嫁ぎさえしなければ、一生藤堂家の人間として、栄華を極めた暮らしができるからだ。柚香は悔しさに地団駄を踏み、背を向けて出て行こうとした。「待ちなさい!」藤堂家の当主が呼び止めた。「音に謝れ。『躾のなっていない私が、お義姉さんを耳の聞こえない子などと呼んで、失礼なことを言いました』と言え」あの耳の聞こえない女に謝れだと?柚香の怒りはさらに増した。彼女は助けを求めるように宗也を見た。だが、宗也はその視線に気づかないふりをした。腕はまだ痛むし、これ以上殴られるのは御免だ。雅代も腹に据えかねていたが、口に出すことはできなかった。柚香の躾がなっていないと言われるのは、母親である自分が責められているも同然だからだ。「分からんのか?」当主はすでに、音に車椅子を押してもらいながらエレベーターで一階へ降りてきていた。黒い和服に身を包んだ彼は、車椅子に座っていても、全身から恐ろしいほどの威圧感を放っていた。逃げられないと悟った柚香は、不承不承、音に向かって頭を下げた。「ごめんなさい、お義姉さん。さっきは私が不躾だった。あんな呼び方をして悪かった」「構わないわ。もう慣れてるから」音の淡々とした一言に、柚香は一瞬たじろぎ、急いで言葉を付け加えた。「お義姉さん、本当に反省してるの。これからは二度としないって誓うわ」「柚香ちゃん、許してあげる」音は口元をわずかに緩め、上品に微笑んだ。柚香は心の中で、その笑顔を引き裂いてやりたい衝動に駆られた。彼女は鼻を鳴らし、再び立ち去ろうとした。だが、またしても当主に呼び止められた。当主はその場にいる全員を見回し、美咲のところで視線を二秒ほど止めると、厳かに告げた。「夏川さんを解雇するのは、わしの決定だ。音とは関係ない。文句がある者は、直接わしに言いに来い」雅代は納得がいかなかったが、愛想笑いを浮かべて言うしかなかった。「お義父様、夏川先生は私が悠人のために招いた幼児教育の先生です。すべて悠人のためを思ってのことですわ」「本当に悠人のためかどうかは、お前自身が一番よく分かっているはずだ」「……」雅代は黙り込んだ。美咲は唇を噛み、しばらく躊躇してから口を開いた。「申し訳ありません、おじいさま。私に至らない点がありましたら、どうかご容赦くださ
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