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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 701 - Chapter 710

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第17話(50)

 賢吾の指示を待っていたように、障子にスッと人影が映る。いつの間にか廊下に控えていたようだが、賢吾との行為に夢中になっていた和彦はもちろん気づかなかった。 廊下に人がいたというのも意外だったが、姿を見せた人物は、さらに意外だった。 丁寧な動作で障子を開けたのは、中嶋だった。和彦と賢吾の姿に驚いた様子もなく、それどころか和彦に笑いかけてくる。おそらく、廊下にいる間、行為の声をすべて聞いていたのだろう。「ど、して……」 中嶋が障子を閉めたのを機に、ようやく和彦は声を洩らす。愛撫の手を止めないまま賢吾が答えた。「俺が呼んだ。いままで、総和会との連絡役は別の人間だったんだが、若い連中の中で抜きん出て見所があるし、先生と親しいということで、新たに中嶋を指名した。長嶺組長の本宅に出入りできる、総和会でも数少ない男というわけだ」 いつの間にそういう話が決まったのかと思ったが、これは組の細かな決定事項の一つだ。賢吾が和彦に知らせる必要はない。ただし賢吾は、和彦の反応を見たいがために、この瞬間まで隠していたのだろう。そういう男だ。「先生としても、俺の目を盗んで中嶋と会っているという罪悪感を抱かなくて済むだろ。本宅に出入りできるようになったぐらいだ。長嶺組長のオンナの部屋にも、中嶋は堂々と立ち寄れる」 賢吾の言葉で和彦は、中嶋と絡み合った日のことを思い出す。ベッドの上での甘い呻き声を、盗聴器を通して賢吾が聴いていたことは知っている。そのうえで中嶋に、本宅や和彦の部屋の出入りを認めたのだ。「……何を企んでるんだ、あんたは……」 思わず和彦が問いかけると、うなじに唇を押し当てながら賢吾は言った。「先生が生活のしやすい環境を整えただけだ。――俺が何を企んでるか、先生は気にしなくていい」 賢吾が腰を揺らし、内奥の感じやすい部分を擦り上げられる。和彦は咄嗟に声を堪えたが、表情は隠せなかった。正面に立つ中嶋に、すべて見られてしまう。それどころか、賢吾と繋がり、悦びに身を起こした欲望の存在も。 中嶋は薄い笑みを唇に湛え、目には興奮の色を浮かべる。そんな中嶋に
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第17話(51)

 賢吾の手が柔らかな膨らみへと伸び、中嶋に見せつけるように手荒く揉みしだかれる。和彦はたまらず甲高い声を上げて、上体を捩ろうとしたが、動きを封じるように内奥深くを突き上げられた。「あっ、ああっ、はあっ、はっ……」 身悶える和彦と、果敢に攻め立ててくる賢吾の姿を、中嶋は食い入るように見つめていた。熱に浮かされたような目には、嫌悪の色は微塵もない。賢吾もそれがわかっているのだろう。まるで中嶋を試すように言った。「抵抗があるなら、外で待っていてもいいぞ」 すると中嶋はふらりと足を踏み出し、間近まで歩み寄ってくる。そして、畳に両膝をついた。「――……ここで、見ています。すごく、興味があります」「好きにしろ」 腰を掴まれて揺り動かされ、内奥を逞しいもので掻き回される。卑猥な湿った音が室内に響き渡り、そこに和彦の乱れた息遣いが重なる。 押し寄せてくる快感と、中嶋に正面から見つめられているという激しい羞恥に、和彦は惑乱する。いっそのこと意識を手放してしまいたいが、皮肉なことに、内奥を突き上げてくる衝撃が意識を繋ぎとめる。「うっ、あっ、あっ……ん、んあっ」「ここもどうなっているか、興味があるだろ」 そう言って賢吾に片足を抱え上げられて、繋がっている部分を中嶋に晒してしまう。あまりの羞恥に息が詰まりそうになるが、和彦の体は気持ちとは裏腹に、見られることに歓喜していた。「うちの先生は、いいオンナだろ。もともと素質はあったが、性質の悪い男たちが開発しちまった。その男たちが、先生に骨抜きにされてるんだから、一番性質が悪いのは――」 喘ぐ和彦の耳元で、賢吾がそっと囁きを注ぎ込んでくる。和彦はのろのろと振り返り、賢吾と唇を吸い合う。その最中に賢吾の手に促されて二度目の精を放ち、少し遅れて、賢吾の熱い精を内奥深くで受け止めた。「はっ……、んっ、んっ、くぅ……」 和彦の体から一気に力が抜けると、つられたように中嶋も大きく息を吐き出した。いつの間にか顔が上気しており、一見してハン
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第18話(1)

