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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1121 - Chapter 1130

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第32話(7)

 たった今思い出していた男の声だった。飛び上がるほど驚いて和彦が顔を上げると、窓ガラスには南郷も映っていた。エレベーターが到着すれば気がつくはずだが、どうやら南郷は階段で上がってきたらしい。 驚きのあまり声も出せない和彦の隣に、当然のように南郷が腰掛ける。今日の仕事は終わりなのか、スーツではなく、ラフなポロシャツ姿に変わっていた。「愛されて満たされている人間の顔をしていた。あんたのそういう顔を、初めて見た」「いえ、そんな……」 南郷が隣に座っただけだというのに、神経がピリピリとざわつく。和彦は、気の立った獣を刺激しないよう、息を潜めながら窓ガラスに映る南郷を観察する。 南郷は、笑みを浮かべているように見えた。裏の世界に生きる男特有ともいうべき、凄みを帯びた怖い笑みだ。数時間前、和彦の体を組み敷きながら、同じような笑みを賢吾は南郷に向けていた。敵意とも悪意とも違う、しかし攻撃的な感情を、笑みに込めていたのだ。 賢吾の攻めに和彦が我をなくして乱れていると、南郷はいつの間にか立ち去っており、賢吾も、南郷について最後まで何も言わなかった。 南郷と二人きりでいる空気にすぐに耐えきれなくなり、和彦は空の紙コップを手に立ち上がろうとしたが、肩に大きな手がかかり阻まれた。「まだいいだろう、先生」 鋭い光を宿した目で見つめられると、逆らえない。和彦がソファに座り直すと、南郷は満足そうに頷く。「……どうせ部屋に戻っても、眠れないんだろう。俺もそうだ。会合が終わったらすぐに帰るつもりだったが、気持ち的に、本部から離れたくなくなった。それに、気が高ぶって眠れない」 横目でうかがった南郷は、言葉とは裏腹に、冷たい眼差しで窓ガラスを見据えていた。漠然とだが感じるものがあった和彦は、思わずこう口にしていた。「南郷さん、機嫌が悪いみたいですね」 驚いたように軽く目を見開いた南郷が、こちらを見る。余計なことを言ってしまったと、顔をしかめた和彦は今度こそ立ち上がったが、ソファを回り込んだところで南郷に腕を掴まれた。「もう少しつき合ってくれてもいいだろう、先生。――あんたが今言
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第32話(8)

 南郷の手がうなじから背へと移動し、腰を撫でてくる。浴衣の帯に触れられ、必死にその手を押し退けようとしたが、口づけを交わしながらベッドに押し倒され、その流れで帯を解かれていた。「やめて、ください……」 スリッパを放り投げた南郷に浴衣の裾をたくし上げられ、剥き出しになった腿を荒々しく撫で回される。和彦は弱々しく声を上げたが、南郷は手を止めることすらしなかった。和彦の首筋に顔を寄せ、犬のように鼻を鳴らす。「あんたの汗の匂いが誘ってくる」 低い囁きとともに首筋を舐められ、呻き声を洩らす。南郷の厚みのある体の下でもがいていたが、易々と唇を塞がれながら、下着を引き下ろされる。和彦は南郷の肩を叩き、押し上げようとするが、ささやかな抵抗を嘲笑うように体重をかけられて息が詰まった。 悠然と体を起こした南郷に見下ろされ、和彦は抵抗の意思を両目に宿しただけで、両手はベッドに投げ出す。その行動の意味を、南郷は正確に読み取った。「……好きにさせてやるから、さっさと終わらせろ、か。長嶺組長にたっぷり愛された後だから、気が大きくなっているか? それとも、俺がいつまでも紳士でいると、甘くみているのか――」「プライドが傷ついたと言うなら、ぼくの上から退いてください」「あんたには、俺のプライドは絶対傷つけられない。むしろ、俺のプライドを高めて、守ってくれる存在だ。大事で可愛いオンナのあんたは」 話しながら南郷の両手が、浴衣が乱れて露わになった胸元を這い回り、賢吾の愛撫の痕跡を残す、赤みの強い胸の突起を刺激してくる。あっという間に凝った突起を、顔を伏せた南郷が舌先でくすぐってくる。熱い舌の感触に鳥肌が立った和彦だが、引き下ろされた下着を足から抜き取られそうになり、それどころではなくなる。「南郷さんっ……」 咄嗟に声を上げたが、まったく動じた様子もなく南郷は熱心に突起を吸い、歯を立ててくる。もう片方の突起も執拗に愛撫されながら、剥き出しになった下肢に南郷の手が伸びる。「ううっ、あっ、うあっ」 欲望をてのひらに包み込まれ、和彦は上擦った声を上げる。さらには柔らかな
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第32話(9)

