All Chapters of やり直せますか?冷戦3年越しの愛に謝罪: Chapter 471 - Chapter 480

481 Chapters

第471話

音は気が済むまで彼の寝顔を堪能してから、ようやくベッドを出て朝食の支度をした。作り終えても宗也が降りてこないので、清美に悠人と先に食べてもらうよう頼み、自分は二階へ上がった。寝室に入ると、宗也はもう目を覚ましていて、ヘッドボードにもたれて煙草をくゆらせていた。音は眉をひそめ、つかつかと歩み寄って彼の指から煙草を抜き取り、灰皿に押しつけて消した。「ベッドで煙草は禁止」宗也が彼女を見る。「俺に指図するのか」「昨日、私がやっと連れ戻したばかりの夫でしょう?指図して何が悪いの。それに煙草は体に毒よ。私、まだ若くして未亡人になるつもりはないの」宗也が片眉を上げた。「じゃあ昨夜、俺をお前の家に連れ帰ったのか」「私の家じゃなくて、私たちの家よ」音はわざと余裕たっぷりに彼の顎をつまみ、端正な顔を右へ左へ眺め回した。「とぼけないでよ。昨夜、浴室からベッドまで散々好き放題してた時、完全にシラフだったでしょう」「お前が誘ったんだろう」「そうよ、私が誘ったの。で、このまま、もう一度ちゃんと私の夫になる気はある?」「ない」「残念。もう手遅れよ」音はくるりと身を翻して彼の上にまたがり、両腕で彼の首にしがみついた。「昨夜あなたが言ったのよ。私が十分に積極的なら、もう一度一緒にやり直してくれるって」宗也は体をわずかに引き、目を細めて彼女を値踏みした。「いつからそんなに大胆になった」「あなたに鍛えられたのよ」音は身を乗り出し、唇の端にちょんとキスを落とした。「朝ごはん、できてるわよ。食べる?」朝食と聞いた途端、宗也は急に空腹を自覚した。ご丁寧に、腹の虫までぐうっと鳴った。音はその腹のあたりに目を落とし、にんまり笑った。「ねえ、私がこれだけ頑張ってご機嫌取ってるんだから、そろそろ許してくれてもいいんじゃない?」「どこが頑張ってるんだ。昨夜、一番頑張ったのは俺の方だろう」「あら、ちゃんと覚えてるんじゃない」音が笑って眉を上げた。「さっきまで覚えてないふりしてたくせに」「……」宗也の唇がぴくりと引きつった。何か言い返そうとした瞬間、音がぽんっと軽く頬を叩いた。「強がりなのはわかってるから。ほら、起きて。ごはん」ベッドを降り、浴室に入って歯ブラシに歯磨き粉を乗せ、タ
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第472話

音が買った服は、ぴったりだった。なんの変哲もない白いシャツなのに、宗也が袖を通すと途端に品格が漂い、惚れ惚れするほど様になる。音は襟元を整えながら、満足げに聞いた。「どう?気に入った?」宗也は服にこだわる方ではない。いつもは執事が揃えたものをそのまま着ていた。だが今日の一着は、音が選んでくれたものだ。「気に入った」彼は満足そうに頷き、続けた。「だが、お前が自分の手で仕立ててくれた服の方がもっといい」「私の手作りなんて、こんな有名ブランドには敵わないわよ。おとなしくブランドものを着てて」「いや、お前の仕立ての方がいい。着心地が違う」「じゃあ何、これからあなたの服は全部私に作れって言うの?」「お前に時間があれば、だがな」「あなたが着たいって言うなら、当然、時間を作らなきゃね」「その覚悟があるなら頼む」「じゃあ、買ってきたこれはもういらない?」「いるに決まってるだろう」宗也は迷わず受け取った。「お前が買ったものだろうと、作ったものだろうと、全部好きだ」「じゃあ……下りて朝ごはんにする?」「ああ」二人が一階に下りると、悠人はもうほとんど食べ終えていた。二人の姿を見つけるなり、スプーンを握った手をぶんぶん振って満面の笑みを浮かべた。「パパ、ママ、悠人お利口だよ!もうすぐ全部食べちゃうよ!」「本当?ちょっとママに見せて」音が微笑んで歩み寄ると、茶碗の中身はたしかにほとんど空だった。「うん、えらいえらい。悠人、本当にお利口ね」音に褒められて、悠人はますます嬉しそうにぱあっと輝いた。期待の眼差しが、今度は宗也に向けられる。音がすかさず肘で宗也の腕をこつんと突いた。宗也は褒める気などなかったが、音に突かれて仕方なく頷いた。「悪くない。成長したな」そう言ってから付け足す。「食べ終わったなら、さっさと椅子から降りろ」――「ママとの朝食を邪魔するな」とは、さすがに口にしなかった。喉まで出かかってはいたが。音がすかさず制した。「急かさないの。ゆっくり食べればいいのよ。悠人、もっと食べてね」そう言って、悠人の茶碗にハムをひと切れ乗せてやった。悠人はぱっと顔を輝かせ、いつものお決まりの台詞を叫んだ。「ママだいすき!」音は優しく笑って、
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第473話

