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第17話(30)

 わずかに目を眇めた南郷の一瞥を受け、鷹津は不快そうに眉をひそめた。互いが、忌むべき存在に出会ったと認識した瞬間に、和彦は立ち会ってしまったのだ。 不気味な沈黙を残した南郷の車が走り去り、鷹津と二人きりになる。 和彦は横目で鷹津を見ると、何事もなかったふりをしてマンションに戻ろうとしたが、案の定、肩を掴まれて引き止められた。「また、ヤクザをたぶらかしたのか、佐伯」 鷹津の言葉に、パッと振り返った和彦は鋭い視線を向ける。「変なことを言うなっ」「そうか? さっきのはどう見ても、でかい図体のヤクザが、お前の色香に迷って襲いかかろうとしているように見えたが」「……目が腐ってるんじゃないか」 小声で毒づいた和彦に対して、鷹津が意味ありげにニヤニヤと笑いかけてくる。最初は気づかないふりをしていた和彦だが、立ち去ることも許されず、仕方なく水を向けた。「何か、言いたそうだな……。ぼくは早く部屋に帰って休みたいんだ。用があるならさっさと言ってくれ」「助けてやった俺に対して、何か忘れてないか?」 鷹津を睨みつけると同時に、和彦の頬は熱くなる。この男が何を言おうとしているか、一瞬にして理解してしまったのだ。「……茶ぐらい出してやろうかと思ったが、気が変わった。さっさと帰れ」「そうやってとぼけて、俺を焦らす作戦か」 鷹津に動揺した姿を見せた時点で、和彦の負けだ。 唇を引き結ぶと、促されるまま鷹津の車に乗り込んだ。** 鷹津と一緒にいることをメールで賢吾に知らせて、ぼんやりと携帯電話の画面を眺めていた和彦は、ウィンドーを軽く叩かれた音で顔を上げる。先に車から降りた鷹津が腰を屈め、車内を覗き込んでいた。 和彦は携帯電話をコートのポケットに突っ込むと、勢いよく車を降りる。「ダンナに、しっかり居場所は伝えておいたか?」「うるさい。ぼくが連絡しておかないと、あんただって面倒だろ」「いいところで、ヤクザに踏み込まれるのは迷惑だな」
last updateLast Updated : 2026-02-26
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第17話(31)

 和彦がついてきていないことに気づいたのか、鷹津が肩越しに振り返る。口元には、人の神経を逆撫でるような笑みが刻まれていた。ぐっと奥歯を噛み締めて、和彦は乱暴な足取りで鷹津の隣に並ぶ。 歩きながら、暗い駐車場から古いマンションを見上げる。周囲に建ち並ぶマンションに比べて寂しい印象を受けるのは、電気がついている部屋が少ないせいだろう。この人気のなさを、鷹津は気に入っているのかもしれない。「車の中で聞くのを忘れていたが――」 薄ぼんやりとした明かりで照らされるエントランスに入ったところで、ふいに鷹津が切り出す。「さっきの男のことだ」「……総和会の人間だと言っただろ。それ以上のことは組長に確認してからじゃないと、何をどこまで話していいのかわからないんだ。あんたと相性が悪そうなあの男の名前も肩書きも、今は言えない」「ムサいヤクザの名前なんて、積極的に知りたくもねーな」「あんた一応、暴力団担当の刑事だろ」 やる気があるのか、と言葉を続けたところで、鷹津に乱暴に腕を掴まれて引き寄せられた。間近に迫った顔は、真剣な表情を浮かべていた。「俺が通りかからなかったら、あの男と寝るつもりだったのか?」 あまりに露骨な問いかけに、和彦は呆気に取られる。すると鷹津は、険のある顔つきとなった。「どうなんだ」 詰問され、やっと和彦は言葉を発する。「そんなことあるわけないだろっ。あんたは一体、ぼくをなんだと思ってるんだっ」「ヤクザの男どもを咥え込む、性質の悪いオンナ。ああ、刑事も咥え込んでいるな」「――帰る」 そう言って鷹津に背を向けようとしたが、一歩を踏み出すことすらできなかった。半ば引きずられるように、エレベーターホールへと連れて行かれる。本気で鷹津が放してくれるとは思っていなかった和彦は、無駄な抵抗をしなかった。 エレベーターを待ちながら、さきほどからずっと気になっていたことを聞いてみる。「仕事帰りのあんたが、どうしてぼくのマンションの前を通りかかったんだ。……帰り道が、まったく逆じゃないか」「お前の周りは何
last updateLast Updated : 2026-02-26
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第17話(32)