 唾液で濡らした指で、南郷が内奥の入り口を優しく擦り上げてくる。触れられると、少し痛い。しかしその痛みは、肉の悦びを伴っていた。「うっ、うっ、やめ、て――」 熱を持って疼いている肉を割り開くようにして、南郷の太い二本の指が内奥に挿入される。すぐに、まだ脆くなっている襞と粘膜を擦り始める。和彦は間欠的に声を上げて腰を揺らし、南郷の見ている前で、欲望を反り返らせていた。 和彦の反応に、南郷が舌舐めずりをしながら、容赦なく指を付け根まで押し込んでくる。妖しく蠢く指が内奥深くをまさぐってきた。「ああ、奥がまだ潤んでるな。長嶺組長が残したものだ。なんといっても、俺が見ている前で、抜かずの二発を決めたぐらいだ。あんたも、少しでも残しておこうと、必死で締め付けてたんだろう。風呂に入ったぐらいじゃ、洗い流せなかったか」 南郷の言葉と愛撫に反応して、内奥で動き続ける指をきつく締め付ける。もっとも過敏に反応してしまう部分を指の腹で強く押し上げられ、腰を浮かせて悲鳴を上げる。和彦のいつにない乱れ方に感じるものがあるのか、南郷は、指で和彦を感じさせながら、もう片方の手で己の欲望を扱いていた。「……愛しい男との激しいセックスのあとは、こうも違うものなんだな、先生。それでなくても感じやすいあんたが、どこに触れても反応しまくっている。俺の指すら、食い千切りそうなほど締め付けてな」 次の瞬間、南郷が獣のような唸り声を洩らし、和彦の下腹部から胸元にかけて、迸り出た精を振り撒いた。和彦は呆然として南郷を見上げる。「あっ……、何、を……」「――俺も、あんたの中に残したくなった」 南郷は、内奥から引き抜いた指で、和彦の肌を汚す白濁とした精を掬い取った。そしてその指で、再び和彦の内奥を嬲り始める。「ううっ、うっ、うあっ」 自分の精を塗り込めるように、南郷は内奥で指を出し入れし、また精を掬い取り――という行動を二度、三度と繰り返した。 倒錯した行為に和彦は、動揺し、嫌悪し、怯えたあと、驚くほど感じ、乱れた。嫌だと首を振りながら、一方で内奥を蠕動させ、体は歓喜しているこ
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第32話(10)

**** 総和会本部地下のトレーニングルームで、和彦は控えめに奇異の視線を向けられる。自分でもわかっているが、明らかに存在が浮いているのだ。 内心怯みそうになりながらも、体を動かしたい衝動には抗えなかった。吾川から、自由に使っていいと言われたのだからと、自分に言い聞かせつつ、人のいないランニングマシンに乗る。できることならスポーツジムに行きたいが、守光のもとで生活をしていると、外で自分勝手に過ごすのも気が引ける。 要望を伝えれば叶えてはくれるのだろうが、そうなると、護衛の数が増やされたりと、大ごとになるはずだ。 和彦はふっと息を吐き出して、マシンを操作する。走り出してしまえば、向けられる視線は無視できる。総和会本部内で、総和会会長のオンナに害意を直接ぶつけてくる者はいないだろう。 あの男を除いては――。 和彦は、数日前の南郷との行為を思い出し、足元が乱れそうになる。なんとか体勢を立て直したが、走り出したばかりだというのに、脈が速くなっていた。 南郷の場合、正確には害意ではないのだ。まるで獲物を弄ぶように和彦に触れてはくるが、体を傷つけないよう細心の注意を払っている。その分、容赦なく和彦の心を嬲ってくる。 ここで生活している限り、和彦には逃げ場がなかった。南郷に対しては、総和会会長のオンナという立場は、身を守る手段にはならない。むしろ、この立場だからこそ、南郷は平然と和彦に触れてくるといえるかもしれない。 蘇った屈辱と羞恥のせいばかりではなく、いつもより速いペースで息が上がり、体温が上昇していく。汗が滲み出て、滴り落ちるようになるのはあっという間だった。 足はとっくに重くなっているが、荒い呼吸を繰り返しながらもそれでも和彦は走り続ける。汗を流す分だけ、自分の中で鬱屈しているものが、少し軽くなっていくような気がするのだ。 ようやくランニングマシンから降りたとき、トレーニングルームには人の姿はさらに少なくなっていた。ここぞとばかりに和彦は、ウェイトトレーニング用の器具が置いてあるスペースに移動し、ダンベルを取り上げる。 いつもスポーツジムでやっているように片腕をゆっくりと動
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第32話(11)

