彼の瞳が、潤んでいるように見えた。 その奥にある、揺るぎない光。 私は、震える唇を噛み締め、深く頷いた。 「……うん」 春の風が、私たちの間を優しく吹き抜けていく。 桜の蕾がほころび始めたキャンパスの片隅で。 私たちの物語は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。 「栞」 片膝をついたまま、輝くんが私を見上げる。 その瞳は、木漏れ日を映して宝石のように揺らめいていた。 「俺は今、まだ何者でもない……『天王寺』の看板を捨てて、ただの男になったばかりだ」 彼が、握っていた私の手の甲に、そっと額を押し当てる。 その敬虔な仕草に、胸の奥が熱くなる。 「今はまだ、君に贅沢をさせてあげることもできない……雨の日に、車で迎えに行くことさえできないかもしれない」 「輝くん……」 「でも、約束する」 彼が顔を上げた。 その表情には、一点の曇りもない決意が刻まれていた。 「俺は、必ず這い上がる……誰にも文句を言わせないくらい、強くなって、君を守れる男になる」 彼の言葉は、春の風に乗って、私の心の深いところまで染み込んでいく。 それは、ただの愛の言葉よりも重く、そして尊い誓いだった。 「まだ、うまくできないことも多いけど」 彼の手が、私の手を強く握りしめる。 体温が、鼓動が、痛いほど伝わってくる。 「俺と、結婚してください。これから先も、一緒に暮らしたい」 時が、止まったようだった。 風の音も、遠くの街の喧騒も、すべてが遠のいていく。 世界には、私と彼、二人きりしかいない。 プロポーズ。 指輪もなければ、花束もない。 高級レストランのディナーでもないし、夜景の見える場所でもない。 あるのは、色褪せた大学のベンチと、少し肌寒い春の風だけ。 けれど。 私には、これが世界で一番贅沢なプロポーズに思えた。 全てを捨てて、ゼロから立ち上がろうとする彼が、未来を賭けて紡いでくれた言葉だからだ。 「……ずるいよ、輝くん」 涙が、ポロポロと頬を伝って溢れ出した。 拭うことも忘れて、私は泣き笑いのような顔で彼を見つめた。 「そんなの……断れるわけないじゃん」 「栞……」 「私は……輝くんが何者でもなくたって、隣にいたいよ。お金持ちじゃなくても、社長さんじゃなくても…
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