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Lahat ng Kabanata ng 血と束縛と: Kabanata 711 - Kabanata 720

952 Kabanata

第18話(9)

 頷いた直後に、数人の緊迫した声が上がる。振り返ると、さきほどまで楽しそうに飲んでいたグループの一人に、いかにも泥酔したスーツ姿の男が詰め寄っていた。今にも掴みかかりそうで、周囲の人間が止めようとするが、それがかえって男を煽ったようだ。とうとう揉み合いとなり、騒ぎが大きくなる。「……まったく、いい歳したおっさんが、みっともない……」 苦い口調で洩らした中嶋が立ち上がり、揉み合いの中心へとスッと近づく。何をするのかと和彦が見守っている中、中嶋は有無を言わせない手つきで、スーツ姿の男のジャケットを掴み上げた。 咄嗟に、中嶋が男を殴るのではないかと危惧して、和彦も立ち上がる。何かあれば自分が間に入ろうと思ったのだが、事態はあっさりと収拾した。 中嶋が笑いながら、男の耳元で何かを囁く。それから二、三言会話を交わしていたが、その間に、怒気でぎらついていた男の目つきが変わり、明らかに怯えの色が浮かぶ。紅潮していたはずの顔から、血の気まで失せていた。対照的に、中嶋は笑ったままだ。 酔っ払いのあしらい方は水商売で鍛えたものかもしれないが、男の顔つきの変化からして、耳元で囁く言葉は、おそらくとてつもなく物騒なものだろう。表面上は穏やかに、しかし実際は容赦なく物事を進めるのは、ヤクザのやり口だ。 中嶋が親しげに男の肩を叩き、こちらに戻ってくる。「先生、出ましょうか」 何事もなかったようにコートを取り上げ、中嶋が声をかけてくる。和彦は困惑しつつ、男のほうを見た。さきほどまで威勢がよかった酔っ払いは、急におどおどしたように周囲を見回し、ぎこちない動きで自分のテーブルに戻っている。 あっという間に騒動は収まったが、店内の客たちの視線は、今度はこちらに――正確には中嶋に向けられていた。物腰の穏やかな普通の青年が、声を荒らげることなくどうやって酔っ払いをおとなしくさせたのか、興味津々といった様子だ。 確かにこんな空気の中、気楽に飲み続けるのは不可能だろう。即座にそう判断した和彦は、自分もコートとマフラーを取り上げ、中嶋とともにレジへと向かう。二人で飲むときは、基本的にワリカンなのだ。「――先生もしかして、
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第18話(10)

「ショックだなー。俺、そんなに弱そうに見えますか?」「違う。――相手を半殺しにするんじゃないかと、そっちを心配したんだ。……よく考えたら、君がそんな素人みたいなマネをするわけがないな」 心配して損をした、とぼやきながら、和彦も支払いを済ませる。隣に立った中嶋の肩が微かに震えている。和彦の気遣いに感動している――わけではなく、必死に笑いを堪えているのだ。 ビルの一階に降りたところで、二人は並んで外を眺める。不本意な形で楽しい時間を中断してしまい、正直物足りない。別の店に移動しようという流れになりそうなものだが、今夜は天候に見放されている。 雨の降りはますます強くなっており、開け放っている扉から吹き込んでくる風は、凍りつきそうなほど冷たい。 和彦が丁寧にマフラーを巻く姿を見て、中嶋は苦笑に近い表情を浮かべた。「このビルの中に、他にいくらでも店がありますから、適当に入って飲みますか?」「君のお薦めの店が、他にあるのなら」 中嶋は軽く肩をすくめたあと、和彦に向かって頭を下げた。「すみません。俺から誘っておきながら、俺のせいで店を出ることになって」「気にしないでくれ。あのまま酔っ払いに喚き続けられてたら、どっちにせよ店を出ることになっていた。それに――君の怖い面も見られた」「怖い? にこやかだったでしょう、俺」 澄ました顔で言うのが、なんとも白々しい。和彦は露骨に聞こえなかったふりをして、腕時計を見る。夜遊びを堪能したというには、まだ早い時間だ。「先生、今夜はお開きにしましょう。タクシーを停めてきますから、ここで待っていてください。あっ、知らない奴についていかないでくださいね」「ぼくは子供か……。――どうせ送ってくれるんだから、ついでに部屋に寄っていかないか? 店ほどじゃないが、そこそこの酒が揃っている」 軽く目を見開いた中嶋が、次の瞬間には嬉しそうに目元を和らげる。さきほど、酔っ払い相手に見せた凄みのある笑みとは、まったく違う表情だ。 先日、賢吾を挟んで自分と中嶋との間にあった出来事を考えれば、抵抗がないわけではないが、だか
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第18話(11)

