Semua Bab 私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした: Bab 61 - Bab 70

80 Bab

第八章 ワルイコトにピンチです 6

レンズの向こうから真っ直ぐに私を見ている瞳は、揺るがない。しかし、妻を娶ってもかまう暇がないなどと言っていた人間とは思えない台詞だ。けれどそれだけ、自分は炯さんに愛され、大事にされているのだと胸が熱くなった。私が落ち着き、炯さんはコーヒーを淹れてくれた。しかも私がリラックスできるようにか、ミルクを入れた甘めのコーヒーだ。「それで。なにがあった?」飲み終わり、一息ついたところでさりげなく彼が聞いてくる。「……その。抱きつかれ、て」「抱きつかれたぁ?」不快そうに炯さんの語尾が上がっていく。これはまた、彼の嫉妬スイッチを押してしまったのかと思ったものの。「……そうか、抱きつかれたのか」乾いた笑いを落としながらコーヒーを飲む、彼の手は震えている。もしかして、前回を反省してものすごく我慢してくれている?「それで凛音から、別の男のにおいがするんだな」その言葉で、びくっと身体が震えた。やはりまた、烈火のごとく嫉妬に狂うんだろうか。「凛音に移り香を残していいのは、俺だけだ」カップを置いた彼が、再び私を抱き締めてくる。「とりあえず、上書きしておかないとな」まるでマーキングするみたいに身体を擦りつけられた。私も、全身の空気を入れ換えるかのように彼の匂いを吸い込む。「……炯さんの匂い、好き……」凄く安心するし、それに。――酔ったみたいに頭がくらくらする。「ん、俺もこの香水の匂い、好きなんだよな」仕上げなのか、つむじに口付けが落とされた。「んー、香水の匂いだけじゃなくて、……炯さんの匂い?がするんですよ」香水なら彼のいない日、淋しくてこっそり借り、枕に振って抱き締めて寝たことがある。でもあれはなんか違ったのだ。ぬくもりがないからだといわれればそれまでだが、たぶん香水と汗のにおいだとかが混ざりあった〝炯さんの匂い〟が私にとって、一番心地いい匂いになっているんだと思う。「なんだよ、それ」おかしそうに彼は笑っているが、私も上手く説明できないからいい。「それで。抱きつかれただけか?」「はい。キス、されそうになりましたけど、携帯が鳴り出して」あれは本当にいいタイミングだったが、なんだったんだろう?「腕時計が役に立ったな」「腕時計?」わけがわからなくて炯さんの顔を見上げる。「凛音の危険を察知して、俺たちに通知が行く
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-03
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第八章 ワルイコトにピンチです 7

「……は?」さすがにそれには、変な声が出た。言われれば警報が鳴り出してからミドリさんの登場までさほどなかった。家から大学まであの時間で来るなんて、瞬間移動でもしない限り無理だ。「またアイツが凛音に手を出してきたら困るだろ?だからなにかあってもすぐに対応できるように、ミドリを待機させておいた」「そうなんですね」「本当は俺が待機していたかったんだがな」眼鏡の下で眉間に皺を寄せた彼は後悔しているように見えた。それが嬉しくて、甘えるようにその胸に額を預ける。「……ちょっと大騒ぎ、しすぎちゃいましたかね」いまさらながら、ここまで過剰に反応しなくてもよかったんではないかという気がしてきた。後ろから抱きつかれただけで、それ以外はなにもされていない。あ、いや、キスはされそうになったが。「仕事も放り出してきちゃいましたし」きちんと早退すると報告もせずに帰ってきてしまった。あのときはいっぱいいっぱいだったとしても、社会人としては失格だと思う。「大騒ぎじゃないだろ。その気もない男に抱きつかれても怖いだけだ。普通の女じゃ男の力には敵わないんだしな」慰めるように彼が、私の背中を軽くぽんぽんと叩く。「ひとつ確認するが。アイツの件は上司に報告したんだよな?」「……はい。したんですけど……」炯さんに、報告はしたが恋愛は個人の問題だと取りあえってもらえなかったと話す。「なんだよそれ。その気のない凛音に無理矢理キスしてきた時点で、犯罪だろ。それを個人の問題?しかも加害者の元へ被害者ひとりで行かせる?正気か、その上司」「いたっ」彼はかなりご立腹なようで、私を抱き締めている腕に力が入る。無意識なので加減を知らず、身体に強い痛みが走った。「あ……。ごめん」すまなそうに彼が詫びてくる。それにううんと首を振った。痛かったけれど、それだけ彼が私のために怒ってくれているのは、嬉しい。「とにかく、弁護士を通じて厳重に抗議する。凛音が暴行を受けたというのに、疑っていた大学側にもな」暴行は言いすぎじゃないかと思うが、でもそうなるのかな……。しかし、上司はベーデガー教授の顔色をうかがって保身を図っていたようだが、それよりももっと大変な人の反感を買ってしまった気がする。「そんなところなら、あの大学への寄付や優遇は考えたほうがいいかもな」
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第八章 ワルイコトにピンチです 8