悠人は小さな胸をぽんぽんと叩いてそう宣言した。あまりにも大真面目なその姿に、宗也も音もつい吹き出してしまった。音の胸にじんわりと温かいものが広がった。家族三人で楽しく暮らせるだけで十分に幸せなのに、息子にまで守ってもらえるなんて。夢にだって見たことがなかった。「悠人、本当にえらいね!」音は愛おしさで胸がいっぱいになりながら、小さな頭をなでた。宗也は少し呆れたように笑った。「お前、気づいてないのか。この息子、口だけは一人前の女泣かせに育ってるぞ。これから毎日、こういう甘い台詞を聞かされることになるからな」「毎日でも嬉しいわよ」音は悠人が食べ終わったのを見て、ベビーチェアから降ろしてやった。ちょうど家庭教師の時間だった。家庭教師が宗也と音に挨拶をすませると、悠人の手を引いて二階へ上がっていった。音はふと美月の誕生日を思い出した。「ねえ宗也、美月さんへのプレゼント、何にするつもり?」宗也が顔を上げ、薄く笑った。「それはお前が考えることだろう。俺たちが夫婦で招待されたから言っているんじゃない。仮に俺だけが招待されたのだとしても、妻であるお前が用意する方が筋が通るというものだ」音は、彼がそんなふうに自分の立場を立ててくれるとは思わず、一瞬はっと胸を突かれた。「私……ただ、あなたの方が美月さんの好みをわかってるから、あなたが選んだ方が喜ぶかなって」「俺が選ぶのが適切だと思うか?」音は少し考えた。「……あんまり適切じゃないわね」「だろう」「じゃあ、何を贈ったらいいと思う?」「お前が好きなものを選べばいい」「そういうわけにはいかないわよ。美月さんは夏川家のお嬢様なんだから、きっとプレゼントにも目が肥えてるはずだし」「夏川家の令嬢だからこそ、目くじらなんて立てないさ。何一つ不自由していないんだから」宗也は穏やかに笑った。「気負うことはない。気持ちを表せばそれでいい」音はこんなに頭を悩ませたのは久しぶりだった。しばらく考え込んでから、口を開いた。「いっそ、私が美月さんのためにドレスを一着デザインするのはどうかしら。喜んでくれるかな」「なんとも言えないが、やってみる価値はあるんじゃないか」「うん、やってみる」宗也はふと、音が最近ずっと仕事に追われてい
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第474話