****「――先生、今晩は何が食べたい?」 ショッピングセンターを並んで歩いていると、突然三田村が、大事なことを思い出したような顔で問いかけてきた。しかも、真剣な口調で。 休みが取れた三田村とともに必要なものを買いに来たのだが、献立は人任せなところがある和彦は、面と向かってこう問われると、けっこう悩む。 目を丸くしたあと、なんでもいいと言いかけて、思いとどまる。実は先日、テレビでたまたま観てから、なんとなく気になっているものがあったのだ。「なんでもいいのか?」 和彦が問い返すと、頷いた三田村の目が一際優しくなる。もっとも和彦以外の人間が見れば、いつもの無表情との違いに気づかないかもしれない。「……鍋が、いい」 鍋、と小さな声で三田村が反芻し、何か思案するように軽く眉をひそめる。「ちゃんこにすき焼き、しゃぶしゃぶ。この場合、湯豆腐も鍋料理に入れていいのか……。なんにしても、ちょっと調べたら、鍋料理を食わせてくれる店はいくらでも――」「そうじゃない。外で食べたいわけじゃなくて、部屋で食べたい。……いままで、人と鍋を囲んだことがないんだ。それで、この間テレビを観ていて、ちょっといいなと思って……」 なんだか言い訳めいたことを言っているなと、和彦は自分自身の行動に、内心で苦笑を洩らす。相手が三田村でなければ、口が裂けても言えないわがままだ。そんなこと、と笑われても不思議ではないのだが、三田村が浮かべたのは、どこか嬉しげにも見える淡い微笑だった。「先生の貴重な経験を、俺が作った鍋で済ませていいのかな」「キッチンで包丁を握っているあんたを見るのは好きだ」 三田村は、困惑気味に視線をさまよわせながら、口元を手で覆う。もしかすると、有能な若頭補佐なりの照れ隠しなのかもしれない。「あまり……俺の腕に期待しないでくれ。そう器用になんでも作れるわけじゃないんだ」「鍋って、適当に材料を切って、水と一緒に放り
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第18話(2)

「雑炊用のご飯も用意してあるから、たくさん食べてくれ」「それは夜食で食べたい」「――先生の望み通りに」 久しぶりに聞いた三田村のその言葉に、胸が詰まった。長嶺組と関わり、裏の世界に引きずり込まれた頃から、三田村はずっと和彦の側にいて、和彦の望みを叶えてくれた。そして今は、さらに身近にいてくれる。 鍋を囲んで他愛ない話をしていると、会話の自然な流れで、次はいつ、こうしてゆっくりできるだろうかという話題になる。「二月半ばぐらいに、二日続けて休みが取れるとありがたいが……」 和彦の椀に、お手製のポン酢を注ぎ足しながら、ぽつりと三田村が洩らす。「二月の半ばって、何かあるのか?」 和彦の問いかけに、軽く目を見開いたあと、三田村は照れたような笑みをこぼした。「……先生は、見かけによらず世俗的なイベントには淡白だな。そんなイベントを意識しているヤクザというのも、恥ずかしい話なんだが」 三田村の口ぶりでやっと、二月の半ばにどんなイベントがあるのか思い出す。自分が淡白であることは認めるが、だからといって和彦は、世間の空気が読めないわけではないのだ。ただ二月は、和彦にとって大事――というわけではないが、意識するたびに微妙な気持ちになる日がある。 豆腐を箸で掬い上げながら、つい苦々しく唇を歪める。和彦の様子に気づいたのか、三田村が表情を曇らせた。「先生……?」 我に返った和彦は、わざと意地の悪い表情で三田村に話しかける。「まじめな若頭補佐が、どうしてバレンタインを意識するようになったのか、実に興味がある」「俺は別にまじめじゃ――。組の若い奴らが話していたのを、たまたま聞いたんだ。そうじゃないなら、俺も思い出さなかった。……いや、違うな。先生と知り合う前なら、聞いたところで、気にも留めなかったし、俺には無縁だったはずだ」「ふーん。まあ、そういうことにしておこう」 和彦の返事に、三田村は楽しげに顔を綻ばせる。今このタイミングが最適だと思ったわけではないが、知らない顔もできない
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第18話(3)