「お、俺は、当たり前のことをしているだけで……」珍しく私からキスしてもらえたからか、炯さんは眼鏡の弦のかかる耳を真っ赤に染め、ぽりぽりと人差し指で頬を掻いた。過保護、だとは思う。でもその気持ちが、私を幸せにしてくれる。これ以上お仕事の邪魔をするのも悪いし、ミドリさんに連れて帰ってもらおうと思ったけれど、彼女には大学に戻って私の荷物を取ってきてもらい、先に帰したらしい。別に邪魔じゃないし、終わるまで待っておけと言われて、おとなしくする。「……格好いい」テキパキと指示を出し、仕事をしている炯さんは、いつも私の前でデレデレしている彼と違い、キリッとしていて格好いい。あまりに格好よくて、つい見蕩れていた。「ん?」あまりに見蕩れていたものだから不意に彼と目があい、慌ててソファーの背に隠れる。「なんだ、凛音。あまりに俺が格好よくて、見蕩れていたか?」意地悪く、彼の右の口端が持ち上がる。「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか……!」否定して見せながらも頬が熱い。それに、はい、そうですなんて素直に言えるわけがない。「ふーん、そうか」興味なさそうに言い、彼は手元の書類に視線を落とした。「別にいいけどな。それより今こそ、ゲームをするときじゃないのか?イベントあるのに仕事で時間が足りないとか嘆いていたじゃないか」「あー……」ハマっているソシャゲでイベントをやっているのだが、今回もらえるキャラをゲットするには普段のプレイ時間ではかなり厳しく、つい愚痴ったのは先日の話だ。ちなみに課金は私のお給料から、一万円までと決めている。「それが、携帯を壊されてですね」まるで新しい携帯を無心しているみたいで、笑って誤魔化す。「わかった。スミに頼んですぐに手配する。それで、壊された携帯はどうした?」もっとなにか言われるのかと思ったが、あっさり手配するとか言われて拍子抜けした。「その。ベーデガー教授のところにまだ転がっているかと……」「それはミドリに回収するよう、手配しよう」「すみません、よろしくお願いします」ぺこんと炯さんに向かって頭を下げる。「凛音が謝る必要ないだろ、悪いのは全部アイツだ」それはそうだけれど、それでもまだ半年も使っていない携帯を買い替えだとか、心苦しいよ……。「それで。凛音は暇なんだな?」「暇……ですね
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第八章 ワルイコトにピンチです 9