美月が着ていたのは、なんと音が先ほど贈ったばかりのドレスだったのだ。淡いイエローのキャミソールタイプのロングドレスは、彼女の白い肌にとてもよく似合っており、サイズもあつらえたようにぴったりだった。階段をゆっくりと降りてくるその姿は、まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたお姫様のように美しかった。彼女の後ろには、若いボディーガードが静かに付き従っていた。夏川家の令嬢ともなれば、背後にボディーガードを従えていること自体は珍しいことではない。だが音を驚かせたのは、彼が着ている服が、先日自分が宗也に買った服と同じブランドのものだったことだ。あの日美月と偶然会った時、美月はわざわざ手にある袋を見せて「偶然ですね」と言ったのを覚えている。あの時、音は不思議に思ったのだ。なぜ美月が紳士服売り場を、しかも若い男性向けのブランドを歩いていたのか。まさか、そのボディーガードのためにわざわざ買ったのだろうか?だが、夏川家の令嬢ともあろう者が、ただのボディーガードの服を自ら買いに行く必要があるだろうか?普通なら、執事などがまとめて手配するものではないのか?美月はこちらへはまっすぐ向かってこず、少し離れたところで来客と談笑し始めた。グラスを片手にふわりと笑みを浮かべるその様子は、華やかな会場の中でもひときわ優雅で気高く見えた。そして彼女の後ろに控えるボディーガードは、顔色一つ変えずに、美月に向けられる酒をすべて代わりに飲み干していた。「何を見ている?」宗也が傍らから声をかけてきた。音は我に返り、そのボディーガードを見つめたまま好奇心から尋ねた。「あの人……美月さんのボディーガードかしら?」宗也は音の視線を追った。「ああ、美月と幼い頃から一緒に育ったボディーガードだ。彼女が交通事故に遭った後、夏川家に一度解雇されていたようだが、最近になってようやく彼女の元へ戻されたらしい」幼馴染のボディーガードだったのか。どうりで目を覚まして真っ先に彼を呼び戻し、自ら服まで買いに行くわけだ。音は再び、そのボディーガードの些細な仕草や動作を観察した。気のせいだろうか。視線の向け方ひとつ取っても、彼の意識がずっと美月に向いているのが伝わってきた。客を出迎えているだけなのに、彼女が少しでも転んだり人にぶつかったりしないか、過保護なほ
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第475話

美月と談笑していた客たちも、あの異様な叫び声を聞いて血相を変え、慌てて四方に逃げ散った。美月もとっさに横へ避けようとした。だが美咲は、最初から彼女だけを狙って来たのだ。逃がすはずがなかった。ナイフの切っ先が執拗に軌道を変え、まっすぐ美月の胸へと突き出された――悲鳴が、波紋のように会場に広がった。宗也がとっさに駆け出そうとした。だが遠すぎた。逃げ惑う人垣が幾重にも立ちはだかっている。間一髪だった。美月のボディーガードが素早く彼女を腕の中にかき抱き、身を翻すと同時に、鋭い一蹴りで美咲の手からナイフを弾き飛ばした。続けざまに強烈な足払いを食らわせる。美咲の体は数メートル先まで吹き飛んだ。床に激しく叩きつけられた美咲は、口から鮮血を吐いた。苦痛に顔を歪め、うずくまって体を震わせている。長義は、襲撃者が美咲だと気づくや否や、怒りと焦燥をあらわにして詰め寄った。「美咲、気でも狂ったか!よりによってお姉ちゃんの誕生会に刃物を持って乗り込んでくるとは!」美咲は苦しげに顔を上げ、長義を見た。手の甲で口元の血を拭い、凍てつくような笑みを浮かべる。「姉ちゃん?よく言うわ。実の妹を刑務所に放り込むような女、どこが姉ちゃんよ!」長義が言い返した。「お前の自業自得だろうが!」「仮に私が悪かったとしても、もう謝ったじゃない。なのにどうして、あの女は私を徹底的に潰そうとするの?お父さんだって同じよ。お父さんの心にはいつだって可愛い長女しかいない。私のことなんて、気にかけてくれたことあった?大事に思ってくれたことなんて、一度でもあった?助けられたはずでしょう。なのに、あの大事な長女が私を刑務所に送るのを、黙って見てたじゃない。それでも父親なの?」「美咲、もうお父さんを責めるのはやめなさい」美月はボディーガードの腕から静かに離れると、床に倒れ伏す美咲を氷のように冷たい目で見下ろした。「お父さんに助けさせなかったのは私よ。あなたを徹底的に追い詰めると決めたのも、この私。恨むなら、私を恨みなさい。もっとも、私がそうしたのは、先にあなたが私の命を狙ったから。今回のは、そのほんのささやかなお返しをしたまでよ」「あんたの命を狙った、ですって?」美咲が冷笑した。「本気で殺すつもりだったら、病院のベッドで四年も眠らせてな
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第476話