 この部屋に泊まったとき、習慣のように体を重ねているが、与えられる感覚に慣れる気配はまったくない。いつでも和彦は、三田村の感触を新鮮に感じ、適度に緊張もしていた。まるで、つき合い始めたばかりの恋人同士のように。 三田村が一度繋がりを解き、促されるまま和彦は仰向けとなる。ようやく三田村と向き合い、抱き合えると思ったが、和彦が両腕を伸ばす前に三田村に足を抱え上げられ、性急に再び繋がる。「ああっ」 和彦が喉を反らして声を上げたときには、大きく腰を突き上げられ、とっくに蕩けた襞と粘膜を強く刺激される。身を捩りたくなるような快感に、下肢どころか、瞬く間に全身を支配されていた。「――……先生」 顔を覗き込んできた三田村に唇を吸われ、無意識に甘えるような声を洩らす。深く唇が重なると、夢中で口づけを貪る。和彦は両腕を三田村の背に回そうとしたが、それは許されなかった。 三田村に両手を握られて、ベッドに押さえつけられる。そのまましっかりとてのひらを重ね、指を絡め合っていた。「あっ、あっ、あっ……うぅ。んっ、んうっ」 三田村の激しい律動に腰が弾み、声が洩れる。いつもならしっかりと三田村にしがみつくところを、両手をベッドに押さえつけられているせいで、もどかしさが奇妙な高揚感へと変わる。その高揚感は、和彦の感度を確実に高めていた。「三田村っ……、早く、撫で、たい――」 口づけの合間に和彦が訴えると、三田村が微かな笑みを唇に刻む。次の瞬間、握り合っていた手が離れ、すぐに和彦は三田村の背に両腕を回してしがみつく。すると、それを待っていたように、三田村にきつく抱き締められて体を起こされた。「うあっ」 三田村の腰を跨いだ姿勢で、繋がったまま向き合う。三田村に腰を掴まれた和彦は緩やかに揺さぶられ、自らも腰を前後に動かしていた。舌を絡め合いながら、自分の狂おしい欲望を果たすように、三田村の背を ――虎の刺青を撫で回す。和彦の手の動きに興奮を煽られているのか、三田村の体は燃えそうに熱い。もちろん、和彦の内奥深くに収まったものも。「先生…&
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第18話(4)

 内奥深くを抉るように突き上げられ、上体を捩りながら身悶える。「あっ、あっ、い、ぃ――。三田村、三田村っ」 ふいに内奥から、逞しい欲望が引き抜かれた。和彦の胸元から腹部にかけて、生暖かな液体が散る。三田村の精だ。 快感の心地よい余韻に浸りながら和彦は、自分の胸元に指先を這わせて、三田村の欲望の残滓をいとおしむ。そんな和彦の様子を、三田村は食い入るように見下ろしていた。 いつの間にか、携帯電話の着信音は止んでいた。「早く、かけ直さないと……」 呼吸が落ち着くのを待ってから、和彦は声をかける。すぐにベッドを下りるかと思った三田村だが、ティッシュペーパーを何枚か取ると、和彦の体の汚れを拭おうとする。「自分でやるっ」 和彦は慌てて三田村の手を止め、ティッシュペーパーを奪い取った。「ぼくはいいから、電話してくれ。若頭補佐の仕事を邪魔したなんて噂になったら、ぼくが困る。……確かに、邪魔したのはぼくだが……」 ぼそぼそと呟くと、しっかり耳に届いたらしく、三田村が短く噴き出す。 スウェットパンツを穿いただけの姿で三田村がテーブルに歩み寄り、和彦は向けられた後ろ姿を目で追いつつ、手早く後始末をする。本当はバスルームに駆け込むのが一番だが、下肢に力が入らない。それにできることなら、電話のあと、また三田村とベッドの上で睦み合いたかった。 だが和彦の願いは、三田村の電話の応対を聞く限り、無理なようだ。 体を起こした和彦が髪を掻き上げたとき、ちょうど電話を終えて振り返った三田村と目が合う。「……先生、すまない、今の電話は――」「ぼくに、仕事が入ったんだろ」「総和会からだ」 ベッドを下りようとした和彦は動きを止める。眉をひそめつつ、三田村に問いかけていた。「最近、総和会からの仕事が多くないか?」「総和会が面倒を見ている医者は、何人かいる。俺が思うに、その医者に回していた仕事が、先生に回ってきているんじゃないか。……総和会なりの
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第18話(5)