 ここでエレベーターの扉が開き、二人は乗り込む。鷹津がボタンを押し、やけにゆっくりと扉が閉まった次の瞬間、鷹津に肩を引き寄せられ、あごを掴み上げられた。 噛みつくような激しさで唇を貪られ、反射的に鷹津の肩を押し退けようとした和彦だが、強い抵抗には至らない。余裕なく唇を吸われると、この男がどれほど自分を欲しがっているのか、言葉よりも雄弁に教えられるのだ。 じわりと胸の奥が熱くなり、疼きを発する。和彦がおずおずと舌を差し出して応え始めたとき、エレベーターが目的の階に着く。扉が開く音で急に我に返り、密かにうろたえる和彦を見て、鷹津は楽しげに目を細めた。 人気がないのをいいことに、肩を抱かれたまま部屋まで行く。 当然だが、主が不在だった室内は外と同じぐらい冷えきっており、すぐに寛げる状況ではない。しかし鷹津は頓着した様子もなく、脱いだブルゾンをイスの背もたれに引っ掛けると、有無を言わせず和彦の腕を掴んだ。 ベッドを置いた部屋へと連れ込まれ、コートの襟元に鷹津の手がかかる。「コーヒーぐらい淹れてやろうとか、そういう気遣いはないのか」 感じる気恥ずかしさを誤魔化すように和彦が言うと、眼前で鷹津が澄ました顔で応じた。「だから途中、コンビニに寄ってやろうかと言っただろ。あのとき、欲しいものを買っておけばよかったんだ」「……あんたとは、気遣いという点で一生わかり合えないだろうな」「だが、体ではわかり合えてる」 和彦は鷹津を睨みつけて身を捩ろうとしたが、あっさり腕の中に捉えられ、また唇を塞がれる。乱暴に脱がされたコートとジャケットが足元に落ち、このときになって、マフラーを鷹津の車に置いてきたことを思い出した。しかし、今の状況では些細なことだ。 ベッドに押し倒された和彦の上に、荒々しい獣のように鷹津がのしかかってくる。そして、唇を貪られた。「んんっ……」 口腔に強引に舌が押し込まれ、蠢く。抵抗感と吐き気を覚えた和彦は、鷹津の肩を押し退けようとするが、それがかえって鷹津を――サソリを煽ったらしい。片腕でしっかりと頭を抱え込まれ、文字通り口腔を舌で犯される。
last updateLast Updated : 2026-02-27
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第17話(33)

 この瞬間から、二人の間に流れる空気は一変する。和彦は、獣に一方的に押さえつけられる獲物ではなくなるのだ。 鷹津と舌を絡め合い、こぼす吐息すら貪る。引き出された舌を軽く噛まれて、鼻にかかった声を洩らすと、誘い込まれるまま鷹津の口腔に舌を侵入させていた。痛いほどきつく舌を吸われて、背筋に疼きが駆け抜ける。「お前は本当に、性質が悪い」 長い口づけを交わし、ようやく唇を離したところで、鷹津が忌々しげな口調で言う。和彦は大きく息を吸い込むと、手の甲で唇を拭う。「蛇蝎の片割れにそんなふうに言われると、けっこう傷つく……」「ふん、お前がそんなタマか。――嫌がる素振りを見せるくせに、あっという間に、男を受け入れる。それこそ、嫌われ者の蛇蝎の片割れでも」「別に……、受け入れたつもりはない」 ぼそぼそと呟いて和彦が顔を背けると、鷹津は喉を鳴らして笑う。「まあ、いい。俺は、ご褒美の餌をもらいたいだけだ。あのでかいヤクザには、ある意味、感謝しないとな」 話しながら鷹津の手にネクタイを抜き取られ、ワイシャツのボタンを外される。胸元が露になったとき、思わず和彦は身震いしていた。「……寒い」 そう洩らすと、世話が焼けるとでも言いたげに、鷹津は露骨に大きなため息をついてベッドを降り、和彦が見ている前でエアコンを入れた。「餌をもらう前に、機嫌を損ねられたくないからな」 当てつけがましく呟いた鷹津が、黒のハイネックセーターを一気に脱ぎ捨て、ジーンズの前を寛げ始める。すぐに和彦の元に戻ってきて、のしかかってきた。 重なってきた熱い体に、思わず吐息を洩らす。「どうせすぐに汗をかくのに、わざわざ部屋を温めなくてもいいと思わないか?」 下肢を剥きながらかけられた言葉に、和彦は鷹津を軽く睨みつける。「頑丈な刑事の体と一緒にするな」「まあ、違うだろうな。なんと言ってもお前は、ヤクザどもに大事に大事にされている、オンナなんだから」 和彦が身につけていたものはすべて、雑な手つきでベッドの下に落とされる。
last updateLast Updated : 2026-02-27
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第17話(34)

