「でも、トイレって女性だけですし……」そんなに嫌がるほど、危険なんてないと思うんだけどな。「バカ。隙を狙って何食わぬ顔で入ってくるヤツもいるし、そのまま隠れているヤツもいる。盗撮カメラが仕掛けられていたりする場合もあるしな」炯さんはどこまでも真剣で、少しも冗談を言っている様子はない。それを聞いて身体がぶるりと震えた。「……怖い」世の女性たちは、そんな恐怖と戦っているんだ。私は誘拐の危険はあったものの、おかげでボディーガードが傍にいることが多く、そういう危険には怯えなくて……というよりも気にすることなく過ごしてきた。いかに自分が、恵まれた環境なのか痛感した。「悪いことしに街に出るのはいいが、誘拐以外にもそういう危険があるんだってよく覚えておけ。まあ、ミドリを付けてるから大丈夫だとは思うけどな」「はい、気をつけます」とはいえ、なにをしていいのかわからないけれど。フラッペを飲み終わり、荷物を持って車に戻る。もっとも、荷物は全部、炯さんが持ってくれたが。だって!私も持つって言っても、ひとりで持てるから大丈夫だって持たせてくれないんだもの!「マンションってここから遠いんですか?」「いや?十分くらいだ」黒のSUVは滑るように夕暮れの街を進んでいく。あの日、車で彼の正体がわかったんじゃないかといわれそうだが、ドイツ製のこのクラスの車なら、ちょっと稼いでる会社の社長くらいなら乗っていてもおかしくない。聞いたとおり十分程度で、見えてきたタワーマンションの地下に炯さんは車を入れた。「ここを借りているんだ」一緒に乗ったエレベーターには、建物の割にボタンが少ない。どうも高層階住人専用のようだ。「ようこそ、俺の別宅へ」「お、お邪魔します……」招かれた部屋の中へ、おそるおそる足を踏み入れる。本宅とは違い、こちらはモデルルームかのように作りものめいていた。まあ、寝るだけのために借りているとか言っていたし、そのせいかもしれない。「寝室、こっちだから着替えろ」「はい」案内された寝室で、先ほど買った服に着替える。本宅に比べれば狭い寝室には、ベッドとライティングデスクが置いてあった。髪型も服にあうように変え、メイクを直してリビングへと行く。「着替えました」「似合ってるな」ソファーに座る炯さんが、ちょいちょいと手招きをするの
Last Updated : 2025-11-03 Read more