** 文机に置いたノートパソコンに向き合い、持ち帰った仕事をしていた和彦はふと時間を確認する。そろそろ一息つこうと思ったが、その前に務めを果たさなければならない。 客間を出た和彦は、サイドボードに仕舞ってある血圧計を抱えて、守光の部屋に行く。声をかけ、応じる声を受けて襖を開けると、守光もまだ仕事をしていた。 畳の上に名簿らしきものが印刷された紙を広げ、それを眺めながら守光は電話で誰かと話している。出直そうかと思ったが、当の守光に手招きをされたので部屋に入った。 守光が検査入院から戻ってきてから、朝と夜の二回、血圧を計るのが和彦の日課となっていた。これまでは吾川の担当だったそうだが、守光の体調をなるべく把握しておくためにも、ここに滞在している間は任せてもらうことにした。 名簿を見ながら守光は、出席者の確認らしきことを電話の相手としているようだった。また会合があるのだろうかと、頭の片隅でそんなことを考えながら、守光の片腕を取って黙々と血圧を測る。 守光の邪魔をしないつもりで、速やかに血圧計を片付けていた和彦だが、ふと顔を上げ、飾り棚の一番上に置かれた木箱に目を止める。きちんと紐が結ばれており、もしかすると箱書きが入っているような立派なものかもしれないと考えたとき、夕方、守光のもとに骨董を扱う人物が訪れていたことを思い出した。 木箱の大きさからして、掛け軸を購入したのだろうか――。 手を止め、木箱を見つめる和彦に気づいたのか、守光が声をかけてきた。「何か気になるかね」 慌てて隣を見ると、いつの間にか守光は電話を終えていた。「あっ、いえ、箱が――」「箱?」 守光の視線が、飾り棚の上へと向けられる。「ああ、あれか。古くからの友人が、骨董品以外に、いろいろと変わった品も扱っていてな。それで、頼んでおいたものが出来上がったというので、さっそく今日持ってきてもらった」『出来上がった』という表現が引っかかったが、あえて確認するほどのことでもない。 血圧を計り終えた和彦はすぐに客間に戻ってもよかったが、それではあまりに素っ気ない。守光が毎晩、自分との他愛ない会話を楽しんで
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第32話(12)

 冗談めかした口調ながら、こちらを見る守光の目は真剣だった。このとき和彦の脳裏を過ったのは、守光から提案されている、総和会出資によるクリニックの経営の話だった。すでにもう逃げ場がない状態に追い込まれており、あとは和彦が頷くだけというところまできているが、守光はそこまではまだ求めてこない。 あとほんのわずかだけ、強引に話を進めてしまえば、和彦は承諾するとわかっているはずなのに。「そういえば、今日は地下で体を動かしたと言っていたが、使い心地はどうだったかね?」 話題が変わったことに内心でほっとしながら、和彦は笑みをこぼす。「立派ですね。スポーツジムに行かなくても、十分に体を動かせるマシンが揃っていて、プールまであるし。ぼくが行ったときは、人もあまりいませんでしたから、のびのびと過ごせました」「ということは、あんたをここに閉じ込めても、運動不足にはしなくて済むということか」 えっ、と声を洩らして和彦が目を丸くすると、守光は楽しげにこう言った。「――冗談だよ」**** いくら体を動かしたところで、根本的な気分転換になるわけではないと、土曜日の昼下がりに和彦は痛感していた。 平日は仕事で忙しいため、とりあえず体を動かしておけばストレスは発散できる。仕事がない土日については、これまでは、守光の体の状態を気にかけたり、総和会本部内での自分の身に置き方についてまだ戸惑っていたため、住居スペースで過ごしていても、不都合はなかったのだ。 しかし、和彦自身、呆れるような順応性の高さが、ここにきて厄介な問題を引き起こしていた。 鉄板で覆われて外の景色を見ることができない窓を眺め、重苦しいため息をつく。昼食をとり終え、未読の本に手を伸ばしたりしていたが、文章を目で追うには集中力が足りない。自分がこんなことをしたいわけではないと、和彦自身がよくわかっているせいだ。 暇を持て余している和彦とは違い、守光は今日も忙しい。朝食は一緒にとったが、その後は予定が詰まっているということで、慌しく出かけていった。 一人取り残され、正直気楽ではあるのだが、だからといってのびのびと過ご
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第32話(13)

