いつものように無表情でタブレットを操作していた。 「青い蛇の模型に鍵が隠されてたってだけでも、十分異常だよな」 陸が渋い顔で言う。 「……しかも屋上の鍵だろ? 普通、生徒がそんなことするか?」 「……隠す理由があったんだろうね」 澪が淡々と答える。 「でも、なぜ暗号にまでしたのか……」 「ああ、そこが問題だ」 俺は腕を組み直し、机の上のメモに視線を落とす。 「佐倉先輩が暗号を書いたのは間違いない。……おそらく隠した理由があるはずだ」 俺はメモに視線を落としながら呟く。 「でもさ、もっと直接的なヒントを書けばよかったんじゃね?」 陸が首を傾げる。 「家族とか妹にだけ分かるようにすれば済む話だろ?」 「それができなかったんだろう」 俺は続けて言う。 「まだその時点で、殺されると決まってたわけじゃない。もし勘違いだったら、自分が危険になる。もしもの時に備え、誰が見てもすぐには分からない形にした」 「……直接的なヒントを書くのは危険だった」 澪が淡々と口を開く。 「だから、誰かが気づく形にした。それだけだよ」 「だけど……優衣ちゃんが見つけたとして、自分で動こうとするか?」 陸が疑問を投げかける。 「そこも計算済みだろう」 俺は軽く頷く。 「もし佐倉が自分で解けなければ、推理部に依頼すると考えるはずだ。俺たちは有名だからな」 陸は苦笑しながら肩をすくめる。 「困った時は推理部、っていうより悠真に任せとけって感じだろ?」
last updateLast Updated : 2026-05-14
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第二章:沈黙の蛇⑤

「さすが演劇部……言葉遊びに長けていた、というのも頷けるね」 澪がタブレットから視線を上げ呟き、無表情のまま指先で机の上の二枚のメモを軽く叩く。その仕草に促されるように、俺もメモに視線を落とした。 二枚のメモを見つめながら、俺は息を吐いた。言葉の奥に隠された意図が、少しずつ形を成していく。 ひとつは、佐倉先輩が残した自分の状況を綴ったもの。佐倉先輩が巻き込まれた何かを示す告白。 そしてもうひとつは、犯人を示唆する意味深な言葉が記されたメモだった。その元凶が誰なのかを、遠回しに伝えるもの。 「……分かった」 俺はそう呟き、顔を上げた。 「え、もう解けたのかよ?」 陸が目を丸くして俺を見た。 「……さすが、悠馬なら辿り着くと思ってた」 澪はタブレットを閉じながら、興味深そうに視線を向けて続ける。 「……どうやら、佐倉先輩は何かを知ってしまったみたいだ」 俺はメモを机の上に並べる。 「この一枚目は、自分が巻き込まれた状況を示している。そして二枚目――これは、犯人を遠回しに指している」 俺は一枚目のメモを指で示しながら、口を開いた。 「まず、この『知らなければ、私の世界は穏やかだった』って一文。これは、佐倉先輩が知らなくてもいい秘密を知ってしまったことを示してる」 「秘密……犯人のことか」 陸が呟く。 「ああ、そのとおりだ。そして『青の幕が落ちた時、染まった手』。これは、犯人の仮面が外れた瞬間を意味してる。『青の幕』は、誠実さや冷静さを装った偽りの姿。本当の顔が現れた時に佐倉先輩は、その人物が既に悪事に手を染めていることに気づいた」 俺の言葉に、陸は小さく息を呑んだ。 「じゃあ、『その手から渡された扉』ってのは……」 「『扉』は比喩だ。鍵のことを指している」 俺は頷く。 「つまり、佐倉先輩は犯人から屋上の鍵を渡されて、隠したってことだ」 「なるほどね」 澪が頷く。 「つまり……」 陸の声に僅かな緊張が滲む。 「佐倉先輩はこの鍵を使って屋上に先に行けって指示されたのか?そんで、扉を開けた後に鍵を隠してから屋上に向かったってわけか?」 「その可能性は高い」 「このメモ一枚で、自分の状況と犯人とのやり取りを伝えてたわけか」 陸が手を頭の後ろで組みながら考え込む。 「次に、二枚目だ」
last updateLast Updated : 2026-05-15
