All Chapters of 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~: Chapter 111 - Chapter 120

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第111話:それぞれの道⑪

 その夜。 アパートに帰ると、部屋は真っ暗だった。 時計の針は深夜二時を回っている。「……まだ、帰ってない」 輝くんからのLIMEには、『ごめん、今日は徹夜で作業になりそう。先に寝てて』というメッセージが入っていた。 昨日は『投資家との会食で遅くなる』だった。 一昨日は『陽翔と打ち合わせがあるから』だった。 ここ三日、彼の寝顔すら見ていない。「……お疲れ様」 誰もいない部屋に向かって呟く。 コンビニで買った冷たいおにぎりを齧りながら、私は膝を抱えた。 輝くんは、頑張ってる。私のために。 頭では分かっている。 彼が必死なのは、私との生活を守るためだ。 私が不安にならないように、一日も早く結果を出そうとしてくれているのだ。 でも。 寂しい。 声が聞きたい。 抱きしめてほしい。 「好きだ」って、言ってほしい。 そんなワガママな感情が、黒いインクのように心の中に広がっていく。 ピロン、とスマホが鳴った。 輝くんからだ。 『今、一区切りついた。……会いたい』 たった一言。 そのメッセージを見た瞬間、堪えていた涙がぽろぽろと溢れ出した。 『私も、会いたい』 そう打ち込もうとして、指が止まる。 今、彼は疲れているはずだ。 私の「会いたい」という言葉が、彼へのプレッシャーになってしまうかもしれない。 重荷になりたくない。 理解のある、いい彼女でいたい。 私は震える指で、文字を消した。 そして、代わりにこう打った。 『お疲れ様。無理しないでね。応援してるよ』 送信ボタンを押した瞬間、胸の奥が引き裂かれるように痛んだ。 これは、私の本心じゃない。 本当は、「今すぐ帰ってきて」って叫びたいのに。 『ありがとう。栞がいるから頑張れるよ』 すぐ
last updateLast Updated : 2026-01-23
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第112話:スランプと支え①

 世界からふいに色が剥がれ落ちていく感覚を、私はこの時初めて知ったような気がする。 一月の朝のことだった。 カーテンの隙間から、冬特有の鋭利で白い光が差し込んでいる。暖房の風が唸り声を上げているのに、部屋の空気はちっとも温まらない。私は部屋の隅で、スマートフォンを握りしめたまま、まるで石像になったみたいに動けなくなっていた。 液晶画面に浮かんでいるのは、たった一通のメールだ。 件名は『選考結果のご連絡』。 差出人の欄には、『株式会社アルカディア・ワークス 採用担当』の文字が並んでいる。 そこは私の夢そのものだった。私が憧れ焦がれ、そして氷室奏くんと一緒に目指そうと誓い合った、第一志望の場所。『拝啓 月詠栞様この度は、弊社の新卒採用選考にご応募いただき、誠にありがとうございます。慎重なる選考の結果、誠に残念ながら今回はご希望に添いかねる結果となりました。末筆ながら、月詠様の今後のご健闘をお祈り申し上げます』「……あ」 喉の奥から、カサついた音が漏れた。 文字を目で追ってはいるけれど、意味が脳に染み込んでこない。 嘘だ、と思った。何かの間違いで、システムの誤作動じゃないかと疑って、何度も何度も瞬きをして読み返した。 けれど、無機質な明朝体の文字配列はびくともしない。『残念ながら』。 そのたった五文字が、私という人間の全てを否定していた。「……落ち、た」 事実を口に乗せた瞬間、心臓を氷のように冷たい手でぎりぎりと握り潰されるような痛みが走った。滑り止めの企業が全滅した時とは比べ物にならない。魂をごっそりと削り取られるような、底の抜けた喪失感。 あんなに頑張ったのに。 あの文化祭の「執事喫茶」の時のように、自分の持てる熱量のすべてを注ぎ込んで企画書を書き上げたのに。面接官の目を見て、物語への愛を、想いの丈をあんなに熱く語ったのに。 それでも、届かなかった。 私には、才能がなかったのだ。 奏くんのような煌めく知性も、輝くんのような人
last updateLast Updated : 2026-01-23
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第113話:スランプと支え②