 急かされた和彦は、反射的に小走りとなる。後部座席のドアが開けられ、無防備に車に乗り込んだが、次の瞬間、物騒な気配を感じて総毛立った。 ぎこちなく隣に視線を向けると、なぜか南郷がいた。和彦が目を見開くと、南郷は凄みを帯びた笑みを向けてくる。 驚きのあまり一声も発せないうちに、車は静かに発進した。「――怪我をしたのは、俺の隊の人間だ」 唐突に南郷が切り出す。「総和会はでかい組織だが、だからこそ、内部での小さないざこざはよくある。そりゃまあ、十一の組から、それぞれの組の意向を受けて出向いている人間がいるんだ。対立する組同士、表向きは総和会の看板を背負っていても、自分たちの組のために少しでも利益を得ようとする。あんたと仲のいい中嶋のように、自分がかつていた組のことなんて、すっぱり切り捨てられる人間のほうが珍しい。だからこそ、あいつは遊撃隊が似合っている」「どうしてです?」 思わず問いかけると、南郷はニヤリと笑った。「オヤジさんは第二遊撃隊を、総和会内の跳ね返りたちの抑えとしても使っている。総和会の和を乱す人間は、身内であろうが容赦しない。そういう懲罰的意味合いで、俺たちは駆り出される。でかい組織をまとめ上げるには、どうしたって荒っぽい力が必要だ。俺は、その力を振るうにはちょうどいい。所属していた組はもうないから、しがらみがないんだ」 南郷の説明通りなら、確かに中嶋には、第二遊撃隊はお似合いだ。いままでのつき合いから和彦は、中嶋が自分が属していた組に対して、忠誠心も執着心もないことは感じていた。あくまで、ヤクザとして出世するための過程の一つなのだろう。「そういう集団だから、厄介事を片付けたときには、怪我人も出る場合がある。今回がそうだ」 今話題に出た中嶋のことが心配になったが、すかさず南郷が付け加えた。「中嶋は、今回は待機組だ」 露骨に安堵して見せるわけにもいかず、そうですか、と淡々と応じた和彦だが、もう一つ気になったことがある。警戒しつつ、慎重に南郷をうかがう。「――……そちらの事情はわかりましたが、どうして、あなたが車に?」「大事な部下を診てくれる先生を、俺が
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第18話(6)

 小さく声を洩らした和彦を、南郷は酷薄そうな笑みを浮かべて見つめていた。その表情を見ていると、先日、南郷にマンションまで送ってもらったときの出来事を思い出す。あのとき鷹津が現れなければ、自分はどうやって南郷から逃げ出していたのか、想像するだけで不安な気持ちに駆られる。 南郷が見た目同様、物騒で野蛮な男であることは、疑いようがなかった。できることなら、もう二人きりになりたくないと願っていたのだが、総和会と関わる限り、その願いは叶えられないのだろう。 和彦は静かにため息をつくと、ハンドルを握る人間に視線を向ける。この状況で運転手は、いないものとして考えられる。長嶺組の組員であれば、当然、和彦の求めがあれば助けてくれるだろうが、この車内は総和会のテリトリーであり、南郷は総和会で肩書きを持つ人間だ。 いかに自分が長嶺組の看板に守られているか、強く実感した瞬間だった。その一方で、心細さと不安も強く感じる。 和彦はシートに座り直すふりをして、さりげなくドア側に体を寄せようとしたが、南郷に腕を掴まれて簡単に阻止される。思わず睨みつけると、南郷がスッと耳元に顔を寄せた。「――楽しんでいるところを邪魔されて、機嫌が悪いのか?」「何言って……」 動揺する和彦に向けて、南郷が下卑た笑みとともに言った。「あんたが車に乗ってきた途端、汗と精液の匂いがしたぜ」 下卑た表情に相応しい明け透けな言葉に、全身の血が凍りつきそうになったが、次の瞬間には一気に全身が熱くなる。もちろん、羞恥のためだ。 自覚があるからこその反応だった。実際和彦は、寸前まで三田村と体を重ね、激しく求め合っていたのだ。それに、体も洗っていない。 必死に動揺を押し隠す和彦に、南郷は追い討ちをかけてくる。 耳に生ぬるい息遣いが触れ、言葉を注ぎ込まれた。「あとは――発情した〈オンナ〉の匂いだ。……腰にくる、いい匂いだ」 腕を掴む南郷の手を鋭く振り払う。咄嗟に怒鳴りつけそうになったが、南郷が向けてくる冴えた眼差しに、一瞬にして冷静さを取り戻す。凄んでいるわけでもないのに、和彦の怒気など簡単に呑み込んでしまいそ
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第18話(7)

