All Chapters of 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL): Chapter 31 - Chapter 40

88 Chapters

疑惑編 第三十一話

 朝の光が柔らかく差し込むキッチンで、寧人は一護が作った朝ごはんをしっかり平らげて満足げに息をついた。最近は彼の料理の味にも、家で過ごす時間そのものにも、寧人はどこか深く頼るようになっている。 そして、今日も天気はいい。一護はピタッとした上着に身を包み、出社の準備を整えていた。素材が張りつくように身体のラインを拾うせいで、寧人はどうしても視線を奪われてしまう。「じゃあ行ってき──」 その言葉を最後まで言わせなかった。 玄関のドアを閉めた瞬間、寧人はふっと身体を近づけ、一護の腰を掴んだ。一護が「え、ちょ…」と戸惑う間もなく、彼の呼吸が震えるほどの行為が始まる。「あっ、ん……っ、寧人……遅れちゃ……本当に遅れちゃうって……っ」 寧人の方は、もう抑えきれていなかった。朝から妙に昂っていたのもあるし、あのピチッとした服が悪いのだと心のどこかで言い訳していた。 一護は以前なら絶対に玄関先でそんなことは……と顔を真っ赤にして抵抗しただろう。けれど最近の彼は、寧人に触れられた途端に膝が少し抜けるようになってきている。「ん……っ、あ、あ……っ!」 一護は堪えきれず、寧人の肩を掴んで息を詰まらせた。限界が来ると、慌てて玄関に置いてあったティッシュに手を伸ばし、ぎりぎりのところで抑え込む。「やっ……ば……っ。寧人、ほんと……!」 しかし寧人は間に合わず、その場で自分の息を荒くしてしまう。 二人して床を見て、互いに見つめ合い、なぜか吹き出した。「ごめん……あの服見ると興奮しちゃって……。つい、我慢できなくて一護のが……舐めたくなった」「寧人からそんなこと言うなんて思わなかったよ……。でも……朝から、気持ちよかった。ありがと」 寧人は苦笑しながらティッシュで床を拭く。一護も顔を真っ赤にしながらシャツを整え、呼吸を整えた。 そして二人でエレベーターへ向かう。誰もいないのをいいことに、寧人は背後から一護の腰に手を伸ばし、服の上からそっと触れた。「ちょ、ちょっと……っ。寧人、またそんな……!」「ん……だって、かっこいいよ、その服」「……ねぇ、寧人も自転車にしたら? 体力つくよ」「いやいや、君みたいに若くないし……」「休みの日にサイクリング行こ。もう……用意してあるし」「してると思ったよ……ほんと君は……。じゃあ、気をつけてね」「はい。寧人も、行って
last updateLast Updated : 2025-12-01
Read more

第三十二話

「ありがとうございました」 ニコニコした笑顔の夫婦に見送られパン屋から出た古田と寧人。やたら奥さんが寧人にだけ柔らかく微笑むのを、古田は見逃さなかった。 営業車に乗り込み、渡された大量のパンからそれぞれ好みのものを選び、コーヒーを開ける。「あの奥さん、絶対、寧人に惚れてる」「そんなことないよ……でもなんか視線感じました」  寧人は人から好意を向けられ慣れていない。だから頬が少し熱い。 最近は部下の女子社員にも妙な視線を向けられており、ほんの少しだけ“モテ期”気分を味わっている。 クリームパンをかじる寧人。古田はアンパンにかじりつきながら、片手で資料にメモを書いていた。「あのパン屋さ、狭い上に出入口一つだろ。一般客と配達員がかち合ったらタイムロスなんてもんじゃない。フードジャンゴ側の印象も悪くなるしな」「確かに面倒だけど……店によって焼き上がる時間違うし、焼き立て食べたいよね。これだってさっき出来たばかりで……美味しい」「ん? どれどれ」 古田は寧人の口端についたクリームを指で拭い、そのまま舐めた。「んー、甘い……。あ、こっちにもついてる」 ついてないのに、反対の口元に指を寄せ、寧人をジトッと見つめる。「……」「……」 寧人は古田の手を取り、中指を舐めた。 まるで“さっき”一護にしていた時の感触を思い出すみたいに。「あほぅ。まだ次があるぞ。蕎麦屋。運転中に資料読み上げろ」「はい……」 (自分から指突きつけてきたくせに……) と寧人は内心思いながらも、古田はエンジンをかけた。◆◆◆ 昼過ぎのラブホテル。「あっん……あんっ……」「んっ……んっ、あっ」 午前中の営業を全て終え、最後のラーメン屋でスタミナ系を食べたあと、我慢が効かなくなった二人はそのままホテルに吸い込まれるように入った。 強いニンニクの匂いが互いの息に残っているのに、まったく気にしない。 むしろ、同じ匂いが安心感になるのか、それとも妙に性欲を煽るのか――二人は二匹の蛇がもつれあうように絡み合っていた。 だが古田の様子がどこか違う。 満足していないというより、“噛み合ってない”顔だ。 そして突然、寧人の体を突き放したのだ。「古田さん……?」 「ごめん。なんか、全然調子が出ない」 そう言うとベッドから降りてバスローブを羽織る。「二時間制なん
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

