All Chapters of 私の事が大嫌いだったはずの旦那様が記憶喪失になってから、私を溺愛するようになったのですがこれは本当に現実ですか!?: Chapter 211 - Chapter 218

218 Chapters

第220話

「価値とかそういうことじゃなくてさ」 湊さんは、まるで子供を諭すような、どこまでも穏やかで優しい声を出す。 「湊さんは、自分が何を失ったのか分かってないだけだよ」言い聞かせているのは湊さんにではなく、自分自身に対してだった。どうしてこんなことを言うのか自分でも分からなかった。離れて欲しい訳じゃないのに。離れようとするならすがってしまいそうなのに、言葉だけが私の意志を裏切って、彼を突き放そうと躍起になっている。湊さんの過去を奪った私が、幸せになる資格なんてない。そう思わなければ、いつか罰が下る気がして怖かった。 「彩花が、俺にとっての全部なんだよ」 その言葉は、あまりにも唐突で、暴力的なほど真っ直ぐに私の鼓動を跳ねさせた。 「全部?」 湊さんの瞳があまりに真剣で、淀みなく私を映しているから、否定する言葉が喉に張り付いて出てこない。世界中を敵に回しても構わないと言わんばかりの、究極の純愛だった。その熱量に当てられて、頭の芯がぼうっとしてくる。私がどれだけ理屈を並べても、彼はそのすべてを好きだという一言でねじ伏せてしまう。 「昔の俺がどんな人間で、どれだけ立派なものを持ってたなんてどうでもいい。彩花が笑ってるとそれだけで救われるし、彩花が辛そうにしてると俺も苦しくなる」湊さんの声に熱がこもる。それは嘘偽りのない、今の彼の真実なのだと思い知らされる。 「だから、価値があるから一緒にいるとかそんなんじゃないよ」 その決定的な一言が、私の中に残っていた最後の抵抗を崩し去った。理由なんて後付けでしかないのだ。 湊さんの胸に、自分の額をコツンと預ける。 固くて温かい彼の体温が、服越しに伝わってくる。その鼓動が、私の震えを鎮めてくれるような気がした。 「彩花…?」 頭上から、戸惑ったような湊さんの声が降ってくる。私の突然の行動に、彼は動揺しているのだろう
last updateLast Updated : 2026-05-14
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第221話

「昔の俺に、申し訳ないなんて思わなくていいんだよ?」湊さんの声はどこまでも優しくて、私の背中を一定のリズムで撫でるその手のひらからは、彼自身の温もりがじわじわと伝わってくる。でも、その優しさに触れれば触れるほど、私の胸の奥にある冷たい罪悪感がずきずきと疼き出すのを感じずにはいられなかった。私が彼の隣で安らぎを感じるたびに、過去の彼から全てを奪ってしまった加害者としての自分がくっきりと輪郭を持ち始めて、息が詰まりそうになる。「だって、私のせいで記憶を失ったのに、私だけが幸せになるなんて」声が震え、語尾が涙に濡れて掠れてしまうのを止められなかった。湊さんの胸元に顔を押し付けたまま、彼のシャツを両手でぎゅっと握りしめる。指の関節が白くなるほど力を込めても、私の中にある申し訳なさと恐怖は少しも軽くならない。もし彼が記憶を失っていなかったら、今頃もっと別の幸せな未来があったはずなのだ。それなのに、すべてを忘れてしまった彼が、私という存在だけを頼りにし、私に微笑みかけ、私と一緒にいることを選んでくれている。「彩花だけじゃないよ」その言葉に、びくっと肩が大きく動いた。思いがけない返答に、私は押し殺そうとしていた嗚咽をすっと飲み込む。戸惑う私の心を見透かすように、背中を撫でていた彼の手が今度は私の後頭部へと移り、子供をあやすように優しく、そして愛おしむように頭を撫でてくれた。 「俺も幸せなのに、そんなふうに言われたら悲しいなぁ」ぽつりとこぼされたその言葉は、少しだけ拗ねたような、けれどどうしようもなく甘い響きを持っていた。悲しませたいわけじゃない。むしろ、誰よりも笑っていてほしいし、彼から悲しみを遠ざけたいと願っているのは私の方なのに。「だって」思わず顔を上げてしまった。視界が涙でひどく滲んでいて、私を見下ろす湊さんの表情が少しだけぼやけて輪郭を失っている。彼はふわりと柔らかく目を細めて、私の頬にそっと温かい両手を添える。その大きな手のひらが私の顔を包み込むと、冷え切っていた頬の表面からじんわりと熱が広がっていくのを感じた。「昔の俺も、きっと幸せだよ」確信に満ちた、揺るぎない声だった。記憶を持たない今の湊さんが、どうしてそんなことを断言できるのだろうか。「……どうして?大事なものを、全部失くしてしまったのに」かすれた、ひどく情けない声が私の
last updateLast Updated : 2026-05-15
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第222話

