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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1581 - Chapter 1590

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第44話(30)

「何がしたいんだ、里見さん……」「君が気にしていることを、知ってもらいたくて。おれと英俊くんの関係がどういったものなのか、気になっているだろう?」「そんなことっ――」「君はずいぶん、感情が表に出るようになった。……今日会ってから、おれに対してずっと、物言いたげな顔をしてたよ。それに、おれを責めるような目も」 していないとは言い切れなかった。和彦が目を伏せると、里見も部屋に入ってきてベッドに腰掛ける。「前に君が電話をくれたとき、おれはこの部屋にいた。……もう察してるんだろう? あのとき訪問者がいて、それが英俊くんだったということは」「それなのに、連れてきたんだ」「……君と別れてからのおれは、本当に何もない人間だった。仕事だけだ。うわべだけの人間関係を上手く構築して、なんとなくいい人だと思われて、それなりに満足しているつもりだった。だけど、ときどきふと考えるんだ。君が側にいてくれたら、この店で美味しいものを食べさせてあげたいとか、あそこに旅行に連れて行ってあげたいとか。時間が経てば記憶が薄れて、いつかは思い出すこともなくなるだろうと考えていた」 知的な顔に浮かぶ苦悩の翳りは、里見が本心を語っていると思うには十分だ。だからこそ和彦は、焦りにも似た気持ちから息が苦しくなってくる。 いまさらそんなことを聞かさないでほしいと、叫びたかった。「情けないが、君が通う大学の近くを車で走ったこともある。偶然という形で、君の姿を見たかった。見るだけだ。顔を合わせて話そうなんて考えなかった」「勝手だよ、里見さん……」 発した声は震えを帯びていた。「もう会うのはやめようと言ったのは里見さんだ。ぼくには新しい生活と出会いがあるから、その妨げになりたくないって、立派な大人らしいことを言った。ぼくはしっかりと覚えてる」「そう思ったんだ。あのときは。どんなに苦しくても、君と会うつもりはなかった。実際おれたちは、十年以上もそうしてきた。きっかけさえなければ、この先何年も――。いや、一生会わなか
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第44話(31)

 拒絶の言葉はすべて吸い取られる。足元が乱れ、本棚に追い詰められながら、和彦は里見の腕の中から逃れようとする。嫌悪感からではない。一度囚われてしまっては、抜け出すのは容易ではないと本能的に悟っているからだ。 激しい口づけに、和彦は喉の奥から声を洩らす。こんな里見は知らなかった。反応をうかがってくることなく、ひたすら利己的な欲情をぶつけようとしている。 英俊にも、こんなふうに触れているのだろうか。 そう考えた瞬間、ふっと抵抗を緩めてしまう。唇を離した里見が髪を撫でてきた。「また、何か言いたそうな顔をしている」「……兄さんじゃ、ダメなの?」「彼とは割り切った関係だと――」「割り切っているから、なんの情も生まれないという前提にはならないよ」 里見がわずかにうろたえたように見えた。「兄さんのほうは、本当に里見さんと同じ気持ちなのか、ぼくは知りたい。……兄さんがこんなふうに私物を持ち込んで、それを里見さんは置いたままにしておいて、言葉通りには受け止められないよ」「彼を気遣っているのか?」「よく、わからない。だけど、ぼくにとっては家族なんだ。綺麗事を言うつもりはないけど、嫌な気持ちがする。里見さんが、兄さんとは割り切った関係だと言うたびに。まるで自分が雑に扱われているみたいな……」 違うっ、と鋭い声を発した里見に腕を掴まれて引きずられ、あっという間にベッドに突き飛ばされていた。「君がおれを責めるというなら、おれも、君を責めたい。――どうして、何人もの男と同時に関係を持てる?」 そう言いながら里見がベッドに乗り上がってくる。和彦は慌てて体を起こそうとしたが、肩を掴まれて動けない。「君がやっていることと、おれがやっていることに、どれだけの差がある」 カッとしたのは、自分たちの関係を侮辱されたと感じたからだ。決して人に誇れるものではなく、それどころか秘匿にすべきものであると自覚はあるが、だからといって、〈部外者〉に非難されたくはない。「……ぼくは、誰かの身代わりになん
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第44話(32)