第三十三話

 寧人は古田のバスローブを脱がせ、そっと背を押して風呂へ誘導した。さっきは気まずくなって別々にシャワーを浴びたばかりだ。「古田さん、風呂場はどうですかっ。シチュエーション変えたら、少しは気持ちが変わるかなって」「……そこまでして“やりたい”のか」「は、はい……」 正直に言ったつもりだが、古田は鼻で笑い、逆に自分のバスローブを羽織り直すと、寧人の肩にもサッとかけた。「あと少ししたら出るぞ」「そ、そんなぁ……」 寧人はガックリとうなだれた。意気込みごと、下までしょんぼりしてしまう。「てかお前、おっさんなのに元気だよなー。昔、意外と遊んでたとか?」「そ、そんな……!」 寧人は顔を真っ赤にして首をぶんぶん振る。「え、まさか……」「まさかです」「ど、ど……」「童貞です」「うそだろぉおおお!? やべぇ、危うくおっさんの筆下ろしするとこだった……!」 その言葉が思った以上に刺さり、寧人は完全に自信を失ってトボトボと着替え始める。古田も気まずそうに沈黙したまま、二人の支度は終わった。 ――そして現在。 ラブホテルの駐車場に停めた営業車の中は、さっきの沈黙がまだ尾を引いている。「……でもその割には、こないだのプレイは凄かったけどな」 やっと口を開いたのは古田のほうだった。 寧人は一瞬ビクッとした。あれが一護仕込みとは言えない。 会社スマホを開くと、新着メールが一通。差出人は「菱社長」。 いまラブホテルの駐車場にいるのがバレたらと思うと、さすがに背中が冷える。「えっと……その、菱社長から今朝のパン屋のレポートに返答来てました」「なになに」 古田が画面を覗き込む。営業車は狭いので、自然と顔が寄る。 寧人は画面と古田の顔を往復し、目が合った瞬間、息が止まる。「……なんだ? 鳩森」「古田さん……」 名前を呼ぶ声が、驚くほど優しかった。◆◆◆「んっ……」「ふんっんんんん」 助手席には毛布が。その中には下半身だけ裸の寧人、古田。 ラブホテルのときは全く違う。激しく乱れ合う。 耐えきれなくなった寧人から誘い、上半身を脱ぐのも間に合わず下半身だけ裸という形になった。毛布の中の熱気でシャツも下着も汗だくであるが二人は構わない。営業車の中であることも忘れて。 古田の様子がさっきとは違う、と寧人は察した。 鼻息も荒く、キスも荒く
last updateLast Updated : 2025-12-03
Read more