 いきなり胸に顔を埋められ、突起を強く吸い上げられる。和彦は唇を引き結んで声を堪えたが、両足の間に差し込まれた手に敏感なものを掴まれると、もうダメだった。ビクリと腰を震わせて、爪先を突っ張らせる。「ふっ……、あっ、あぁっ――」 和彦は控えめに声を上げながら、鷹津の肩に手を置く。胸の突起を執拗に吸い上げていた鷹津が顔を上げ、ベロリと唇を舐められる。それが合図のように互いの唇と舌を吸い合い、一方で、敏感なものを扱く鷹津の手の動きが速くなる。和彦のものは、他の男にもそうであるように、鷹津の手の中で従順に形を変え、熱くなっていた。「お前とは違って、こっちは素直で可愛いな。ちょっと撫でてやったら、もう嬉し泣きしてるぞ」 揶揄するように声をかけてきた鷹津が、和彦のものの先端を指の腹で撫でる。指摘された通り、和彦のものはすでに透明なしずくを滲ませていた。「……気持ちの悪い言い方を、するなっ……」「ふん。だったら、明け透けに言い直してやろうか?」 鷹津の唇が耳元に寄せられ、露骨な言葉を注ぎ込まれる。全身を羞恥と屈辱で熱くしながら、和彦は身を捩ろうとしたが、もちろん鷹津が許すはずもない。唾液で濡らした指が強引に内奥に挿入され、苦しさに呻きながらも和彦は拒めなかった。 片足を抱え上げられ、指で解されていく内奥の様子を、しっかりと鷹津に観察される。 たまらなく恥ずかしいし、辱められているという意識もある。だが、食い入るように自分の秘部を見つめ、手荒だがしっかりと愛撫を施す鷹津を見上げていると、奇妙な高ぶりが和彦の中で湧き起こる。情、というものかもしれない。 和彦の眼差しに気づいたのか、鷹津は驚いたように軽く目を見開いたあと、皮肉っぽい笑みを浮かべた。「自分が今、男を誘う艶っぽい表情をしてると自覚があるか?」「……なんであんたを、誘わなきゃいけないんだ」「俺が欲しいだろ?」 内奥深くで二本の指が、発情した襞と粘膜をまさぐり、掻く動きを繰り返す。意識しないまま和彦の腰が揺れ、鷹津の指をきつく締め付ける。
last updateLast Updated : 2026-02-27
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第17話(35)

 口腔に差し込まれた鷹津の舌に軽く噛みつきはしたものの、すぐに濡れた音を立てて吸ってやる。表情には出さないものの、鷹津はこの口づけに興奮していた。和彦は片手を取られ、すでに熱く高ぶった欲望を握らされる。 言われなくても、何をすればいいのかはわかる。和彦は鷹津のものに指を絡め、緩やかに扱いてやる。鷹津が苦しげに眉をひそめ、荒く息を吐き出した。「サービスがいいな」「……一応、助けてもらったからな」「お前、いつも護衛を張り付かせてるくせに、どうしてあんな、見るからにヤバそうな男と二人きりになった。俺が現れなかったら、今頃あの男のものを、突っ込まれていたかもしれねーぞ」 言っていることはもっともだと思うのだが、鷹津の物言いはあまりに品性に欠ける。「言っただろ。あれは総和会の男だ。長嶺組としては、信頼の証として護衛を外すんだ。ぼくが知っている総和会の人間は、基本的に礼儀正しい。あの男は、特別だ……」 鷹津は何か思案するような表情となる。無精ひげの目立つ彫りの深い顔立ちは、普段は皮肉っぽくて粗野な印象が強いのだが、表情によっては意外に知的に見える。互いに裸になり、熱い欲望を晒した姿でなければ、まじまじと見入ってしまったかもしれない。 胸のざわつきを覚えた和彦がそっと視線を逸らすと、鷹津が唇を求めてくる。唇と舌を吸い合いながら、てのひらでは鷹津の欲望の脈動を感じていると、ふいに囁かれた。「――今日は、俺のを舐めるか?」 露骨な言葉に、羞恥のあまり動揺してしまう。和彦が何も言えないでいると、どういう意味か、鷹津は楽しげに声を洩らして笑った。「性質の悪いオンナのくせに、初心な処女みたいな顔をするな。……興奮して、お前の口に突っ込みたくなるだろ」「……下品な男だ」「そんな男にも餌を与えなきゃいけないんだ、飼い主は大変だな」 和彦は唇を思いきりへの字に曲げたが、鷹津が覆い被さってくると、両腕をしっかりと背に回した。 鷹津は当然の権利のように、内奥への侵入を開始する。「うっ、あっ、あっ
last updateLast Updated : 2026-02-27
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第17話(36)