「今朝、送られてきた資料があっただろ?あれと空いてるパソコン持ってきてくれ」私になにかさせる気だというのはわかったが、なにをさせようと?すぐに背の高い、銀縁眼鏡のインテリイケメンがノートパソコンとファイルを抱えてやってきた。この人は知っている、炯さんの秘書さんだ。「どうなさるおつもりですか?」秘書さんは怪訝そうに炯さんへそれらを渡した。「凛音に訳させる」「……は?」仲良く秘書さんと同時にひとこと発し、固まった。「本気ですか?」まじまじと秘書さんが炯さんを見る。それは私も同じ気持ちだった。「本気だが?」しかし炯さんはドヤ顔で、秘書さんは軽く額に指先を当て、痛そうに頭を何度か振った。「採用試験みたいなもんだ。秘書室にもうひとりくらい、欲しいって言ってただろ?」「確かに言いましたが……」眼鏡の奥から秘書さんの視線がちらりと私に向く。彼の気持ちはよくわかった、こんな世間知らずのお嬢様になにができるのかと言いたいのだろう。私だってそう思う。「ちょっと待ってください。私はここで働きたいなんてひとことも」「そうだな。でも、今回の件でわかった。凛音には俺の目の届くところか、最低でも俺の選んだ、信頼のできるところで働いてもらいたい」じっと炯さんがレンズの向こうから私を見据える。その目には私を断らせない、強い意志がこもっていた。そうやって私の自由を制限されるのが嫌だ。しかし。「そうじゃないと俺が、安心できない……」みるみる彼の目が、泣き出しそうに潤んでいく。「今日、凛音になにかあったらどうしようと、その顔を見るまで気が気じゃなかったんだ。どうして俺は、あんなヤツのいる場所へ凛音を行かせたんだと後悔した。だから」……ああ。こんなにも不安な心を抱え、彼は私を待っていたんだ。もし、また似たようなことがあれば、炯さんはそのときもこうやって自分を責めるのだろう。だったら、これくらい飲み込める。「わかりました。でも、同じ職場はダメです。……炯さんに見蕩れて、お仕事にならなくなっちゃいますから」「そうだな。俺も凛音を可愛がりたくて仕事にならないもんな」ようやく彼が悪戯っぽく笑ってくれて、私も笑い返す。――自由には危険がついてくる。今回の件で学習した。それでなくても今まで、何度か誘拐されかけたくらいだ。こ
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第九章 ワルイコトで豪遊です! 1

次の仕事が決まるまでゆっくり……なんて、させてもらえなかった。「ひーっ!また入ってきた……!」携帯の通知音で悲鳴が漏れる。次から次に入ってくるのは、炯さんの会社からの翻訳依頼だ。次の職場が決まるまで外部委託という形でやってほしいと頼まれて承知したのはいいが、休む暇を与えぬ勢いで依頼が入ってくる。秘書室にもうひとり欲しいとか言っていたが、どうもかなり切迫しているようだ。「あうあう」虚ろな目をして辞書を引きつつパソコンのキーを叩く。どのみち、炯さんはまた出張に出ていて、しばらくは暇だ。それに、お給料がびっくりするくらい、いい。『え、身内価格で盛ってませんか……?』聞いたときは思わず、疑ってしまったくらいだ。しかし、これが普通だと言われ、驚いたものだ。たくさん稼げれば、それだけ悪い遊びもできる。でも最近、お気に入りのコーヒーショップにすら行けていないんだよね……。気分転換に行きたいが、そんな時間もないほど仕事が入ってくる。お外で優雅に仕事も憧れたものの。『コンプライアンス!社外秘!パソコンの画面なんてのぞき見できるからな。フリーWi-Fi使ってデータ抜くなんて簡単だ。漏洩は重大な契約違反で、莫大な違約金とともに信用も失墜だがいいのか?』などと脅されたら、もう外で仕事をしようなんて気は起こらなかった。その忙しい仕事も、どうも今週いっぱいらしい。今週から新規採用された人が働き始め、少しずつ減ってきている。このあとは仕事が決まるまで、私がお小遣い稼ぎができる程度に仕事を回してくれると炯さんは言っていた。「休憩……」腕を伸ばし、凝り固まった身体を解す。携帯を持ち、自室を出た。キッチンへ行き、炭酸水のペットボトルを掴む。「あらあら。お持ちいたしましたのに」冷蔵庫の前で立ったまま炭酸水を飲んでいる私を、通りかかったスミさんはおかしそうに笑った。「これくらい、自分でしますよ」こんなことくらいでわざわざ、他人の手を煩わせる必要はない。実家ではそれが、普通だったけどね。「ミドリさんは?」「そろそろ……あ、ミドリさん」「はい」今度はミドリさんがキッチンへやってくる。「お散歩行きたいんですけど、いいですか?」「はい、いいですよ」「ありがとうございます」ミドリさんはすぐに承知してくれたが、だいたいこの時間に
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第九章 ワルイコトで豪遊です! 2

