All Chapters of 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~: Chapter 131 - Chapter 140

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第131話 指輪のない約束

 彼の瞳が、潤んでいるように見えた。  その奥にある、揺るぎない光。  私は、震える唇を噛み締め、深く頷いた。 「……うん」  春の風が、私たちの間を優しく吹き抜けていく。  桜の蕾がほころび始めたキャンパスの片隅で。  私たちの物語は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。 「栞」  片膝をついたまま、輝くんが私を見上げる。  その瞳は、木漏れ日を映して宝石のように揺らめいていた。 「俺は今、まだ何者でもない……『天王寺』の看板を捨てて、ただの男になったばかりだ」  彼が、握っていた私の手の甲に、そっと額を押し当てる。  その敬虔な仕草に、胸の奥が熱くなる。 「今はまだ、君に贅沢をさせてあげることもできない……雨の日に、車で迎えに行くことさえできないかもしれない」 「輝くん……」 「でも、約束する」  彼が顔を上げた。  その表情には、一点の曇りもない決意が刻まれていた。 「俺は、必ず這い上がる……誰にも文句を言わせないくらい、強くなって、君を守れる男になる」  彼の言葉は、春の風に乗って、私の心の深いところまで染み込んでいく。  それは、ただの愛の言葉よりも重く、そして尊い誓いだった。 「まだ、うまくできないことも多いけど」  彼の手が、私の手を強く握りしめる。  体温が、鼓動が、痛いほど伝わってくる。 「俺と、結婚してください。これから先も、一緒に暮らしたい」  時が、止まったようだった。  風の音も、遠くの街の喧騒も、すべてが遠のいていく。  世界には、私と彼、二人きりしかいない。  プロポーズ。  指輪もなければ、花束もない。  高級レストランのディナーでもないし、夜景の見える場所でもない。  あるのは、色褪せた大学のベンチと、少し肌寒い春の風だけ。  けれど。  私には、これが世界で一番贅沢なプロポーズに思えた。  全てを捨てて、ゼロから立ち上がろうとする彼が、未来を賭けて紡いでくれた言葉だからだ。 「……ずるいよ、輝くん」  涙が、ポロポロと頬を伝って溢れ出した。  拭うことも忘れて、私は泣き笑いのような顔で彼を見つめた。 「そんなの……断れるわけないじゃん」 「栞……」 「私は……輝くんが何者でもなくたって、隣にいたいよ。お金持ちじゃなくても、社長さんじゃなくても…
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第132話 見届け人たち

 しばらくの間、私たちは言葉もなく抱き合っていた。  お互いの温もりを確かめ合い、幸せの余韻に浸る。  このまま時間が止まってしまえばいいのに。  本気でそう思った、その時だった。  ガサッ。 「……ん?」  すぐ近くの植え込みから、不自然な音がした。  風の音じゃない。何かが、あるいは誰かが動いたような音。  輝くんがピクリと反応し、私を抱く腕を緩めることなく、鋭い視線を音のした方へ向けた。 「……誰だ?」  彼の声のトーンが、甘い恋人のものから、警戒心を剥き出しにした「雄」のものへと切り替わる。  その変わり身の早さにドキッとしつつ、私も輝くんの腕の中からそちらを見た。  中庭の大きな木の陰。  そこにあるツツジの植え込みが、もう一度ガサガサと揺れた。 「……出てこい。いるのは分かってるんだぞ」  輝くんの低い声に、植え込みが観念したように大きく揺れ――。 「あーあ。バレちゃいましたかー」  ひょこっ、と顔を出したのは、見慣れた茶髪の青年だった。  頭に枯れ葉を乗せたまま、悪びれもせずにニカッと笑う。 「……七瀬?」  輝くんが呆気にとられた素っ頓狂な声を出す。  しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。 「……チッ。陽翔が音を立てるからだ」 「あら、あんたが押したんでしょ? 人のせいにしないの」  七瀬陽翔くんに続いて、仏頂面の氷室奏くんと、呆れ顔の神崎乃亜が、ぞろぞろと木の陰から姿を現したのだ。 「え、えええええ!?」  私は驚きのあまり絶叫した。  なんで? どうしてここに?  まさか、最初から見てたの!? 「お前ら……! いつからそこにいたんだ!」  輝くんが顔を真っ赤にして怒鳴る。  さっきまでの感動的なプロポーズの余韻が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。 「いつからって……そりゃあ最初からですよ」  陽翔くんが、パンパンと服についた土を払いながら、しれっと答えた。 「輝先輩が『大事な話がある』なんて言うから、これは絶対にアレだと思って。見届ける義務があるじゃないですか、ライバルとして!」 「義務って……ただの盗み聞きだろうが!」 「俺は止めたんだぞ。こいつらがどうしてもと言うから……」  奏くんがバツが悪そうに視線を逸らす。その手には、しっかりと双眼鏡が握られていた。
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第133話 私の手で送る