「この場をお借りして、私が心から愛する人にプロポーズしたいと思います」会場がどよめいた。たちまちざわめきが広がり、誰もが美月が愛する男の正体を推測し始めた。やがて――全員の視線が、一斉に宗也へ注がれた。美月と宗也がかつて交際していたことは周知の事実だ。両家が縁談を進めていたことも知られている。あの事故さえなければ、二人はとうに結婚して子供もいたはずだった。音でさえ、無意識に周囲と同じ方を見ていた。隣に立つ宗也を。ドレスの襞に隠した両手が、ぎゅっと強く握りしめられていく。もし美月がこの場で宗也にプロポーズしたら、どれほどの修羅場になるのか。自分はどこに立っていればいいのか。考えるだけで、息が詰まりそうだった。宗也はさすがに肝が据わっているだけあって、これだけの視線を浴びても表情ひとつ変えなかった。やがて、人々の目が宗也から音へと移った。同情の目だった。――ほらね、やっぱりあの耳の聞こえない女には荷が重かったのよ。宗也の妻の座を追われるのも時間の問題だ。そんなあざけりの声が、視線の奥から聞こえてくるようだった。ざわめきが収まるのを見届けてから、美月はマイクを手にし、穏やかに微笑んだ。「皆様、勝手な憶測は不要ですわ。今日、私がプロポーズしたいのは――深津城也(ふかつ せいや)という男性です」沈黙。そして、別種のどよめきが弾けた。深津城也とは誰だ。どこの家の御曹司だ――客たちが口々に囁き合う。今度は美月は、長く待たせなかった。まっすぐにステージの右下へ向き直り、ボディーガード姿の若い男に微笑みかけた。「どこの御曹司でもありません。けれど、幼い頃から私のそばにいて、勉強を教え、身を守ってくれた幼なじみです。たった今、私を刃物から救ってくれたボディーガードであり。そして、私が四年間眠り続けた間も、毎年必ず誕生日を祝いに来てくれた、たった一人の人です」客たちの視線が、つられるようにステージ下のボディーガードへ集まった。城也は美月の告白を聞きながら、一瞬だけ微かな驚きを見せた。が、すぐにいつもの静けさを取り戻した。人波の中からひそひそ声が漏れてきた。「あれ、美月様のボディーガードだろう?たしか夏川家の運転手の息子じゃなかったか。いつの間に美月様とそういう仲に?」「ありえないわよ。
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第477話

美月が一歩踏み出し、細い指が城也の端正な顔にそっと触れた。彼にこんなふうに触れるのは、おそらく初めてだった。城也が無意識に半歩退いた。美月がその分だけ、距離を詰めた。指先がゆっくりと襟元へ滑り落ち、スーツのジャケットの胸元を軽く開く。「城也。これ、何だかわかる?」城也の視線が彼女の指先を追った。スーツの裏地に、不揃いな糸の文字で美月のイニシャルが刺繍されている。再び、驚きが顔をよぎった。この服は執事から渡されたものだ。どこから来たかは聞かされず、「今日は必ずこれを着るように」とだけ言われた。深く考えもせず、ろくに確かめもせずに袖を通していた。まさか、裏地に彼女の名前が縫い込まれていたなんて。ただの一着が、急にかけがえのないものに思えた。「城也、私はデザインなんて学んだこともないし、あなたみたいに自分で指輪を作れるほど器用じゃない。でもね、あなたの服に私の名前を刺繍するくらいなら、できるの。ねえ、どう?上手に縫えてる?ちゃんと気持ち、伝わってる?」美月がにこにこと微笑みながら訊いた。さっき城也がはめてくれた指輪が、彼が大学時代に自分でデザインしたものだということを、美月は知っていた。しかも、彼女の薬指のサイズに合わせてデザインしたのだ。身分の違いから、彼はその指輪を贈ることができなかった。代わりにネックレスのペンダントにして、ずっと首から下げていた。最初はその指輪の意味など知らなくて、冗談半分で「きれいな指輪ね、ちょうだい」とねだったことがある。城也はあの時こう言った。――指輪というのは神聖なものだから、気軽に人にあげるものではないんです、と。その時は「ケチだなあ」と笑ったけれど。まさか、最初から自分のためだけに作られたものだったなんて。この男は本当に、どこまで隠し通すつもりだったのだろう。「その指……まさか、針で刺したんですか?」城也が彼女の手を襟元からそっと引き離し、指先を見つめた。いくつも針で突いたような小さな傷痕がある。数日前から、美月の指に小さな傷があるのには気づいていた。どうしたのかと訊いたら、アクセサリーで引っかけただけだと言っていた。嘘が、ばれてしまった。もう、ごまかしようがなかった。美月は少しばつが悪そうに目を逸らした。「ねえ城也、
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第478話