 輝くんは、前に進んでいる。 天王寺家という巨大な後ろ盾を失い、ゼロから、いやマイナスからのスタートだったにも関わらず、彼は自分の腕一本で道を切り拓き、着実に結果を手繰り寄せている。 ニュース画面越しに見る彼は、自信に満ちていて、直視できないほどに眩しい。 それに比べて、私はどうだ。 彼に守られ、支えられ、甘やかされながら、何一つとして結果を出せていない。「隣にいても恥ずかしくない自分になる」なんて大見得を切ったくせに、現実はこのザマだ。(……惨めだなぁ) 自分が、道端に転がる石ころよりも価値のない存在に思えた。 輝くんという太陽のそばにいるには、私はあまりにも色がなくて、ちっぽけすぎる。「……ここに、いたくない」 衝動的に、そう思った。 輝くんの気配や匂いが残るこの部屋にいると、自分の無力さが浮き彫りになって、息ができなくなりそうだった。 彼が帰ってきて、私の顔を覗き込み、「どうしたの?」と優しく聞いてくる場面を想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。 そんな顔をされたら、私はきっと、醜い嫉妬と自己嫌悪を彼にぶちまけてしまう。「輝くんはいいよね、成功してて」なんて、最低な言葉を吐いて傷つけてしまうかもしれない。 そんな自分が、何よりも怖かった。 私は何かに追われるようにコートを羽織り、マフラーを適当に首に巻きつけると、逃げるようにアパートを飛び出した。 行き先なんてどこにもない。 ただ、この息苦しくてたまらない「現実」から、少しでも遠くへ行きたかった。 ◇ 外気は、肺が凍りつきそうなほど冷え切っていた。 見上げた空は灰色で、今にも雪が落ちてきそうな重たい雲が低く垂れ込めている。頬を刺す北風が、熱を持った目元を冷やしてくれたけれど、胸の奥に居座る鉛のような塊は少しも消えてくれない。 あてもなく、ただ足を動かして街を歩いた。 駅前の喧騒、楽しげに笑い合う学生たちの群れ、ショーウィンドウに飾られた華やかな冬の装い。 その景色の全て
last updateLast Updated : 2026-01-24
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第114話:スランプと支え③

「……最低だ」 自分の性格のねじ曲がり具合に、吐き気がこみ上げてくる。 私は、こんなに醜い人間だったのか。 輝くんや奏くん、陽翔くんが向けてくれた「好き」という純粋な感情に、今の私は到底見合わない。 気づけば、私は繁華街を抜け、ひと気のない公園のベンチに座り込んでいた。 枯れ木が寒々しく枝を伸ばし、冷たい風がヒュウヒュウと音を立てて足元を吹き抜けていく。手袋をしてこなかった指先がかじかんで、感覚がなくなっていく。 でも、その痛みがむしろ心地よかった。身体が痛むことで、心の痛みを少しだけ誤魔化せるような気がして。「……寒い」 小さく呟いて、膝を抱えるように身体を丸める。 輝くんに会いたい。 あの温かい腕で抱きしめて、「大丈夫だよ」って耳元で囁いてほしい。 でも、今の私には彼に会う資格なんてない。会えばきっと、彼を傷つけてしまう。彼の重荷になって、足を引っ張ってしまう。(……私、どうすればいいんだろう) 答えの出ない問いを繰り返し、ぼんやりと鉛色の空を見上げた、その時だった。「――やはり、ここにいたか」 静寂を破る、凛とした声が降ってきた。 氷のように冷たく、けれど耳に馴染んだその響きに、私は弾かれたように顔を向けた。 公園の入り口。 モノトーンのロングコートを着こなし、長いマフラーを首に巻いた長身の青年が立っていた。 銀縁眼鏡の奥の瞳が、私を真っ直ぐに射抜いている。「……奏くん?」 どうして、ここに。 驚きで声が上擦る。 彼はゆっくりと、雪を踏みしめるような静かな足取りで、私の前まで歩いてきた。その表情はいつも通り冷静で、何を考えているのか読めない。けれど、じっと私を見下ろす瞳の奥には、どこか痛ましげな色が揺らめいていた。「……酷い顔だ」 彼は短くそう言うと、ためらいもなく自分の首に巻いていたマフラーを外し、私の首にぐるぐると巻き
last updateLast Updated : 2026-01-24
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第115話:スランプと支え④