 その高らかな宣言に、陽翔くんと奏くんの顔つきが変わった。  ただの野次馬ではない、真剣な男の顔。 「……まあ、今回は負けを認めますよ」  陽翔くんが、ふっと笑って頭をかいた。 「『輝くんが一番好き』なんて言われちゃ、俺らの出る幕ないっすもんね」 「……ああ。完敗だ」  奏くんも、静かに頷く。  その瞳は少し寂しげだったけれど、雨上がりの空のように晴れ晴れとしていた。 「だが、卒業したからといって、連絡を絶つなよ」  奏くんが言った。 「研究の続きも、事業のことも。聞きたいことはある」 「俺は、試作品の修正、まだ待ってますからね」  陽翔くんが続ける。輝くんは一瞬、返事を忘れたような顔をした。 「……分かった。ちゃんと連絡する」  私の肩にあった手が、少し緩んだ。陽翔くんが視線を落とし、それから顔を上げる。今度の笑顔には、無理をしているところも、祝ってくれているところも、両方あった。 「はいはい、そこまで! 暑苦しいわよ、男ども!」  乃亜がパンパンと手を叩いて割って入る。 「せっかくの日曜日なんだから、みんなでご飯でも行きましょ。もちろん、社長さんの奢りでね!」 「えっ、俺!? まだ初任給も出てないんだけど……」 「いいじゃないですかー! 祝い酒ですよ、祝い酒!」 「……やれやれ。仕方ないな」  輝くんが苦笑しながら、私を見た。 「行こうか、栞」 「うん!」  私は大きく頷き、彼の手を握り返した。  彼氏と、親友と、そして最高のライバルたち。  みんなに囲まれて歩き出す未来は、きっと騒がしくて、大変で、そして最高に幸せなものになるに違いない。  突き抜けるような青空の下、私たちの笑い声が、いつまでもキャンパスに響いていた。◇ それからしばらく、私の机は紙で埋まっていた。  新しい企画書を前に、輝くんが首をひねる。 「栞は、ここが好きなんだね。……でも、初めて遊ぶ人は、何を楽しみに次へ進むんだろう」  痛い。そこ、前の面接でもうまく答えられなかったところです。  設定の説明ならいくらでも書けるのに、読んだ人に何を感じてほしいかとなると、途端に手が止まる。悔しくて資料をめくる私の横で、輝くんは自分の仕事に戻った。答えまで代わりに作らないところが、ありがたくて、少しだけ恨めしい。  夜が更け、ようやく最
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第134話 宛名は月詠栞