お祭りの日は朝からそわそわしていた。炯さんからは私が寝ていたあいだに、無事に向こうを発ったと連絡が入っていた。「おかしくないですか……?」夕方、スミさんに着付けてもらい、全身を鏡で確認しながら不安になる。赤の椿柄の浴衣に黒の帯は、私の希望どおり落ち着いて見えた。さらに赤の帯締めと、そこに通る赤椿の帯留めがそれを引き立てる。髪も若奥様風に夜会巻きベースで結ってもらったし、メイクも少し、年上に見えるようにしてもらった。できあがった私はいつもよりも何倍も綺麗で、反対にやり過ぎなんじゃないかという気がしてくる。「お綺麗でございますよ。これなら坊ちゃまも、惚れ直すこと間違いなしです」「いたっ!」丸まった背中を伸ばすように、彼女が私の背中を叩く。それで、自信がついた。今日はミドリさんの運転ではなく、タクシーで待ち合わせ場所へと向かう。待ち合わせは私ひとりではなく、ミドリさんも一緒だ。私ひとりだとまた、変な虫が寄ってくると困る……だ、そうだ。私もナンパなんかされると困るしね。しかし。タクシーを降り、待ち合わせの像の前に一緒に立つミドリさんをちらり。今日の私にあわせて浴衣姿の彼女は、かなり美人だ。こんな人と一緒だなんて、反対に声をかけられるんじゃないかと心配になる。「そこの彼女たちー、誰か待ってるのー?」一見、爽やか好青年風の男性二人組が声をかけてきた。杞憂が現実になり、心の中でため息をついた。「待ち合わせ中ですので、心配はご無用です」「えー、そんなこと言わないでさー。その格好、お祭り行くんでしょ?俺らと行かない?」素っ気なくミドリさんは断っているというのに、彼らはしつこく絡んでくる。しかも、手首を掴まれた。「……いやっ」「離せ」反射的に引っ込めたが、手は離れない。しかし瞬間、ミドリさんがその手を叩き落とした。「いったー。あー、これもう、折れちゃったかもなー」などと言いつつ、男はニヤニヤ笑い、もうひとりに目配せしている。絶対、折れてなどいない。ミドリさんだってそれほど、強く叩かなかった。ああやって私たちが動揺するのを楽しみたいだけなのだ。「どーすんの、これ?」男がわざとらしく手首をぶらぶらと振ってみせるが、本当に折れていたら痛くてあんなことはできないはずだ。「責任取ってとりあえず、病院付き合ってよ
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第九章 ワルイコトで豪遊です! 3

「……なあ」「ひっ」ぼそっと低い音が落とされただけで、男たちが悲鳴を上げて縮こまる。「俺の女をどこに連れていく気だ?」高圧的に黒い影――炯さんが男たちを見下ろす。「ス、スミマセンデシタ!」及び腰で炯さんを見上げていた彼らは次の瞬間、一目散に逃げていった。「なんだ、あれ」呆れ気味に炯さんがため息を落とす。彼らにはもしかしたら、炯さんがクマか化け物にでも見えていたのかもしれない。「待ち合わせは問題だな、凛音が必ずナンパされている」「は、はははは……」私が悪いわけではないが、それでも気まずくて目を逸らしてしまう。「ミドリもお疲れな。これでうまいもんでも食べて帰ってくれ」炯さんはミドリさんの手を取り、一万円札を握らせた。「そんな!私はこれが仕事ですので」ミドリさんは返そうとしてきたが、それを炯さんが押しとどめる。「いいから。さっきのあれはミドリも不快だっただろ?迷惑料だ、受け取っとけ」「……ありがとうございます」それで返す気はなくなったのか、ミドリさんはそれを受け取った。炯さんは凄いな、ちゃんとミドリさんも気遣って。私も見習わなきゃ。「お気をつけていってらっしゃいませ」「ミドリもありがとな」「ありがとうございました」お礼を言ってミドリさんと別れ、神社へと向かう。「浴衣、似合ってるな」私を見下ろし、小さくふふっと炯さんが笑う。「ありがとうございます」嬉しくて頬が熱くなっていく。「凄く艶っぽくて今すぐ押し倒したいが……帰るまでの我慢だな」「えっ、あっ」ちゅっと露わになっているうなじへと口付けが落とされ、思わずそこを押さえていた。うーっ、こんなの反則だよ……。「け、炯さんの浴衣姿も素敵です」自分だけどきどきさせられるのもしゃくなので、反撃を試みる。実際、炯さんの浴衣姿はとても色っぽくて、心臓の高鳴りが止まらない。「そうか?」あっさりと言った彼の顔が近づいてくる。「……なあ。欲情、してくれてる?」その指摘で心臓が大きく跳ねた。どうして炯さんは気づいてしまうんだろう。うなじに口付けを落とされたときから、じんわりとそこが湿っているのに気づいていた。「このまま……帰ろうか」妖艶に光る瞳が、レンズの向こうから見ている。とろりと蜜が、流れ落ちるのを感じた。「あ……ダメですよ」さりげなくそ
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第九章 ワルイコトで豪遊です! 4