第三十四話

「いや、ね……営業先を今日はたくさん回ってさ、汗かいちゃって」 玄関に入るなり、寧人はぽつりとそうこぼした。 別に一護から聞かれたわけでもないのに、まるで“先回りして言い訳しよう”とするみたいに、口が勝手に動いていた。 靴を脱ぎながら視線を合わせてこない寧人に、一護は一瞬だけ首を傾げる。けれど、その違和感が何なのかは言葉にできない。 一護が顔を上げたときには、すでに寧人は新品の白シャツのボタンを外していた。 胸元に張りついた布をはがすように脱ぎながら、まるでその視線から逃げるように洗濯機のほうへ歩いていく。 まだ新品に近いシャツの繊維に、細かい汗の染みが浮かんでいる。 寧人は「ふぅ……」と小さく息を吐き、恥ずかしさを紛らわせるようにそのシャツをネットへ押し込む。 ついでに脱ぎ捨てた下着も、ためらうことなく同じネットに入れた。 パジャマに着替えて戻ってくると、寧人はソファへ身体を沈め、背もたれに頭を預けた瞬間、肩の力がふにゃりと抜けた。 その姿は、全身で“限界です”と訴えているようだった。「そうなの、お疲れ様。大変だったね……」 一護はキッチンから歩み寄り、寧人の前にしゃがむ。 普段より少し声が低く、優しく撫でるようなトーン。 寧人の額についた細かな汗の粒を見つけて、つい指で触れたくなる衝動をこらえる。「下着まで汗まみれになるなんて。シャツはさ、前にも言ったけど……襟元に洗剤つけて、畳んで、ネットに入れてって――」 そこまで言って、一護はふと洗濯機の前で動きを止める。「……て、あれ? ちゃんとできてる」 驚きと嬉しさが混じった声。 それを聞いた寧人は、返事をするでもなく、ソファでまどろみながらゆっくり呼吸しているだけ。 その寝息が、どこか無防備で、どこか甘い。 一護は腰に手を当てながら、くすりと笑ってネットの中身を覗き込む。 白シャツと、その奥に――寧人の下着。「もぉ……下着までここに入れて。ほんと、恥ずかしがり屋さん……」 からかうように言ったが、実際には胸の奥がじんわり温かくなる感覚があった。 “見られること”を照れながら、でもどこかで頼ってくれている――それが嬉しかった。 だからこそ、一護は自然にその下着を手に取ってしまった。 指に触れる布は、まだ微かに体温を残していて、寧人が一日走り回った息遣いまで染み込
last updateLast Updated : 2025-12-04
Read more

第三十五話

夜。 二人は一緒にお風呂で温まったあと、ベッドの上でいつものストレッチを始めていた。 お湯で体はほぐれている――はずなのだが、寧人の身体は長年の不摂生のせいで頑固な板のように硬い。 「あ、いでででで」 「前よりは柔らかくなってるよ。やっぱり出勤は自転車にしましょう」 「いやだよぉ……絶対無理だって」 一護は余裕の開脚でゆったり呼吸しながら、ちらと寧人を見やる。 その顔には、どこか探るような影が落ちていた。 「あのキツネ目の男に、車で送ってもらってるんでしょ?」 「ッ……!」 寧人はギョッと目を見開く間もなく、一護にぐいっと身体を引っ張られ、痛みに声が裏返る。 「まだ電車のほうがマシよ。立って乗れば足の踏ん張りもつくし、爪先立ちもすればふくらはぎも鍛えられる。でもあなた、痴漢で捕まるのも時間の問題」 「だから車の方がいいんだよぉ……!」 「あの男の車で」 また強めに引っ張られ、いででででと寧人は床を叩く。 「も、もう今日は終わりにしよう? 疲れちゃった……」 「なんで疲れたの? いつもなら私に甘えてスリスリしてチュってしてくれるのに」 一護が寧人の肩に顎を乗せて擦り寄ってくる。 しかし寧人は目を伏せ、逃げるように布団の中へ潜り込んだ。 「寧人っ! 調子に乗んな!」 バフッ、と枕が布団越しに直撃する。 「いででっ、ごめん……一護ぉ……!」 「……」 バコッ、バコッ、バコッ。 一護は無表情のまま何度も叩きつける。 だがふいに動きを止めた。 そして――にやり、と笑った。 「……やっぱり長芋の効果、出た」 「ぬあっ……!」 寧人の身体が内側から熱を帯びる。 一護も同じだった。 あの晩ご飯の長芋のとろりとした作用が、今、体温を確実に押し上げている。 「……寧人」 「い、一護……あああああっ!」 堪らず寧人が布団をはね除け、服を脱ぎ捨てた。 その瞬間、一護は寧人の胸元に口をつけ、むさぼるように乳首を舐め始める。 「ひっ……あ、あぁああ……!」 寧人の身体はまだ締まりがなく、やわらかい肉が敏感に揺れる。 お腹のたゆみも、胸のむちっとした感触も、一護の指にとってはたまらない。 赤子が母の乳を求めるみたいに、一護は胸を吸い、舐め、指で押し広げる。 「はひぃぃ……
last updateLast Updated : 2025-12-05
Read more