 肉の悦びが生まれるのはあっという間だ。鷹津が刻む律動に、上体を捩りながら身悶える。「はあっ……、あっ……ん、んうっ」 鷹津の片手が、反り返って透明なしずくを垂らす和彦のものにかかる。きつく扱き上げられると、はしたないとわかっていながらも、腰を揺すって感じてしまう。そんな和彦の媚態に誘われたように、鷹津が胸元に唇を押し当ててきた。 顔を上げた鷹津と口づけを貪り合いながら、内奥深くを強く突き上げられる。鷹津にしがみついたまま、和彦は絶頂に達していた。 淫らな蠕動を繰り返す内奥の感触を、律動を止めて鷹津が堪能している。和彦は息を喘がせながら、そんな鷹津の顔を見上げていた。 快感を貪る男の顔は、獣のような本性を見せながらも、ほんの一瞬優しく見えることがある。鷹津の場合は――。 のろのろと片手を伸ばした和彦は、鷹津の頬にてのひらを押し当てる。鷹津は口元に笑みを浮かべると、前触れもなく内奥から欲望を引き抜き、荷物でも扱うように和彦の体をうつ伏せにした。「ううっ……」 腰を抱え上げられて、背後から貫かれる。内奥をこじ開けるように、鷹津のふてぶてしい欲望が奥深くまで押し入り、突き上げられる。和彦は声を上げ、背をしならせていた。「あっ、い、や――。奥、きつ、い……」 腰を掴まれて、もう一度突き上げられたところで訴えると、鷹津に腰を抱え込まれ、これ以上なくしっかりと繋がる。内奥の深いところで、鷹津の逞しい欲望を確かに感じた。「こんなに締まりっぱなしだと、そりゃ、きついだろな。俺にとっては、最高に具合がいいが」 鷹津の片手が胸元に這わされ、硬く凝った突起を手荒く摘み上げられる。小さく声を洩らした和彦は意識しないまま、鷹津のものをきつく締め付ける。息を弾ませた鷹津が、なぜか悔しげな口調で言った。「……本当に、性質が悪いオンナだっ……」 次の瞬間、和彦の内奥深くには、熱い精が注ぎ込まれた。** シャワーを浴
last updateLast Updated : 2026-02-27
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第17話(37)

 鷹津に口移しでビールを飲ませてもらっているうちに、緩やかに舌を絡め合う。唇の端からこぼれ落ちたビールが胸元を濡らすと、鷹津がてのひらで拭い、それがそのまま愛撫となっていた。「んっ……」 下肢を覆った毛布の下に鷹津の手が侵入し、内腿を撫でられる。素直には認めがたいが、体が鷹津の感触に馴染み始めていた。敏感なものの形を、思わせぶりに指でなぞられ、てのひらに包み込まれる。「やっぱり、護衛を待たせておかないほうが、気兼ねなく楽しめていいだろ? お前も時間を気にしなくて済むしな」 和彦の肩先に唇を押し当てて、そんなことを鷹津が言う。「……護衛を待たせるのは、あんたのせいだ。あんたはしつこい」「つまり俺と楽しむには、一晩必要ってことか」「目だけじゃなく、耳まで腐ってるのか……」「俺に、そんな口を聞いていいのか?」 ニヤリと笑った鷹津が、和彦のものを緩やかに扱き始める。寸前のところで声を堪えた和彦は、鷹津の腕に手をかけはしたものの、行為自体は止められない。 ふざけているように思えた鷹津だが、突然、真剣な口調で切り出した。「これは、暴力団担当係の刑事としての忠告だ。――総和会に深入りするな」 驚いた和彦は、間近にある鷹津の顔を凝視する。口調同様、真剣な表情で鷹津が見つめ返してきた。「あそこは、十一の組の思惑が入り乱れて、組織も人間も複雑だ。トップに立つ人間の権限が大きいからこそ、統率は取れているがな。それでも、取り込まれると厄介だぞ」「……深入りも何も、ぼくは書類上は、総和会に加入している」「俺が言っているのは、形式的なことじゃない。いくら長嶺でも、総和会の意向には逆らえない。総和会が、お前を差し出せと命じれば、あいつは従わざるをえないだろう。そうなると長嶺組は、もうお前を庇護できない」 和彦は、ここを訪れる前、守光と食事をともにしたときに言われた言葉を思い返す。総和会で和彦の身を預かりたいと、守光は言った。どういう意図かは不明で、本気か冗談なのかすらも判断がつかない。ただ、
last updateLast Updated : 2026-02-28
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第17話(38)