美月が、ボディーガードと結ばれた。客たちが信じられなかっただけではない。音もまた、にわかには信じがたかった。こっそり宗也の袖を引く。「ねえ宗也、さっきの美月さんの話、本当だと思う?」「本当だろうな」「どうして?」「たぶん……俺があの二人のことをよく知っているからだ」「二人を?」「さっき美月が言っていただろう。幼い頃から一緒に育って、深津が勉強を教え、身を守ってきたとな。他人にはただの美談に聞こえるかもしれないが、俺はそれを実際に見てきた。深津は夏川家の運転手の息子だが、文武両道の秀才でな。もともと美月より一学年上だったのだが、彼女を名門大学に合格させるため、あえて自らの進学を一年遅らせたんだ。本来なら首席も狙えたはずの道を捨ててまで美月を引き上げ、そうして二人揃って一流大学への合格を掴み取ったというわけだ。その後は、堂々と美月のそばにいるために格闘技を学び、ボディーガードになった」宗也の話を聞いているだけで、音の胸は熱くなった。もし自分だったら――こんなふうに守ってくれる人がいるなら、家柄も肩書きも関係ない。迷わず嫁いでいるわ。「じゃあ、どうして美月さんは今になって初めてプロポーズしたの?」「名家に生まれて、自分で結婚相手を選べる人間がどれだけいると思う。美月は夏川家の令嬢として、釣り合いの取れる相手と結婚するものだと叩き込まれて生きてきた。自然と、目もそちらへ向く。深津のような立場の男をどれほど好きでも、無意識に自分の本心から目を逸らしてしまうんだ」音は少し考え、深く頷いた。もし一度死にかけていなければ、もし美月自身が言ったように、四年間の眠りの中で毎年誕生日を祝いに来てくれたのが彼だけでなければ、美月はきっと今もまだ、自分の本心に気づけていなかったのだろう。「やっぱり、この世には本当の愛があるのね」音がぽつりと呟いた。宗也が彼女を見下ろした。「なんだ、ないと思ってたのか」「信じて……るわ」音は小さく頷いた。「えらく歯切れが悪いな」「前はさ、疑っちゃってた時期もあったんだよね。でも、何度も離れては戻ってきて、やっと気づけたの。本当の愛って、ちゃんとあるんだなって……たとえば、私があなたを想うこの気持ちがまさにそうなの」音は彼の方へ向き直り、まっすぐに見上
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第479話

