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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1861 - Chapter 1863

1863 Chapters

第50話(36)

 横目で一瞥すると、千尋は特に感慨もなさそうな表情で応じる。「じいちゃんとオヤジがあれこれ手を回したみたい。えーと、稜人の養育費や、自分の親との関係について、水商売やってた頃の知り合いに相談して、そこで紹介された弁護士が――」「結婚相手か」「じゃなくて、組にちょっと弱みを掴まれてた弁護士で、その弁護士の友人という設定で結婚相手を紹介した、と」 簡単な関係図を頭の中で描いてから、和彦は顔をしかめる。 稜人の母親が相談したという『知り合い』に、長嶺組の息がかかっていたという可能性に気づいた。悟られないよう稜人の母親を囲い込むなど、抜け目ない男たちにとっては容易かろうと、自分の体験を踏まえてのことだ。そうするだけの理由が、長嶺の男たちには十分ある。そして上手く事が進んだ。いや、進めた。 いまさらながら、ヤクザとは怖い生き物だと、そっと和彦は嘆息する。実のところ、前に稜人の母親の結婚について聞かされたとき、なんの根拠もなく長嶺の男たちが手を回したのではないかと想像したのだ。千尋の話は、その想像が裏付けられたようなものだ。当の千尋も、話しながらややうんざりした顔をしている。言葉の端々に苦さが滲んでいるのは、罪悪感のせいか。 賢吾と守光が暗躍して上手くいかないことなどないだろう。結果として稜人は、長嶺の本宅の中庭でのびのびと遊んでいる。 子供は健全な環境下で、道徳心や倫理観を育まなければならないと、建前だとしても言うべきなのだ。その真逆にあるとも言えそうな本宅は、しかし稜人を守る堅牢な要塞であり、そこに棲まう男たちも盾となるだろう。綺麗事や一般論的な理屈ではない。稜人は、せめて自分で選択できる年齢になるまで、ここで生きなければならないのだ。 気持ちよさそうにブランコを漕ぎながら、稜人がこちらを見る。目が合うと、えへへという声が聞こえてきそうな笑顔を向けられる。「はあ、可愛い……」 心の底からの言葉を洩らすと、千尋がニヤニヤしながら肘で小突いてくる。「すっかり稜人に骨抜きじゃん、和彦」「子供の頃のお前に会っていたら、やっぱり頭を撫でて、可愛いと言ってたと思うぞ」「…&
last updateLast Updated : 2026-10-20
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第50話(37)

**** 和彦が医者であると告げたことで、稜人からは『和彦せんせ』呼びが確定した。少し舌足らずな感じで、語尾が跳ねるように呼ぶのが、たまらなく可愛いのだ。千尋がおもしろがって、何か吹き込んでいたのはわかっていたが、夕食時に照れた様子で稜人からこう呼ばれて、危うくご飯が喉に詰まりそうになったぐらいだ。 ちなみにその日の本宅での夕食には、和彦が持ち込んだアジが、フライ以外に、ミンチにしたものと豆腐を混ぜて作ったハンバーグとなってテーブルに並んだ。千尋が選んだ食器で食事をする稜人を、長嶺の男二人が優しい目で見つめていたのが印象的だった。 日帰りということで夕方までしか一緒にいられなかったが、別れ際、稜人が少し泣きそうな表情をしていたのを見て、胸がぎゅっと締め付けられた。無条件で大事にされ、愛されるべき存在なのだと、身をもって教えられた気がする。 他人である和彦ですらこんな感情を抱くのだ。血縁者である賢吾や千尋にとっては言葉にできないものがあるだろう。 施術を終えた患者が帰り、次の予約までまだ間があるため、クリニック内の空気がふっと緩む。診察室でお茶を啜りつつ、手持ち無沙汰となった和彦はさっそくスマートフォンを取り出す。実は土曜日に、稜人の写真を撮っておいたのだ。しっかりと保護者二人も一緒に写っているが。 画像をタップしてじっくりと眺める。並んでいるとやはり稜人は千尋によく似ており、雰囲気としては父子というより兄弟だ。まだまだ若者然とした千尋も、稜人が側にいることで次第に落ち着きや貫禄が出てくるのだろうかと考える。稜人を気遣う姿は様になっていたが、正直、見ていて少しだけくすぐったくなった。傍らに立つ賢吾は、そんな二人を守ろうとするかのように、どっしりとして圧倒されそうな凄みがあった。「ああ、あれが父性か……」 和彦は無意識に声に出して呟く。ひどく納得すると同時に、誰に対してなのか、羨ましくもあった。 次々に画像を表示して、ご機嫌な稜人の姿を眺めているうちに、和彦は口元を綻ばせていた。撫でた髪の柔らかさ、握った手の高い体温、笑うたびに覗く小さな歯、廊下を走る軽い足音。稜人に関わる何もか
last updateLast Updated : 2026-10-20
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第50話(38)

 頭に浮かんだのは、兄である英俊の姿だ。婚約者である西宮光希と結婚して、もし甥か姪が誕生したとき、自分はどんな気持ちで対面するのだろうか。兄弟でありながら、和彦は生まれた時点で佐伯家と和泉家の秘事を背負っており、そして和彦自身が、後ろ暗い世界での生活を選択した。佐伯家の長男として生まれ、父親を追うように官僚となり、将来は政治家となるかもしれない英俊とは何もかも違う。 そもそも我が子との対面など、英俊が許してくれないだろうなと、ひっそりと苦笑を洩らす。 名残惜しいがスマートフォンをデスクの引き出しに仕舞ったところで、スタッフが届いた郵便物を持ってきてくれる。大半がダイレクトメールで、差出人を確認して選り分けていく。 テンポよく作業をしていた和彦だが、最後に残った白封筒を手に取ったところで首を傾げる。悪筆とまでは言わないが、なかなか癖のある字が綴られている。 一体誰からだと、封筒をひっくり返して差出人を確認したが、まったく知らない男の名だ。急に胸がざわつくのを感じながら開封する。折り畳まれた便箋を開いて手紙をこわごわと読み始める。 時候の挨拶の次に書かれた文章に、イスから転げ落ちそうになった。『先日は息子が迷惑をかけた』という一文で、手紙の本当の差出人がわかったからだ。 動揺から鼓動が激しく乱れる。スタッフが診察室に入ってこないうちに、急いで手紙を読み進めるが、差出人――伊勢崎龍造の本当の目的は、息子の不始末を詫びるためではなかった。 さほど長くない手紙を最後まで読み終えて、たまらずため息をつく。つい声に出してぼやいていた。「父子揃って、クリニックを都合よく利用しないでほしいなあ……」 手紙の内容を簡潔にまとめると、総和会会長と会って話をしたいため、和彦に間を取り持ってほしいというのだ。しかも、長嶺組と総和会に内密でという条件付きだ。 総和会会長と、北辰連合会の大物幹部による密談の仲介役。想像しただけで胃がぎゅっと引き絞られる。なぜ自分が、というのが率直な気持ちだった。龍造が働きかけるなら御堂経由でもいいのではないかと一瞬考えたが、すぐに打ち消す。御堂の守光に対する隔意を無視できないし、龍造も把握しているはずだ。
last updateLast Updated : 2026-10-21
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