「高野教授は、君たちがこんな時間まで実験室にいることを知っているのか?」その問いかけに、静奈の心臓がキュッと引き締まった。竹政が規則違反を咎めているのか、それとも単に安全管理上の確認をしているのか、真意が読めない。「実験計画は事前に申請してあります。学生たちは先に帰しました。残務処理が終われば、私もすぐに帰ります」彼女は慎重に言葉を選んで答えた。「そうか」竹政は肯定も否定もしなかった。彼の視線が再び静奈の顔に向けられた。実験室の蛍光灯の下で、その瞳は深く、全てを見通すように静かだった。「朝霧主任研究員。研究は持久戦であって、焦る必要はない。研究員の心身の健康を守ることは、プロジェクトを堅実に進めるための基本だ」彼は一呼吸置いた。口調に抑揚はないが、そこには拒絶を許さない重みがあった。「ここは搾取工場ではない。過労で健康を害したり、職場で倒れたりするような報告は聞きたくない。それは個人にとっても、プロジェクトにとっても損失だからな」彼の言葉は冷静で客観的だ。あくまでプロジェクト管理と指導者の責任という観点から述べられており、個人的な関心や温情は微塵も感じられない。だが、この徹底した公的な態度は、かえって静奈に強いプレッシャーを与えた。「ご忠告ありがとうございます、竹腰局長。以後気をつけます」静奈は小さな声で応じた。それ以外に何が言えるだろう。昼間に機器を奪われたからだと言い訳でもするか?そんなことは口が裂けても言えない。竹政は彼女の伏せられた睫毛と固く結ばれた唇を一瞥し、それ以上追求しなかった。視線を稼働中の機器へ移す。「あとどれくらいかかる?」静奈は時間を確認した。「おそらく……あと十数分です」竹政は数秒沈黙した。深夜の静まり返った実験室での十数分は、永遠のように長く感じられた。彼は背を向けて立ち去ることもできたはずだ。だが、そうしなかった。「終わるまで待つ」彼は突然そう言い放った。「今日はいい天気だ」とでも言うような平然とした口調で。そして、近くの空いている椅子に腰を下ろした。携帯を取り出し、メッセージの処理を始めたようで、あくまで「ついでに待つ」といった自然な態度だ。静奈は呆然とした。竹政が、私を待つ?想像の斜め上を行く展開に、どう対応して
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