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第三章:影を追って①

 翌日、水曜日の昼休み。  校舎裏の静かな一角、昨日の理科室捜査を終えた次の日、依頼人である佐倉優衣と待ち合わせていた。 旧校舎と新校舎を結ぶ中庭を抜け、人気のない裏手へと足を運ぶ。そこは、校内でも特に人目の少ない場所だった。 やがて、ゆっくりと歩いてくる佐倉の姿が見えた。先日よりもさらに疲れた様子で、目の下のクマが痛々しい。「朝倉先輩……例の件、どうでしたか……?」 佐倉は、か細い声で尋ねてきた。俺は簡潔に、青い蛇の模型とそこから発見された鍵のことを伝える。 佐倉は俯いたまま、制服の袖をぎゅっと握りしめた。「……やっぱり、姉は誰かに……」 かすれた声は、途中で途切れ、その先の言葉は、小さすぎて聞き取れなかった。 校舎裏を流れる、昼休みのざわめき、それが遠く、ひどく空虚に感じられる沈黙が流れた。「佐倉、何か思い当たることがあるのなら教えてくれ」 俺は問いかけるが、佐倉は小さく首を横に振った。「まだ……分かりません。でも、必ず……必ず、何か掴めるはずです……」 絞り出すようにそう言うと、佐倉は軽く頭を下げ、足早に去っていった。 その背中は、か弱く、今にも壊れそうに見え、残された俺は、ただその姿を見送った。*** 校舎裏から戻る途中の廊下で、陸が元気よく声をかけてきた。「なぁ悠真、購買行こうぜ! 今日こそあんパンの新作ゲットするんだ!」「おまえ、毎日同じこと言ってるな……」  呆れつつも、気分転換に付き合うことにした俺は、陸と並んで歩き出した時、陸がふと前方を指差す。「あ……あれ、真希先輩じゃね?」 視線の先には一学年上の女子生徒の姿があった。 黒髪を高めの位置でまとめたポニーテールが、彼女の横顔をすっきりと引き立て、切れ長の目元は涼しげで、どこか近寄りがたい凛とした空気を纏っている。姿勢は背筋が通っていて、制服の着こなしも隙がない。清潔感ときちんと感が合わさったその佇まいは、見る者に自然と誠実さや芯の強さを印象づけた。 そして、揺れる赤いヘアピンがふと目を引く。そのワンポイントだけが、彼女の硬質な雰囲気の中に、少女らしい柔らかさをひとさじだけ残していた。 掲示板を眺めるその横顔は、まるで舞台の上に立つ女優のように絵になっていた。「知り合いなのか?」「おう、如月真希(きさらぎまき)先輩。同じ中学だったんだよ」 そ
last updateLast Updated : 2026-05-16
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第三章:影を追って②

そう尋ねると、陸は首を横に振る。 「いやいや、逆、逆!あの人は裏表がないから怖いんだよ。 思ったことを隠さずに言うから、誤解されやすいタイプ!」 陸は少し思い出すように言葉を続ける。 「そういや、佐倉先輩とも仲良かったらしいぜ……最近はあんまり話してなかったって聞いたけど。正直すぎて、何か言っちゃったのかもな」 陸は軽い調子で言ったが、俺は彼女の雰囲気が少し気になった。 (まるで……何かを知ってる?隠しているようだった) 如月先輩の微笑み――あの、どこか余裕をたたえた表情は、単なる強気や自信とは違った。まるで、何かを知っている者が、胸の奥に重たいものを抱えながら、それでも平静を装おうとする、そんな確信めいた冷静さだった。 そんな考えをしていると陸が、ふいに思い出したように立ち止まった。 「真希先輩たしか佐倉先輩と同じ、演劇部だったはずだぜ。去年の文化祭のチラシ、部室に貼ってあっただろ?覚えてるか?」 「演劇部……?」 「おう、それでさ――今年の文化祭でやる予定だった演目、たしか・・・『サロメ』だったはず。台本のタイトルが貼ってあったの見た。んで、如月先輩が主役のサロメ役だったって聞いた。だけど佐倉先輩があんなことになって、他の部員たちの希望もあってか、結局中止になったみたいだけどな」 「……サロメ、か」 思わず足が止まった。 胸の奥に、何か鋭いものが突き刺さる感覚。 