 古い木のベンチが、ギシと音を立てて軋む。彼は前を向いたまま、白く濁った息を吐き出した。「……『アルカディア・ワークス』の結果、出たんだろう?」 心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。 そうだ。彼も一緒に受けたのだから、通知のタイミングは同じはずだ。 私は俯き、膝の上で拳を握りしめた。爪が食い込む痛みを頼りに、なんとか声を絞り出す。「……うん」「俺は、通った」 淡々とした、事実だけの報告。 予想していたことだった。彼なら当然だ。彼が落ちるわけがない。 おめでとう、と言わなくちゃいけない。 そう思うのに、喉が張り付いたように言葉が出てこない。 目頭が熱くなり、視界が歪んでいく。 悔しい。羨ましい。惨めだ。 そんなドロドロしたコールタールのような感情が、涙となって溢れ出しそうになる。「……そっか。……おめでと……」 震える声で、ようやくそれだけを吐き出した。 最低だ。全然、祝福なんてできていない。 奏くんは、そんな私を責めることもなく、ただ静かに言った。「……月詠。自分を責めるな」 彼は、そっと私の手に自分の手を重ねた。 冷たい外気の中で、彼の手のひらだけが驚くほど温かい。「結果がすべてじゃない。……君の努力も、情熱も、俺は知っている」「……でも、ダメだったもん……。才能、なかったんだもん……」 一度決壊した弱音の堤防は、もう元には戻らなかった。 涙がボロボロとこぼれ落ち、ジーンズの膝を黒く濡らしていく。「私、輝くんの隣にいる資格なんてない……。何も持ってない、ただの空っぽな人間だもん……!」 嗚咽混じりに叫ぶ私を、奏くんは黙っ
last updateLast Updated : 2026-01-24
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第116話:スランプと支え⑤

 もしかして、私を元気づけるために、慣れない場所をわざわざ選んでくれたのだろうか。「どれがいい」 彼はコートの袖をまくり上げ、真剣な眼差しでクレーンゲームの筐体を睨みつけた。その横顔は、難解な論文を読解する時と同じくらい鋭い。「え、いや、悪いよ……」「遠慮するな。……今日は俺がエスコートすると言ったはずだ」 有無を言わせぬ圧力。 私はおずおずと、端の台に入っていた、ぶさかわいい白い猫のぬいぐるみを指差した。「じゃあ……あの子」「了解した」 チャリン、と硬貨を投入する音が響く。 奏くんは眼鏡の位置を中指でくいと押し上げ、操作ボタンに手をかけた。その指先はピアノを弾くように繊細で美しいのに、ボタンを叩くタイミングは恐ろしいほど的確だった。 ウィーン、ガシャン。 アームが正確な位置に降り、猫のぬいぐるみをガシッと掴む。 そして、そのまま出口へと運ばれ――コトン。「……一発」「す、すごい……!」 思わずパチパチと拍手をしてしまった。 彼は取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、少し埃を払うような仕草をしてから、私に差し出した。「……やる」「ありがとう……! 奏くん、上手なんだね」「アームの強度と重心位置さえ見極めれば、造作もないことだ」 彼は涼しい顔で言ったが、ぬいぐるみを渡す手が少しだけ震えているのを私は見逃さなかった。本当は、慣れないことをして緊張していたのかもしれない。 その不器用な優しさに、凍りついていた心が少しだけ溶けていくのを感じた。「次はあっちだ」 ぬいぐるみを抱えた私を連れ、彼は次々とゲームを攻略していった。 シューティングゲームでは百発百中の腕前を見せ、エアホッケーでは手加減なしのラリーで私を息切れさせ、最後にはワニワニパニックで高得点を叩き出した。「は
last updateLast Updated : 2026-01-24
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第117話:スランプと支え⑥