 月詠栞。間違いない。念のためもう一度読む。やっぱり、私の名前だ。 「……輝くん」  呼ぶ声がおかしかったのか、彼がすぐに振り向いた。差し出したスマホを見て、目を見開く。 「受かった……私、受かったんだって」  ようやく声にした途端、画面がぼやけた。立ち上がろうとして椅子に足を引っかけ、抱きつくはずが彼に支えてもらう格好になる。最後まで格好がつかない。 「おめでとう、栞」  耳元の声まで、少し掠れていた。  何か気の利いたことを言いたかったのに、出てきたのは、ありがとうと、嬉しい、ばかりだった。彼は何も言わず、背中をゆっくりと撫でてくれた。そのたびに、また涙が出た。 「奏くんにも、知らせなきゃ……」 「うん。その前に、もう少しだけ」  抱きしめる腕が緩まない。私も彼のシャツを掴んだまま、小さく頷いた。◇ 内定をもらった春が過ぎ、また冬が来た。肌を刺すような乾いた風が吹き抜けたかと思うと、次の瞬間には、地鳴りのような熱気が全身を包み込んだ。  目の前にそびえ立つ、巨大な展示場のゲート。  雲ひとつない抜けるような青空の下、そこには吸い込まれるように数えきれないほどの人々が集まっている。誰もが戦場に赴く兵士のような、あるいは聖地を前にした巡礼者のような、独特の鋭い眼差しをしていた。  耳を打つのは、数万人規模の乙女たちが発するざわめきだ。期待、興奮、焦燥。それらが混じり合って、空気そのものを振動させているようだった。  ここは戦場だ。剣も魔法もないけれど、愛と萌えと、そしてなけなしの全財産を懸けた、譲れない戦いの場所。 「……来た。ついに、この日が」  私は震える指先で、コートの胸元に下げたチケットホルダーを確かめた。硬いプラスチックの感触越しに、「S席」と印字された紙片の存在を感じる。  今日開催されるのは、私の人生のバイブルと呼ぶべきゲーム『Fallen Covenant』、その初となる大型リアルイベント『聖約の宴~ファン感謝祭~』だ。  倍率は数十倍とも噂されたプラチナチケット。当選メールを受け取ったあの日から、私は今日という一日だけを目印に呼吸をしてきたと言ってもいい。 「すげえな……気合入ってんじゃん、栞」  頭上から、呆れたような、それでいてどこか楽しげな声が降ってくる。  顔を上げると、眩しい笑顔がそこにあった
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第135話 聖地への入場

 輝くんはサングラスの位置を指で直しながら、会場を取り巻く長蛇の列を見渡した。 「先輩、マジで人多いっすね……。俺、コミケとかニュースでしか見たことないからビビります」  私の右側で、登山でもするのかという大きなリュックを背負った七瀬陽翔くんが、落ち着きなくキョロキョロしている。  彼もまた、「荷物持ち兼護衛B」として参加してくれた頼もしい味方だ。 「先輩が揉みくちゃにされるのを防ぐ!」と意気込んでいたわりには、この圧倒的な「乙女の圧」に少し気圧されているように見える。  そして、私の左側。  黒のロングコートを隙なく着こなし、静かに闘志を燃やす「同志」の姿があった。 「……甘いな、七瀬。この程度は想定の範囲内だ」  氷室奏くん。  眼鏡の奥の瞳は、いつになく鋭く光っている。  彼の手には、会場マップとグッズのお品書きが完璧にマーキングされた、手製の作戦指令書が握りしめられていた。付箋だらけのその紙を見ただけで、彼の本気度が伝わってくる。 「月詠。まずは物販だ。限定のアクリルスタンドは開場一時間で完売する可能性が高い。俺が北側の列に並ぶ。その間、君は輝たちと南側の展示エリアを確保しろ」 「了解です、氷室参謀!」 「おいおい、俺たちはどう動けばいいんだよ」  輝くんが苦笑いを浮かべた。 「天王寺と七瀬は、月詠の盾となれ。……あの人混みだ。彼女のような小柄な人間は、一瞬で波に飲まれて圧死するぞ」 「圧死って……大袈裟だなあ」 「大袈裟ではない。……見ろ、あの『痛バッグ』の壁を」  奏くんが顎でしゃくった先には、推しキャラの缶バッジを隙間なく敷き詰めたバッグ――通称「痛バ」を肩にかけた猛者たちが、整然と、しかし殺気立った足取りで列を作っていた。  数百、いや数千の缶バッジが太陽の光を反射し、鱗のように輝いている。  その光景に、輝くんと陽翔くんが「ひえぇ……」と同時に息を呑んだ。 「……よし。行くぞ」  奏くんの短く低い号令と共に、私たちは熱気の渦巻くゲートへと足を踏み入れた。◇ 会場内は、まさに混沌と情熱のるつぼだった。  右を見ればジークフリート様の精巧なコスプレイヤーがポーズを決め、左を見れば天井から吊るされたアーク様の巨大タペストリーが揺れている。  大型モニターからはゲームのオープニング映像が大音量で流れ、重低
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第136話 令嬢も来ていた