「そうか。残念」顔を上げると、彼がにやりと口端を持ち上げるのが見えた。炯さん、狡い。いつも私は彼に、いいように弄ばれっぱなしだ。参道には多くの屋台が並んでいた。「たこ焼き!焼きそば!リンゴ飴も食べたいです!」「はいはい」「金魚掬いも、ヨーヨー釣りもやりたいです!」「はいはい。でも、先に挨拶な」はしゃぐ私に苦笑いし、炯さんは私の手を引いて人混みを進んでいく。……ちょっと子供っぽかったかな。ちらりと彼を見上げたら、目があった。「祭りなんていくつになってもはしゃぐもんだからな。ほら」炯さんが視線を向けた先では、サラリーマン数人がなにやら子供みたいに大騒ぎしていた。もしかして、フォローしてくれた?でも、はしゃいでいいんだってちょっと楽になった。「こんばんは、灰谷の若旦那!」出店の一番端、神社のすぐ隣にあるテントで、炯さんを見つけた初老の男性から声をかけられた。「若旦那はよしてくださいよ」笑いながら炯さんは中へと入っていく。勧められて、ふたり並んでパイプ椅子に座った。簡易事務所の中では先ほどの男性を中心に四、五人が談笑していた。「今年も若旦那のおかげで、無事に祭りがおこなえています」「いえいえ。皆様の尽力のおかげです」にっこりと炯さんが笑う。大学卒業時に今の家のある土地を祖父に譲り受けて以来、祖父に引き続き炯さんはこのお祭りにそれなりの寄付をしてきたそうだ。「そちらが若奥様ですか?」ちらりと彼の視線が、私へと向かう。「はい。といってもまだ、籍は入れてないんですけどね」「は、はじめまして!城坂凛音です。これからはよろしくお願いしましゅ……!」慌てて挨拶したものの、……噛んだ。それだけでも頭を上げられないのに、さらに炯さんがおかしそうにくすくすと笑っていれば、恥ずかしさは倍増だ。「こちらこそ、よろしくお願いします」男性も笑いを堪えていて、今すぐこの地面に穴を掘って埋まりたくなってきた……。「しっかし、可愛らしい方ですね。若旦那が惚れるのもわかりますよ」「そうでしょう」なぜか自慢げに炯さんが頷く。いや、そこは自慢されていいのか。しかし、せっかく大人の魅力が出るように落ち着いた柄を選んだのに、可愛いって台無しだよ……。「じゃあ、我々はこの辺で」「はい、楽しんでいってくださいよ」軽い
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-03
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第九章 ワルイコトで豪遊です! 5