「私が幸せになっても……」幸せになってもいいのかな。言葉にはならなかった疑問が、頭の中で何度もぐるぐると渦を巻く。こんなにも温かくて、何の曇りもない優しい光の中だけで息をしていて、本当に許されるのだろうか。罰を受けるべきなのは私の方なのに、どうして彼に慰められているのだろう。「いいに決まってる。むしろ、彩花が幸せになってくれないと俺が困る」まるで呼吸をするのと同じくらい当たり前のことのように、彼は一切の躊躇いなく言い切った。「……どうして?」掠れた、今にも消え入りそうな情けない声だった。彼からすべてを奪った私を許すことで、彼自身が苦しむことにはならないのだろうか。「俺の幸せは、彩花が笑って隣にいてくれることだから」すとんと、その言葉が私の心の奥底の一番冷たかった場所に落ちてきて、じんわりと温かい波紋を広げていく。それはあまりにもシンプルで、だからこそ強烈な説得力を持っていた。「そうだよね。今の湊さんは、そう思ってくれてるんだもんね」自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと、ぽつりぽつりと零れ落ちた言葉。今、目の前にいる湊さんだけを見つめたい。本当は私も、心の底からそう思っている。目の前で私を全力で愛そうとしてくれている彼を蔑ろにしたくなんてない。記憶の有無に関わらず、今この瞬間に私を愛し、私に笑ってほしいと願っている湊さんがここにいる。その紛れもない事実だけを抱きしめて生きていけたら、どんなに楽だろうか。「過去の俺がどうとか、本当はそんなのどうでもいいんだ」「……湊さん?」普段の穏やかで優しい彼とは少し違う、まるで獲物を絶対に逃さないと決めたような、強い意志と熱を感じさせる鋭い瞳。「俺は、彩花に今の俺のことだけを考えててほしいよ」静かな、けれど確かな熱を持った声が、肌を伝って直接胸の奥の奥まで響き渡った。私の中で常に大きな顔をし
last updateLast Updated : 2026-05-16
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第223話

あれから一週間。過去はなかったことにはならないし、私の罪が消えるわけではない。根本的には何も解決していないって分かっているけれど、私は今の湊さんだけを見るって決めたから。「今が幸せなら、それでいいんだよね」ポツリと呟いた自分自身の言葉は、誰に聞かせるわけでもなくただ空の彼方へと溶けていく。心を落ち着かせるようにエコバッグの持ち手をぎゅっと握り直して前を向いた、その時だった。一台の黒い高級車が音もなく近づいてきて、私の横にピタリと停車した。滑らかな動作で運転席の窓がスルスルと下がっていき、そこからひょっこりと顔を出したのは、全く予想もしていなかった人物だった。「彩花ちゃん」「颯斗さん!」私の少し間抜けなほど驚いた顔を見て、颯斗さんは「ははっ、驚かせてごめん!」と言い、いつもの屈託のない笑顔を見せた。颯斗さんと会うと、不思議と張り詰めていた心がスッと軽くなるような気がする。きっとそれは、彼が持ち合わせている生来の人の良さからくるものなのだろう。彼は運転席から少し身を乗り出すようにして、リラックスした様子で私に語りかけてきた。「今から家に行こうとしてたんだけど」颯斗さんが家に来るということは、当然、湊さんに何か用事があるのだろうけど…。「湊さんなら会社です」わざわざ足を運んでくれた颯斗さんを無駄足にさせてしまう申し訳なさを感じながら、少し困ったように眉を下げた。けれど、私の言葉を聞いても、颯斗さんは特に残念がる素振りは見せなかった。「じゃなくて、彩花ちゃんに会いたくて」私は一瞬自分の聞き間違いではないかと疑ってしまった。湊さんではなく、わざわざ私に会いに来る理由が全く思い当たらなかったから。目をパチパチと瞬かせながら、私は自分自身の顔を指差して、まるで確認を取るようにそのままオウム返しをしてしまった。「私ですか?」不思議そうな顔をして首を傾げている私を見
last updateLast Updated : 2026-05-17
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第224話

