たった今思い出していた男の声だった。飛び上がるほど驚いて和彦が顔を上げると、窓ガラスには南郷も映っていた。エレベーターが到着すれば気がつくはずだが、どうやら南郷は階段で上がってきたらしい。 驚きのあまり声も出せない和彦の隣に、当然のように南郷が腰掛ける。今日の仕事は終わりなのか、スーツではなく、ラフなポロシャツ姿に変わっていた。「愛されて満たされている人間の顔をしていた。あんたのそういう顔を、初めて見た」「いえ、そんな……」 南郷が隣に座っただけだというのに、神経がピリピリとざわつく。和彦は、気の立った獣を刺激しないよう、息を潜めながら窓ガラスに映る南郷を観察する。 南郷は、笑みを浮かべているように見えた。裏の世界に生きる男特有ともいうべき、凄みを帯びた怖い笑みだ。数時間前、和彦の体を組み敷きながら、同じような笑みを賢吾は南郷に向けていた。敵意とも悪意とも違う、しかし攻撃的な感情を、笑みに込めていたのだ。 賢吾の攻めに和彦が我をなくして乱れていると、南郷はいつの間にか立ち去っており、賢吾も、南郷について最後まで何も言わなかった。 南郷と二人きりでいる空気にすぐに耐えきれなくなり、和彦は空の紙コップを手に立ち上がろうとしたが、肩に大きな手がかかり阻まれた。「まだいいだろう、先生」 鋭い光を宿した目で見つめられると、逆らえない。和彦がソファに座り直すと、南郷は満足そうに頷く。「……どうせ部屋に戻っても、眠れないんだろう。俺もそうだ。会合が終わったらすぐに帰るつもりだったが、気持ち的に、本部から離れたくなくなった。それに、気が高ぶって眠れない」 横目でうかがった南郷は、言葉とは裏腹に、冷たい眼差しで窓ガラスを見据えていた。漠然とだが感じるものがあった和彦は、思わずこう口にしていた。「南郷さん、機嫌が悪いみたいですね」 驚いたように軽く目を見開いた南郷が、こちらを見る。余計なことを言ってしまったと、顔をしかめた和彦は今度こそ立ち上がったが、ソファを回り込んだところで南郷に腕を掴まれた。「もう少しつき合ってくれてもいいだろう、先生。――あんたが今言
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