悠人の頼みごととなると、音はいつも二つ返事で引き受けた。宗也は相変わらず不機嫌そうに眉をひそめる。「どうしてあんなに俺たちの邪魔ばかりするんだ。そのうち本家に送り返すぞ」「それは絶対に駄目!」音は反射的に強く拒んだ。「宗也、もし悠人を本家に送り返したりしたら、私、家を出ていくからね」「おい。何があっても二度と家出はしないって約束しただろう?」「それとこれとは話が別よ!」宗也は音が本気で焦っているのを見て、くすっと笑い、その頭をぽんぽんと撫でた。「冗談だって。お前の大事な宝物を追い出せるわけないだろ」「本当でしょうね」音はほっと胸を撫で下ろし、すぐにまた口を開いた。「ねえ……お義母さまのことはどうするの?」「どうにもならないさ。母さんがどうしても縁組みさせたがっていた美月は、もう別の相手を見つけたんだ。まさか今さら横取りしに行くわけにもいかないだろう。仮に俺が乗り込んだところで、美月の深津への想いを見れば、どうにも入り込む隙はない」「でも、お義母さまはいつまでも私を認めてくれないわ」「お前が一緒に生きていくのは俺だ。母さんじゃない。俺が認めていれば、それでいいんだ」宗也は彼女の肩をそっと引き寄せた。「心配するな。俺がついているから」音は決して恐れていたわけではなかった。ただ、宗也に嫁いだからには、彼の家族ともうまくやっていきたいと願っていただけだ。けれど、雅代の頑なな態度を思えば、それは到底望むべくもないことだった。青葉の家に戻ると――悠人がリビングのソファでこっくりこっくりと船を漕いでいた。音と宗也の姿を見た途端、彼はぱっと目を覚まし、ソファからするりと滑り降りた。「パパ、ママ、おかえりなさい!悠人、ずーっと待ってたんだよ!」音は腕を伸ばして悠人を抱き上げ、小さな頭を優しく撫でた。「悠人、どうしたの?パパとママ、お昼過ぎに出かけたばかりじゃない」傍らで、清美が申し訳なさそうに説明した。「申し訳ございません、旦那様、奥様。悠人様が今夜はどうしても、お二人がお戻りになるまでお部屋で寝ないと言い張って……」「どうして?悠人」音が優しく頭を撫でながら聞くと、隣にいた宗也がばっさりと切り捨てた。「甘やかしすぎだな」実際、その通りだった。ここのとこ
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第480話

音は小さく声を上げ、両腕を彼の首にぎゅっと回した。「下ろして」「下ろさない」宗也は音を抱えたまま大股で主寝室へ向かい、そのまま浴室に入った。何をしようとしているのか悟った瞬間、音は本能的にもがきかけた。けれど――美月がもう別の相手を見つけたことを思い出すと、胸の奥に残っていた最後の小さな棘がすっと消えた。今さら何をためらう必要がある?夫婦で一緒にお風呂に入るなんて、ごく当たり前のことだ。宗也はその変化を敏感に感じ取り、口元に微かな笑みを浮かべた。音を洗面台の上にそっと下ろすと、熱のこもった眼差しで見つめながら囁いた。「いい子だ。服を脱がせてくれ」音は素直に従った。細い指を彼の胸元に伸ばし、微笑みながらボタンをひとつ、またひとつと外していく。引き締まった胸の筋肉が、その手つきに合わせて少しずつ露わになる。音はこくりと小さく唾を飲んだ。身を乗り出し、おずおずと自分の唇を、彼の素肌に押し当てた。こんなふうに自分から仕掛けるのは、初めてだった。宗也は予想していなかったのだろう。たくましい体がわずかにこわばった。頭上からかすれた声が降ってくる。「音、何をしてるんだ?」音は彼の腕の中で顔を上げた。形のいい顎を見上げ、そっと囁く。「わからない?あなたを誘ってるのよ」「本気か?ここで?」「本気よ」音はもう一度、彼の胸に唇を落とした。「怖いの?」「挑発してるのか?」宗也は長い指で音の顎をすくい上げ、ふっと笑った。「音、ひとつだけ言わせてもらうと――その手は、非常に効く」言い終わるなり、指を彼女のうなじに滑らせて引き寄せ、深く、激しくキスを奪った。音は笑みを含んだまま彼のキスに応え、その間にシャツの残りのボタンを手早く外していった……三日後。宗也がキッチンで音のジャーキー作りを手伝っていると、清美が届いたばかりの招待状を持ってきた。夏川家からだという。音が首をかしげる。「夏川家?何かの間違いじゃないわよね?」宗也は招待状を閉じて脇に置き、にやりと笑った。「間違いじゃない。美月の結婚式の招待状だ」「結婚式?」音はきょとんとした。「三日前に告白が成功したばかりなのに、もう婚約するの?」「婚約じゃない。結婚だ」「結婚!」
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