「パーティー以来だね。元気にしてた?」フロントガラスから差し込む午後の光を浴びながら、ハンドルを握る颯斗さんが何気なくそう言った。その軽やかなトーンが、あの一晩の華やかな喧騒を瞬時に私の脳裏に蘇らせた。あの日以来の再会だけど、まさかこんな風に彼の車の助手席に滑り込むことになるなんて。「はい。颯斗さんも、相変わらずお元気そうで」私のちょっとからかうような返答に対して、颯斗さんは前方を見つめたまま、やっぱりいつもの少年のような笑みを浮かべた。「まーね」いたずらっぽく笑う彼のその一言で、車内の空気は一気に穏やかな空気になった。そういえば…。今こうして彼が私を車に乗せて走らせている状況への純粋な疑問が、すとんと胸に落ちてくる。「しばらくの間は日本にいらっしゃるんですか?」世界中の花嫁が憧れるウエディングドレスを次々と生み出す、超多忙なトップデザイナーで、世界を股に掛けて飛び回っているのが日常のはず。そんな彼が、なぜ私の隣で楽しそうにハンドルを握っているのだろう。「うん。当分はね」彼が日本に長期間滞在してまで取り組もうとしている何か。そして今、明確な目的地を持って迷いなくアクセルを踏み込んでいるその足取りの良さが急に気になり始める。「ところで、どこに向かってるんですか?」「俺の会社」その短い答えが彼の口から飛び出したとき、私は思わず目を見開いて彼を見た。「颯斗さんの?」前に雑誌で颯斗さんの会社を見たことがあった。全面ガラス張りの圧倒的な開放感の中に、世界中から集められた極上のシルクや繊細なレースのロールが美しくディスプレイされた、まるで美術館のようなアトリエ。あの洗練された聖域に、今から自分が向かっているらしい。私の驚きに満ちた声を、彼は速度を落とすことなく、むしろ私の反応を完全に楽しむかのように言い返した。「詳しい話は会社に着いてから」
last updateLast Updated : 2026-05-18
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第225話

颯斗さんに案内されてたどり着いたのは、都心の一等地に建つガラス張りの洗練されたオフィスビルだった。エントランスを抜けた瞬間から漂うスタイリッシュな空気に、私は思わず足取りが重くなる。すれ違うスタッフたちから次々と丁寧に挨拶される颯斗さんの姿を見て、彼がトップデザイナーであり、この会社のトップなのだとまざまざと見せつけられた気がした。最上階へ向かうエレベーターの中で、私は自分のカジュアルすぎる服装を少し後悔しながら、悟られないように小さく息を吐き出した。やがて到着したふかふかの絨毯の廊下の奥。一際目を引く重厚な扉を颯斗さんがスマートに開け放ち、振り返って私に優しく微笑みかけた。 「どうぞ」颯斗さんの優しくも余裕のある声に促され、私は思わず小さく肩をすくめてしまった。目の前で静かに開いた重厚なガラス扉の奥には、私が普段足を踏み入れることのないような洗練された空間が広がっていて、入るのを一瞬ためらってしまうほどだ。そんな私の緊張を察したのか、颯斗さんは軽い足取りで先へと進み、手で柔らかく中を示す。彼の背中を追いかけるようにして、部屋に足を踏み入れた。 「失礼します…」緊張でガチガチになっている私とは対照的に、颯斗さんはとてもリラックスした様子で部屋の奥へと進んでいく。そして、ごく自然な動作でスッと手のひらを向け、向かいの席に座るよう促してくれた。私はそのエスコートに導かれるまま、おずおずとソファーに浅く腰を掛けた。 「コーヒーでいい?」その不意の問いかけに、私はビクッと肩を揺らしてしまった。ただでさえこんな立派で洗練された空間に招き入れてもらって、場違いなところに迷い込んでしまった迷子のような気分でいるのに、これ以上の厚遇を受けるなんて申し訳なさが勝ってしまう。「あ、はい。でも、お気遣いなく」颯斗さんは私の戸惑いなどお見通しだという風に少しだけ首を傾げながら、柔らかいけれど有無を言わせない声でピシャリと遮った。
last updateLast Updated : 2026-05-19
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第226話

