奏くんはもう、こちらを見ていなかった。私も資料を開く。さっき話していた未来へ行くためには、今日、自分の言葉で答えなければならない。 とにかく、強力なライバルの出現に、私の就職活動は波乱の幕開けを迎えることになったのだった。 面接会場のビルを出た頃には、冬の陽はすでに西の空へと傾きかけていた。 極度の緊張から解放された身体は鉛のように重いけれど、胸の奥には確かな熱が残っている。 「……終わったぁ」 大きく伸びをすると、冷たい空気が肺いっぱいに満ちた。 隣にいた奏くんは、「少し頭を冷やしてくる」と言って、近くの大型書店へと消えていった。 彼なりのクールダウンなのだろう。去り際に見せた、今までになく晴れやかな横顔が印象的だった。 私はといえば、ふと、ある場所へ足が向いていた。 私のもう一つの居場所であり、大切な後輩がいる場所。 『Caffe Felice』だ。 輝くん、プレゼンどうだったかな。そろそろ終わってる頃かも。 スマホを取り出すが、輝くんからの連絡はない。 まだ戦いの最中なのかもしれない。 邪魔をしてはいけないと思い、私はそのままバイト先へと向かった。今日はシフトが入っていないけれど、店長や陽翔くんに、就活の第一歩を踏み出した報告をしたかったのだ。 夕暮れの街を歩き、店の前までたどり着く。 まだ営業時間は終わっていないはずだが、入り口のドアには『CLOSED』の札がかかっていた。 その下に、設備点検のため早仕舞い、という店長の手書きがある。奥の厨房から、工具を片付ける音がした。 「あれ? 臨時休業?」 不思議に思ってガラス越しに店内を覗き込む。 照明が落とされ、薄暗くなった店内。 そのカウンター席に、二つの人影があった。 一人は、エプロン姿の陽翔くん。 そしてもう一人は、見間違えるはずもない、私の彼氏――天王寺輝くんだ。 「輝くん? どうしてここに?」 ドアに手をかけようとして、私はぴたりと止まった。 二人の間に流れる空気が、いつもの「恋のライバル同士の小競り合い」とは明らかに違っていたからだ。 張り詰めた、真剣勝負の気配。 ガラス越しでも伝わってくるその熱量に、私は息を殺して立ち尽くした。 「――頼む、七瀬」 静まり返った店内に、輝くんの声が響いた。
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