 店内は暖房が効いていて、焙煎されたコーヒーの芳醇な香りが漂っていた。 私たちは窓際の席に向かい合って座った。テーブルの上には、さっき取ってもらった白い猫のぬいぐるみがちょこんと座っている。「……ありがとう、奏くん。気を使わせちゃったね」 湯気の立つココアを一口飲み、私は正直に礼を言った。甘い液体が食道を下りていき、強張っていた胃を内側から温めてくれる。 奏くんはブラックコーヒーを口にし、カップをソーサーに戻した。カチャン、と陶器が触れ合う澄んだ音がする。「礼には及ばない。……俺がしたかっただけだ」 彼は窓の外、灰色に曇った空を見つめながら呟いた。 その横顔は、どこか寂しげで、それでいてひどく優しかった。「月詠」「ん?」「……天王寺とは、うまくいっていないのか?」 核心を突く問いに、ドキリと心臓が跳ねた。 カップを持つ手が空中で止まる。 誤魔化そうとして、でも、彼の真剣な灰色の瞳に見つめられると、嘘がつけなくなる。「……うまくいってない、わけじゃないよ。輝くんは、すっごく頑張ってるし、優しくしてくれるし」「なら、なぜあんな顔をしていた」「それは……」 言葉に詰まる。 自分の惨めさを、口に出して認めるのが怖かった。でも、今日一日、不器用なりに私を励まそうとしてくれた彼に対して、これ以上強がるのは失礼な気がした。 私は、膝の上で拳を握りしめ、ぽつりぽつりと話し始めた。「……私が、ダメなだけなの」「君が?」「うん。……輝くんはね、すごいんだよ。家を出て、何もかも失ったはずなのに、自分の力でどんどん道を切り拓いてる。キラキラしてて、強くて……すごく遠い存在になっちゃったみたいで」 一度口を開くと、身体の奥底に溜め込んでいた澱のような想いが、堰を切ったように溢れ出した。
last updateLast Updated : 2026-01-25
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第118話:スランプと支え⑦

「あいつが戦っているのは、自分のためじゃない。……君のためだ」「……私の?」「君という帰る場所があるから、あいつは強くなれる。君が隣にいるから、無謀な挑戦もできるんだ。……あいつにとって、君は『足手まとい』なんかじゃない。最強の『武器』なんだよ」 彼の言葉が、冷え切った心にじんわりと染み込んでいく。 そうだろうか。 私なんかが、輝くんの力になれているのだろうか。「それに……」 奏くんの手が、私の手から離れ、そっと頬へと伸びた。 指先が、涙の乾いた痕をなぞる。 その感触に、鼓動が大きく跳ねた。「もし、天王寺の隣が辛いのなら……」 彼の顔が近づく。 眼鏡の奥の瞳が、私を捕らえて離さない。 そこにあるのは、友情なんて生温いものではない。一人の男性としての、明確な好意と、独占欲。「……いつでも、俺が代わる」 ドキン、と心臓が鳴った。 彼の真剣な声が、甘い毒のように思考を痺れさせる。「俺なら、君を一人にはしない。不安にさせたりしない。……君が望むなら、君だけの『世界』になって守ってやる」 それは、悪魔の囁きのように甘美な提案だった。 輝くんとの未来に怯え、傷つくくらいなら、彼の胸に飛び込んでしまえば楽になれるかもしれない。奏くんなら、きっと私を大切にしてくれる。傷つけないように、ガラス細工のように扱ってくれる。 彼の指が、私の顎を持ち上げる。 唇が、触れそうな距離まで近づく。(……っ) 目を閉じれば、きっとキスされる。 そう分かっているのに、身体が動かない。輝くんへの罪悪感と、目の前の彼の優しさに縋りたい弱さが、私の中で激しくせめぎ合う。 けれど。 その時、脳裏に浮かんだのは。 雨の中で私を抱きしめ、「俺が守る」と言ってくれた輝くん
last updateLast Updated : 2026-01-25
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第119話:スランプと支え⑧