「いや、なんでもない。これ言ったら本気で怒られる気がする」颯斗さんは何かを言いかけて、笑みを浮かべたまま言葉を濁した。ちょうどその時、コンコンと控えめで上品なノックの音と共に、扉が開かれた。「失礼致します」先程の女性が部屋に入ってきた。手には淹れたてのコーヒーが乗ったトレイを持っている。ふわりと、どこかフローラルで上品な香水の匂いが私の鼻先をかすめた。とてもいい匂いで、彼女の魅力をより引き立てている。デザイン会社の秘書というだけあって、彼女の服装は単なるオフィスワークの制服のようなものではなく、洗練されたオフィスカジュアルで非常にオシャレだった。かっちりしすぎず、かといって砕けすぎない絶妙なバランス。社内全体に漂うこの自由な感じが、のびのびとした環境を作り出しているのだろう。こういう型にはまらない空気感があるからこそ、世間の目を惹きつけるようないい作品が次々と生まれるのだろうなと感心しながら、彼女の無駄のない動きを見つめていた。「ありがとうございます」私の前にも静かにカップが置かれ、上品な湯気が立ち上る。私は彼女の丁寧な気遣いに心から感謝しながら、小さく頭を下げてそのカップを両手で包み込むように持ち上げた。 ふうっと軽く息を吹きかけてから、火傷しないようにそっとひとくち飲んでみた。舌の上に広がったのは、大人びた強い苦味だった。思わず眉がほんの少しだけ寄ってしまいそうになるのを誤魔化すように、私はゆっくりと息を吐き出しながらカップをソーサーに戻した。「颯斗さんの会社、相変わらずオシャレですね」苦いコーヒーの余韻をごまかしつつ、私は室内を改めてぐるりと見渡した。どこを見ても一枚の絵になるような、計算し尽くされた空間美に圧倒されてしまう「相変わらず?」初めて来たはずの私が、どうして以前から知っているような口ぶりをしたのか不思議に思うのは当然だ。颯斗さんの表情を見て、私は慌てて自分の記憶の出処を説明しなければと思い、少しだけ早口になりながら次の言葉を探す。「あ、雑誌で見たことがあって。その時から素敵だと思ってたんですが、実際に見れるとは思っていませんでした」写真越しでも十分に伝わってくるその洗練された空気感にすっかり惹きつけられ、何度もページをめくっては隅々まで眺めていたことを思い出す。「えー、言ってくれたらすぐ招待したのに」颯
last updateLast Updated : 2026-05-20
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第227話

「どうしてですか?」私の純粋な疑問の声が空気を震わせた直後、突然、静寂を切り裂くようにして電子音が鳴り響いた。颯斗さんは面倒くさそうにゆっくりとポケットからスマートフォンを取り出した。「げ…噂をすれば湊だ」颯斗さんの口から飛び出したその名前に、私の心臓が大きく跳ねた。颯斗さんは一向に応答ボタンを押そうとせず、ただ画面をじっと見つめたていた。その様子があまりにも不自然で、私は思わず彼の顔と携帯を交互に見比べてしまった。「取らなくていいんですか?」着信音は依然として鳴り止まず、周囲の空気をじりじりと焦がしていくように感じられる。普通ならすぐに出るはずなのに、どうしてこんなにも躊躇っているのだろうか。「まぁ、いいかな」颯斗さんはそう言って、携帯をパタンと裏返してテーブルの上に置いてしまった。何か重要な用事でかけてきているかもしれないのに、そんなにあっさりと切り捨ててしまっていいのだろうか。すると、今度は私の携帯が鳴った。画面には『湊さん』の文字がはっきりと表示されている。「あ、私にも…」そう言いながら、応答ボタンに指を伸ばそうとした。突然、横からすっと伸びてきた大きな手が、私の携帯を素早く取り上げてしまった。「えっ?」間の抜けた声を出す私の目の前で、彼は何事もなかったかのように涼しい顔をした。「携帯預かっとくね」「え、でも」食い下がるようにそう声を絞り出すのがやっとだった。「実際に見てもらう方がいいからさ」颯斗さんの言葉は、さらなる混乱を私にもたらした。彼の意図が読めず、私はただ呆然とその顔を見つめ返すことしかできなかった。颯斗さんの口元には、かすかに面白がるような笑みが浮かんでいるように見える。まるで、これから起こるであろう波乱の展開を期待し、楽しんでいるかのような、そんな意地悪な笑みだった。
last updateLast Updated : 2026-05-21
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