舞台の上で踊るサロメ――蛇に例えられるその姿。蒼く、妖しく揺れる幻影。 (……まさか……) 「悠真?」 陸が不思議そうに声をかけてくる。 「……いや、なんでもない」 小さくかぶりを振り、歩き出す。*** 放課後、俺たち三人は屋上の鍵を確認するため、旧校舎の最上階へ続く階段を、無言で登っていた。 手の中には、理科準備室の蛇の模型から見つけ出された、マジックで屋上と書かれたタグの付いた鍵。 これが本当に屋上の鍵なのか――それを確かめる。 「夕陽、綺麗なんだけど……この空気は、ちょっと違うな」 陸が、気まずさを紛らわすように口を開く。 「無理もない。どうしてもここが、事件の現場だということを意識してしまうからな」 俺は言葉を絞り出しながら、錆びついた鉄扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。 当然、施錠されている。学校の規
last updateLast Updated : 2026-05-17
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第三章:影を追って③

――翌日、木曜日の昼休み。推理部の部室に集まる俺たち、窓から差し込む陽光が、部室の机に並んだ資料の上を淡く照らしていた。 俺たちは、昨日から蓄積してきた手がかりを前に向き合っていた。 「まずは……昨日の話からだ。サロメは、ただの演劇じゃない。あの話には、象徴的な意味が詰まっている」 「サロメ……女が男の首を求めるやつだろ?」 「そうだ。サロメは、自らの欲望と衝動に突き動かされ、預言者の男の首を求める。その姿は、古くから蛇に例えられることが多い。誘惑、破滅、そして裏切りの象徴だ」 「蛇、って……」 陸が思わず目を細める。 「それだけじゃない。舞台演出では、サロメの衣装や照明に青が使われることが多い。冷たさ、神秘性、あるいは狂気を象徴する色としてだ。そして……『青い幕』というのは、演劇そのものを指してるのかもしれない、『幕が下りる』といった言い方もあるしな。 それでだ……『染まった手』は、罪とか血のメタファーかもしれない。つまり、劇が終わったとき――青い幕が下りたそのとき、そこに立っているのは、罪を犯した人間だという暗喩ではないかと」 「……なるほどね、サロメという役を与えられていた如月先輩が、『青い蛇』という暗号で表現されていたとしたら――それは偶然とは言い難いね……」 「舞台は中止にはなったが、台本は完成していた。同じ演劇部の佐倉先輩も、当然内容は知っていたはずだ。 その上であの暗号だ、如月先輩が暗号に登場する人物――つまり、犯人候補のひとりとして浮上するのは自然な流れだ」 部室に重い沈黙が落ちる、それを切るように、澪がタブレットを閉じて口を開いた。 「ただ、候補は彼女だけじゃない」 「綾野先輩……か」 俺が言うと、澪は頷いた。 「彼の実家は、この地域じゃそれなりに知られてる家系。文化的な背景もあって、蛇を祀る神社と深い関わりがある。家紋にも蛇があしらわれていて、地域の人間の間では白蛇様と呼ばれてきた一族だとか」 「マジかよ……」 陸が眉を上げる。 「それだけじゃない。生徒会のイメージカラーは青。綾野先輩は、その青を象徴する立場――副会長という位置にいる。『青い蛇』というキーワードが、彼にも当てはまる可能性は十分あると思う」 澪の声は冷静だった 「つまり、今の時点で『青い蛇』に最も近いのは――如月真希と綾
last updateLast Updated : 2026-05-18
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第三章:影を追って④