「や、め――」 ベッドから這い出ようとするが、しっかりと体を抱え込まれて引き戻される。敏感なものを布の上から押さえられ、和彦は声を洩らす。ファスナーを下ろされ、長い指が入り込んできた。形をなぞられて息が詰まる。気持ちは拒否をしているのに、体の奥でゾロリと蠢くものがあった。 十数年経とうが、初めて教えられた感触は容易には体から消えないのだ。 昔は確かに、里見から与えられる愛撫が好きだった。穏やかで優しく、たっぷりと甘やかしてくれた。ただ、愛撫だけではない。実の兄のように接してくれた里見の愛情深さに、和彦は救われて、すがりついていた。 和彦が抵抗をやめると、里見が慎重に腕の力を緩め、耳元に唇を押し当ててくる。「和彦くん……」 里見がベルトを緩めようとしたとき、和彦はぽつりとこぼした。「――……ぼくは昔、里見さんのことが本当に好きだったんだ」 十秒ほど沈黙したあと、苦い声で里見が言った。「今は違う?」 時間が停まったように二人は動けなかった。 しばらく続くかと思われた張り詰めた空気を破ったのは、玄関のドアが開閉される音だった。里見が微かに身じろぐ。和彦は、開いたままの部屋の引き戸に視線を向けた。 スッと人影が部屋の前に立つ。その時点で和彦には、誰なのかわかっていた。それでも、顔を確認せずにはいられない。「兄さん……」 英俊は無表情だった。顔を隠すようにゆっくりと、中指で眼鏡の中央を押し上げる。 和彦はこれ以上なく動揺し、急速に手足が冷たくなっていくのを感じた。一方の里見もさすがに動揺している様子ではあるが、体を起こし、当然のようにこちらに手を差し伸べてきた。 和彦はその手を取らずに起き上がると、乱れた格好を直す。 ベッドの側まで歩み寄ってきた英俊は無表情のままだが、顔色を失っていた。何も言わず手を振り上げ、和彦はぼんやりと見上げる。殴られても仕方ないと、一瞬にして覚悟が決まっていた。「やめてくれっ」 素早く里見が立ち上がり、英俊の手を掴む。和彦の目の前で二人が
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第44話(33)

**** 英俊とは、いまだに一言も言葉を交わせていない。 和彦が里見の部屋を飛び出したあと、二人の間で何があったか、当然わからない。里見との連絡用の携帯電話の電源は切ったままにしてあり、むしろ和彦のほうが、情報を遮断しているともいえる。 英俊から詰られるのなら、甘んじて受け入れるつもりだったのだ。しかし英俊は何も言わない。それどころか、和彦とまともに目を合わせることすらしない。怒っているのか悲しんでいるかすら、推し測ることができないのだ。 この家にいると、感情が波立つことすら抑制されるのだろうか――。 年を越し、元日を迎え、午前中から出入りする親戚たちの接待に務めているうちに、和彦は次第に、自分の中が空っぽになっていくのを感じていた。感情が磨滅していく、という表現が近いかもしれない。 一階に下りる途中の階段で腰掛けた和彦は、ゆっくりと手を握ったり開いたりしてみる。指先がいつもより冷たく感じる。それだけではなく、酸素が上手く体内に取り込めていないような息苦しさにまとわりつかれていた。 早く帰りたい、と心の中で呟いてみる。声に出すのは、そうした時点で家を飛び出してしまいそうで、できなかった。 きちんと会話をしたかった。自分の言葉にきちんと耳を傾けてくれる相手に、心に溜まったものを吐露したかった。一方で、それが今は難しいことも知っている。年末年始は、長嶺の本宅も多忙をきわめているため、こちらから電話はかけられないのだ。 遠慮するなと、長嶺の男たちは言ってくれるだろうが。 玄関のほうから、また客が訪れた気配がする。和彦は立ち上がろうとして、失敗した。気力が萎えかけていて、足に力が入らない。 出奔後、おめおめと実家に戻ってきたことになっている和彦は、父方の親戚たちの間で、ちょっとした見世物状態だ。叱責され、励まされ、あれこれと詮索され、午前中だけで疲労困憊となっていた。一方の母方の親戚は――というと、誰一人として訪ねてこない。また、佐伯家の人間が出向いていくこともない。 かつては、和彦を除いた皆で、母親の実家である和泉家を訪問することもあったが、いつの間にかその習慣はなくなって
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第44話(34)

