今ごろ安雄は鉄舟重工で会議をしている時間のはずじゃないのか。そう思いかけてすぐに考え直す。健司の件は鉄舟重工にとって決して軽い話ではなく、安雄がいちいち目を光らせていてもおかしくはないのだ。典子はまだ取り乱していて、浩一はここで長居する気などさらさらなかった。安雄に軽く会釈だけすると、そのまま典子を連れて部屋を後にする。安雄は夫婦の背中が遠ざかっていくのを見送り、視線をまた一階のフロアへと戻すが、どうしても見える範囲は限られていた。さっきまでは知枝の後ろ姿がちらりと見えていたのに、今は三郎のほうへ歩いて行ったらしく、そこから先はまったくの死角になってしまう。胸の奥に、妙な焦りのようなものがにじんでいるのにふと気づき、安雄は思わず苦笑する。いつから自分は、こんなに人のことが気になる性質になったんだ。一方、リビングでは知枝がバッグからiPadを取り出し、ロックを解除してから三郎の前にそっと差し出していた。「おじいさま、これがここ数年、私が健司のために全部手がけてきたプロジェクトです」三郎はiPadを受け取り、びっしり並んだファイル名にざっと目を走らせただけで、眉間に深いしわを刻む。「こ、これ……全部お前がやったのか……」このiPadに入っている案件は、昨夜の生配信で公開されたものよりはるかに細かく、数も多い。工場設備の設計図のような小さなものから、国家レベルの産業機密に関わる大型プロジェクトまで、大小さまざまだ。ここ数年、健司はこのプロジェクトの実績を足場に、周囲からどれほど持ち上げられ、社内で順風満帆にやってきたかは言うまでもない。三郎は自分こそ世の中を知り、人を見る目だけは確かだと信じてきた。だが、その自負はあっさり裏切られた。ここまで誇りにしてきた若い孫が、女におんぶにだっこで成り上がったただの能なしだったとはーー。これまで外ではどれだけ健司を自慢してきたか。そう思い返すだけで顔から火が出そうになり、これまでの自慢話がすべて自分への恥さらしだったように思えてきた。三郎はiPadを握りしめたまま、しばし言葉を探してから口を開く。「知枝、悪いのは健司のほうだ。あいつは本当にどうしようもないろくでなしでな……」「これをお見せしたのは、私が有能だと証明したくてじゃありません。健司には鉄舟重工を継ぐ資格なんてない、
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