** 世の中には意外にマメな男が多いのだろうかと、中嶋が作ってくれた酒のつまみを眺め、和彦は素直に感心していた。 マンションに向かう途中、深夜営業しているスーパーに立ち寄ったのだが、和彦がビールを選んでいる間に、中嶋はさっさと野菜などをカゴに入れてきた。つまみを作ると言っていたが、こうして出来上がったものを目の前にすると、料理が一切できない自分が少しばかり恥ずかしくなってくる。「ホストになる前に、メシ屋で働いていたことがあるんです」 寛いだ様子でソファに腰掛けた中嶋が、缶ビールを片手に教えてくれる。へえ、と声を洩らした和彦は、さっそくトマト炒めを口に運ぶ。酸味がほどよくて、手早く作ったものとは思えないほど美味しい。「見た目によらず、いろいろ経験しているな」「いろいろ、というほどじゃないですよ。少しばかり極端な道は歩んでいるかもしれませんが」「だったら、ぼくもだな」 和彦の言葉に、中嶋はニヤリと笑う。「先生こそ、まさに極端ですね」「……君と違うのは、ぼくの場合、自分が選んだわけじゃないということだな」 中嶋はわずかに目を丸くしたあと、和彦のグラスにワインを注いでくれる。「医者という職業は、先生がなりたくてなったんじゃ……?」「物心がついたときには、医者になれと言われていた。そういうものかと思って、ぼくも逆らわなかった。佐伯の人間は、意地でもぼくを官僚にしたくなかったらしい。だが、名門である佐伯家の評判を落とすことは許さない。――ぼくに才能があったら、芸術家でもよかったのかもな。とにかく、家を出て自由になれるなら、なんでもよかった」「でも、先生が医者になったおかげで、こうして俺たちは一緒に飲めるわけです」 和彦が手にしたグラスに、中嶋は缶を軽く当ててくる。和彦は、隣に座った中嶋をまじまじと見つめてから、淡く笑む。「ヤクザのくせに、変な気のつかい方をするんだな。いや……、優しいんだな、と言うべきか」「素直にそう受け止められる先生こそ、優しいですよ。野心のあるヤクザ
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第18話(12)

「見たまま、怖いですよ。生粋のヤクザというやつです。冷たく歪に固まった鉄のよう――という表現がしっくりくるんです。遊撃隊なんてものを指揮しているぐらいですから、当然、頭は切れる。だからといって慎重というわけでもなく、必要とあれば、ブルドーザーみたいに強引に物事を進める。……不気味で、怖い人です」「そして、総和会会長のお気に入り」「会長の手足となって動く人間は、もちろんいます。ただ、第二遊撃隊の一部の人間しか関わらせないようにして、南郷さんは会長から秘密の仕事を請け負っているようです。そういう意味で、本当にお気に入り――信頼されているんでしょうね」 料亭での、守光と南郷の姿を思い返す。守光が普段、組員たちにどんな態度で接しているのかは知らないが、少なくとも、南郷に寄せる信頼を感じることはできた。南郷にしても、守光には長年世話になっているという口ぶりから、畏怖と尊敬以外に、親愛の情めいたものが滲み出ているようだった。 一方で、その守光の息子である賢吾を語るとき、南郷の口調は変化した。 あれは一体――。和彦は無意識に眉をひそめていたが、突然、眼前にグラスが突きつけられた。驚く和彦に、中嶋が首を傾げながら言う。「これ、飲みませんか?」「えっ、ああ、でも君の――」「飲みすぎました。俺には半分残してくれればいいですよ」 いつの間にか、中嶋との距離が近くなっている。和彦が気づかないうちに、間を詰めてきたらしい。 部屋で二人きりになるとわかったときから、意識しないわけにはいかなかったが、こうも間近に中嶋の存在を感じると、もう、強く意識するしかない。 和彦が水割りを一口、二口と飲んだところで、さりげなく、しかし待ちかねていたようなタイミングで中嶋が問いかけてきた。「で、南郷さんをたぶらかしたんですか?」 和彦は唇をへの字に曲げて、グラスを突き返す。そんな和彦の反応に、中嶋はニヤリと笑う。「読めないなー。先生のその反応だと、何があったのか」「……ぼくはどれだけ、誤解されてるんだ」「周囲にいる人間のほうが、物事を正しく認識しているなんてこ
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第18話(13)