 拒絶されたショックで傷つくか、あるいは怒るか。 けれど、彼が浮かべたのは、どこか晴れ晴れとした、諦めと慈愛が混じったような微笑みだった。「……知っていたよ」 彼は離れ、座り直した。 そして、いつものように指先で眼鏡の位置を直す。「君がそう答えることは、最初から分かっていた」「え……?」「試したんだ。……すまない」 彼は自嘲気味に笑った。 でも、その瞳の奥には、まだ消えない残り火のような熱が見え隠れしていた。「だが、本音でもある。……あいつが君を泣かせるようなら、俺はいつだって奪いに行く準備はできている」「奏くん……」「だから、信じろ。天王寺を。……そして、あいつに選ばれた自分自身を」 彼は立ち上がり、会計伝票を手に取った。「帰ろう。……今ならまだ、あいつも帰ってきていないかもしれないが」「うん……!」 私は、テーブルの上の白い猫のぬいぐるみを抱きしめ、大きく頷いた。 奏くんの背中が、以前よりもずっと大きく、頼もしく見えた。 ◇ アパートの前に着いた頃には、すっかり日が暮れていた。 冷たい風が吹いているけれど、もう寒くはなかった。奏くんのマフラーは返したけれど、彼がくれた言葉の温もりが、まだ胸に残っているからだ。「……ありがとう、奏くん。本当に、ありがとう」「礼には及ばない。……風邪を引くなよ」 彼は短くそう言うと、踵を返して去っていった。 一度も振り返らず、闇の中に消えていくその背中に、私は深々と頭を下げた。 深呼吸をして、自分の部屋を見上げる。 明かりはついていない。まだ輝くんは帰っていないのだろうか。(……謝らなきゃ)
last updateLast Updated : 2026-01-25
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第120話:スランプと支え⑨

「ごめん……ごめんなさい、輝くん……!」 私は彼の背中に腕を回し、泣きじゃくりながら謝った。 マナーモードにしていたスマホ。勝手な思い込みで部屋を飛び出した自分。彼をこんなに心配させてしまった罪悪感で、胸が押し潰されそうだ。「もう……消えたかと思った……。俺が構ってやれないから、愛想尽かして出て行ったんじゃないかって……」「そんなことない! 絶対にないよ!」 私は彼の胸から顔を上げ、必死に首を横に振った。「私が……私が弱かっただけなの。就活に落ちて、自信なくして……輝くんに合わせる顔がないって、勝手に落ち込んでただけで……!」「……就活?」「うん……第一志望、落ちちゃった……」 情けない理由を告白すると、輝くんの瞳からふっと力が抜けた。 彼は安堵したように大きく息を吐き、へなヘなと座り込みそうになって、私に体重を預けてきた。「なんだ……そんなことか……」「そんなことって……私にとっては大問題だよ……!」「大問題だけど……栞がいなくなることに比べたら、些細なことだよ」 彼は私の頬を両手で包み、額を押し当ててきた。 熱いおでこと、潤んだ瞳。「よかった……。本当によかった……」 彼が泣きそうな声で繰り返す。 その姿を見て、私はようやく気づいた。 私が不安だったように、彼もまた、不安だったのだ。全てを捨てて私を選んだ彼にとって、私が居なくなることは、世界そのものを失うことと同じなのだと。「……ごめんね、寂しい思
last updateLast Updated : 2026-01-25
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