「ひとつください」すぐ後ろでごそごそ支払いの準備を始めた炯さんを止める。「全然、大丈夫なので」ここしばらくのアルバイトのおかげで、かなりお金が貯まっている。それにこういうところでは現金払いがまだ多いって聞いていたので、しっかり小銭を用意してきた。「ばーか。このあいだのお詫びに、屋台で豪遊させてやる約束だろ」にやりと笑い、彼が軽く指先で私の額を小突く。「……ソウデシタ」少し気まずく、そろそろと出しかけた財布をしまった。「それで?あとはなにを買うんだ?」「あとは……」焼きそばも食べたい。肉巻きおにぎりとか焼きイカも気になる。でも、リンゴ飴は絶対だし、かき氷もクロワッサン鯛焼きも惹かれるんだよね……。「うーっ」「そう悩むな。食べきれない分は俺が食べてやる。持って帰って明日食べてもいいしな」軽く彼が私の頭をぽんぽんしてくる。炯さん、こんなに優しい旦那様で、私をこれ以上、惚れさせてどうする気なんだろう?とりあえず追加で焼きそばと焼きイカを買った。「飲み物……」美味しそうな生搾りレモン酎ハイのお店を見つけ、悩む。炯さんには外で絶対に飲むなって言われたんだよね。これは、外になるよね……?ちらりと彼を見上げたら、はぁっとため息をついて財布を出した。「今日は俺が一緒だから、特別に許す。……あ、薄めにお願いします」「はーい」苦笑いで店員が作ってくれた酎ハイを受け取る。「……ありがとうございます」「ま、たまに羽目を外すくらいいいだろ」ちゅっとつむじに彼は口付けを落としてきた。炯さん、こんなに格好よくて、私をこれ以上……以下同文。あとは炯さんのビールを買って、休憩所の空いた椅子を確保する。「うーん、美味しい!」レモン酎ハイは初めて居酒屋で飲んだものよりも美味しい気がするが、なんでだろう?「そりゃよかった」笑いながら炯さんもビールを飲んでいる。食べ物はふたりでシェアして食べた。といっても私は、半分も食べられなかったけれど。「次はなにをするんだ?」「金魚掬い!ヨーヨー釣りもやってみたいです」「わかった」片付けをしてまた屋台を見て回る。酔ってはいるが、歩くのに支障があるほどではない。金魚掬いは……全然掬えなかった。「ん」お金を寄越せと手を出す。「はいはい」呆れ気味に炯さんはその手に小銭を握
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-03
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第九章 ワルイコトで豪遊です! 6

「とれたー!」その後、五回ほどチャレンジし、ようやく今日の浴衣の椿と同じ、真っ赤な金魚が掬えた。「可愛いですね」目の高さまで上げた袋の中では、赤と黒の二匹の金魚が泳いでいる。黒のデメキンはおじさんがサービスで入れてくれた。「そうだな」彼はおかしそうにくつくつ笑っているが、もしかして私と同じようにあのときの諦めの悪い私を思い出しているんだろうか。その後もヨーヨー釣りをし、私の手はいっぱいになっていた。「はぐれるなよ」「はい」花火の時間が近づいてきたからか、屋台の人出が増えてきて、歩くのもままならないほどだ。「炯さん、……あれ?」気になる屋台を見つけて横を見るが、炯さんがいない。……マズい、はぐれた。まわりをきょろきょろと見渡すが、見つからない。それどころか立ち止まっているだけで邪魔そうにぶつかられ、そのままさらに人並みに流される。そのままもう少し流され、人の少なそうな場所を見つけて横へと逸れた。屋台の裏手にあるそこは鬱蒼とした森の際になり、すぐ傍に神社の倉庫なのか小さな小屋があった。その壁に寄りかかり、一息つく。そこでようやく、携帯が鳴っているのに気づいた。きっと、炯さんからだ。「はいはい!」慌てて荷物を持ち替え、バッグから携帯を出し、耳に当てようとしたとき。「凛音?」声をかけられて、固まった。この独特の発音は、炯さんじゃない。――彼、だ。『こんなところで会うなんて、偶然だね』彼はにこやかに笑いながら近づいてくるが、偶然なはずがない。日本の祭りが珍しくてきたとは考えられるが、彼は屋台のほうからではなく、森のほうからやってきた。普通なら、明かりのない森の中になど入らない。『浴衣っていうのかい?素敵だね』無意識に後ろへ下がろうとするが、そこはもう壁なのだ。《凛音?凛音!》携帯の向こうから炯さんの声が聞こえる。なにか言わなきゃ。言えばきっと……!しかし、凍りついた喉からは声が出ない。『ああ。その携帯はなにかとうるさいからね』彼が私の手からするりと携帯を抜き去るのを、ただ見ていた。見せつけるように地面へ落とし、思いっきり踵を叩き込む。『これでもう、心配はないかな』この場に似つかわしくないほど、彼がにっこりと笑う。多くの人々が行き交う参道までほんの数メートルの距離なのに、まるで断絶され
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