第三十六話

 シックスナインは、あの日の車内で古田と初めてやってからというもの寧人のお気に入りになってしまった。気づけば積極的に求めるほどだ。 そんな変化に一護はどこかざらつくような不信感を抱いていた。あれほど性に無頓着だった寧人が、こんなふうに淫らに慣れていくなんて――と。 二人は横に倒れ、互いの身体を口で探る。 一護は背の低い寧人に合わせて身体を縮め気味だ。寧人は一護をあいしながら言う。「ごめん、やりにくい?」「うん、ちょっとね」「じゃあ僕は足の指触ってる。一護の」「くすぐったいって」 一護は寧人の足の親指をいじりながら、ふいに観察した。「寧人、足の指の毛めっちゃ濃い。他は薄いのに、膝から下だけモジャモジャ」「変だろ……つかくすぐったい。一護はツルツル……剃ってんの?」「脱毛。すっきり」「痛い?」「慣れれば、痛くない。セックスも」 寧人はついつい吹き出した。「そこでその例え出す?」「ねぇ、しようよ」「口じゃダメなの?」「嫌。寧人の入れてほしいの……」 それでも一護は寧人の足の親指を揉み続け、妙に落ち着かない指先だった。「だってさ、あの穴に入れるんだろ?」「そこしかないじゃん」「僕、大腸カメラやったことあって……嫌な思いしかしなかった」 一護の手つきが急に強くなる。土踏まずのツボを容赦なく押してきた。「いでででっ!」「そういうの言うと、一気にロマンス消えるの」「お前だって痛いって言ってたじゃん」「……まぁ痛いよ。でもその先あるでしょ、ってこと」「だったら余計やらない」 一護はぷいっと体を起こし、ストンと距離を作った。「一護……?」「なんでさ」 寧人も起き上がり、一護の頬をそっと撫でる。 真剣な、それでいて照れが隠せない目で言う。「僕、自分が痛かったことは相手にやんない。相手が痛い思いすることも、しない」「寧人……」 一護の顔は複雑にゆがむ。嬉しさか寂しさか、そのどちらもだ。 そして言葉の代わりに、一護はすっとパンツを履き、パジャマを着はじめた。「ちょ、ちょっと。もう少し……」「寝る。おやすみ」「ねぇ、一護。不満ある?」 布団を頭までかぶって、一護は叫ぶ。「もう飽きたの! ペッティング!」 「飽きた……」「あなたが何も知らないから付き合ってたの! もう嫌なの!」「ああああ……」 寧人は
last updateLast Updated : 2025-12-08
Read more

第三十七話

 そんなことがあったのに、寧人は懲りずに古田との逢瀬を重ねた。 もちろん営業先はきっちり回る。回るけれど、二人は鬼のように業務を片づけては、捻り出した数十分の隙間で営業車に籠もり、互いの体温で遊ぶ。 そんな最中、古田の過去が少しずつこぼれ始めた。「初めてはね、塾の先生だったの。十個上……あっ、寧人とおんなじ」 変態教師の実例がここにいるのか、と寧人は呆れた。 呆れつつも指先は古田の柔らかい尻をいじり、古田は猫みたいにニャンニャン甘える。 どうしてこの男はプレイになると猫化するのか。仕事中のドSっぷりはどこへ置いてきたのか。完全に心も体も、寧人に委ねてしまっている。「親が迎えに来れなくて、先生が送っていくって言うからついてったの。着いたの、公園の駐車場。可愛い可愛いって何回も言われて……嫌な顔すると機嫌悪くされて、可愛い声出すと喜ばれたの。先生……リンをね、たくさん可愛がってくれたの、車の中で」「リン……?」 古田はとろんとした目で頷く。あのキツネ目は、完全に消えている。「ねぇ、寧人。リンって呼んで……呼んで欲しかったの」「り、リン……」 口に出した瞬間、古田はぽろぽろ涙を零した。「……嬉しいっ……」 その異常さに寧人は「これはヤバい」と直感し、そっと体を離した。「寧人……?」「リン、じゃなくて古田さんっ。カウンセリング受けましょう。ひきこもりだった僕に言われるのもアレだけど……あなたが過去に先生にされたことは犯罪です!」 古田はぱちくり目を丸くした。「違う、違うんだよ」「ダメだっ、古田ぁ……さん!」「寧人っ……」「ダメです。でも……つらいときは、いつでも僕を抱きしめていいですよ」 寧人は強く抱きしめてやる。古田は固まったまま、呼吸を忘れているようだった。 しばらくして、ぽつりと古田が言った。「ねぇ……セックスしない僕にマンネリ感じてる?」「へ?」「……僕も入れて欲しいんだよね」「そう、なの?」「そう。入れて欲しいのに、寧人はぜんっぜん入れてくれない」「なんで……入れて欲しいの?」 古田は一瞬固まったが、すぐ答えた。「愛されてるって……感じるの」「こうやって抱きしめてもダメなのか」 寧人はさらに抱き寄せる。古田はまた固まる。「ねぇ、こないだも『相手がいる』って言ってたよね」「言いましたっけ」「い
last updateLast Updated : 2025-12-09
Read more