 私が駆け出そうとすると、輝くんがしっかりと腕を掴んだままついてきてくれた。後ろからは、陽翔くんが他の人との接触を防ぐように体を張ってガードしてくれる。  快適すぎる。  いつもなら一人で揉みくちゃになりながら、必死の形相で確保する撮影場所だ。それなのに、今日は最強の騎士(ナイト)たちが三人も周りを固めている。  これぞ、乙女ゲームの主人公ムーブと、腐女子の欲望が融合した究極の贅沢ではないだろうか。 「……っ、見ろ月詠」  物販を済ませて追いついた奏くんが、不意に足を止めた。  彼が見つめる先、人だかりがぽっかりと割れた空間に、異質なオーラを放つ一団がいた。  黒服の屈強なSPたちに囲まれ、優雅に扇子を使っている金髪の美女。  いつもの派手な真紅のドレスではなく、今日はシックなブランド物のワンピースに身を包んでいるけれど、その隠しきれない高貴さと傲慢さは、間違いなく彼女だった。 「……西園寺エリカ!?」  輝くんが驚きの声を上げる。  私のライバル令嬢(だったはずの)エリカ様が、なぜこんなオタクの祭典に?  彼女はSPの一人――例の『高橋さん』に何かを指示しているようだった。  よく見れば、高橋さんは大量の紙袋を両手に抱え、さらに背中にもポスターが入った筒を背負っている。紙袋には、見慣れたアニメショップのロゴがでかでかとプリントされていた。 「……あいつ、何やってんだ?」  輝くんが呆気にとられる中、私は見てしまった。  エリカ様が、展示されているジーク様の等身大パネルを見上げている。  その頬はほんのりと桃色に染まり、潤んだ瞳は熱っぽく揺れていた。彼女は扇子で口元を隠しながら、吐息のような声で呟いた。 「……あぁ、なんて凛々しいの。わたくしのジーク様……」 「……え?」  私の思考が一瞬、真っ白になる。  今、なんて言った?  わたくしの、ジーク様?  さらに、その横にあるアーク様のパネルに目を移した彼女は、今度は眉を寄せて切なげに溜息をついた。 「そしてアーク……。あんなに細い体で、ジーク様の背中を守ろうとするなんて……。健気すぎて、涙が出ますわ……」  彼女の瞳が、きらりと光った。  それは、獲物を狙う肉食獣の目ではない。  推しのあまりの尊さに心を浄化され、今にも天に召されそうになっている、ただの純粋な「
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第137話 同じ場面で泣く人

 輝くんが恐る恐る尋ねる。  エリカ様は扇子の隙間から私たちを睨みつけ、そして、開き直ったように叫んだ。 「と、当然ですわ! わたくしは……天王寺家の次期当主の婚約者候補(元)として、庶民のサブカルチャーの視察に……!」 「……その紙袋の中身は?」  私が、高橋さんが抱えている袋を指差す。  パンパンに膨らんだ袋の隙間から見えているのは、『ジーク×アーク 愛の逃避行編』と書かれた、どう見てもR指定の同人誌の背表紙だった。 「…………っ!!」  エリカ様は言葉に詰まり、膝から崩れ落ちそうになった。  それを、背後の執事さんが無表情のまま、絶妙なタイミングで支える。 「お嬢様。……これ以上の言い訳は、傷口を広げるだけかと」 「うっ……うるさいわね! 分かっているわよ!」  彼女は私を睨み……いや、縋るような目で見つめた。 「……あなた。月詠、栞さん、でしたわね」 「は、はい」 「……このことは、他言無用になさい。いいですわね?」  その必死な形相を見て、私は確信した。  彼女は、敵ではない。  同じ沼に落ち、同じ尊さを糧に生きる、紛れもない「こちらの住人」だと。  私は、輝くんの手を離し、一歩前へ出た。  そして、彼女の手を取り、力強く握りしめた。 「……分かります、エリカ様。ジーク様、最高ですよね。特に第6章の、雨の中での告白シーンとか」  私の言葉に、エリカ様の瞳が大きく見開かれた。  そして次の瞬間、彼女の瞳に「理解者」を見つけた喜びの光が灯った。 「……! そうですの! あのシーン! あそこでジーク様が『お前を守るためなら、世界を敵に回してもいい』と仰った時の、アークの表情……! あれこそが至高! 芸術! 宇宙の真理ですわ!!」 「ですよね!! 私、あそこで三回泣きました!」 「わたくしは五回泣きましたわ! ……あら、あなた、意外と話が分かりますのね」  エリカ様の手が、私の手をぎゅっと握り返してくる。  その熱量は、間違いなく「ガチ勢」のそれだった。  後ろで、輝くんと陽翔くんがポカンと口を開けているのが気配で分かる。  奏くんだけが、「フッ……やはりな」と、にやりと口角を上げていた。  まさかの展開。  最強のライバル令嬢は、最強の「腐女子仲間」だったのだ。 「……輝様。少し、彼女をお借りしても
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第138話 隣にいる夜