 皮肉でもなんでもなく、率直な気持ちだった。意外なことに、俊哉はふっと笑みをこぼす。自嘲気味、ともいえる表情だ。「そうだな。同じことの繰り返しだ。わたしが物心ついたときから、ずっと、な」「……父さん?」 和彦は反射的に呼びかける。このときには、俊哉は顔から一切の表情を消してしまう。いつもの父の姿だ。「今来た客に挨拶をしたら、昼食をとれ。あとで部屋に運ばせておく。――お前も英俊も、年を越す前から揃って顔色が悪い。何かあったのか」「ぼくが、兄さんを怒らせた。昔からよくあることだよ」「だったら、他人に悟られないようにしろ。明日は家族揃って出かけるからな」「上手くやるよ。慣れてるから」 和彦は小さく掛け声をかけて立ち上がると、自分がこの家で課せられた務めを果たすため、階段を下りた。** ベッドに横になって文庫本を開いていた和彦は、デスクの上の時計にちらりと目を遣る。実家に戻って気を張り続けているうえに、親戚たちの応対をして、神経を限界まですり減らした。 さすがに今夜は泥のように眠れるだろうと思っていたが、疲れすぎてかえって目が冴えている状態だ。明日も用事があるということで、眠りが深くなりすぎるのが怖くて、安定剤には手が出せない。結局和彦は、一度は消した部屋の電気をまたつけて、文庫本の文字を目で追っている。 とはいっても、内容はほとんど頭に入っていない。読書がしたかったわけではないのだ。 ページを捲るたびに挟み直している栞を、そっと指先で撫でる。繊細なデザインが施された金属製のもので、三田村がクリスマスプレゼントとして贈ってくれたものだ。 しきりに賢吾が、三田村のプレゼントの中身を気にしていたが、里帰りを終えたら教えてやろうと、密かに和彦は楽しみにしていた。おそらく、余裕たっぷりに笑いながら、趣味がいい奴だなと洩らすはずだ。 実際、和彦はこの栞を気に入っている。実用性というより、三田村の存在を側に感じられるお守りとして。 ただ栞を指先で撫で続けていたが、温かい飲み物が欲しくなり、もそもそとベッドから出る。お茶でも淹れてこようと、カ
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第44話(35)

「……なんだ」 さすがに虚をつかれたのか、英俊から声をかけてくる。だがすぐに、忌々しげに唇を歪めて煙草を揉み消そうとしたので、和彦は慌てて庭に出る。「話がしたいんだっ」「わたしはない」「ぼくを避けたって、何も解決しないよ。兄さん」 うるさい、と鋭い声を発した英俊が部屋に戻ろうとし、それを引き留めようとする和彦と軽く揉み合いになる。このとき、まだ消えてなかった煙草の火が、和彦の指の付け根を掠めた。反射的に声を上げると、ようやく英俊が動きを止めた。 火傷の痛みよりも、今は、英俊を逃がさないことのほうが大事だ。和彦は自覚もないまま、英俊の手首をしっかりと掴んでいた。「――……放せ。火が消せない」 手の力を抜くと、英俊が灰皿で煙草の火を消す。ずいぶん使い込んでいる灰皿だった。「兄さん、煙草を吸うんだ」「昔から吸ってた。たまに。どうしようもなく、イライラしているときしか……」 自分も同じだとは言えなかった。 フラワースタンドの隅に灰皿と煙草を置いた英俊が庭の奥へと向かい、和彦もあとに続いた。 閑静な住宅街のため、夜更けともなると通りを歩く人も姿もなく、ひっそりとしている。鉄柵の向こう側に広がる夜の景色を、兄弟で並んで眺める。 英俊とこんなに近い距離にいて、話ができる雰囲気になるなど滅多にないことで、和彦はいまさら緊張していた。 冷静に、と自分に言い聞かせたところで、前触れもなく英俊が言葉を発した。「因果応報だと思っているだろう」「えっ?」 和彦が困惑すると、英俊はいきなり感情を露わにする。「わたしの今の状況すべてに対してだっ。お前がヤクザどもにちやほやされて生活している間に、わたしはっ……、この様だ」「……兄さんほどの人が『この様』って言うなら、ぼくはどうなるんだろう」 恵まれすぎているが故の傲慢かと、ほんのわずかに英俊に苛立った和彦だが、そうではないなとすぐに思い直す。 
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第44話(36)

