──鐘が三度、冷たく鳴った。石の円形法廷。白大理石の壇上に、王太子の椅子。半円の観客席には貴族と神官、そして見物の民。私は中央の円環に立たされ、両手を鎖で束ねられていた。手枷には封印の刻印。胸元の聖紋ペンダントだけが、かすかに体温を返す。「聖女リシア・エルヴェイン」王太子レオンは、唇だけで笑った。「お前の“祝福”は偽物だったと証明された」ざわめきが、石壁にさざめく波みたいに走る。神官が進み出て、金の香炉を振った。薄い煙。聖句。私の足元の円環が鈍く光る――はずだった。光は、出ない。「ご覧のとおりだ」レオンは肩をすくめる。「加護は消えた。無能が、聖女の名を騙っていたのだ」「……そう言い切るのですか、殿下」声が自分のものじゃないみたいに乾いていた。香の甘さが、氷みたいな空気をすべって喉を冷やす。観客席の金具が微かに軋む。衣擦れ。息を呑む音。それらが天蓋に集まって、ゆっくり渦を巻いた。目を閉じる。まぶたの裏に、別の光が立ち上がる。夏至の昼。村の広場。火傷した少年の手を、私は布で包み、光を落とした。「痛いのは、ここまで」少年の母は、声を出さずに泣いた。隣の老人が、麦の束を差し出す。風鈴。洗濯物。白い布が陽を弾く。――祈りは届く。誰のものでもない空に。今、私は鎖に繋がれている。同じ空の下で、光は封じられている。「……あの光は、もう届かないのね」それでも、胸の奥の灯は消えていない。ペンダントは、昔と同じ温度で指先に触れた。「民よ、耳を貸せ!」壇上の大司教ハインリヒが、白蛇の杖を掲げる。「異端は秩序を蝕む。裏切り者の聖女には、相応の断罪が必要だ!」「裏切り者!」「恥を知れ!」観客席の陰から、罵声が降る。「……彼女、本当に?」「神殿が言うのだ。間違いない」そんなひそひそ声も混じった。重い空気の隙間に、わずかな人の息が流れ込む。私は目を閉じる。封印が、祝福の流路を細く締め上げている。わかっている。これは、結論のために用意された儀式だ。それでも。――祈りをやめる理由にはならない。「紹介しよう」レオンが、隣の女の手を取った。「これが真の聖女、セレナ・ヴァルリスだ。お前のような無能では、国を救えぬ」セレナは完璧な微笑で私を見下ろす。「お気の毒ですわ、リシアさま。祝福は、選ばれた器にのみ宿るのだと、
最終更新日 : 2025-10-08 続きを読む