 住居スペースを出てエレベーターに乗り込むまでの間、誰にも出会わなかった。このまま一階まで向かおうかとも思ったが、すぐに考え直す。総和会本部の人の出入りのチェックの厳重さを思い出したのだ。あくまで和彦は、守光や、護衛と行動をともにしているおかげで、特別扱いを受けているだけだ。 一人で行動するとなると、面倒なことになるのは目に見えている。だからといって引き返す気にもなれない。 ただ、近所を散歩したいだけなのに――。 とりあえず二階にいる誰かに、建物の外に出たい旨を告げて反応をうかがうしかないだろう。そこで悪戦苦闘する自分の姿を想像して、和彦はため息をつく。 二階に着いたエレベーターの扉が開き、足元に視線を落としたまま降りた次の瞬間、横からの衝撃を受けて体が大きくよろめく。「うわっ」 危うく床に倒れ込みそうになったが、すかさず腕を掴まれて体を支えられる。「すまない。大丈夫か」「いえ、こちらこそ、よく見ていなかったもので――」 なんとか体勢を持ち直し、顔を上げる。傍らに立っていたのは、四十代前半のスーツ姿の男だった。全体に鋭い雰囲気が漂う顔立ちの中、目元の険しさは特に際立っているが、それでいて物腰は非常に丁寧だ。 きれいに撫でつけられた男の髪型になんとなく見覚えがあり、和彦はついまじまじと見つめてしまう。すると男が、少し困ったような顔で笑った。一瞬、鋭さが薄れる。「――でかい図体の男が、戦車みたいにドカドカと歩くな、二神。怪我でもさせたらどうするんだ」 凛とした声が和彦の耳に届く。その声に反応するように、男は掴んでいた和彦の腕を離すと同時に素早い動きで身を引いた。 まず和彦の目に飛び込んできたのは、屈強そうな体をダークグレーのスーツで包んだ男たちの壁だった。その間から、すらりとした長身の男が姿を現す。他の男たちの堅苦しい格好とは対照的な白のワイシャツ姿で、凛とした声の主だと、直感でわかった。まさに声に相応しい外見をしていたからだ。 目を丸くする和彦のもとに、足音を立てない印象的な歩き方で男がやってくる。年齢不詳、という言葉が頭に浮かんだが、それは、息を呑むほど秀麗な顔立ちを際立たせる魅力
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第32話(14)

 しかし御堂にはそれがない。御堂を囲む男たちにしても、御堂に従っているというより、誠実な献身さのようなものがあり、周囲に対する威圧的なものが感じられない。 ここで和彦は、一人の男と目が合った。さきほどぶつかった男だ。「あっ」 脳裏にある光景が蘇り、思わず声を洩らす。つい、男に話しかけていた。「もしかして……、いつも黒のスーツを着ていませんでしたか?」「それは――」 男が微妙な表情を浮かべた横で、御堂が短く笑い声を洩らす。「二神、お前の喪服姿はよほどインパクトがあったようだな。しっかり覚えてもらっているじゃないか」「ええ。着ていた甲斐がありました」 二神と呼ばれた男はまじめな顔で頷くが、和彦は心の中でささやかな訂正を入れたくて仕方なかった。 総和会本部に出入りするようになって、一階でたびたび、黒のスーツを着た二神という男は見かけていた。最初は葬式に行くのだろうかと思ったが、二度、三度と重なれば、二神が日常的に黒のスーツを身につけているのだとわかった。 二神が印象に残っていたのは、黒のスーツを着ていたこともあるが、物陰に身を潜めている姿を、ヤクザを演じている俳優のようだと感じたからだ。表情がどこか物憂げで翳りがあり、特別整った容貌をしているわけでもないのに極上の男に見せている。そのため、御堂と並び立つ光景は、素晴らしい映画のポスターのような趣きすらあった。 自分の知っている裏の世界の男たちではないような――と、御堂を中心とした一団を呆けたように眺めている和彦に、御堂が問いかけてくる。「それで、ここに用が? 内線で呼べば、すぐに誰か飛んでくるだろう」 御堂と顔を合わせるのは初めてだが、ここでの和彦の扱いがどういったものか、把握している口ぶりだった。賢吾と親しいようなので不思議ではないが、また小さな刺激が心に生まれる。「人を呼ぶほどのことではないんです。ただ、この周辺を散歩してくると、誰かに言っておこうと思っただけで……」 和彦が答えた途端、御堂の唇の端が意味ありげに動いた。「残念だが、本部の周辺を散歩するのは諦
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第32話(15)

