「すません、お客さん、急に故障してしまって。ちょっとやそっとじゃ直りそうにないんです。悪いですが、別の車に当たっていただけますか?」静奈は仕方なく車を降りた。目の前を流れる絶え間ない車の波を見て、眉をひそめる。今は帰宅ラッシュの真っ只中だ。高架の上で空車のタクシーを拾うのは至難の業だし、配車アプリも捕まらないだろう。焦っていると、流線型の美しい黒いセダンが、彼女の前方の路肩にゆっくりと停まった。窓が滑らかに下がり、湊の端正で気品ある顔が現れた。彼は傍らのタクシーを一瞥した。「故障か?」静奈は頷いた。「ええ、エンストしちゃって」「ここではタクシーは捕まりにくい」湊は自然な動作で助手席を示した。「よければ送るよ」渋滞の酷さを見て、静奈は少し迷ったが、頷いた。「ありがとう、神崎さん。お言葉に甘えるよ」彼女は助手席に乗り込んだ。車内には微かな革の香りと、雪のようなシダーウッドの香りが漂っていた。車は高架を降り、賑やかな商業エリアに入った。湊は突然胃の辺りを押さえ、何気なく言った。「今日は忙しくて昼食も食べ損ねたせいか、持病の胃痛が痛み出してね」一呼吸置き、横を向いて静奈を見た。声は穏やかで自然だった。「朝霧さん、もし急ぎの用事がなければ、食事に付き合ってもらえないか?その後で送るよ」体調のことがあっては断りづらい。静奈は深く考えずに承諾した。「分かった。何がいい?私にご馳走させて」湊は笑った。「そんなことさせられないよ」彼は近くの雰囲気の良い異国レストランの前に車を停めた。車が停まると同時に、静奈は何気なく窓の外を見た。すると、さっき故障したと言っていたタクシーが、新しい客を乗せて走り去っていくのが見えた。静奈は呆気にとられた。もう直ったの?心に疑念が浮かぶ。湊は彼女の視線を追ったが、表情は変えなかった。ただ何食わぬ顔で咳払いをし、彼女の注意を逸らした。「ここの料理は悪くない。入ろう」静奈は疑念を抑え、湊についてレストランに入った。席に着くと、湊はメニューを彼女に渡し、注文を任せた。静奈はメニューを熟読し、胃に優しい山芋とスペアリブのスープを注文し、勧めた。「神崎さん、このスープを試してみて。私も胃の調子が悪い時によ
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