 こう告げた瞬間の英俊の反応は、到底里見との関係を割り切っているようには見えなかった。 確信を深めた和彦には、だからこそ伝えておかなければいけないことがある。「もう、知っているかもしれないけど、ぼくは昔、里見さんとつき合っていた」「つまり、自分のお下がりの男だと言いたいのか?」「その言い方は……、自分を傷つけるだけだよ。兄さん」「わたしに対して諭すような言い方をするなっ」 声を荒らげた勢いのまま英俊に左頬を打たれた。衝撃に目が眩み、すぐに顔の左半分が熱くなる。「最初からっ……、気づいてた。里見さんにとっても、お前が〈特別〉だってことは。父さんからお前の子守りを命じられて、嫌々従ってるという感じじゃなかったからな。ただの上司の子供を、どうして弟みたいに面倒を見てやれるのか、心底不思議だった。里見さんの人のよさを、愚かだとか、出世のための計算尽くだとか思いながら、腹立たしくて仕方なかった」「……里見さんは優しい人だ」「知っている。だけど同じぐらい、残酷な男だ」 痛む頬がじわりと熱を帯びてくる。和彦は強張った息を吐き出すと、心の中で応じた。多分、自分もだ、と。「里見さんとの関係を、どうするつもり? ぼくには口を出す権利はないけど、結婚するんなら……」「お前が倫理観を持ち出すのか。世の中、不倫してる奴なんていくらでもいる。父さんだって咎めはしないだろう。そもそも、すべての原因は父さんだ」「その父さんの生き方を、兄さんはずっと追いかけてきてた。佐伯家の跡取りとして、官僚として」 英俊の顔が歪む。和彦とのやり取りで、目を逸らし続けていたものを眼前に突き付けられたかのように。「何が、言いたい……。わたしに、父さんを批判させたいのか? そうやって、家の中を引っ掻き回したいのか?」「そうじゃない。ただ、兄さんが心配でっ……」「ウソをつくなっ。内心、嘲笑っているんだろ。自分を痛めつけてきた兄が、無様に苦し
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第44話(37)

「……どんな理由があったにせよ、兄さんが昔ぼくにしたことは許さない」「お前の許しなんて――」「許さないけど、もう終わったことだと思ってる。……兄さんのこと、怖くはあったけど、嫌いじゃないんだ。ときどき優しくしてくれたことを覚えてるから。だから、今の兄さんの立場を悪くするというなら、父さんたちがなんと言おうが、もうこの家に戻ってこないこともできる。ぼくを利用したいなんて、きっと兄さんの本心じゃないんだろう? ぼくが側にいたら、苦しい思いをするとわかってるはずだ」 英俊は小さく声を洩らしたあと、何かを訴えかけてくるような眼差しを向けてくる。しかしすぐに顔を背け、忌々しげに吐き捨てた。「自分が満たされているから、わたしに対して優しくもなれるし、寛容にもなれるということか……。生憎だったな。わたしは、お前という弟ができてからずっと、お前が嫌いだ」 和彦は、兄弟間のわだかまりが簡単に消えるとは考えていなかった。英俊の頑なさは知っているつもりだし、拒絶も覚悟はしていた。いつかはわずかな歩み寄りが可能かもしれないが、今は無理だ。 言葉を交わしてそのことを確認できただけでも、自分は一歩を踏み出せた。 さらに一歩を――。「――兄さん」 呼びかけると、英俊がこちらを見る。和彦は躊躇なく、英俊の左頬を平手で打った。 何事が起こったのか理解できない様子で、英俊が呆然とする。かまわず和彦は、もう一度手を振り上げ、鋭い音を響かせた。「今のぼくは、痛めつけられるだけの人形じゃない。憎まれ口も叩くし、殴られたら殴り返す。それだけはわかってほしかった」 英俊は、掴みかかってはこなかった。自分がされた行為が信じられないように、ただ立ち尽くしている。その様子にズキリと胸が痛んだ。 英俊の姿が、与えられた痛みをどう処理していいかわからず、なんの反応もできなかったかつての自分と重なる。 ごめん、と言い置いて、和彦はその場を逃げ出していた。 二階の自室に戻ると、途端に両足から力が抜け、その場に崩れ込む。心臓の鼓動が狂ったように早打ち、頭がガンガ
last updateLast Updated : 2026-08-27
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第44話(38)