誘惑編 第三十八話

 風呂上りで温まった体がほどよく弛んで、寧人は妙に気分が軽くなっていた。 ――マンネリを崩せる場所さえ見つければ、一護はきっと喜んでくれる。 そんな未来をぼんやり想像していたのだが、胸の奥にはもうひとつ小さな棘が残っている。 古田のことだ。今は問題なく働けているが、あの人の過去がいつ表に出るかは分からない。 考えれば考えるほど、落ち着かない。「一護、ちょっと相談したいんだが」 同じく湯上がりで、髪からまだ水気の残る一護が湯呑みを差し出してくる。「ん、どうしたの?」「古田さんって……どう思う?」「あぁ、あの人ね」 一護の声は落ち着いている。けれど脳裏に思い浮かべたその姿には、複雑さが混ざっていた。 最近はやっと“仕事仲間”として普通に接しているが、それまでは全く違う距離感だったから。「まじめだし、営業はめちゃくちゃ強い。人脈も広い。あの人のそばで仕事するのは勉強になると思うよ」 そこまでは普通の評価だ。だが次の瞬間、一護の表情がふっと曇った。 ――気づいてしまった。遅すぎるくらいに。 寧人の服。下着。 微かに残る、他の男の匂い。 何度か接したことのある古田のものだと気づくのは、一護にとって苦労のいる話ではなかった。「どうしたの、一護……?」「ん、別に。古田さんは勉強になるよ。ただ……寧人だって同年代の人たちに追いつかないと。このままだと名前だけのリーダーで終わっちゃう」「そうだよな。いや、今は僕の話じゃなくて古田さん――て、一護? 何でさっきから俺の足の指触ってんの?」 そのときになってようやく気づく。 一護の視線は、寧人のスネ毛と足の指毛に固定されていた。 一護は無言で立ち上がり、クローゼットをゴソゴソ漁る。 戻ってきた手には小さな箱。「……それ、なぁに?」「脱毛機。シェーバー機能もある。」「ひぇっ! 別にしなくていいから! ねっ? 一護?」「痛くしないよ」 口では優しげだが、目はまったく逃がす気のないやつだ。 そして手の中に握られているのは、しっかりとシェーバー。 寧人の背筋に、風呂上りの温もりとは違う冷気が走る。「さて、風呂場に行こうか」「えええええっ!!?」 一護は完全にスイッチが入ってしまった。 静かに嫉妬が燃えるとこうなる。──このあと悲鳴が上がるのは、ほぼ確定だった。
last updateLast Updated : 2025-12-10
Read more