 エリカ様に導かれた席は、ステージ最前列の中央ブロックだった。座るだけで膝が震える。さっきまで遠くに見えていたマイクが、今は目の前にある。 「すごい……本当に、ここでいいんですか」 「何度も確かめなくて結構ですわ。ほら、始まりますわよ」  そう言う彼女の手にも、しっかりと赤いペンライトが握られていた。扇子を片付ける時に少し手間取ったのを見て、私だけではないと嬉しくなる。  照明が落ち、客席に色とりどりの光が灯った。重厚な音楽に重なって、聞き慣れたジークの声が響く。役を演じる二人がステージに現れた瞬間、エリカ様と私は同時に身を乗り出した。  キャラクターについての話も、収録中の失敗談も、全部覚えて帰りたかった。けれど笑って拍手をしているうちに、あっという間に最後のコーナーになってしまう。 『本編終了後、二人が旅に出たある夜の物語です』  司会の言葉に息を呑んだ。特典SS『星降る夜の誓い』。何度も読み返して、台詞の間まで勝手に想像していた話だった。 『……寒いな』 『ああ。だが、星が綺麗だ』  優しい声が交わされると、もう駄目だった。戦いの中ではいつも何かを失いかけていた二人が、ただ隣にいて、同じ空を見ている。 『お前がいたから、俺は剣を置くことができた』  頬を涙が伝った。隣でも鼻をすする音がする。エリカ様はハンカチを目元に押し当てたまま、舞台から一瞬も目を離さなかった。  以前の私なら、この続きを頭の中で何度も書き直したと思う。二人がどんな家に帰り、どんな言葉を交わすのか。今もそれは考える。けれど今日は、その合間に、小さなローテーブルと二つのプリンが浮かんだ。  輝くんは今、どんな顔で聞いているだろう。あの人が好きそうなのは、きっと派手な戦いの方だ。それでも、なぜ私がここで泣くのか、あとで話したら聞いてくれる気がした。  ふと振り向きたくなって、こらえる。客席を探している間に、大好きな台詞を聞き逃したくなかった。今はここをちゃんと見よう。隣の人にも、遠くの席で待つ人にも、連れてきてよかったと思ってほしい。  最後の台詞が終わるまで、私はペンライトを握ったまま動けなかった。拍手の音で我に返ると、エリカ様が涙の残る顔でこちらを見た。 「……五回では済みませんわね」  さっきの話だと気づき、私は泣きながら笑った。 「私も、回数増えまし
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第139話 彼女からの言葉