「先生と二人きりだから、ついうっかりしてました」「それをつけたのは――」「秦さんです」 和彦は大きく息を吐き出すと、中嶋の隣に再び腰掛ける。「……上手くいっているみたいだな」「慣らされている最中です。今のところ秦さんは、紳士ですよ」 臆面もなく言い切られ、和彦は返事に詰まる。中嶋は、酔いのせいだけとも思えない、妖しい流し目を寄越してきた。「先日は、いいものを見せてもらいました。長嶺組長と先生の絡み合う姿に、すごく興奮したんです。……俺は、あんなふうに秦さんに抱かれたい。でも同じぐらい、先生をあんなふうに抱いてみたいとも思いました。もちろん、先生に抱かれることにも興味がある」 話しながら、中嶋がペットボトルを差し出してくる。受け取った和彦も水を飲み、喉を通る冷たい感触を堪能する。あまり意識していなかったが、アルコールのせいか、暑いぐらいの暖房のせいか、顔が火照っていた。 ペットボトルをテーブルに置いて、頬に手の甲を押し当てていると、ふいに中嶋が身を乗り出してくる。あくまで自然に、唇を塞がれた。 軽く目を見開いた和彦だが、瞬間的に胸の奥で湧き起こった衝動のまま、中嶋との口づけを受け入れ、応える。最初はぎこちなく互いの唇を吸い合っていたが、欲望の急速な高まりに背を押されるように、積極的になる。 舌先を触れ合わせたかと思うと、すぐに余裕なく絡ませ、唾液を交わす。舌を吸い合いながら、中嶋の手が和彦が着ているセーターを捲り上げてきたので、和彦も中嶋のワイシャツを引き出してボタンを外していた。 引っ張られるままソファに倒れ込み、和彦は中嶋を真上から見下ろす格好となる。「――……長嶺組長が、先生と仲良くしてやってくれと言ったのは、こういう意味も含めてですよね?」 そんなことを言いながら、中嶋のてのひらが脇腹から背へと這わされる。くすぐったいような、焦れったいような刺激に、和彦は軽く体を震わせていた。「さあ……」「俺は、そういう意図だと理解して、楽しみにしているんですよ。秦さんだ
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第18話(14)

 絡め合っていた舌をようやく解いてから、中嶋に抱き締められる。和彦も、中嶋の背に両腕を回し、しなやかで強靭な熱い体の感触を確かめる。ヤクザの男たちと体を重ねてはいるが、同じヤクザでありながら、中嶋の体はまったく違う存在感を持っており、それがとても不思議に感じられる。 ふいに身じろいだ中嶋が、耳に唇を押し当て囁いてきた。「――先生、いいことを教えてあげましょうか?」 和彦は、中嶋の髪を撫でて応じる。「ヤクザがそんな猫撫で声を出すときは、絶対ロクなことを言わないんだ」「いいことですよ。……自分の身を守るという意味で」 意味ありげな物言いに、嫌でも興味をそそられる。和彦は、間近にある中嶋の顔を見つめた。「なんだ」「南郷さん、女を抱き殺しかけたことがあるそうですよ」 さすがに和彦が絶句すると、その反応に満足したのか、中嶋の唇に微かな笑みが刻まれる。会話の内容の物騒さと表情が、見事に一致していない。「第二遊撃隊には、南郷さんがいた組から連れてきたという組員が何人もいるんです。そういう人たちは、まあ、南郷さんの強烈なシンパみたいなものです。だからこそ、南郷さんのことをよく知っていて、ウソは言わない。……昔、堅気の女に惚れたそうです。でも、迫力のあるあの外見に、仕事もヤクザ。普通の女なら、泣いて逃げ出す。当然、南郷さんが惚れた女も拒絶しましたが、追い掛け回して、半ば恫喝してモノにした」 和彦は、女に迫る南郷の姿が容易に想像できた。なんといっても先日、和彦は南郷に首を絞められかけたのだ。情景としては大差ないだろう。「そこまでして手に入れた女を、片時も離さず、抱き殺しかけた……。よっぽど欲しかったんでしょうね。力加減もできないほど」「……確かに、いいことを聞いた。ただし、ぼくにどう関係あるんだという気もするが……」「南郷さんが先生に興味を持った時点で、無関係じゃないでしょう」「ぼくに興味を持ったというより、あれは――」〈長嶺賢吾のオンナ〉に興味があるよ
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第18話(15)