第三十九話

(ソフト改稿・濃密心理描写) 翌日。 営業車に乗り込んでしばらくすると、またあの空気になっていた。 古田はすでに上半身どころかほぼ全ての衣服を脱ぎ、満足げにシートに体を預けている。 対して寧人は、妙にぎこちしく服を握りしめていた。「ねぇ、脱がないの? 汗でぐちゃぐちゃになっちゃうよ」「いや、その……今日は……」 寧人が言葉を濁すのは珍しい。「じゃあ私が脱がせてあげる」 古田が手を伸ばし、寧人のウエストにかけたその瞬間―― 寧人がビクリと身体ごと跳ねて抵抗した。 本気で止めるような反応。 古田は思わず手を止め、目を瞬かせる。「今日は……リ、リンだけ……裸でいい」 小さく震える声。 古田は一瞬ぽかんとしたあと、嬉しさが爆発したように顔を輝かせた。「……え、今……僕のことリンって呼んでくれた?」 浮かんだ笑みは子供みたいに純粋で、でもどこか危ういほど甘い。「寧人……っ」 熱い吐息が近づき、古田は首元から頬へ、控えめなキスを何度も落とす。 寧人はその熱を受けながら、手だけで古田の体を探り、肌の上をなぞった。 肌が驚くほど滑らかだ。 寧人の指が触れるたびに、古田は小さく震え、呼吸が乱れる。「……寧人、すごい……触られるだけで……」 寧人の手が胸のあたりに滑り、指が軽く押すと、古田は声を漏らして身をよじった。 運転席のレバーがかちゃっと鳴るほどだ。「かわいい、リン……」 寧人が低く囁くと、古田の目が潤むように細められる。「寧人の……その……触らせて……」「だ、だめ……今日は……ちょっと……」「だめ。私だけ気持ちよくなるなんて、ありえない」 古田は躊躇なく手を伸ばし、寧人のズボンを掴んだ。 寧人が本気で止めようとするが、古田は力で押し切る。 布が滑り落ちる――。「えっ……寧人……」 古田の目が大きく開いた。 寧人は完全に固まり、顔を真っ赤にして視線を逸らした。 スネも太ももも、下腹部も、いつもは剛毛だった寧人の毛がすべて無くなり、 ツルン、とした肌があらわになっている。 赤みの残る部分まで、生々しく綺麗に整えられていた。「見られちゃった……」 小さく呟く寧人。 古田はそんな寧人をじっと見つめたあと―― ゆっくり口元を緩め、やわらかく笑った。「可愛い。……寧人、本当に可愛い」 指先がそっと肌
last updateLast Updated : 2025-12-10
Read more

第四十話

 そして次の営業先へ車を走らせた。 今日は、フードジャンゴの注文サービスをすでに導入している店を一軒ずつ回り、利用状況や改善点をヒアリングする日だ。 カラオケや漫画喫茶の利用客が、好きな飲食店から気軽に食事を注文できる── その注文をフードジャンゴの配達員が届ける仕組みは、数年前から急速に拡大している。 その提携先をさらに増やしていくのが、古田たちベクトルユー営業チームの仕事であり、いわば今日の訪問は“地固め”のようなものだった。「カラオケ店や漫喫で多種多様なメニューを自前で提供しようとすると、どうしてもレトルト中心になるんですよ。スタッフをキッチンに割く必要も出てくるし、光熱費も跳ね上がる。 フードジャンゴならその負担を丸々省ける。利用者は出来立てを食べられるし、店側はコストが削れる。どっちも得ですよ」 さっきまで甘えていた男と同一人物とは思えないほど、古田は仕事モードに入ると表情も声も変わる。 語尾までシャキッと締まり、歩幅まで営業マンの歩き方になる。 隣で話を聞く寧人は、そのギャップにどうしようもなく頬が緩む。(さっきまで俺の首筋に噛みついてきてたのに……切り替わりすぎでしょ) 導入を迷っていた店主に、古田は言葉を重ねながら、段階的に不安を潰していく。 資料を見せ、数字を見せ、成功事例を出し、最後に笑顔で背中を押す。 営業としての流れが完成されすぎていて、寧人はただ感心してしまう。「のちのち……お前もこういうことやるんだぞ、鳩森」「え、えぇ……? いや、これは古田さんのお仕事じゃ……僕ができたら皆さんの仕事取っちゃうことになりません?」 仕事になると“鳩森”と苗字で呼ばれる。それだけで胸の奥がじくりと痛む。 寧人はまだ、なぜ自分がSEなのに営業先へ同行しているのか、本当の理由を知らなかった。 現状の寧人の仕事は、ノートパソコンで提案画面を出したり、店主の反応をメモしたりすること。 どう見ても補助として連れ回されているだけで、主役はどう考えても古田だ。「ただついてこさせてるわけじゃねぇよ。いずれお前も営業ができるように育てろって、上から俺に命令が来てる」「…………へっ? 僕が……営業……?」 寧人は目を丸くしたまま固まった。 ずっと、自分の未来を“生涯SE”の一本道だと思って疑わなかったのに。「SE一本でいくのも
last updateLast Updated : 2025-12-12
Read more
PREV
1234569
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status