会場の外を出てエントランスからトイレに向かおうとすると、反対側の通路から世羅が歩いてきた。周囲には誰もいない。私は、この機会を逃すまいと世羅の元へとそっと駆け寄った。「あの……先程はありがとうございました。とても嬉しかったです。あと、初めましてと言ってごめんなさい」驚いて一瞬表情が固まった世羅だったが、じっと私の目を見つめると静かに息を吐いた。そして、しばらくの沈黙が続いた後、彼は視線を外して、まるで興味がないとでもいうような素振りを見せながら言った。「私には何の事だか。ただ、配偶者や恋人など身近な人を悪く言うのはどうかと思って言葉にしたまでです」陸に伝えた時の同じような冷たい態度に心臓が痛む。それでも、私は必死に言葉を繋いだ。「三か月前、私はあなたにお会いしました。繁華街を抜けた裏通りにある小さなバーで、この地域の名物を聞かれて一緒にお酒を飲みました。結婚観の話になって、あなたが『夫婦って対等で支え合うはずなのに』って言ったことが、ずっと私の胸に残っていて……」「人違いではないですか」「お名前も伺いました。それに胸のポケットには『Yanagi』と彫刻されたボールペンもあって、あなたに間違いないんです」必死に食らいつこうとする私に、世羅は苦い顔をしてから更に冷たい声で突き放した。
Last Updated : 2025-10-17 Read more