*** 新校舎の一階、昇降口のすぐ奥にある一角――そこが、教師たちの集まる職員室だった。 大きなガラス窓の外からは、机がずらりと並ぶ静謐な空間が見える。 放課後の時間、夕方の光が横から差し込み、書類の山や掲示板に影を作る。 教師たちは授業の後処理や明日の準備に追われているのだろう。低く抑えた話し声と、時折鳴る電話の音だけが、空間に淡々と流れていた。 「……ここまで来たけど、本当に大丈夫か?」 陸が、俺の隣で小声で呟いた。 「なんだ、怖気づいたのか?」 俺は苦笑しながら返すが、内心は似たような不安を抱えていた。 今回の目的は、旧校舎屋上の鍵の所在と管理について、教師から話を聞くことだが――問題はその相手だった。 「相手は片桐だぞ?アイツ、マジで評判悪いからな。生徒を睨むだけで何も言わないとか、理不尽に怒鳴られたとか……あんまりいい噂は聞かねぇぞ?」 教師たちの間では信頼されてるという話も耳にしたことはある。 だが、生徒の間での評価は真逆で、話の通じない壁のような人間。 それが、俺たちが知っている片桐誠司(かたぎり せいじ)という教師だった。 澪が陸の発言に対していつもと変わらない調子で返す。 「……でも、鍵のことを聞くには避けて通れない」 俺はそのとおりだと思いつつ、職員室のドアの前に立つ。 コン、コン――とドアをノックした。 中から返事があって、俺たちは扉を開けた。 職員室の奥、書類に目を通していた片桐先生が、俺たちの姿に気づいて顔を上げた。 無表情——その顔には感情の気配は一切なく、ただ鋭利な沈黙だけが漂っていた。 精悍な輪郭に短く刈り込まれた髪、厳しく引き締まった眉の下にある目元には、どこか疲労の色が滲んでいる。着ているスーツもやや硬めで、どこか昔気質な真面目さを滲ませていた。 生徒たちから「怖い先生」として敬遠されるその印象は、今も変わらない。言葉ひとつ発さずとも、沈黙のまま圧がこちらへと向けられてくる―― そんな錯覚を覚えるほど、場の空気を支配する存在感があった。 「……推理部か」 声は低く、乾いているが、拒絶ではなかった。 「お忙しいところ、すみません。少しお時間をいただいても、よろしいでしょうか?」 俺が前に出て丁寧に頭を下げると、片桐先生はわずかに目を細め、そ
last updateLast Updated : 2026-05-19
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第三章:影を追って⑤

職員室を出た俺たちは、そのまま新聞部の部室へ向かった。 新校舎三階、文化部が集まるフロアの奥、そこに新聞部の部室はあった。 夕陽が傾き始めた窓辺を通り過ぎると、長く伸びる影が床を染め、空気をひときわ冷たくしている。 「ここだな」 俺は足を止め、小さく息を吐き、陸も、澪も無言で頷いた。 ──今から向き合うのは、事件の鍵を握るかもしれない男、新聞部部長・小池陽太。 俺は軽くノックをして、扉を開いた。 「どうぞー」 軽い声とともに現れたのは、淡い青のペンを指でくるくると回す男子生徒だった。 制服は俺たちと同じだが、胸ポケットに挿されたペンの鮮やかな青色が、不思議と目を引く。細身の体に、きっちりと着こなした制服。やや長めの整った髪は清潔にまとめられ、縁の細い眼鏡がその印象をさらに引き締めていた。 しかし、それ以上に目を引いたのは――鋭く細められた目元。その奥に潜む冷ややかな光と、無駄な動きのない落ち着いた佇まいが、まるで蛇のような印象を与えていた。言葉を発する前から、空気に染み出す静けさと、底知れぬ観察眼。 その姿を見た瞬間、俺は思わず身構えていた。警戒というより、反射的な防御本能だったのかもしれない。何かを見透かされる――そんな錯覚に、肌が少しだけ粟立った。 「おお、推理部じゃん。何か取材? それとも事件の嗅ぎまわりか?」 小池は、軽い調子で笑いながら俺たちを迎えてい たが、その笑顔は表面だけのもの。 どこか、こちらの様子を探るような──冷めた光を、その瞳に潜ませていた。 「佐倉美月先輩について、少しだけ、話を聞きかせてくれないか?」 その名を出した瞬間、ペンを回していた小池の指が、わずかに止まった。 「……ああ、佐倉先輩ね。残念だったよな、あんな優しい先輩だったのに」 小池は、作り笑いのまま言った。 「最近、佐倉先輩について、何か噂を聞いてないか?」 「うーん、噂ねぇ……」 小池はペンをカチカチと指で弾きながら、わざとらしく考え込んだ。 そのとき、一瞬だけ――小池の視線が、部室の奥にある備品棚の一角へと流れたのを見逃さなかった。 「亡くなる前、佐倉先輩とよく一緒にいた人物って、誰か知っているか?」 俺の問いに、小池は少し考え込むように指先を唇に当てて考え込み、やがて口を開いた。 「……