****〈あの男〉の人脈はバカにできないと、来週のクリニックの予約リストを眺めながら和彦は感心する。しばらくは閑古鳥が鳴くことを覚悟していたのだが、なかなかどうして、予約は順調に入っていた。 開業したばかりの、広告も出していない池田クリニックをどこで知ったのか、予約を入れる患者に尋ねると、大半は口を揃えてこう言う。知人の紹介で、と。 問題は、その『知人』が誰かということだ。 知人繋がりなら、クリニックの世話になりたいとまず和彦本人に連絡が入るのだが、それは組関係者の妻や娘であったり、さらに彼女たちからの紹介だったりするし、意外なところで、由香に勧められたというものもある。 だが、誰よりも池田クリニックの売上に貢献しているのは、間違いなく秦だ。 ホストクラブ経営という強みを活かし、美容相談を受けてみたらと女性客を唆しているらしく、何件もカウンセリング予約が入っている。カウンセリングといってもバカにはできず、池田クリニックは初回からしっかりと、カウンセリング名目でも料金を受け取っていた。 ちなみにさきほど、秦からの紹介で訪れた患者に対して、豊胸に関するカウンセリングを行ったばかりだ。 美容外科医が和彦一人しかいないため、大掛かりな手術ができない分、経営戦略は限られる。経営者としては、リスクを最小に抑えて利益を出さなくてはならない。 このクリニックを和彦に持たせてくれた男は、クリニック経営にあまり夢中になるなよと、笑いながら言っていたが――。 和彦は前髪に指を差し込みながら、天井を見上げる。すでにこのクリニックに愛着を持っているが、ときおりふと、ヤクザに望まれるままのママゴトをしているような、妙に空しい気持ちにもなるのだ。その空しさは、目を背けたい現実を和彦に突きつけてくる。 一方で、地味で手堅い利益を追い求めるクリニック経営者なりに、ささやかな喜びも味わえるのだ。 短く息を吐き出した和彦は、姿勢を戻す。労働に対するささやかな慰労として、コーヒーを飲みたくなった。実はさきほどから、スタッフの誰かが淹れたらしいコーヒーのいい香りが漂っている。 次の予約の時間までま
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第18話(16)

『本当ならもっと早くに、わしらにとって大事な先生を招待したかったんだが、賢吾のほうが慎重でな。その点では、千尋は単純だ。大事な先生を一刻も早くわしに紹介して、一層囲い込みたいと思っていたようだ。……子供の執着心というのは、分別のつく大人より性質が悪くて頑迷だと、あれを見ているとよく思う。ただ、それがあったからこそ、長嶺の男たちは、先生と知り合えたとも言えるんだが』 守光の言葉に下手な相槌は打てないが、千尋と知り合ったことですべてが始まったのは事実だ。和彦はつい苦い笑みを洩らす。『時間は要したが、年が明けてから状況が変わった。すでにもう二回、わしとあんたは顔を合わせて、会話も交わしている。わしとしては、息子と孫の大事な人に対して、十分敬意は払ったつもりだ』「それは、ええ……。過分なほど気をつかっていただいたと思っています」『そう、畏まらなくていい。――あんたは、何もかもが、千尋の母親とは対照的だな。一番の違いが性別というのは、皮肉な話だが……』 守光は、和彦の気持ちを巧みに刺激する。聞き流せない話題を、さりげなく耳元に吹き込んできたのだ。『先生一人を野獣の檻に放り込むのは可哀想だと言って、千尋も今晩、うちに来ることになっている。にぎやかな坊主がいれば、あんたもさほど緊張しなくて済むんじゃないかね』 ここまで言われて断れるはずもない。守光の言うとおり、千尋も同席するということで、いくらか気持ちも楽になっていた。 あまり言い訳めいたことを口にして、守光の機嫌を損ねたくないという思いもあり、和彦はこう答える。「クリニックを閉めたあと、うかがいます」『それはよかった。手土産なんてことは考えず、身一つで来てくれたらいい』 電話を切ったあと、自分の肩がひどく強張っていることに和彦は気づく。肩をゆっくりと揉みながら無意識に口を突いて出たのは、困惑による唸り声だった。 年が明けてから、総和会――というより守光からの急接近ぶりは、さすがに何かの前触れを感じさせる。 例えば、波乱のようなものを。**
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第18話(17)

