レンズの向こうから真っ直ぐに私を見ている瞳は、揺るがない。しかし、妻を娶ってもかまう暇がないなどと言っていた人間とは思えない台詞だ。けれどそれだけ、自分は炯さんに愛され、大事にされているのだと胸が熱くなった。私が落ち着き、炯さんはコーヒーを淹れてくれた。しかも私がリラックスできるようにか、ミルクを入れた甘めのコーヒーだ。「それで。なにがあった?」飲み終わり、一息ついたところでさりげなく彼が聞いてくる。「……その。抱きつかれ、て」「抱きつかれたぁ?」不快そうに炯さんの語尾が上がっていく。これはまた、彼の嫉妬スイッチを押してしまったのかと思ったものの。「……そうか、抱きつかれたのか」乾いた笑いを落としながらコーヒーを飲む、彼の手は震えている。もしかして、前回を反省してものすごく我慢してくれている?「それで凛音から、別の男のにおいがするんだな」その言葉で、びくっと身体が震えた。やはりまた、烈火のごとく嫉妬に狂うんだろうか。「凛音に移り香を残していいのは、俺だけだ」カップを置いた彼が、再び私を抱き締めてくる。「とりあえず、上書きしておかないとな」まるでマーキングするみたいに身体を擦りつけられた。私も、全身の空気を入れ換えるかのように彼の匂いを吸い込む。「……炯さんの匂い、好き……」凄く安心するし、それに。――酔ったみたいに頭がくらくらする。「ん、俺もこの香水の匂い、好きなんだよな」仕上げなのか、つむじに口付けが落とされた。「んー、香水の匂いだけじゃなくて、……炯さんの匂い?がするんですよ」香水なら彼のいない日、淋しくてこっそり借り、枕に振って抱き締めて寝たことがある。でもあれはなんか違ったのだ。ぬくもりがないからだといわれればそれまでだが、たぶん香水と汗のにおいだとかが混ざりあった〝炯さんの匂い〟が私にとって、一番心地いい匂いになっているんだと思う。「なんだよ、それ」おかしそうに彼は笑っているが、私も上手く説明できないからいい。「それで。抱きつかれただけか?」「はい。キス、されそうになりましたけど、携帯が鳴り出して」あれは本当にいいタイミングだったが、なんだったんだろう?「腕時計が役に立ったな」「腕時計?」わけがわからなくて炯さんの顔を見上げる。「凛音の危険を察知して、俺たちに通知が行く
Terakhir Diperbarui : 2025-11-03 Baca selengkapnya