クリニックの掃除はスタッフたちが行ってくれたため、カルテをまとめ終えた和彦に残された仕事は、実はさほど残っていない。 和彦はゆっくりと窓のほうに視線を向ける。夕方とはいえ、外はすでに薄暗い。座ったばかりだが、なんとなく気が急いてしまい、和彦は緩慢な動作で立ち上がる。 実は今晩、開業祝いという名目で、長嶺の本宅で夕食をとることになっていた。 帰り支度を整えた和彦は、護衛の組員にこれから降りることを伝えて、クリニックの電気を消す。 いつもの手順通り、ビルから少し離れた場所まで歩き、あとから追いついた車に乗り込む。すぐに車が走り出すと、忘れないうちに組員に頼んでおく。「夜、人気がなくなってから、クリニックの玄関横に置いてある花を持ち出してくれないか。数が多すぎて、ぼく一人じゃ運べないんだ」「わかりました。それで、花はどちらに運びましょうか」「一応、本宅に。ぼくもいくつか引き取るけど、花の世話なんて、ほとんどやったことがないんだ。枯らせると、贈ってくれた人物と花に申し訳ないが、だからといって全部人任せなのも心苦しいしな」「組に、庭いじりが得意な奴がいるんで、手入れの仕方を教えてもらうといいですよ。わたしから言っておきますから」 他愛ないともいえる会話を交わし、このまま車は長嶺の本宅に向かうはずだった。だが車は、いつもなら曲がる道をまっすぐに進む。 その理由を、和彦が問いかける前に組員が告げた。「――先生、今晩の予定が変更になりました。本宅ではなく、料亭で祝いの席を設けることになったと、さきほど連絡が入りました。これから、その料亭にお連れします」「そう、なのか……。別に、普段通りでよかったのに」 賢吾の気まぐれに振り回されるのはいつものことで、和彦は特に違和感を覚えることもなく、シートに体を預ける。 移動の間に、外はすっかり暗くなっていた。 開業初日で気が張っていたせいもあり、さほど忙しかったわけでもないのに疲労感が体に溜まっている。そのせいか、車のライトが延々と続いている光景を目で追っていると、眠気を誘われる。 やはり本宅のほうで過ごしたかったなと、
Last Updated : 2026-02-24 Read more