**** 仕事のあと、外で食事を終えてから、待ち合わせをしていた〈友人〉に連れられて趣味のいい店に足を運び、美味しいウィスキーを味わう。 ソファに深く腰掛けて足を組み、目の高さまで掲げたグラスを軽く揺らす。鈍く響いた氷の音に、和彦は静かな充足感を味わっていた。「……理想的な夜遊びの時間だ」 和彦が洩らした言葉に、隣に腰掛けた中嶋が反応する。二人掛けのソファを区切る肘掛けにもたれかかるようにして、身を乗り出してきた。「気に入ってもらえましたか?」 中嶋の問いかけに、和彦は頷く。「君と秦の店選びに、失敗はない。……君が選ぶ店は、客層が少し若いかな。だから、気楽に楽しめる」「長嶺組長の信頼厚い俺と一緒なら、護衛もつきませんしね」 信頼しているかどうかは知らないが、和彦と中嶋の関係に、大蛇の化身のような男がひどく関心を示しているのは確かだ。 こうしてなんでもないふりをして飲んでいるが、つい先日、賢吾と繋がって感じている姿を中嶋にしっかり見られており、何かの拍子に、そのときの光景が脳裏に蘇る。 一応、和彦なりに、中嶋と顔を合わせることにためらいはあったのだが、だからといって避け続けるわけにもいかない。なんといっても中嶋は、総和会と長嶺の本宅を繋ぐ連絡係となったのだ。顔を合わせる機会は嫌でも訪れる。 和彦は視線を正面に向ける。大きなはめ込みガラスに面してテーブルが配された席は、意識せずとも夜景が視界に入る。外は小雨が降っているため、輝くような夜景というわけにはいかないが、霧をまとったように霞んでいる街もまた、趣がある。 薄ぼんやりとした夜景に重なるように、ガラスに反射した和彦と中嶋の姿が映っている。一見して、友人同士と思しき男二人が寛いでいるように見えるだろう。和彦も、そのつもりで中嶋とこの時間を楽しんでいる。「――見惚れています?」 さらに身を乗り出してきた中嶋が、顔を寄せて囁いてくる。ただし視線は、ガラスに映る和彦に向けられている。和彦は小さく苦笑を洩らした。「そんなに自惚
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第18話(8)

 思わず語気を荒くすると、中嶋が驚いたように目を丸くする。和彦はウィスキーを一口飲んでから、ほっと息を吐き出した。ついでに、言い訳がましく説明する。「別に……、総和会の仕事を受けたくないわけじゃない。ただ、たまたま君が待機組だったというだけで、いつ怪我をしてもおかしくない環境だから、心配になっただけだ」「こんな世界にいて、甘いですね、先生は。ただ俺は、先生の甘さが大好きですよ。きっとこれは、俺だけの意見じゃないと思いますけど」「ぼくの甘さに対して、きちんと見返りをくれる男ばかりだからな。損はしてない――と思う」 悪党ぶって言ってはみたが、返ってきたのは、中嶋の楽しげな笑い声だった。「けっこう、悪辣な世界に染まってきましたね」「全然、そう思ってないだろ……」 ひとしきり笑ったあと、中嶋がふっと我に返ったように真摯な顔つきとなる。隣のテーブルの客が帰ったところを狙っていたように、実にさりげなく和彦の手に触れてきた。「――俺が怪我したら、先生が治療してください」「その前に、怪我をしないよう気をつけることだな」「ヤクザに、無茶言いますね」 和彦は、重ねられた中嶋の手を軽く握ってやる。「せっかく、大きな傷跡のないきれいな体をしているんだ。そんな君の体を縫うところは、あまり考えたくないな」「でも、いつかは現実になるかもしれない」「……そうなったら、せめて箔がつくように、立派な縫い跡を作ってやる」 従業員がやってきて、隣のテーブルを片付け始めたので、二人は何事もなかったように手を離す。 我ながら不埒だなと思うが、中嶋との会話も、ささやかな肌の触れ合いも、適度に気分を高揚させられて心地いい。妖しい胸のざわつきを覚えながらも、反面、強い肉欲を意識するまでには至らない。 和彦は深い吐息を洩らして夜景に視線を向ける。さきほどより雨の降りが強くなってきたようで、ますます景色が霞んで見える。 ガラスを伝って流れ落ちる水滴に見入っていると、背後からにぎやかな歓声が上がる。いかにも学生らしいグル
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