 千尋の言葉に、和彦は軽く目を見開く。ちょうどエレベーターの前で立ち止まったところで、やっと疑問をぶつけることができた。「……つまりこのマンション全部が、会長の家、なのか……?」「ここ、実はマンションじゃないんだよね」 千尋に恭しく手で示され、エレベーターに乗り込む。「元は、ある企業が税金対策で造った社員の研修施設。景気がいいときに造ったらしいんだけど、そのあとは業績悪化というやつで、ここを手放すことになったんだ。で、売却の話を持ち込まれたのが、じいちゃんってわけ」「それで、買ったのか?」「じいちゃんの家だと思うと立派すぎるけど、総和会本部だと考えるとぴったりだろ。実際、じいちゃんが住んでるのは四階で、それ以外の階は、総和会の人間が常に行き来している。――総和会のオフィスは別にあるけど、ここは長嶺守光の息がかかった人間だけが、出入りを許される」 ちらりとこちらを見た千尋の目は、強い光を放っている。したたかで好戦的な眼差しは、まるで獣のようだ。ただし、恐ろしく血統がいい、という前置きがつく。 総和会会長の権力を具現化したようなこの場所で、千尋は普段とは違う面を見せているようだ。地べたを這いずり回ったり、修羅場をくぐったという血生臭さがないせいか、無邪気なほど傲慢な存在感を放っている。それが魅力になりうるのは、やはり長嶺の血のせいかもしれない。「――先生」 いつの間にかエレベーターは四階に到着し、千尋が開いた扉を押さえている。我に返った和彦は慌ててエレベーターを降りた。 正面は、ソファやテーブルが置かれたラウンジとなっており、左右に廊下が伸びている。千尋を見ると、左側を指さした。「こっちがじいちゃんの住居。ちなみに右は、来客用の宿泊室が並んでる。元は研修施設だけあって、ホテルみたいな部屋が他の階にもあるんだ。あまり大規模な改装工事はしなかったから、大浴場も食堂もそのまま残ってる。あと、地下にはジムもプールもあるよ。裏には、テニスコートもあるし」「……基地みたいだ」 和彦が率直な感想を洩らすと、千尋はニヤリと笑った。
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第18話(18)

 そう言って守光が襖をさらに開け、部屋へと招き入れてくれる。畳敷きの部屋の中央には、コタツが置かれていた。天板の上にはすでに夕食の準備が調えられており、美味しそうな音を立ててすき焼きが煮えている。 ふっとこの瞬間、先日三田村と食べた鍋を思い出し、胸苦しくなった。 千尋に背を押され、和彦は部屋に入る。長嶺の男二人に急き立てられるようにコートとジャケットを脱ぐと、素早く千尋に奪い取られてから座椅子に座らされた。守光に言われるままコタツに足を入れたところでもう、立ち上がることを許されない空気となる。「千尋、冷蔵庫からビールを出してきてくれ。それと、お茶もな」 守光の言葉を受けて、千尋は一旦部屋を出て、ペットボトルのお茶と缶ビールを抱えて戻ってきた。「じいちゃん、冷蔵庫のビールだけじゃ足りそうにないから、俺ちょっと、食堂から取ってくる」 背筋を伸ばし体を強張らせながら和彦は、二人のやり取りを聞く。今の会話の内容だけなら、本当にごく普通の祖父と孫だ。いや、本人たちにとっては、長嶺組や総和会ということは、意識するまでもない日常であり、普通のことなのだろう。 この世界にいる限り、一般的だとか普通だとか、そういったものと比較するのはやめるべきなのかもしれないと、和彦は自省する。 千尋が慌しくまた部屋を出ていき、玄関のドアが閉まる音がした。その途端、二人きりとなった部屋は静まり返った。 守光が何も言わず、和彦の斜め右に座る。こうして近くにいて目も合わせないのは不自然なので、伏せがちだった視線を上げると、守光はすでに和彦を見ていた。 総和会という大組織の会長と、こうして一緒にコタツに入るというのも、奇妙な感じだった。相変わらず緊張もしているのだが、少しだけおかしくなってくる。和彦はちらりと笑みをこぼし、守光も目元を和らげた。「……普段はコタツは出していないんだが、このほうが、膝を突き合わせてゆっくり話せるかと思ってな。少なくとも、料亭の座敷よりは、座り心地はいいだろう?」 冗談っぽく言われ、和彦としては苦笑で返すしかない。「にぎやかな千尋がいるだけで、ずいぶん違います」 ここで、空いてい
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