 和彦はふらふらとベッドに腰掛ける。そのまま仰向けで倒れていた。「年末年始の本宅は忙しいから、煩わせたくなかったんだ。それに、ぼくの辛気臭い声を聞かせたくなかったし……」『でも、電話をかけてきた』「仕方ないだろ。……あんたの声が聴きたかったんだから」 意地を張る気力も残っていなかった。電話がすぐに終わりそうにないと察したのか、賢吾は場所を移動しているようだ。電話の向こうはざわついており、陽気な笑い声も聞こえてくる。昨年の元日と同じなら、本宅で宴会をしている最中だったのだろう。 急に申し訳なさを感じ、和彦はぼそぼそと告げる。「組長が抜けていいのか?」『みんなもう出来上がってる。かえって俺がいないほうがいいだろう』「……そっちは、にぎやかでいいな」『恋しくなったか?』 和彦は思わず苦笑いを浮かべる。「そうだと答えたら、あんたはどうするつもりだ」『今から迎えに行ってやるが』 複雑な事情を踏まえれば、そんなことができるはずもないのだが、あまりに賢吾らしい返答に胸がじわりと熱くなる。英俊とのやり取りで擦り切れそうになっていた心が、まるで賢吾の声音に包み込まれていくようだ。「あんたは……、ぼくに甘すぎる。大蛇みたいに、怖い男のくせに」『だからだ。お前をドロドロに甘やかして、俺なしじゃいられなくしてやった。俺の背負ってる蛇は、執念深くて計算高いんだ』 だがな、と賢吾が続ける。『一番の理由は、俺がお前に骨抜きだからだ。難儀だな、和彦。俺みたいなのに目をつけられて』「……自分で言うな」 和彦は体を横向きにして、携帯電話を強く耳に押し当てる。もっと側で賢吾の声を聴きたくて。「無事に年は明けたから、あと少しがんばる。こっちでのぼくの役目はもう終わるだろうし」『終わるのか?』「不肖の次男坊としての役割を、果たしたと思う。引き止められることはたぶんないだろうから、予
last updateLast Updated : 2026-08-27
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第44話(39)

 いつも賢吾がしているように、自分の胸元にてのひらを這わせる。まだ冷たい手にざわっと肌が粟立つが、同時に、胸の突起も反応する。「んっ」 微かな疼きを発し始めたものを指の腹で撫でると、それだけでゾクゾクするような感覚が背筋を駆け抜ける。賢吾の声を聞いただけで、どうしようもなく欲情してしまったのだ。 電話越しとはいえ賢吾に痴態を晒したくないと、ほんのわずかに残った理性が引き止めるが、当の賢吾が追い打ちをかけてくる。『いつも俺がしているみたいに、やってみろ』 何度となく賢吾に抱かれては見せてきた己の痴態が、一気に脳裏に蘇る。どんなに強い欲情に駆られても、決して和彦に乱暴なまねはしない、堪能するようにじっくりと触れてくる手指の動きは、体に刻み込まれていた。 賢吾の言葉に逆らえず、それどころか積極的に、和彦は自らの胸をまさぐり、すぐに物足りなくなって、スウェットパンツの中に片手を差し込む。もちろん、声に出して説明したわけではないが、すべてわかっているように賢吾が深く息を吐き出した。『――もう、熱くなってるな。和彦』 堪らず和彦は小さく呻き声を洩らす。『意地を張るくせに、体は素直だからな。俺が、そんなふうにした。そうだろう?』「どう、だろうな……」 長嶺の男がこんな言い方をするときは、当然のようにたった一つの返事しか求めていない。わかっていながら、こんなことを言ってしまうのは、結局のところ、賢吾に甘えているのだ。『ほら見ろ。やっぱり意地を張る』 鼓膜を震わせる低い笑い声に官能を刺激され、和彦は掴んだ己のものを緩く擦る。呆れるほど昂っていた。 はあっ、と熱い吐息をこぼすと、賢吾が名を呼んでくれる。その声にすがりつくように、和彦は手を動かす。あっという間に先端が濡れ始め、指の腹で塗り込めるように撫でると、腰が震える。『濡れてきたか?』 狙い澄ましたようなタイミングで問われる。和彦は唇を噛んで声を堪えたが、かまわず賢吾は続ける。『こっちに戻ってきたら、ふやけるほどしゃぶって、飲ん
last updateLast Updated : 2026-08-27
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