**** パジャマ姿の和彦を見て、リビングのソファに腰掛けた賢吾は、楽しそうに口元を緩めた。「ずいぶんゆっくりのご起床だな、先生」 乱れた髪を掻き上げて、和彦はじろりと賢吾を睨みつける。寝起きは悪いほうではないが、さすがに今朝は文句を言いたい。人が寝ているというのに、わざわざ寝室のドアを開けた賢吾が、嫌がらせのようにリビングのテレビを大音量で観始めたのだ。 和彦は、賢吾の手からリモコンを奪い取ると、テレビの音量を落とす。「あんたは、ぼくの生活パターンが変わったことを理解すべきだ。今週から、一応クリニック経営者として、毎朝出勤してるんだ。そして今日は、初めての休診日だ。……朝の八時にベッドの中にいて、なんで皮肉を言われないといけないんだ……」「つまり平日の明るいうちは、俺はなかなか先生に会えない。そうなると、ゆっくり会うのは限られた休みの日となるわけだ。その辺りの事情を、先生は理解すべきだな」 普段でも滅多に勝てないというのに、寝起きの状態で賢吾に口で勝てるわけがない。和彦は早々に負けを認めた。「……それで朝から、長嶺組の組長がなんの用だ」「なんだ、賢吾さん、と呼んでくれないのか?」 ニヤニヤと笑う賢吾の顔を見て、和彦は一気に目が覚めた。意味ありげな物言いから、あることを推測できたからだ。「もしかして――……」「もしかして、なんだ?」「会長から聞いたのか」 何をだ、と白々しく返されて、和彦の顔は熱くなってくる。「なんでもないっ」 逃げるように洗面所に駆け込み、顔を洗う。タオルを取ろうと手を伸ばしかけたが、待っていたようなタイミングのよさで手渡された。顔を上げて鏡を見ると、いつの間にか背後に賢吾が立っている。 軽くため息をついた和彦は、自分から水を向けた。「今日は、ぼくをどこに連れて行ってくれるんだ」「ドライブにつき合わないか。うちの組が出資した物件があるんだが、竣工式前に案内し
last updateLast Updated : 2026-02-28
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第17話(39)

 ここまで言われて、嫌だと返事ができるはずもない。和彦が頷くと、賢吾は満足そうな表情となる。「服装はなんでもいいから、早く支度を整えろ。朝メシも外で済ませるぞ」「呆れた……。朝も食べずに、ここに来たのか」 洗面所を出ていこうとした賢吾が、肩越しにちらりと和彦を見る。「俺は、大勢でにぎやかにメシを食うのが好きだが、先生と静かにメシを食うのも好きなんだ」 賢吾のその言葉に、咄嗟に反応できなかった和彦だが、洗面所のドアが閉まった途端、動揺する。「ヤクザの組長が、何言ってるんだっ……」 そう毒づいたものの、なんだか気持ちが落ち着かなくて、仕方なく和彦は冷たい水で顔を洗い直すことにした。** 傍らに置いたコートを、和彦は無意識のうちに撫でていた。柔らかく滑らかな感触はしっとりと肌に馴染む。今日初めて、外で着て歩いてみたのだが、思っていた以上に着心地がいい。「――ようやく、そのコートを着ている姿を披露してくれたな」 ふいに、隣から声をかけられる。ピクリと肩を震わせた和彦が視線を向けると、ゆったりとシートに体を預けた賢吾が、薄い笑みを浮かべていた。和彦がさきほどから、しきりにコートを撫でている様子を眺めていたのだろう。 どういう顔をすればいいのかと困惑する和彦に対して、賢吾はさらりと言った。「思った通り、似合っている」 護衛の組員たちも当然同行しているが、名目上は〈賢吾とのドライブ〉に、和彦はスーツの上から特別なコートを羽織ってきた。クリスマスプレゼントとして賢吾から贈られた、ミンクの毛皮のコートだ。 スーツと組み合わせると、漆黒のコートは意外なほど品よく映えて、心配したほど悪目立ちはしない。今日は車での移動が主のため、人目をさほど気にせず着ていられると考えたのだが、その判断は正しかったようだ。 毛皮のコートを羽織った和彦より、泰然とした賢吾のほうがよほど強烈な存在感を放っているので、人目を気にするだけ無駄なのかもしれない。 なんにしても、賢吾は満足そうだ。さきほど朝食を食べたカフェの駐車場でも
last updateLast Updated : 2026-02-28
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