last updateLast Updated : 2026-05-20
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第三章:影を追って⑥

問い詰めるような声音になった瞬間、小池の目が一瞬だけ泳いだ。その動揺はごくわずかだったが、 俺の目は見逃さなかった。 「なんの話だい……?」 曖昧に返す小池。だが俺の空気が明らかに変わったのを察したのだろう、小池の肩がわずかに硬直する。 「人が死んでいるんだ。これは遊びじゃない。……ふざけてないで真面目に話せ」 低く抑えた声だったが、怒りと焦燥がにじんでいた。その言葉に小池の表情も変わる。 しかし、気圧されることなく、真っ直ぐに俺を見返してきた。 「ふざけてる? 僕は……ひとつもふざけてなんかいない」 冷ややかに返された言葉。俺たち二人の間に鋭い空気が走り、一瞬空気が張り詰める。 「お、おい……二人とも、落ち着けって」 陸が慌てて割って入る。 「悠真、お前ちょっと熱くなりすぎだ」 その言葉に、俺ははっと我に返り、深く息を吸い、静かに吐き出す。 「……すまない。少し感情的になりすぎた。悪かった、小池。情報提供には感謝している」 すると小池もわずかに表情を緩めた。 「あ、ああ。こちらこそ……少し熱が入りすぎたようだ。謝罪するよ」 緊張の糸がわずかにほどけたが、疑念の火種が消えたわけではなかった。 俺は最後に声をかけた。 「そういえば、小池。個人的なことなんだが」 「……なんだい……?」 「好きな色は、何色だ?」 不意の質問に、小池はほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにまた微笑みに戻る。 「青かな、落ち着くからさ。俺には似合わないかもだけど」 青いペンを指に絡めたまま、彼は軽く笑った。全てが、何かを裏付けている気がしてならなかった。 俺たちは無言のまま、部室を後にし、推理部の部室へと歩き出した。*** 推理部の部室へ戻ってきてすぐ、陸が俺に声をかけてきた。 「……珍しいな。お前があそこまで感情的になるなんて」 陸が、半ば呆れたように言った。 「……ああ。でも少し挑発してやったらやつの態度が変わった。確実に何か関係してるような反応だった」 「わざととかよ! ……ひやひやさせんなよ!」 陸が眉を釣り上げて前のめりになりながら言う。 「いや、実際あの軽薄な態度には本気で腹が立った。だが、思いがけない反応だったから引くに引けなくてな。……結果的には助かった」 そう言いながら視線
last updateLast Updated : 2026-05-21
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第三章:影を追って⑦

◆ 現時点の犯人候補 ・小池陽太 ・如月真希 ・綾野奏斗「順番に整理しよう」 俺はマーカーを握り、三人の名前の下にメモを書き足しながら話し始めた。 まずは、小池陽太。 「蛇のような印象。好きな色は青。それに、佐倉先輩に淡い感情を持っていた可能性も高い」 俺は指折りながら言う。 「淡い恋心があったのであれば、むしろ守りたいはずだ。……にも関わらず、あの態度……。何か、隠しているとしか思えない」 「まあ、限りなく怪しいけどな」 陸が小さく鼻を鳴らした。 次に、如月真希。 「演劇部。サロメ役。蛇に例えられる存在。青のイメージカラーをまとう役でもある」 澪が冷静にまとめた。 「しかも、佐倉先輩と口論していた。それが引き金になった可能性も……なくはない」 「でも、先輩、思ったことすぐ口にするタイプだろ?