「だけど、おしゃべりをするには向いている。ここにいる若い子たちなんて、みんな自分のことを話すのに夢中で、いい歳した男二人の話の内容なんて、きっと興味がない」 御堂の言葉に、いよいよ好奇心が抑え切れなくなった和彦は、さきほどからずっと気になっていたことを思いきって尋ねた。「あの……、失礼ですが、御堂さんはおいくつなんですか?」「ああ、若い頃から年齢不詳の見た目だってよく言われるんだ。――今年、不惑になった」「……つまり、四十歳?」「髪を染めたらもう少し若く見られると言われているんだが、まあ、いまさら外見を取り繕っても仕方ない」 そう言いながら御堂が、前髪を摘み上げる。一目見たときのインパクトが薄れてしまえば、御堂の灰色の髪は、生来のものかと思わせるほど違和感がなかった。「数年ほど病気で伏せていて、ストレスに加えて薬のせいもあるんだろう。元に戻ることは期待してないよ」「病気はもういいんですか?」「自宅療養と通院で、体にメスを入れなくて済んだ。今は月に一回の通院だけだ。まあ、わたしはもともと、体を使う仕事は期待されていないから、そういうのは二神たちに任せっきりだ」 御堂がちらりと窓のほうへと視線を向ける。この喫茶店には、二神が運転する車でやってきたのだが、さらにもう一台の車がついてきていた。御堂の護衛は厳重で、和彦一人が増えたところで、余裕で男たちの壁が守ってくれるだろう。 アイスコーヒーが運ばれてきて、和彦はミルクを注ぐ。ストローに口をつけていると、隣のテーブルの女の子たちが海に行く予定を楽しそうに立てており、聞く気はなかったが、つい顔が綻んでしまう。ふと何げなく視線を上げると、そんな和彦を御堂が楽しそうに眺めていた。思わず頬が熱くなる。「あの――」「賢吾が、君をどんなふうに見ているのか、ちょっと想像してしまったんだ。この間会ったときは、思いきり惚気られたからね」 賢吾が何を言ったのか、知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちになる。「実際に君を見て、賢吾が言っていた意味がわかった」「…&helli
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第32話(16)

 御堂の視線が、ふっと和彦の顔に定まる。寸前までとは別人ではないかと思うほど、冴え冴えとした目をしていた。「賢吾に唆されて、少しばかり嫌がらせをしたくなった」「……誰に、ですか?」「すぐにわかる。わたしと接触したことで、君も無関係ではなくなったから。あっ、こうして君をお茶に誘い出したのも、嫌がらせの一つなんだ」 御堂は口元に笑みは浮かんでいるものの、目はまったく笑っていなかった。腹の内は読めないが、御堂の感情は読み取れる気がした。 御堂の色素の薄い瞳にあるのは、冷たい怒りだ。触れた相手を凍らせて、砕いてしまうほど容赦のない。 和彦の怯えを感じ取ったのか、御堂はすぐにまた目元を和らげた。「君からの質問に答えてばかりだから、今度はこちらから質問してもいいかな」「ええ、ぼくに答えられることなら」「長嶺会長の体調のことはわたしの耳にも入っているんだが、確か、大したことはなかったはずだ。なのに、君はどうしてまだ本部に?」「どうしてでしょう……」 素直に答えたあとで、和彦はうろたえる。これではふざけていると取られかねないと考えたのだが、御堂はあごに指を当て、少し考える素振りを見せた。それから、納得したように頷いた。「ああ、帰してもらえないのか」 御堂はきっと、和彦が守光のオンナであることも知っているはずだ。三世代の長嶺の男たちとの、爛れた――としか表現できない関係をどう感じているのか、問うてみたい気持ちはあるが、どんな気遣いを滲ませた言葉をかけられたところで、自分の立場を恥じ入ることは目に見えていた。 今の話を聞く限り、御堂は自分の力で総和会で居場所を得てきた人間だ。男たちから与えられた立場を甘受して、力に身を委ねているだけの自分とはあまりに違う。それを痛感したとき、和彦は御堂の存在に臆していた。 筋者の男に対して、初めて抱く感情だった。比較対象として、御堂に劣等感を抱いたといってもいい。「――先生?」 御堂に呼ばれて我に返る。咄嗟に声が出せないでいると、気にしたふうもなく御堂はこんなことを言った。「他の
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