 会場の外へ出ると、空は茜色に染まっていた。冷たい風が頬に触れ、ようやく自分がどれだけ泣いたか分かる。  入口から少し離れた場所で輝くんが手を挙げた。隣には奏くんと陽翔くんもいる。私はエリカ様とそちらへ向かい、まず輝くんの前で足を止めた。 「一緒に来てくれて、ありがとう」  彼は一瞬驚き、それから笑った。 「うん。楽しそうだったね、栞」  差し出されたハンカチを受け取ると、私の手ごとそっと握られた。 「物語もよかったけど。あとで栞が何を話すか、そっちが楽しみだった」  また泣きそうになってしまう。舞台の二人に感動した気持ちを、この人に話したくてたまらなかったことまで、見抜かれた気がした。 「……長くなるよ?」 「知ってる」  後ろから陽翔くんがティッシュを差し出す。 「先輩、まず鼻。話す前にそっちです」 「う、うるさいっ。これは感動の涙なの!」  笑いながら受け取ると、奏くんが静かに眼鏡をかけ直していた。その目元も少し赤い。からかう気にはなれず、私は何も言わずにティッシュの袋を差し出した。 「ふぅ……。魂が浄化されましたわ」  エリカ様が、満足げに溜息をつく。  その顔は憑き物が落ちたように晴れやかで、いつもの棘々しさが嘘のようだ。 「ええ。……最高のイベントでした」  奏くんも頷き、受け取ったティッシュをそっとポケットへ収めた。 「また、イベントがあったらご一緒しましょうね、同志よ」  答えようとした時、彼女が扇子を閉じた。 「その前に。……あなたに、謝らなくてはならないことがありますわ」  急に改まった声に、私も背筋を伸ばした。 「あの日、召使いだの、平民だのと。知らない方を、あんなふうに呼ぶべきではありませんでした」  彼女は私を見ていた。言葉を急いで継ぎ足すことも、笑い話にすることもなかった。  あの日の痛みが少し戻った。それでも、今日、隣で同じ台詞に泣いた人の顔を、私はもう知っている。 「……嫌でした。あれは」 「ええ」 「でも、今日は楽しかったです。また、一緒に見たいと思いました」  エリカ様が小さく息を吐いた。扇子を持つ手が、胸元から下りる。 「……では、次の抽選も、二人で申し込みましょう」  私とエリカ様は、固い握手を交わした。  かつての恋敵が、今や最強のオタク仲間。  人生、何が起
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第140話 祭りの帰り道

「え? うん、いいけど……」  三人は私から少し離れた、広場の片隅へと歩いていく。  夕陽を背にして立つ三つのシルエット。  何か重要な話をしているようだけれど、ここからでは風に流されて声は聞こえない。  胸騒ぎがする。  でも、不思議と不安はなかった。  彼らの背中から漂う空気が、決して険悪なものではないと分かっていたからだ。  しばらくして、話が終わったのか、三人がこちらへ戻ってきた。  その表情は、どこか吹っ切れたような、清々しいものだった。 「……終わったよ、栞」  輝くんが戻ってきて、再び私の手を取る。 「何の話だったの?」 「ん? ……男同士の、秘密の話」  彼は悪戯っぽく笑って、教えてくれなかった。  奏くんと陽翔くんを見ると、二人は何かを納得したように、満足げな顔でこちらを見ていた。 「……月詠。俺は先に行く」  奏くんが、私に近づいてくる。  そして、そっと手を差し出した。 「え?」 「握手だ。……今日の記念に」  戸惑いながらも手を出すと、彼は私の手をギュッと強く握りしめた。  その手は意外なほど熱く、そして優しかった。 「……幸せになれよ」  ボソッと呟かれた言葉に、目頭が熱くなる。 「奏くん……」 「それと、天王寺」  奏くんが輝くんへ向き直った。 「式の日取りが決まったら、早めに知らせろ。仕事を空ける」 「……ああ」 「さっきも言ったが、知らせるのは月詠任せにするなよ」  輝くんが頷いた。その顔を見届け、奏くんは鞄を肩に掛け直した。 「じゃあな」  奏くんはひらりと手を振り、雑踏の中へと消えていった。 「俺も帰ります!」  陽翔くんが元気よく手を挙げる。 「先輩! またバイトで!」 「うん、お疲れ様!」 「あ、輝先輩。……約束、忘れないでくださいね」  陽翔くんが意味深な言葉を残し、輝くんに拳を突き出す。  輝くんも拳を合わせ、コツンとぶつけ合った。 「ああ。分かってる」  陽翔くんもまた、笑顔で去っていった。  二人を見送った後、私は輝くんを見上げた。 「……ねえ、本当に何の話だったの?」 「内緒」  輝くんは人差し指を唇に当て、ウィンクする。 「式の話をされた。……あいつら、来てくれるって」 「え……」 「ちゃんと招待状、送ろうな。……二人で
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