悪気はなかったけど、キツい言い方になってただけかもしれないぜ」 「……そうだな、その可能性もある」 そして最後に、綾野奏斗。 「生徒会副会長。完璧な優等生像。表向きは誠実で清廉。だが、裏の顔があると噂される。仮面(生徒会の顔)も、青(生徒会のイメージカラー)も、両方を兼ね備えている」 俺の言葉の後に、澪も重々しく続ける。 「生徒会っていう立場で、佐倉先輩に圧力をかけることもできたかもしれない」 「うちの生徒会は、学校の特徴的に他の学校と比べたら権限あるよな?……やっぱ、綾野も十分すぎるほど怪しいって」 陸が腕を組みながら唸る。 俺たちはホワイトボードの文字をじっと見つめる。・小池陽太。 ・如月真希。 ・綾野奏斗。 それぞれが、それぞれの形で『青い蛇』の暗示に繋がる。一見、すべてが符合している──そう見えた。 だが、胸の奥で、微かな違和感が芽を吹いた。推理とは、理屈だけではない、違和感、直感、説明できない引っかかり──そういうものが、時に真実への扉を開く。 俺は、無意識のうちにペンを止め、ホワイトボードをじっと見つめた。 それでも、まだ言葉にはできない。今の段階では、ただの不確かな感覚に過ぎなかった。*** ──夜が、深まっていく。 どこかも知れない薄暗い空間に、ただ一人、座り込む影がある。 窓はない。時計もない。時の
last updateLast Updated : 2026-05-22
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幕間:探偵たちの休日①

少し湿った風が頬をなでる、梅雨入り前の土曜の朝。 駅前のロータリーに足を踏み入れた俺は、先に到着していた二人の姿を見つけた。 陸は薄手の白シャツに、グレーのカーディガンを羽織ったラフな格好で、スマホをいじりながらあくびをしている。 対する澪は、落ち着いたネイビーのワンピースに、薄手のベージュのカーディガンを羽織り、白いスニーカーを履いていた。 私服姿を見るのはこれが初めてじゃないし、それなりに見慣れている――はずなのに。 その柔らかな色合いと季節感のある服装が、今日はやけに新鮮に映った。 (……なんか、雰囲気違うな) 普段の無表情と知的な言動のせいで、澪は近寄りがたい優等生という印象が強い。だが今の彼女は、どこか自然体で、穏やかで――思わず、一瞬だけ目を奪われてしまった。「お、来たな。悠真」 陸が軽く手を上げて近づいてくるその横で、澪も小さく会釈を返した。「すまない、少し遅れた」「いや、予定通り。……というか、遅刻したら強制的にカラオケだったけど?」「……それはさすがに避けたいな」「じゃあ、さっそく行こうか」 澪が言い、俺たちは三人で並んで歩き出した。 金曜の放課後、推理部としての調査を終えたばかりだったが、今日は事件の話は禁止――というのが、陸と澪の決定らしい。「なあ悠真、まさか今日もノートとか持ってきてないよな?」 陸が横から覗き込んでくる。「……少しだけ、資料を……」「やっぱりかよ!」 澪が小さくため息をつきながら、澄ました声で告げる。「休息も計画のうち。……私はそう思うけど」「わかってるが……事件のこと、どうしても頭から離れなくてな」「……だからこそ、今日は息抜き」 陸が前を向いたまま、片手をポケットに入れながら言う。「しっかり遊ぶのも、推理部の大事な仕事ってことで!」「推理部、そんな部だったか……?」「今日だけはな!それに捜査の資料を普通こんなところに持ち出したらダメだろ?オマエ普段は切れ者なのに、そういうとこ抜けてんな」「悠馬は、昔から熱が入ると陸でもわかることが、頭から抜け落ちる……」「く……陸に指摘されるとくるものがあるな……」「どういうことだよ!」 俺たち三人は笑いながら歩き出す。季節の風と、街のざわめきが、事件の空気を飛ばして俺たちを普通の高校生にしてくれた。***
last updateLast Updated : 2026-05-23
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